第115話:それでもふたりは特別な友達

 賑やかな彩りが包み込み、沢山のアーケードゲーム機が並び、そして思い思いに様々な事を楽しむ人々で賑わう場所――それが、僕が足を踏み入れたゲームセンターの中に広がる光景に対する第一印象だった。

 ゲームに熱中する人、新たに挑戦するゲームを探す人、少し休憩がてらアイスクリームをほおばる人、楽しく語り合う人など、この場所に集う人たちはまさに老若男女様々。僕たちと同じ年代、制服姿の学生と思われる人たちは勿論、親子連れも入り口近くの様々な大型のゲームの機械で遊んでいた。

 あのようなゲーム機を『エレメカ』と呼ぶこともある、と豆知識を披露しつつ、ナガレ君は改めてこの場所が、街で一番大きなゲームセンターだ、と説明してくれた。


「本当に色々集まってるよね、この場所」

「最新のゲームはすぐに入るから、そういう系のオタク界隈もよく集っているそうっすよ」

「手前には親子でも楽しめるエンジョイ系ゲーム、奥はゲームに詳しい人たちが挑むガチ系ゲームが配置されてるんだよー」

「そ、そうなんですね……」


 それで、最初はどのゲームに挑戦するのか、と尋ねた彩華さんに、幸風さんは自分たちが最初に体験するのは『ゲーム』じゃない、と不思議な事を告げた。

 ゲームセンターに来たのにゲームをしないというのはどういう事なのか、と首を傾げた僕や彩華さんに、美咲さんが種明かしをしてくれた。こういったゲームセンターには、必ず皆で記念の写真を残せる装置――『プリクラ』があるものだ、と。

 

「……ああ、なるほど……!」

「じゃ、じゃあ僕たち、まず最初に……」

「そうっす!まずはじめに思いっきりプリを撮って、今日という記念日をたっぷり記録するっすよ!」

「わ、私も初めてなので……少し緊張しています……」

「あたしはどうだったかな……?もう何枚もダチと撮ってるから覚えてないや」

「流石サクラちゃんだねー」


 そんな事を喋りつつ、僕たちはエスカレーターを使って2回へ赴き、奥にあるというプリコーナーへと向かった。

 そこには、幸風さんにも負けない綺麗な女性の人たちの写真が描かれ、パステルカラーやピンクと黒など、女性を連想させるような色合いで彩られた、証明写真のボックスを一回り大きくしたようなものがずらりと並んでいた。その光景に圧倒され、どこに入るのか一瞬悩んでしまった僕を尻目に、幸風さんやナガレ君たちは慣れたようにお勧めの場所へと案内してくれた。多種多様なプリクラの種類があるけれど、特に初心者でも簡単かつ楽しく撮影ができる機種と言えばこれ、というのを事前に調べたり、自分たちの経験に基づいて提案してくれたらしい。

 やっぱり沢山プリクラを撮影しているであろう人たちは凄い、と感銘を受けていた僕の横で、トロッ子さんも同じように感心したような表情を見せていた。

 一方、その横で彩華さんは何やら考えている素振りを見せていた。何かあったのか、と尋ねようとした僕だけれど、それを口にしようとした直前に目的地へと辿り着いたため、理由は聞けずじまいだった。


「よーし、じゃあここで撮ろうか!」

「ちょっと窮屈っすけど、ここなら6人でも撮影可能っすね」

「あ、でもこれくらいのお金なら私が奢ってあげるよー」

「え、本当……?ミサ姉さん、ありがとう……!」

「な、なんだかすいません……」

「あ、ありがとうございます……!」


 少し恐縮していた僕たちを、美咲さんは早速プリクラの『箱』の中へと導いた。

 こう言った写真撮影は証明写真のボックスしか経験したことが無く、そう言う感じのシンプルなものを想像していた僕だけれど、入った先で待っていたのは操作用のモニターやライトなど、まるで本格的な写真を撮影するかのような雰囲気の機材の数々だった。

 そんな様相に驚いている僕と、何やら考えている様子の彩華さんを、他の皆は中央の場所へと案内してくれた。僕と彩華さんを取り囲むように、幸風さんやナガレ君、美咲さん、トロッ子さんが並ぶような構図だ。まず最初はこの構図――今回の主役、いじめを見事に乗り越えた2人を祝福するような配置にしよう、と気を利かせてくれたのである。少し気恥ずかしかったけれど、皆の好意に僕たちは甘える事にした。


 やがて、可愛い声の案内に従うように、僕の隣に立った幸風さんは手際良くモニターを操作して様々な設定を行っていった。お勧めのポーズなども紹介されていたようだけれど、まずは皆で気楽に撮影してみよう、という流れとなり、いよいよ決定ボタンが押される時が訪れた。


「じゃ、準備いい?彩華も大丈夫?」

「なんか緊張してない、彩華ちゃん?」

「ううん、大丈夫よ……むしろ、ワクワクしてるの」

「えっ……?」


 その言葉の意味は、『箱』の中でフラッシュが炊かれた時、明らかになった。可愛らしい声が撮影を促した直後、僕は全身に温かく柔らかく、そしてどこか落ち着くような感覚を味わったのである。そして、その正体は、撮影後にモニターへ表示された画面でもはっきり示された。彩華さんが満面の笑みを見せながら、隣にいる僕へ思いっきり抱き着いていた様子を。


「わ、彩華大胆過ぎでしょ!」

「なかなかやるっすね彩華さん!」

「彩華ちゃん、随分凄い事やるねー」

「もしかして……何かを考えていた素振りを見せていたのって……」

「ええ、トロッ子。こういう事よ」


 嬉しそうな、そして何かをやり遂げたように自慢げな表情を見せた彩華さんは、堂々と答えた。折角『写真』=『プリ』という形で今日の思い出が残されるのなら、この僕、和達譲司と梅鉢・・彩華と言う存在が『特別な友達』の間柄である証拠を残しておきたかった、と。そこまでプリクラに対して真剣な事を考えていたとは全く思わず、感心する思いを抱いた僕に、彩華さんは少しだけ心配そうに尋ねてきた。もしかして、いきなり抱きつかれて迷惑だったか、と。


「う、ううん……び、びっくりはしたけれど……で、でも、全然悪い気は起きなかったよ。だ、だって、僕たちは『特別な友達』だから……」

「譲司君……!」


 良かった、と嬉しそうな彩華さんを見て、幸風さんはプリとして使用するのはこの1枚でもう決定するしかないな、と語った。顔は少々苦笑い気味だったけれど、その口調にはイヤミなどネガティブな感情は全く感じられなかった。

 そして、彩華さんと僕は幸風さんに案内されながら、彩華さんが僕に抱き着く様子を皆が囲むような格好となったこの写真を様々に編集する事になった。明るさを変えて様々なイメージを作る、様々なスタンプを貼る、タッチペンを使って様々なイラストを描くなど多種多様な機能があるようで、幸風さんの案内に従うように彩華さんは色々と画面の操作を行っていった。流石、あの学校の酷い状況でもトップクラスの成績を維持していただけあって、彩華さんはあっという間にプリクラの機能を覚え、様々な画像編集を行っていた。でも――。


「ちょ、ちょっと……ジョバンニ君と彩華さんをキラキラさせたいのは分かるっすけど……」

「後ろにいる私たちの顔もしっかり見せてほしいなー」

「あ、そうね。ごめんなさい……」


 ――少々『特別な友達』である僕たちを目立させるのに邁進まいしんし過ぎた様子であった。

 そんなちょっとしたトラブルもあったけれど、ようやく僕たちの最初のプリが完成し、機械から出てきた。そこに写されていたのは、笑顔で僕に抱き着く彩華さん、その行動に周りで驚く4人、そして彩華さんと僕の周りを囲むような多数のキラキラだった。


「彩華ー、やっぱりハートマークも周りに飛ばした方が良かったんじゃないのこれ?」

「それじゃ『恋人』と思われちゃうじゃない。私と譲司は『特別な友達』なんだから、ハートマークはまだ早いわよ」

「いや、あれはどう考えたって恋人がする行為じゃん……」

「プリの撮影中に抱き着くなんてねぇ、トロッ子ちゃん」

「そ、そうですよね……」


 そうかしら、と気にしない素振りを見せるような彩華さんだけど、その頬が若干赤くなっているのを僕は見逃さなかった。

 6人で楽しく過ごすオフ会、皆のテンションがどんどん高くなっていく中で、『令嬢』たる彩華さんの行動も少しづつ大胆になっていくのがよく分かった。それを振り返った本人が若干恥ずかしがる程に。

 でも、その大胆さが無ければ、最初に出会った時に僕に対して物凄く早口で『好き』な鉄道の事をまくしたて、僕を導くような形で交友関係を結ぶ、という出来事は起きなかったに違いない。これもまた、『梅鉢』――いや、『綺堂彩華』さんという特別な友達が持つ魅力なのかもしれない、と僕は改めて感じた。

 そんな感じでやり取りをする僕たちに、折角だからもう1枚撮影しないか、とナガレ君が提案をしてきた。先程は彩華さんと僕がメインだったので、今度は自分たちもプリの中で目立ちたい、という思いもあったようだ。そのため、次にプリクラの『箱』の中に入った時は、ナガレ君、幸風さん、美咲さんが前に、僕と彩華さん、そしてトロッ子さんは後ろに並ぶ形となった。


「あれ、トロッ子は前に行かなくて大丈夫なの?」

「わ、私は……その……こ、ここが良いので……」

「人によって好きなポジションはあるもんだからね」

「なるほど……」


 そして、再び指示に従って画面を操作し、僕たちは2枚目のプリを撮影した。今回は画面に提示されたお勧めのポーズを、やり直し機能が使える限度まで幾つか試してみる事にしたけれど、最終的には王道のピースサインが一番しっくりくる、という意見にまとまった。

 その後、今度は幸風さんや美咲さんたちが確定したプリの画像を慣れた手つきで編集し始めた。その中には、僕たちの瞳の大きさを拡大する、というものも含まれていた。しかも、まるで漫画のキャラクターデザインのように巨大化させるのも可能である事に、初体験である僕は驚きを隠せなかった。


「まあ大きい瞳っていうのは昔から女子の憧れだったって言うからね」

「そうそう、私が学生時代の頃もそうだったねー」

「……あ、そうか、ミサ姉さん、俺たちよりも年上でもう学生じゃないんすよね」

「制服風コーデが余りにも似合い過ぎて、すっかり忘れていました……」

「そう言ってくれると嬉しいなー♪」


 そんな風に賑やかなやり取りをしている中で、同じくプリクラ初体験の彩華さんが、ある意見を述べた。


「……この大きくした私たちの瞳……どこかで見た事があると思ったら……」

「えっ?」

「……あれよ、『東海型電車』のデカ目ライト!」


 153系、111系、113系、401系、421系など、俗に『東海型電車』と呼ばれている、共通したデザインを有する国鉄時代の電車たち。

 それら車両は正面の窓の下にヘッドライトが設置されてるのだけれど、初期の車両はその白熱灯を用いたヘッドライトが後期の車両と比べて大きく、鉄道オタクから俗に『デカ目』とも呼ばれている。

 プリクラの編集機能でやたら大きくなった瞳を見て、大の鉄道オタクである彩華さんはその特異な姿を自分の中で納得させるため、鉄道車両のヘッドライトに例える、というアイデアを思い付いたようだ。


「な、なんかそう言われると確かにそれっぽい……」

「こ、こんな所に鉄道要素があったとは……!」

「まあ偶然だろうけどねー」


 美咲さんからの突っ込みを受けつつ、今回のプリも無事完成した。結局瞳の方はあまりピンと来ない、という事で拡大は控えめにし、その代わりメイク機能を駆使したり、スタンプを効果的に配置するなど、写真を盛り上げる様々な工夫を施す形となった。勿論、僕や彩華さん、トロッ子さんといった後ろの列に並んだ面々も、満面の笑みがたっぷり強調されていた。

 証明写真とは比べ物にならない程に様々な機能を有するプリクラの凄さ、面白さ、そしてワクワクさせる要素を、皆と一緒に僕も少しだけ味わう事が出来た。これは確かに男女共々熱中する人が多いのも頷ける、という納得の心も含めて。


「どうだった、プリクラ初心者のみんな?」

「わ、私はとっても面白かったです……!」

「僕も楽しかったです……!」

「ふふ……私も、素敵な写真が取れて満足したわ♪」


「へへーん、ジョバンニ君と彩華の仲良しぶりまで確認できたもんねー♪」

「そうっすよねー。あんな大胆な事まで……♪」

「もう!サクラにナガレ君、譲司君をからかっちゃ駄目じゃない!」

「多分彩華さん宛の言葉だと思います……」


 ともかく、これでゲームセンターでの最初のアミューズメントである『プリクラ』の体験は完了した。

 でも、この場所にはまだまだたくさんの面白さが眠っているはず。まさにお楽しみはこれから、という言葉が似合う状況だ。

 そして、僕たちは賑やかに楽しく、そして笑顔を見せながら、更なる体験を求めて1階へ向かうエスカレーターへと直行した……。 

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