第119話:カラオケ店への道

 夕方になっても相変わらず人通りが多い、休日の繁華街。普段なら歩く機会が無かった場所を、僕は『鉄デポ』の仲間たちと共に一路目的地へと歩き続けていた。

 レストランで好きなものを思いっきり食べ、図書館で思い思いの本を借り、ゲームセンターで存分に遊んだ後、この『オフ会』で最後に僕たちが味わう事になるイベントは、これまた生まれて初めての体験となるカラオケだった。


 幸風さんやナガレ君、美咲さんもたまに訪れるという店へ向けて歩みを進める中、僕の隣にいた彩華さんやトロッ子さんは、少しだけ緊張したような顔つきになっていた。そしてきっと、僕も同じような感じの表情になっていたに違いない。

 カラオケと言う事は、間違いなく全員とも何かしらの曲を歌う事になる。でも、正直いって僕はここ数年、音楽の授業以外で歌う機会なんてほとんどなかったし、上手くできるか、リズムがずれないか、など心配も多い。そもそも、僕たち6人の中には、テレビやネット、ラジオなど多方面で活躍する本物のアイドルも混ざっている。本当に僕たちが歌っても大丈夫なのだろうか――そんな事を考えているうち、口数が少なくなっていた事をその『本物のアイドル』こと美咲さんたちはしっかり見抜いていたようだった。


「大丈夫だよー、そんなに難しく考えなくても」

「そ、そうですか……わ、私……」

「トロッ子も心配ないって。今日はとにかく楽しんで歌おうよ。上手い下手なんて関係ないって!」

「サクラさんの言う通りっす!夕食も兼ねて、カラオケルームで思いっきり盛り上がるっすよ!」

「そ、そうだね……」


 気さくに笑う3人の顔からは、例え音程が外れてもリズムがずれても、決して気にしたりからかうことなく、『楽しみ』の一部に組み込んでしまおう、という前向きな意思が感じられた。そしてそれが、僕たちの緊張や心配を解きほぐす良い手助けとなった。


「まあ、でも折角っすからミサ姉さんには『スーパーフレイト』の曲をたっぷりと……」

「いやいや……恥ずかしいからそれはちょっと勘弁かなー」


 いいじゃないっすか、遠慮しておくよ、など賑やかな会話を繰り広げる面々に、彩華さんが意外そうな顔である事を尋ねてきた。僕以外には内緒だけど大富豪の令嬢たる彩華さんは、カラオケ店で『夕食』レベルの食事を注文する事が出来るのを、先程のナガレ君の言葉を聞くまで知らなかったのだ。


「そうなんすよ、今から行くカラオケ店、結構料理も評判なんすよ」

「そうなの……私、てっきりどこかの料理店に立ち寄ってから行くとばかり思ってたわ」

「まあ、レストランの味は昼ご飯でたっぷり楽しんだし」

「流石にレストランには敵わないけれど、カラオケ店でも色々な料理が食べられるよー。唐揚げにチャーハン、フライドポテトとか……」

「そ、そういえばラーメンもあると聞いた事があります……!」


 トロッ子さんの言葉には、彩華さんに加えて僕も驚いた。今どきのカラオケ店のサービスの充実ぶりが、料理からも伺い知ることが出来たからだ。

 是非食べてみたい、と目を輝かせる彩華さんの様子に微笑んだ時、僕はある事を思い出した。一応昨日彩華さん本人から確認出来たけれど、念のためもう一度尋ねておきたかった事があったのだ。


「そう言えば彩華さん……門限は大丈夫なの……?」

「あー。そういえば彩華の家って門限あるんだっけ」

「許可は貰ったんすよね……確か……?」


「ええ、それは心配ないわ。ちゃんと『親』からの許可は下りているから、まだまだ皆と一緒に遊べるわ」


 それを聞いて、皆は安心したような素振りを見せた。勿論、僕も改めて確認が取れた事にほっとした。

 皆には内緒だけれど、彩華さんの『親』といえば、あの大富豪である綺堂家の当主である、厳格そうな雰囲気に満ち溢れた綺堂玲緒奈さん。見た目からして威厳と怖さが姿になったような感じだけれど、実際は僕の父さんや母さんへの土手座も辞さない、失礼ながら礼儀正しい人。それに、彩華さんが夜遅くまで皆で遊ぶ事を許すなんて、確かに僕の父さんや母さんが述べた通り、やはり根はとても優しいのかもしれない、と僕はそっと思った。

 勿論、僕も父さんや母さんから夜遅くまで遊ぶ事についてしっかり承諾を貰った。気を付けて欲しい、と念を押された一方、こういう友達の楽しい時間は存分に味わうべきだ、と背中を押されていた。幸い、その言葉通り、僕は今のところ皆と過ごす時間をとても楽しめていた。

 ところが、ここで幸風さんがある困った事態を思い出した。夜遅くまでカラオケを楽しめるのは良いけれど、その後の帰りはどうするのか、と。

 

「いや、夜遅くに女子だけで歩くと結構ヤバいじゃん?」

「た、確かに……どうしよう、ナガレ君……」

「心配ないっすよ。男子が付いていれば安心、俺が皆のボディーガードになって家まで送るっすから!」


 堂々と語るナガレ君だけど、僕は少し不安になった。

 確かにナガレ君なら僕以上に頼もしいし、不審者が来てもすぐに追い払ってくれるかもしれない。でも、ナガレ君は『動画配信者』という有名人だし、他の皆も様々な有名な人だったりその関係者だったりする。もし、変な人に嗅ぎつかれて妙なゴシップ記事を書かれたらどうしよう――そんな妙な考えが、心の中を駆け巡ってしまった。

 そして、僕と同じ心配を彩華さんも抱いたようで、その旨をナガレ君に直接問い質した。


「本当に大丈夫なの……?」

「た、確かに言われてみれば、ナガレ君の方がヤバいんじゃないのこれ……?」

「いやぁ、そうなったらその時っす。それよりも、まず夜道でひとりぼっちにさせて大変な目に遭う方がよっぽど危険っすからね」

「そ、それもそうだね……じゃ、じゃあ僕も……!」

「いや、ジョバンニ君はそのまま家に帰って欲しいっす。今日のVIPに苦労を掛ける訳にはいかないっすよ」

「ナガレ君……」


 自分の身が大変な事になる可能性も恐れず、この『オフ会』を何事もなく無事に終わらせるため奮闘する。この律義さや気配りの良さが、飯田ナガレ君と言う人物が皆から親しまれる動画配信者になった大きな要因なのかもしれない、と僕は考え、そして感銘を受けた。

 ただ、そんなナガレ君に対し、彩華さんは断りを入れた。今回は『いつもお世話になっている知り合いのお姉さん』に家まで乗せてもらうので、自分は送迎してもらわなくても平気だ、と。その『お姉さん』が誰なのかは、既に僕は把握していた。綺堂家に仕える執事のトップである女性執事長の大谷卯月さんの事だ。


「あ、それじゃあ一緒にあたしたちも乗せて……もらう訳にはいかないか……」

「そ、そうですよね……もしかしたら車に入りきらないかもしれないですし」

「とりあえず、どうやって帰るかはカラオケが終わってからじっくり考えようか」

「そうですね……ごめんねナガレ君」

「大丈夫っすよ。無事に家へ着くまでが『オフ会』っすから!」

「ふふ、どこかで聞いた言葉ね」


 そんな事を語り合いながら、僕たちは改めて目的地であるカラオケ店へ歩みを進める事となった。


 ところが、横断歩道を通り過ぎた直後、僕たちの足はぴたりと止まってしまった。丁度その近くには、この繁華街で一番の規模を誇る家電量販店がそびえ立っていた。

 そんな場所に何故僕たちが引き寄せられてしまったのか、その理由はたった1つ。この家電量販店には、こちらも繁華街の中にある店で一番の規模だという『鉄道模型』の販売フロアが存在するのだ。


「た、確か最近旧型国電の新しい模型が……!」

「そ、それにブルトレのスターターセットも……!!」


 誘惑に引き寄せられそうになった僕たちだけど、カラオケで楽しむため、今日は何とか我慢しなければならない。

 この鬱憤は歌いまくって思い切り晴らそう、という事になり、僕たちは美咲さんにたしなめられながら、名残惜しい気持ちを抱きつつ家電量販店の前を去る事になるのだった。


「あぁ……クモハ43形・半流形の横須賀色が……」

「EF66形と24系25形が……」

「はいはい、また今度来ようねー」


 ところが、更に別の横断歩道を通り過ぎた直後、また僕たちの足はぴたりと止まってしまった。僕たちの傍に、この繁華街で一、二を争う規模の書店が建っていたのだ。

 そんな場所に僕たちが引き寄せられる理由は実に簡単な事。規模が大きいというのは、すなわち鉄道の本も大量に置いてあるという事にもなるのだ。あの図書館にもまだ置いていない新刊が、きっと僕たちを待っているに違いない。


「そういえば最新号の鉄道雑誌には旧型国電の特集記事が……!」

「夜行列車の写真集が発売されたばかり……!」

「こ、工事用のトロッコの専門書籍もあったはず……!」


 でも、ここで夢中になって本を読んだり買ったりしていると、カラオケにかける時間が短くなってしまう。

 結局こちらも今日は我慢する事になり、またもや美咲さんにたしなめられながら、僕たちは名残惜しい気持ちを抱きつつその場を後にする事になるのだった。


「飯田線・身延線の旧型国電特集……」

「東北のブルトレ……夜行急行……」

「ナベトロ……バッテリーロコ……」

「はいはい、また今度買おうねー」


 この街には予想以上に鉄道に関する誘惑が沢山あるようだ、という彩華さんの言葉に、僕は大いに同感した。

 

 ともかく、色々あったけれど、東の空が暗くなってきた頃、僕たちは何とか寄り道せず、無事目的地であるカラオケ店に到着した。動画配信者、モデル、VTuberの大親友、そしてアイドルという様々なプロフェッショナルが推薦するだけあって、予想以上に大きな建物であった。

 中に入った後、幸風さんやナガレ君たちは僕や彩華さんたちを一旦待たせて近くにあったセルフレジへ向かい、手際よく操作を始めた。どうやら飲食付きで、時間が過ぎる度に随時料金が増えるというシステムらしい。


「ちゃんと6人が余裕持って入れる部屋、確保できたよー」

「あ、ありがとうございます……!」

「料金は割り勘で行く?」

「そうね。みんなで楽しむのが第一目標なんでしょ?」

「ええ、そうですね……!」


 そして、僕たちは楽しみな気持ちを隠せない様子のナガレ君についていく形で、カラオケルームの中に足を踏み入れた。


「……これが……」

「へえ……思っていたより豪華ね……」


 思っていたよりも小ぢんまりしているけれど、ソファーもテーブルも床も綺麗に纏まっている。これなら長い時間でも心地よく過ごせるかもしれない――きっと彩華さんも同じことを考えているだろう、と僕は信じていた……。

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