第117話:難敵・クレーンゲーム
大切な仲間と巡る、生まれて初めてのゲームセンター。
もぐら叩きゲームやシューティングゲーム、音ゲーにカードゲーム、様々なゲーム機が並ぶ中で、財布の中身を確認しつつ次は何で遊ぶか話し合っていた僕たち『鉄デポ』の6人が辿り着いたのは、入り口付近にずらりと並ぶ沢山のクレーンゲームだった。
ガラスや透明プラスチックに包まれたケースの中にたくさんの景品が並べられ、上にはそれらを持ち上げ取り出し口へと運ぶ役割を持つロボットアームが設置されている。そして、これらの景品の種類は多種多様。様々なキャラクターのぬいぐるみや人気アニメやゲームのフィギュアは勿論、家庭用のゲーム機やインテリアとして使える様々なグッズ、果てはお菓子まで存在する事に、僕と彩華さんは驚きを隠せなかった。こういうものまでゲームの景品とする需要が存在するのか、という彩華さんの素直な言葉に、幸風さんや美咲さんが楽しそうに解説してくれた。
「最近凄い人気だからね、クレーンゲーム。確かに景品目当てで来る人が多いけれど、中にはクレーンゲームに挑戦する事自体を楽しんでる人もいる感じかな」
「あー、確かにクレーンゲームに挑戦する事がメインの動画配信者の人もいるよねー」
「で、でも、お菓子まであるのは少しびっくりです……」
「ああ、あれ?クレーンゲーム用の限定パッケージって聞いたよ」
「なるほど……」
それなら確かにコンビニやスーパーで購入するものとは少し違う価値がある、と僕は納得する事が出来た。
そんな僕の視界には、この街で一番大きなこのゲームセンターのクレーンゲームに熱中する人々が映った。親子連れの人たちや僕と同年代の女子学生だけではなく、僕より一回り年上のような男性の人が黙々と景品獲得に挑んでいる様子も、しっかり僕の目に入った。幸風さんの言う通り、クレーンゲームは老若男女問わず多くの人から人気のようだった。
そして、同時に僕の中に何かしらのゲームに挑戦して、景品を手に入れたい、という欲が湧いてきた。それに任せる形で、是非挑戦したいと皆に進言しようとした、その直前だった。
「あ、あの……!こ、これなんて、どうでしょうか……!」
トロッ子さんが指さした先にあったのは、ゆるくて可愛い感じのキャラクターのぬいぐるみがずらりと並べられたクレーンゲームの機材だった。よく見ると、それらのキャラクターは全身がステンレス製の電車風の四角い箱に入っていたり、運転士や車掌、乗務員さんの衣装を身につけていたり、僕たち『鉄デポ』としては放置しておけないような外見をしていた。
「そう言えばこのキャラ、丁度『電車ごっこ』っていう感じのテーマを展開してるんだっけか」
「そうっすねー。格好良い電車の雰囲気を味わってみよう、って感じだったっすね、確か」
「つまり、電車と言うジャンルとのコラボレーション、という感じでしょうか」
「こんなところにも『鉄道』要素があるなんて思わなかったわ……」
彩華さんの言葉に、僕も同意した。
流石に鉄道模型や鉄道玩具は無かったけれど、その代わりこのクレーンゲームでたっぷり『鉄道』要素を楽しむことが出来る。挑戦してみようか、という美咲さんの言葉に、僕たちは当然乗ってみる事にした。
「とりあえず、せめて1個だけは取りたいわね……」
「そうっすよねー……あ、じゃあこういうのはどうっすか?」
そして、ナガレ君の提案で、今回は僕たち全員がそれぞれ1回づつ挑戦し、無事獲得口まで移動させることが出来た人がぬいぐるみを獲得する事が出来る、というルールが賛成一致で決まった。先程の鉄道運転シミュレーションゲームはつい遠慮してしまった僕だけれど、今回こそ頑張って良い所を見せたい、と心の中でやる気が湧き上がった。どうやら、気付かないうちに僕もまた、この賑やかなオフ会のポジティブな空気に包まれ、テンションが上がってきたようである。
「まず誰から行こうかしら?」
「はいはーい!じゃあ俺から……」
「え、ナガレ君さっき列車の運転であたふたしてたじゃん?なんか不安……」
「じゃ、じゃあサクラさんやってみてくださいよ!」
「え、あたし?よし、じゃあ分かった、あたしやってみる!」
こうして、まず先程のゲームの大失敗を指摘されてしまったナガレ君の挑発に乗る形で、幸風さんがぬいぐるみ獲得のために動き出す事になった。
お金をコイン投入口に入れた幸風さんは、早速ゲーム機の前に立った。このクレーンゲームは、左右に動かすボタンと前後に動かすボタンを駆使してアームを景品のところまで移動させ、上手く掴めるようにするスタイルのようで、幸風さんは慣れた手つきでボタンの操作を行っていた。狙いは、丁度下側にぽつんと置いてある、緑色の帯を纏った電車風の箱をすっぽり全身に被ったデザインのぬいぐるみだ。
「よし、そこっす!」
「サクラちゃんがんばれー」
皆に応援される中、幸風さんの指示に従うようにクレーンはゆっくりとぬいぐるみの下へと降りて行った。そしてアームが広がり、見事にぬいぐるみを掴んだ――。
「よし……よしっ……ってあれ……」
――と僕たちが思った直後、ぬいぐるみはあっさりと落ちてしまい、そのままアームは何の成果もないまま最初の位置へと戻ってきてしまった。
「悔しいー!あたしの100円がー!」
「まあドンマイっすよ、サクラさん。失敗は誰にでもあるっす」
「うぅ、ナガレ君の言葉が身に染みる……」
そんな訳で、次は美咲さんが挑む事になった。真剣にぬいぐるみを見つめながらアームをボタンで操作する姿は、普段のアイドルの時とはまた別の格好良さが溢れているような気がした。
もしかしたら、これでぬいぐるみは美咲さんのものになるかもしれない、と僕たちがつい思った時、その期待が甘い事を示すかのように、再びぬいぐるみはアームから落ちてしまった。惜しい所まで行ったのに、と悔しがる美咲さんの気持ちは、僕たちもよく分かった。
その後もトロッ子さんが挑んだけれど、ボタン操作を途中で間違えてしまったようで、関係ない場所にアームが落ちてしまい、失敗。ショックです、と落ち込むトロッ子さんは、美咲さんやサクラさんに優しく慰めて貰っていた。
続いて挑戦した彩華さんは――。
「お、お、掴んだ!」
「持ち上げたー!凄いよ彩華ちゃん!」
「やりますね、彩華さん……!」
――初めて体験するので緊張する、という言葉が嘘のようにアームを華麗に操作し、ぬいぐるみを上手い具合に持ち上げる事に成功していた。
そのまま順調に獲得口まで運べば、ぬいぐるみは彩華さんのものになるはずった。でも、残念ながら獲得口へ近づく少し前の地点で、ぬいぐるみはアームから滑り落ちてしまった。惜しい所までいったけれど、少しでもぬいぐるみの位置を移動させることが出来たのなら幸い。これなら次の人、つまりこの僕が獲得できる可能性が高くなっているはずだ、とナガレ君が皆に語った。
「譲司君が獲得するのなら、私は万々歳だわ。頑張って」
「う、うん……分かった、やってみるよ……」
「ジョバンニ君、緊張し過ぎないのもコツっすよー!」
「気を揉まなくて大丈夫だよー」
皆の声援を受け、僕は生まれて初めてのクレーンゲームに挑戦する事となった。
動き出したアームをまず横へ動かし、ぬいぐるみがある位置の近くに移動させる。そして、前後の位置をボタンを使って調整し、丁度良い箇所に近づいたところで、決定ボタンを押してアームを降下させる。方法こそ単純だけれど、だからこそより緊張度が増す作業だった。そして、確定した場所からゆっくりと降下したアームは、ぬいぐるみをがっちり挟み込み、獲得口へと運んでいく――僕は頭の中でそのようなしなりを描いていた。
でも、残念ながら理想と現実は大きく異なる結果になってしまった。僕が指定した場所は、ぬいぐるみがある場所から僅かにずれていたのだ。その結果、アームは何もない空間で『無』を掴む形になってしまった。
「惜しかったわね、譲司君……」
「彩華さん……クレーンゲームって、難しいね……」
「まあ簡単に取られちゃ商売あがったりだからねー、ドンマイだよ」
「ジョバンニさん、私は良い所まで行ったと思います……!」
がっかりした気持ちが顔に現れていたのか、僕は皆に優しく励まされてしまった。そして彩華さんに語った通り、改めてクレーンゲームの難しさを思い知らされる形となった。
そして、僕の悔しさは、最後の挑戦者たるナガレ君に晴らしてもらう事となった。こうなったら自分が欲しいという事以上に、『鉄デポ』の意地にかけて絶対にあのぬいぐるみを獲得して見せる、と語るナガレ君の思いの熱さを、僕たちはひしひしと感じていた。もしかしたら6度目の挑戦にして今度こそ上手く行くかもしれない――。
「ナガレ君やったれー!」
「応援してるよー!」
「頑張って……ナガレ君!」
「みんな応援ありがとうっすよー!絶対にゲットしてみせるっす!」
――皆の思いを背にボタンを操作してアームを動かすナガレ君の様子を、僕たちは固唾を飲んで見守った。
丁寧な指さばきで確実に目標へと近づいたアームは、がっちりとぬいぐるみを掴んだ。そしてゆっくりと持ち上がり、そのまま獲得口まで一直線に運んでくれる、と僕たちは信じていた。今度こそ絶対にうまくいいく、と。ところが――。
「……あ!!」
――獲得口まであと少し、という所だった。アームからぬいぐるみが滑り落ちてしまったのは。
「あああ!!悔しいー!!」
愕然とした表情のナガレ君の気持ちは、僕も痛いほど分かった。あそこまで上手く行ったのに、最後の最後で道を閉ざされるのは本当に辛いだろう、と。
皆も同じ気持ちだったようで、最後まで奮闘し続けたナガレ君を慰めつつ、ギリギリのところまで頑張った功績を称えた。
「やっぱりコツを掴まないといけないようね……奥が深いわ」
「私もクレーンゲーに挑むのは随分久しぶりだったからなー」
「でも残念でしたね……」
6回挑んで6人とも失敗する結果になってしまったのは悔しいけれど、僕にとっては十分な成果があった。クレーンゲームの難しさ、緊張感、そして景品を目指すまでのワクワクする思いを、存分に堪能する事が出来たからだ。この反省を活かし、次に訪れた時こそは成功して見せる、と心に決めようとした時だった。僕たちの傍で、幸風さんとナガレ君が財布を取り出し、再度クレーンゲームに挑戦しようと動き出していたのである。
もう一度やるのか、と驚く僕たちに、ふたりは堂々と言った。やっぱりここで『負ける』のは悔しいし、自分たちがこのゲームに挑戦した証を残せないのは実に勿体ない。それに、あのぬいぐるみは獲得口まであと少しのところまで来ている。今度こそ自分たちの力でゲットしてみたい、と。
「あ、あの、本当に大丈夫なのでしょうか……?」
「なんだかギャンブルにハマり過ぎて大損してしまう感じの雰囲気だけど……」
「それでも俺たちは頑張って挑むっすよ!」
「え、で、でもさっき撮影したプリクラもあるし、私は諦めても……」
「いーや、ここで諦めたらあたしの名が廃る!ナガレ君だってそう思う!だから成功するまで挑んでみせるよ!」
お金の余裕も無くなる可能性があるしやめた方が良いのではないかと止めようとする彩華さん、美咲さん、トロッ子さんの一方、幸風さんやナガレ君はここまで来たのだから諦められない、と強気の態度を見せていた。とは言え、幾らやる気があっても成功するとは限らない。いっそ店員さんを呼んで取ってもらうのも手段ではないか、と考えたけれど、自力で獲得したいというオーラを醸し出す幸風さんやナガレ君の様子を見ると、とてもそれを口に出す事は出来なかった。
やがて、最終的に折れたのは、彩華さん、美咲さん、トロッ子さん側だった。
「うーん……やるにしても、無茶はしないでねー」
「そうよ、お金は貴重なんだから」
「了解っす。俺たちも2、3回やって無理なら諦めるっすから」
「そうだよね……悔しいけれど……ってまだ結果が決まったわけじゃない!頼むよナガレ君!」
「ナガレ君……頑張って……!」
そして、改めて皆の応援を背に受けて、ナガレ君が再度挑もうとした、その時だった。
「あ、あの……!」
突然聞こえた声の方を向いた僕たちの瞳に映ったのは、緊張しつつもどこか嬉しそうな顔で『動画配信者』である飯田ナガレ君を見つめる、制服姿の3人の女子学生だった……。
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