第114話:ゲームセンターへの道

 長い間ずっと友達がおらず、ひとりぼっちで『鉄道』というジャンルにのめり込む日々を過ごし続けていた僕にとって、ほとんど縁がないと感じていた場所――それが、『ゲームセンター』に対する第一印象だった。

 様々なゲームが並び、人々の歓声が響く賑やかな場所。そこへ、『鉄デポ』の皆と一緒に生まれて初めて赴く。そう考えると、少しだけ僕の心には緊張の心が生まれ始めていた。

 でも、怖い、行きたくない、というネガティブな思いが占める割合は少なかった。むしろ、皆で行く初めてのゲームセンターでどんなことが待っているのか、という期待の方が強かった。

 それはきっと、『鉄デポ』の皆、そして僕の隣で――。


「ふふ……」


 ――嬉しそうに微笑みながらつり革を握る、彩華さんの姿があったからかもしれない。


 図書館を出た後、僕たちは最寄り駅へと戻り、目的地のゲームセンターに近い、この都市の中心部にある大きな駅へと向かっていた。

 乗車した電車はあいにくたくさんの人で混みあい、図書館へ行く時のように全員着席とはならず、揃ってつり革や握り棒を握って目的地まで立ち続ける羽目になってしまった。

 でも、僕たちはそこまで嫌な気分はしなかった。ゲームセンターという楽しみがあったのは勿論だけれど、一番の理由は乗車した電車だった。何せこの電車、ここ数年新型車両の継続的な導入により置き換えが進んでいる、この鉄道で一番古い形式の電車だったのだから。

 最新鋭の電車と比べて設備は若干古いし、内装も若干堅苦しさを感じるものがあった。でも、この雰囲気はもうそろそろ味わえなくなってしまう。たっぷりと堪能し、存分に乗り心地を楽しもう、と決意したのは、きっと僕だけではなく『鉄デポ』の皆もそうだろう、と信じる事にした。


(そういえば、教頭先生もこの形式が置き換えられる事、残念がっていたな……時の流れは速いって嘆いてたし……)


 いつか僕もそう思う日が来るのかもしれない、なんてことを考えているうち、僕たちは目的地となる大きな駅に到着した。たくさんの人の流れに紛れるように、僕たち6人も一斉に電車から降り、改札機にICカードを当ててホームを抜け出した。


「いやー、貴重な電車に乗れて良かったっすね!」

「本当だねー。音や写真を撮るのも良いけれど、乗り心地だけは言葉でしか記録できないからねー」

「そうですね。混んでいる時の空気、覚えておきたいです」

「この6人で一緒に味わったんですもの、忘れる事は無いと思うわ」

「そ、そうだよね……僕もうめ……彩華さんに賛成だよ」


「おーい、そろそろゲーセン行くよー!」

「了解っすー!」


 手を振る幸風さんについていく形で、僕たちは目的地まで一緒に進むことにした。


 ゲームセンターがある場所は、駅から少し離れたアーケード街の近く。休日だけあってたくさんの人で賑わう道は少しだけ苦手意識があったけれど、梅鉢さんだけではなく皆も一緒だ、と考えると、そういった気分も無くなるような気がした。

 そして、人混みを意識せず、大切な仲間との時間を楽しむことに重点を置き始めると、代わりに見えてくるのは視界に見える様々な店の数々だった。老舗を思わせる文房具屋さん、綺麗なカジュアルショップ、ドラッグストアにファストフード店など、色々な店が建ち並ぶ中、僕を含む皆の視線がつい行ってしまうのは――。


「あそこの店、美味しそうっすね……」

「あ、あそこリニューアルオープンしたんだっけ……」


 ――僕も名前を聞いた事がある有名なアイスクリームのお店や、幸風さん曰くSNSでも最近メニューが話題になっていたというスイーツショップなど、美味しそうなスイーツが堪能できそうな店の数々だった。

 本当はちょっぴり寄り道して一口食べたい気分はあったけれど、体の方は先程たっぷりとレストランで食べたお昼ご飯でお腹がいっぱい。そして何より、お金が足りそうにない、という根本的な問題を抱えてしまっていた。


「あそこのスイーツ、美味しいけれど……」

「ゲーセンでたっぷり遊びたいもんねー」

「仕方ないっす、今日は我慢っす!!」


「また今度機会があったら行きましょう」

「そうだね……」


 こうして、寄り道をしたい気持ちを何とか抑えつつ、目的地へ歩みを進めていると、今度は美咲さんが近くにあったとある店へ興味を示したように声を出した。

 どうしたのか、と尋ねたトロッ子さんに、美咲さんはその理由を語った。道路を挟んだ反対側にあるあの店――様々な化粧品や肌、爪の維持・管理などに使う様々なアイテムが販売されているというコスメショップという類のお店は、かつて『伝説のアイドル』と言われ、今は実業家として八面六臂はちめんろっぴの活躍を続ける美咲さんの芸能事務所の社長さんと関連した企業だというのだ。

 その言葉を聞いて、別の店舗だけどあのコスメショップチェーンの常連だという幸風さんは驚いた顔を見せた。まさか自分がそう言う形で事務所の社長シャンや美咲さんと繋がっているとは思いもしなかったようだった。


「マジか……社長凄すぎなんですけど……ガチで伝説のアイドルだよ」

「私たちはどう動いてもまだまだ社長の掌の上だよねー」

 

 盛り上がる美咲さんや幸風さんの一方で、僕は少しだけ疎外感のようなものを覚えた。僕にとって、化粧品や肌、爪のケアなどは中々縁を作るのが難しいジャンルだと思い込んでしまっていたからである。

 だからこそ、ナガレ君が会話に加わったのは少し意外だった。肌や爪の潤いや綺麗さの維持に、あのコスメショップの知識が大いに役立ちそうだ、と会話に加わったのだ。


「ナガレ君、興味あるの……?」

「まあ、俺も動画で皆に体を見せる身っすからね。化粧とまではいかないっすけれど、肌のケアは参考にしたいなって」

「なるほど……」


 そんな僕に、美咲さんや幸風さんは、あの店は見た目こそパステルカラーで『女性』を連想しそうな色合いだけれど、実際は男性向けの化粧品や肌ケア、ネイルケアに適した商品も多数販売されている、と。それに、今の世の中は昔と違って男性も積極的な化粧や体のケアが受け入れられるようになっている社会。きっと、そういった事を体験していると良い事があるかもしれない、と。

 モデル兼インフルエンサーとしてまさにそう言った分野の最前線で活躍する幸風さんと、同じくアイドルとして外見のケアを日頃から欠かせないであろう美咲さん、両者の言葉には僕を納得させるだけの説得力が含まれていた。


「なんか話しているとさー、実際に行きたくなってくるよねー」

「ミサ姉さんの気持ち分かるよー。今日は無理だけどさ、いつか機会があったら行ってみようよ、あの店!もち、ジョバンニ君やナガレ君も一緒にさ」

「ぼ、僕もですか……で、でも、面白そう……!」

「そうっすよねー。俺も一度ああいう店、訪れてみたいっす」


「あ、あの……」


 そんな僕たちに、恐る恐る声をかけてきたのはトロッ子さんだった。コスメショップなんて一度も行ったことが無いし、自分のような存在には縁が無いキラキラした場所だとずっと思いこんでいた自分のような人でも、訪れて大丈夫な店なのか、と尋ねる声に、同じくコスメショップに入る機会がなかなか無かったという『お嬢様』の彩華さんも同調した。

 すると、幸風さんと美咲さんは嬉しそうな顔をしてこう言葉を返した。


「いやいやー、むしろそういう人こそウェルカムだよ!ああいう店、初心者大歓迎だし!」

「そうだよー。店員さんが丁寧にアドバイスもしてくれるし、親身になってぴったりの化粧品や香水を探してくれるよ。だから心配しないでいいって社長も言ってたなー」

「伝説のアイドルの社長さんが、そんな事を……」


 そして、ふたりは言葉を続けた。メイクやケアは、日本の鉄道で言う『重要部検査じゅうようぶけんさ』のようなもの。コスメショップと言う『整備工場』の中で、オシャレやキレイに繋がる様々な要素を身につけ、店員差からのアドバイスを受け、自分自身の『塗装』をリフレッシュする。そしてそれは、単に自身の欠点を除去するだけではなく、自分と言う存在をより『好き』になるという不思議な効果を持っている、と。


「なるほど……まさに『心機一転』ね……」

「確かにメイクやケアは大変だけれど、なんか引き締まったような、あたしが生まれ変わったような感じがして、気持ちいい心地もするんだよねー」


 きっと彩華もトロッ子も、一度あの店を体験すれば、自分の良さをもっと引き出すことが出来るだろう――そう語る幸風さんと美咲さんに、ふたりは先程の不安が無事に抜けた事を示すような、嬉しそうな顔を見せながらの頷きを返した。

 そして僕の方も、自分が今まで触れる事が無く、そういう機会すらなかった要素を知ることが出来、また1つ知識欲が満たされたような安心感を覚えた。

  

 そんな話で盛り上がっていると、僕たちの目の前に目的地であるゲームセンターの看板が見えてきた。扉からは色々な人たちが出入りしており、改めてこの場所の人気ぶりを垣間見ることが出来た。

 ゲームセンターに来るなんて生まれて初めてだ、とつい心境を口に出してしまった僕に対し、ナガレ君はそういう事だろう、と前もって予測していた、と語った。『ジョバンニ君』と『彩華さん』が見た事が無いであろう景色、体験した事が無いであろう時間を、皆で一緒に味わうのが、ここからのオフ会の目標だ、と。


「勿論、このゲームセンターだってコスメショップと同じように初心者ウェルカムだよ、ねー」

「そーそー、こっからは思いっきり賑やかに楽しもう!」  

「わ、私も……お二人と一緒の時間を味わいたいです……!」


「そうね……ありがとう。じゃ、早速行きましょう、譲司君♪」

「うん……彩華さん……それに、みんな……!」


 いつもあちこちで見る度に、人々の熱気に圧倒されて尻込みしていたゲームセンター。でも、もうそのような怯えの心を抱く必要はない。だって、僕の傍には彩華さんが、みんながいるから。

 そして、僕たちを招くかのように、ゲームセンターの自動ドアが勢いよく開いた……。

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