第118話:助っ人3人組
「あ、あの、すいません……」
鉄道をモチーフにしたテーマの衣装を身に纏ったゆるキャラのぬいぐるみを手に入れるため、クレーンゲームに悪戦苦闘し続ける僕たち『鉄デポ』の面々。6人とも失敗に終わった結果になってもなお、ナガレ君たちは諦めたくないという思いから再度コイン投入口に100円を入れようとした。
まさにその時だった。クレーンゲーム機の前に立つ、動画配信者として人気のナガレ君の方をじっと見つめながら、恐る恐る声をかける、3人組の女子学生が現れたのは。
全員とも僕や彩華さんたちと同年代のようで、髪型も身長も様々だった一方、お揃いの制服姿が全員とも同じ学校へ通う友達同士である事を示しているようだった。
「……も、もしかして……い、飯田ナガレ君……でしょうか……?」
ついに尋ねちゃった、間違えたらどうしよう、と慌てて語りだす3人組を見つめたナガレ君は、きょとんとした表情をゆっくりと笑顔に変え、自信に満ちた明るい声でこう答えた。
「よく気付いたっすね!そうっす、俺が『本物』の飯田ナガレっすよ!」
本物と言う事は偽者がいるのか、という独り言のような彩華さんの質問に、単なる言葉の
「す、凄い……本物だよ、リアルだよ……!」
「や、やばいよあたしたち……今年の運使い果たしちゃったよ……!」
「あ、あの……い、いつも動画見てます!私たちとっても楽しんでいます!」
「そうっすかー!それは滅茶苦茶嬉しいっす!」
緊張と興奮に包まれているのがよく分かる3人組だけれど、それはナガレ君に憧れの念を抱いている証拠だった。
顔つきも背丈もばっちりの美形男子であるのは勿論、気さくで明るく、ちょっとおっちょこちょいでドジだけれどそれを補う魅力に満ちた動画配信者であるナガレ君が、僕や彩華さんと同年代の女子をはじめ多くの人たちから人気を集めている、というのが改めて実感できる光景が、僕たちの前で繰り広げられていた。
そして、そのまま女子学生の1人が、勇気を振り絞るかのようにナガレ君に尋ねた。このゲームセンターで何をやっているのか、と。それを聞いたナガレ君は『友達』と一緒に色々と楽しんでいるところだ、と明るい笑顔で正直に返した。
「あ、こ、こんにちは……」
「ど、どうも……」
「ふふ、こんにちはー」
それを聞いた女子学生3人組が慌てて挨拶をするのに合わせて、僕たちも急いで挨拶をした。急にこちらに出番を振られたせいで若干嚙み気味の挨拶になってしまった僕、似たような雰囲気だった彩華さんやトロッ子さんの一方、美咲さんや幸風さんは慣れたように笑顔を見せていた。こういう急な展開でも瞬時に対応できるのは、流石アイドルとモデルだ、と改めて感心した時だった。
「……え、え、ちょ、ちょっと待って……あの人って……!!」
「そ、そうだよね……サクラっちじゃない!?幸風サクラっち……!?」
「な、なんでこんなところに……!?」
女子学生たちが更に驚くのも当然かもしれない。大人気のナガレ君が『友達』だと紹介した面々の中に、同じく女子学生たちに絶大な人気を誇っているという、モデル兼インフルエンサーとして日々活躍している『サクラっち』こと幸風サクラさんが、何気ない顔で加わっていたのだから。
一体どういう事なのだろうか、ナガレ君とサクラっちに何か繋がりでもあるのだろうか、もしかしたら他の友達も――すっかり混乱してしまった様子の女子学生を見た幸風さんはそっと近づき、彼女たちにウインクを見せつつ、そっと口に人差し指を当てた。この事は絶対他の人たちには内緒にして欲しい、と告げながら。それは、目の前にいる金髪ギャルが間違いなく本物の『幸風サクラ』さんである、という証拠でもあった。
続いて、サクラさんに合わせるかのようにナガレ君も頭を掻くような仕草を見せながら、苦笑いしつつ重ねてお願いをした。この場所で『友達』と遊んでいる事、ここで自分たちと出会った事は、SNSにも報告しないで欲しい、と。
「ここにいる友達には一般の人たちも混ざってるっすから、秘密にしてくれると嬉しいっす」
「自慢したかっただろうに、色々と悪いね……」
「い、いえ!こ、こうやって出会えただけでも私たちとっても嬉しいです!」
「そ、それに本物のナガレ君やサクラっちに言われちゃうと守らない訳にはいかないですから……ねえ!」
「そうそう!それに私たち、口は固いですから安心してください!」
「いや、あんた大丈夫なの?この前だってうっかり……」
「だ、大丈夫だって!こ、今回は絶対守るからさ!」
そんなやり取りが繰り広げられている中、女子学生の1人がナガレ君たちの様子をじっと見た後、そのクレーンゲームに挑戦しているのか、と尋ねてきた。それを受けたナガレ君は、何かを確認するかのように僕たちの方を向いた。若干困ったような様子に、僕は何を言いたいのかだいたい察する事が出来た。先程までの自分たちの惨状を全て彼女たちに教えても大丈夫か、と無言で尋ねているのだ。
確かに情けない話かもしれないけれど、隠したい事態という訳でもないし、これも1つのゲームセンターの思い出だ。そう解釈した僕が了承の頷きを返すと、周りの皆も同じような行動を示した。
そして、ナガレ君ははっきりと女子学生に今までの状況――クレーンゲームで欲しいぬいぐるみに挑みながらも惨敗に終わった旨を語った。
「なるほど……あのぬいぐるみが欲しいんですか?」
「そうなんすよー!それで悔しいからもう一度挑戦しようと……」
すると、その女子学生――髪を短めに整えている女子学生が、自分が挑戦してみようか、と進言してきた。
本当に大丈夫なのか、と聞き返すナガレ君に対し、他の2人が自信満々に語った。彼女は自分たちの学校の中で一番クレーンゲームを熟知している生徒で、今まで幾つものぬいぐるみを獲得している強者。彼女に任せれば、きっと成功するはずだ、と。
「じゃ、じゃあ……お願いするっす!」
「わ、分かりました……ナガレ君のためにも頑張ります……!」
そして、女子学生はお金を投入し、ボタンを操作してアームを動かし始めた。
「この位置なら掴むより先に……」
そうつぶやいた通り、アームは景品であるぬいぐるみを掴むのではなく、位置だけを変えるかのように動いた。当然、その1回だけでは上手く行かなかったけれど、それが狙いである事は、自信に満ちた笑みを見せるその表情から察する事が出来た。
もう一度お金を投入した彼女によって再度操作されたアームは、改めてがっちりとぬいぐるみを掴んだ。ゆっくりと持ち上げられたぬいぐるみはすっぽ抜ける事無く、そのままゆっくりと目標の場所まで持ち上げられた。1回目で位置だけ変えたのは、ぬいぐるみを安定して持ち上げるための前準備だったのだ。
やがて、皆が緊張しながら見守る中でアームが開き、ずっと僕たちがたどり着けなかった『場所』目掛けてぬいぐるみは落ちていった。
「……よし、やりました!」
「……よっしゃあああ!やったああ!」
ガッツポーズで興奮を示すナガレ君と同じように、サクラさんも美咲さんも彩華さんも大喜びの意志を全身で表していた。僕やトロッ子さんは、そんな皆の興奮ぶりに少し圧倒されつつ、拍手で喜びを示す事にした。
勿論、その原動力である女子学生やその友達に、頭を深く下げて感謝の気持ちを伝えたのは言うまでもないだろう。
そして、取り出し口から手に取ったぬいぐるみを、女子学生が僕たちに渡そうとした時だった。ナガレ君が僕たちの方を向いて、『事前に決めたルール』があった旨を伝えてきたのは。
そう、獲得する事に集中し過ぎたせいで若干忘れかけていたけれど、このクレーンゲームに挑む際、僕たちは『ぬいぐるみの獲得者はクレーンゲームに成功した人にする』というルールを皆で定めていたのだ。これを当てはめると、今回クレーンゲームに成功したのは僕たち『鉄デポ』のメンバーではなく、目の前にいる女子学生3人組、という事になる。つまり――。
「……いや、これはみんなで大切に持っていて欲しいっす」
――ナガレ君の言葉に、僕たちも賛同の意志を示した。不思議と、ぬいぐるみを譲る事に関する悔しさや名残惜しさといった感情は湧かなかった。
「え、え!?ナガレ君もサクラっちも、それに友達の皆さんもいいんですか!?」
「こ、これとっても欲しがっていたはずじゃ……!」
「『ぬいぐるみはゲームに成功した人の物とする』っていう、俺たちのルールには従わないといけないっすからね。それに、これは俺たちの力で掴んだものじゃないっす」
「そうそう。あたしたちは今度来た時に頑張って獲得してみせるからさ。こうやって出会った思い出の品として、大切に持っていきなよ」
「……ありがとうございます!!」
ナガレ君や幸風さんの言葉を聞いた制服姿の女子学生3人組は、頭を深く下げて感謝の意志を示した。
一方、折角だからサインでも書いておこうか、という流れくんの提案を、3人組は敢えて断った。ぬいぐるみのサインがきっかけでナガレ君たちがこの場所に居たのがばれてしまうかもしれない、という、僕たちへの気遣いが大きな理由だった。
「あぁ、そうか……それもそうっすね」
「サインが無くても大丈夫です。このぬいが、皆さんと出会った証ですから!」
「私たちの秘密のタイムカプセルですよ!」
「いいね、その響き。気に入ったよ!」
そして、丁度良い頃合いで話がまとまったのを受けて、女子学生3人組はこのゲームセンターを後にする事となった。
改めて感謝の言葉を示し、満面の笑みでぬいぐるみを抱えながら去っていく3人を、僕たちは優しい気持ちで見送る事が出来た。
「いやー、まさか俺のファンにで出会うなんて思わなかったっすー!」
「あたしもびっくりしたなー……ちょっと緊張したけど嬉しい!」
「ふふ、2人とも人気で羨ましいわ」
そう語る彩華さんの一方、僕はある事を思い出し、美咲さんに尋ねようとした。でも、口から飛び出しかけたその言葉を僕はすんでのところで止めた。当然だろう、名義は違えど、大人気アイドルグループである『スーパーフレイト』の一員でとして活躍している村崎美咲さんの存在に、最後まであの3人組が気づかなかったという事実を指摘するのは、失礼に値するかもしれないからだ。
美咲さんはどう思っているのだろうか、少しだけ抱いた心配は幸いにも杞憂に終わった。僕の思いとは逆に、美咲さんは『気づかれなかった』事に安心感を抱いていたからである。
「き、気付かれなくて良かったんですか……?」
「ふふ、今日はアイドルの『葉山和夢』じゃなくて、1人の鉄道オタクの『村崎美咲』として皆と一緒に遊んでいるからねー」
「あぁ、なるほど……」
「確かに、その制服風コーデの似合いぶりだと分からないですね……」
「それに、『ハワムちゃん』までいるなんて知ったら……」
ゲームセンター自体が大騒ぎになってしまうだろう、という言葉に、僕やトロッ子さんは大いに頷いた。
そして、僕は改めて、『鉄デポ』で知り合う事が出来た仲間たちが凄い肩書きを持つ面々ばかりであるという事実を認識する事が出来た。でも、僕の心に浮かんだのはこのオフ会が始まったばかりのネガティブな感情ではなく、そんな仲間と巡り会えたことを誇りに思う、というポジティブな思いだった。
そんな感じで、色々なゲームに挑戦し、様々な出会いがあったゲームセンターだけれど、そろそろこの場所を後にする時が近づいてきた。ガラス窓から覗く、次第に夕焼け色に包まれていく空は、この場所で僕たちがどれだけ夢中になっていたかを示すかのようだった。
名残惜しい気分もあったけれど、まだまだビッグイベントが残されているという話を聞いた僕と彩華さんは、そちらの方への興味が強くなった。
「これ以上に面白い事が待っているの?」
「そうだよー。オフ会と言えば、やっぱり『アレ』だよね」
「そうそう、『アレ』っすね!」
「は、はい……!」
「あ、『あれ』って……?」
僕の問いに答えたのは、自信満々、ワクワクが止まらないような表情を見せる、モデル兼インフルエンサーの幸風サクラさんだった……。
「勿論、『カラオケ』だよ!!」
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