第116話:運転士の素質

 生まれて初めて訪れるゲームセンターで見る景色は、何もかも新鮮だった。

 親子連れが賑やかに盛り上がる、エアーホッケーやもぐらたたきゲーム、パンチングゲーム、シューティングゲームなどが並ぶ、俗にいう『エレメカ』が並ぶエリア。

 僕たちと同年代ぐらいの男子学生が盛り上がっている、太鼓を叩くリズムゲーム。

 賑やかな音楽と共に画面に集中する人たちが夢中で体を動かしたりドラムを叩いたりしている、いわゆる『音ゲー』のエリア。

 そして、お金をメダルに変えた上で楽しめる、様々なスロットやパチンコが並ぶ箇所もあった。


「あれは一度熱中したら抜け出せそうにないわね」

「お金もやばいぐらい消えそう……」

「今回は遠慮しておこうねー」


 そう言いつつ、奥の方へ向かった僕たちの視界には、椅子に座った様々な人たちが大きな画面に集中しながらコントローラーのようなものを動かしたり機械を操作したりする光景が広がっていた。

 これが、アニメやゲームなど様々なものを題材にしたアーケードゲームだ、と美咲さんが解説してくれた。スマートフォンやテレビの画面で遊ぶのとはまた別の楽しさがあって、インベーダーゲームの時代から今もなお人気は衰えていない、と。

 そう言われて少し気になったけれど、生憎アニメやゲームにそこまで詳しくない僕はどこまで楽しめるか分からなかったので、こちらも今回は遠慮しておくことにした。

 とはいえ、こうやって遠慮ばかりし過ぎると、なかなかやりたいゲームが見つからない。食指が動かないというのもあるけれど、何より種類が豊富過ぎて、どれも興味深く感じてしまうからだ。そして、それは他の皆も同じだったようで、どれで遊ぶべきか揃って悩み始めてしまった。事前にどんなゲームがあるか調べておくべきだったかもしれない、という反省も含めて。

 すると、彩華さんが僕たちにある提案をしてきた。折角『鉄デポ』の面々で集まったのだから、『鉄道』に関するゲームを楽しむのはどうか、と。


「鉄道に関するゲーム……ですか……」

「子供向けの電車を運転する感じのゲームを見かけたような……」

「確かにそれも気になるね……」


「……あれ、運転するゲーム……」

「どうしたんですか、幸風さん?」

「いや、ちょっと……ああ、そういえば、さっきそういうの見かけたかも!」

「えっ!?」


 彩華さんの要望に応えたのは、ゲームセンターの中を巡っている最中、気になるゲームが視界に入った、と告げた幸風さんだった。

 その言葉を頼りに、もう一度入り口寄りの場所へ向かった僕たちは、まだ誰もプレイしている様子が無い、1つのゲームが置かれている事に気が付いた。そこに記されているゲームのタイトルは、僕も見覚えがあった。運転士になって列車を安全かつ的確に操作し、出発地点から停車駅まで導く、有名な運転シミュレーションゲームだ。

 

「あ、これ!そういえば新しいアーケード版が出たって話があったっすね!」

「え、そうだったの……!?」

「はい、鉄道雑誌にも広告が掲載されていました」

「ほ、本当……!?私たち、全然気づかなかったわ……」

「まあそういう事もあるよー」


 鉄道会社がゲーム制作に協力してくれている事もあり、リアルな車両や背景、音声、そして様々な条件に応じた描写に昔から定評があるこのゲーム。以前から僕もタイトルやゲーム内容は知っていたけれど、こうやってアーケード版の実物を見るのは今回が初めてだった。勿論、僕たちは即決でこのゲームで思いっきり遊ぶ事にした。

 まず最初に誰がプレイするか、それを決めようとした直後、真っ先に手を挙げたのは、動画配信者として活躍しているナガレ君だった。以前から是非やってみたいと考えていた、と語るその口調からは、自信がたっぷり溢れ出していた。


「旧型国電じゃなくて最新鋭の電車がモチーフのようですが、大丈夫ですか……?」

「大丈夫っすよ!こういうゲームは鉄道オタクのために作られているようなものっす。楽勝に決まってるっすよ!」

「うわー、天狗みたいに鼻が伸びてるねー」

「失敗フラグが立っちゃった件」


 いまいち期待してないような声の美咲さんや幸風さんの批評にもめげず、早速ナガレ君はお金を入れてゲーム機の『運転席』へと座り、色々と準備を行った。今回は、僕たちも良く知る有名な通勤電車を指定された停車駅まで安全に運行する、というのが目標のようだ。

 そして、車掌の役割を果たす女性声優さんのような声を合図に、ゲームが始まった。乗降扉がしっかり閉じているのを確認し、信号確認などの点呼もばっちりこなすナガレ君の姿は、確かに本物の運転士に負けないぐらい格好良かった。そして、幸先よくスタートした列車は、順調に線路の上を駆けていく――。


「……え、あ、あれ……!?」


 ――かに思われた。だが、その後に待ち構えていたのは、悪戦苦闘の連続だった。

 制限速度の標識を見誤り、ブレーキのタイミングを間違えて速度超過をしてしまう。逆に指定された速度よりも遅く走ってしまい、警告音が響いてしまう。気付けばナガレ君は、次々に出される指示を相手に悪戦苦闘を余儀なくされていた。警笛も鳴らさなければならない場面でもその慌てぶりが響いてしまい、タイミングが見事に遅くなってしまっていた。

 そして、最後の決め手となる駅のホームへの停車も、あまりに慎重になりすぎたせいでブレーキを早く掛け過ぎてしまい、最終的にオーバーランの逆、規定位置よりも後ろ側に電車は停車してしまったのである。当然、得点は芳しくない内容になってしまい、ナガレ君は少々大袈裟な感じだけど打ちのめされたのがよく分かる雰囲気に包まれながら僕たちの元へ戻ってきた。


「あぁ……やっぱり列車の運転って難しいっす……」

「やっぱり失敗フラグ成立しちゃったね」

「まあドンマイだよ。ナガレ君、もしかして初めて?」

「そ、そうっす……なかなか挑戦できなくて……」

「じゃあ仕方ないよ。次頑張ればいいさ」

「うぅ、ミサ姉さんは優しいっす……!」

 

 そんな感じの状況を見た成果、僕は少々この運転シミュレーションゲームに対して尻込みのような感情を覚え、次の挑戦者の権利を自ら放棄してしまった。見ているだけでも十分楽しいから、と何とか自分の中の弱さを隠す言い訳をした僕だったけれど、幸い皆もその思いを認めてくれたようで、ゲーム実況のような感覚なのだろう、それもまた楽しみ方の1つかもしれない、と様々な形で納得してくれた。

 そんな訳で、次の挑戦者は美咲さんとなった。


「ミサ姉さん、俺の敵をとってください!絶対負けないで欲しいっすよー!」

「りょうかーい」

「そんなゲームでしたっけ……」


 トロッ子さんの突っ込みはともかく、結果として美咲さんはナガレ君の『敵』のようなものをとったかのように、好成績をマークする事に成功した。

 出発時の様々な確認は勿論、通過する区間に応じた制限速度の変化にも丁寧に応じ、最後の駅の停車も同じように落ち着きながらマスターコントローラを操作した事で、見事に所定の位置へ停車出来たのである。ただ、途中で1箇所、警笛を鳴らさなければならない場所で鳴らすタイミングが遅れてしまったようで、それが減点に繋がってしまったのを美咲さんは少し悔しがっていた。

 とはいえ、初心者でここまで好成績をマークするのは凄い、と僕たちは揃って美咲さんを褒め称える事となった。


 続いて挑戦した幸風さんもまた、丁寧なコントローラ捌きで列車を運転し、様々な指示ポイントもしっかり見逃さずこなしていた。しかし、途中でつい鼻歌混じりになってしまうほど余裕を見せたのが仇になってしまったのか、最後の駅の停車でブレーキをかけるタイミングが遅くなってしまい、少しだけどオーバーランをしてしまった。勿論、その分の得点が引かれてしまったのは言うまでもない。


「あぁ悔しいー、油断大敵だー!」

「油断もまた失敗フラグの1つっすね、サクラさん」

「へへ……あたしも人の事は言えなかったね」


 鉄道の知識に長けた面々でも、実際にこうやって『列車の運転』をシミュレーションしてみると、思い通りにいかずこのようにどこかで失敗をしてしまう。でも、これはゲームだからまだ良いのであって、実際の列車を運転する際には決してそのような事は許されず、安全、定時、適格、そして丁寧な運転で旅客や貨物を運ばなければならない。そう考えると、やはり長年の練習や勉強を積み重ねた本物の『運転士』というのはとても凄い人たちだ――改めて『鉄道オタク』の端くれである僕たちは、実際に職務に携わる人への尊敬の念を大きくした。

 ただ、そのせいでゲームとはいえ運転に対して緊張感が増してしまったせいか、僕だけではなく彩華さんも運転を断る事態になってしまった。その結果、このゲーム最後の挑戦者は、同じように緊張気味のトロッ子さん、という事になった。


「トロッ子さんすいません……僕たちが断ったばかりに……」

「本当にごめんなさい……」

「いえ、謝る必要はありません。私、皆さんの分までしっかり安全運転してみます」


 こうして、若干緊張する様子を見せながらも、トロッ子さんは運転席に座り、ゲーム内の『電車』の操作を始めた。

 乗降扉の開閉もしっかり確認し、信号の点呼も済ませ、いよいよ出発した列車。その先にある速度が指示される箇所も、丁寧なマスターコントローラ捌きで綺麗に通過していき、安全運転に欠かせない警笛を鳴らす箇所も見逃さず、点呼と共に警笛を響かせる。様々な列車とすれ違う中、目の前に見えてきたのは目的地である停車駅。画面にブレーキをかける指示が出るのに合わせ、落ち着いた操作でマスターコントローラを動かし、やがて列車をゆっくりと、確実に所定の位置に止まらせる――。


「……ふう……!」


 ――大きく息を吐いたトロッ子さん、そしてその後ろから僕たちが見つめる画面には、最高得点を示す派手なお祝いの表示が映し出された。


「凄い!凄いっすよトロッ子さん!」

「トロッ子、運転士目指してみたら?あたしたちより絶対素質あるって!」

「あ、ありがとうございます……で、でもやっぱり緊張しますし、本物の運転士さんには敵いません……」


 謙遜するトロッ子さんだったけれど、その運転のテクニックは僕たちよりも格段に上だった。もしかして何度か練習をしているのか、と尋ねた美咲さんの問いに、トロッ子さんは照れながら答えた。協力しているバーチャルTuberの『来道シグナ』が現在このゲームに挑んでおり、その手ほどきをするためこっそり練習をしている、と。

 そういえば、確かに以前僕が視聴した『来道シグナ』さんの動画で、運転シミュレーションゲームに挑戦し続けている旨を報告していた。その時はまだ初挑戦だったので失敗の連続、安全運転には程遠い状態だったけれど、次こそは練習を積んでしっかり視聴者に安全運転を体験できるよう尽力する、と断言していたのを、僕は思い出した。もしかしたら、その動画の裏で、シグナさんの『中の人』のためにトロッ子さんは練習を重ねていたのかもしれない。


「あ、あの……私が言うのもアレですが……最初はナガレさんたちのように失敗はつきものです。でも、これはゲームですから、何度でも挑戦できます。諦めずに試行錯誤を繰り返して苦手なポイントを克服していくのが、上達の一番の方法かな……なんて……」

「なるほど……そうっすね、今度来た時はさっきの悔しさ、絶対に晴らして見せるっす!」

「私もそうだねー。あそこの警笛、しっかり覚えたよー」


 トロッ子さんのアドバイスに皆が感銘を受ける一方、僕たちもまた、今度来る機会があったら絶対に挑戦してみよう、と彩華さんと共に誓った。

 今回は失敗を恐れて尻込みしてしまったけれど、それもまた上達への大事な道。シグナさんだって、トロッ子さんだって、最初から上手い訳じゃない。失敗を過剰に恐れたり後悔したりせず、逆にそれも自分の中に取り入れるのが、『運転士』の素質を作り出す要因なのかもしれない、と僕は思った。


「いやー、でも何だかんだで面白かったっすね!」

「そうね、見ているだけでも楽しかったわ」

「じゃ、他にもどんなゲームがあるのか、色々と見てみようか」

「さんせー!」


 そして、僕たちは再び、ゲームセンターの和気あいあいとした賑わいの中へと向かっていった……。

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