第113話:知識の園の6人
「みんな、図書室へ行く準備は出来たかー!」
「おー!」「おーっす!」
「図書室に入った時は!」
「静かにするー!」「食べ物は禁止!飲み物もルールを守って飲む!」
「お目当ての本があってもー!」
「興奮して大騒ぎしない事!」「本は汚したり破ったりしない!」
「本を借りた後は!」
「じっくり大切に読む!」「期限までにちゃんと返す!」
これで図書館に行く準備は完璧だ、と楽しそうに頷く幸風さんと、ノリノリで対応し続ける美咲さんとナガレ君。そんな3人のやり取りを――。
「図書館の正面で何やってるのかしら……」
「オフ会と言うより学校の遠足ですね」
「み、みんなテンション上がっている……」
――僕と彩華さん、トロッ子さんは少々遠巻きに温かい目で見守った。
ともかく、僕たちはようやくこのオフ会最初の目的地である『図書館』に辿り着いた。今までこの場所を訪れた事が無かったというナガレ君や美咲さん、トロッ子さんも含め、皆で好きな本を探して借り、思いっきり楽しむというのが目的だ。この場所へ行きたい、という事を僕や彩華さんが皆に告げたのは今日=オフ会の当日だったけれど、念のため僕たちは皆に大きめの鞄やリュックサックを持ってきた方が良い、とアドバイスしていた。小さなバッグでは、図書館の本が入りきれない可能性を考慮したからだ。
その甲斐もあり、僕を含めた全員は大きな肩提げ鞄やリュックサックを用意してくれていた。特に制服風コーデに身を包んでいたアイドルの美咲さんは、鞄まで学校風のものを用意しており、完全に僕たちと同年代の女子学生のような雰囲気を醸し出していた。
「じゃあ、図書館のルールも確認したところで、早速行こうかー」
「そうっすねー!楽しみっす!」
勿論僕たちの目当ては、この図書館の目玉の1つとなっている充実の交通関連書籍のコーナーだったけれど、幸風さんは彩華さんと共に、先に子供向けの絵本が並ぶ場所で本を探す事にしていた。僕のニックネームである『ジョバンニ』と同じ名前を持つ主人公が、親友と共に銀河を駆ける鉄道に乗り不思議な旅を行うという絵本を探すためである。そして彩華さんも、少々気になる絵本があるようだった。
誰かに先に借りられてなければ良いな、と互いに語り合った後、彩華さんは僕たちの方を振り向き、ナガレ君や美咲さん、トロッ子さんの方をじっと見つめながらこう述べた。
「あ、言っておくけれど3人とも、
「お、OKっす!」
「わ、分かりました……」
「大丈夫だよー。彩華ちゃんがいない間にジョバンニ君の心を奪ったりする事は無いからねー♪」
「あははー、彩華妬いてるー♪」
「だ、だって……!と、とにかく入るわよ!」
『鉄デポ』のメンバーで図書館へ向かう事に心の中でワクワクしている僕と同様、彩華さんもテンションが高くなっている様子が見て取れた。
そして、先程の発言のせいかどこか気恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている彩華さんを先頭に、僕たち6人は沢山の本が待つ空間へ足を踏み入れた。ナガレ君たちにとっては新鮮な、僕たちにとっては久しぶりに感じる静かで落ち着いた空気が、内部を包み込んでいた。
「じゃ、あたしたちは絵本の方に行くからー。ほら、彩華」
「あ、そ、そうね……じゃあ、譲司君、良い本が見つかるよう健闘を祈るわ」
「ぼ、僕もだよ……」
小声で語り合った後、彩華さんたちは僕たちが向かう場所とは別の方向へ進んでいった。
そして、僕はこの図書館を初めて体験する3人を、入り口から少し離れた場所にある、交通関連の書籍がずらりと並べられた棚へと案内した。そこには今日も、借り手を待つ沢山の本がずらりと並べられていた。何度見ても凄い、と思うこの光景に、ナガレ君たちは口を開いて驚きの表情を見せていた。噂には聞いていたけれどここまで充実しているとは思わなかった、と言うトロッ子さんの感激ぶりに、僕は大いに同感していた。最初にここへ来た時の驚きと興奮を、思い出したからである。
そして、早速僕たちはお目当ての本を探すべく動き始めた。ずらりと並ぶ本を左から右へどんどん見て、是非読みたいと思った本を手に取り、ざっと内容を確認する。そして気に入った本を見つけ、手元にキープしておく――そんないつもの時間も、『鉄デポ』の皆と一緒にいると少々新鮮に感じる事が出来た。そして、『鉄デポ』の仲間たちも、棚の中にある本を見つけては目を輝かせていた。
「ジョバンニ君ジョバンニ君……!凄い本見つけたっす……!これ絶版していた本なんすよ!まさかここにあるなんて感激っす……!」
「よ、良かったねナガレ君……」
ナガレ君が予想もしていなかったお宝を発見していた傍らで、美咲さんもトロッ子さんも、各自好きな本を見つけているようだった。
一方、僕は今回、普段と少し違う本を探してみたい、と考えていた。どうしても車両や路線などに偏りがちになってしまっているので、気分転換も兼ねて新しいジャンルへ足を踏み入れてみたくなったのだ。幸い、そんな僕の要望を叶えてくれる本はすぐに幾つか目に入った。今回はこれらを借りて、合コン後に家の中でたたっぷり読んで勉強をしよう、と僕は心の中で決めた。
その後、彩華さんや幸風さんもこの交通機関に関する本が多数置かれた棚がある場所にやって来た。幸風さんの脇には、件の絵本がしっかりと抱えられていた。ここでもいくつか借りたい本があった様子の2人も加わり、棚の前は僕たち『鉄デポ』のメンバーのせいで混雑の様相を見せてきた。
「だ、大丈夫かな……他の利用者の人が困ったり……」
「た、多分大丈夫だと思うわ……誰も近くにいないし……」
「でもさー、そろそろ本を決めてカウンターへ行った方が良いと思うよ。あたしたちの『オフ会』はまだまだ色々な目的地があるんだし」
「あっ……なるほど……!」
まだ詳細は知らされていないが、図書館以外にも僕たちは様々な場所を訪れ、6人の時間をたっぷり堪能する事になっている。本当はもっと図書館にいたかったけれど、あまり長居し過ぎるとそれらの未知の楽しみの時間が減ってしまうかもしれない、と考えた僕たちは、手に取った本の借用許可を得るべく、図書館の中央にあるカウンターへ向かう事にした。
僕、彩華さん、幸風さんの図書館常連メンバーはすんなりと本を借りる事が出来た一方、初めて利用するというナガレ君、美咲さん、トロッ子さんは本を借りるためにカードを作成する必要が生じていた。幸い全員ともこの図書館で本の借用が可能となる条件を満たしていたようで、司書の人から用紙を貰い、必要項目の執筆をする事となった。図書館の本はみんなの財産だから、というのも大きいだろうけれど、書く事が意外と多くて大変だったな、と3人の姿を見て僕は思い返していた。
そして、無事書類を書き終えた面々も含め、僕たちは無事欲しい本を借りる事を完了したのだった。
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「よっしゃー、無事本を借りたっすー!」
「私も欲しい本を見つけられたよー。噂通り、種類がとても豊富だったね」
「わ、私も……大好きな本をがあってとても嬉しかったです……!」
図書館の外にある屋根付きのロビーで、僕たちは六者六様、様々な笑顔の表情を互いに向け合い、『オフ会』の目的の1つを無事達成できた喜びを共有し合った。
様々な感想を語り合う中、幸風さんがある提案をした。折角だし、何の本を借りたのか教え合うのはどうか、と。僕も内心では面白い本を見つけることが出来た事を皆に教えたい、こういう本がある事を共有したい、と考えていたので、他の皆と同様、その考えに乗る事にした。
「へー、ジョバンニ君、結構専門的な本を借りたんすね」
ナガレ君が反応してくれたのは、その僕が借りた『面白い本』――電車のモーターやブレーキ、台車など、様々な機器の構造や発達の歴史について詳しく記された書籍だった。
ざっと見たところ、僕でもさっぱり分からない単語が目白押しで非常に難しそうな内容だったけれど、この機会に『吊り掛け駆動方式』『VVVFインバータ制御』『回生ブレーキ』など、鉄道車両を調べる際に必ず出てくる単語の意味や構造をしっかりと把握しておきたい、と考えたのが、この本を借りる事にした理由だった。
「物理の勉強にもなりそうな本ですね」
「ジョバンニ君、良い勉強になりそうだねー」
「が、頑張って読みます……!」
一方、彩華さんは幸風さんと共に探していたという鉄道の絵本――ブルートレインの旅が描かれた1980年代の書籍を借りていた。この『オフ会』以前から、ブルートレインファンの幸風さんにお勧めされていた、という。どういう風に言われたのかは、絵の精密さ、簡潔ながらも旅情を感じる文章、そして何より一般の列車でも食堂車が営業していた時代を体感する事が出来る貴重な歴史的資料だ、と熱く語る幸風さんの様子から察する事が出来た。
「流石サクラさんっすね……」
「でもナガレ君だってこの本の内容を1時間ぐらい余裕で語れるんじゃない?」
「そうだよー、お互い様じゃん?」
「ま、まあそうっすね!サクラさんも俺も、好きなジャンルは思いっきり語れるっすよね!」
そう言ってナガレ君が見せたのは、大好きな旧型国電の書籍、それもかなり古い本だった。書店や古本屋、通販サイトでもなかなか見つからなかった代物で、ここで出会えることが出来て嬉しい、と言うナガレ君は、図書館の魅力をたっぷり感じる事が出来たようだった。
それとは逆に、美咲さんが借りた貨物列車の本は、最近発売されたばかりの新刊だった。以前購入した同様の本に最新情報を追加した改訂版のようで、図書館で借りて家でじっくり読み、買うかどうか考えてみる事にした、と美咲さんは語った。
「なるほど、そういう借り方もあるか……」
「豪華な試し読み、って感じかなー?」
その横でトロッ子さんは、今にもとろけそうな笑顔を浮かべながら、図書館で借りた本――軽便鉄道の書籍を大事に抱きかかえていた。しかも、その本は丁度トロッ子さんがコーディメイトのテーマとして選んだという、新潟県に存在した『栃尾線』の歴史や車両、沿線の風景を一気にまとめた内容。まさかここにあるとは思わなかった、と喜びを溢れさせるトロッ子さんからは、この場所に訪れた時のネガティブな気持ちがのしかかっている状況から既に脱却したという事がよく分かった。
「栃尾線は個性豊かな車両や特徴的な列車が沢山あるんです……!私、じっくり読んで楽しみたいです……!」
「そう言われると気になってきたわね……確か栃尾線って気動車も走ってたんでしょう?」
「ええ、第二次世界大戦前に走っていたそうです。それについても詳しく書かれていればよいですね」
そして、幸風さんが見せてくれたのは、無事に借りる事が出来た、『銀河を駆ける列車に乗った少年とその親友』の小説を基にした絵本だった。
それを見て、僕は少し懐かしい気分になった。小さい頃、母さんに買ってもらったこの絵本を何度も読み、列車で巡る銀河の楽しさやその中に垣間見える不思議な切なさを思いっきり堪能していたからだ。そしてそれは、他の面々も一緒だったようで――。
「あ、これ俺小さい頃読んだ事あるっす!懐かしいっすね!」
「私も読んだ事あるよー。この絵柄、今も覚えているよー」
「え、みんなこれ読んだ事あるの!?なんか悔しいんですけど!」
――絶対に読んで頭に内容を刻み込んで、皆よりもこの作品に詳しくなってやる、と幸風さんは皆の言葉を聞いて意気込みを語っていた。
絶対に面白いはず、とても良い話だ、という僕や彩華さんのお勧めも、そのやる気を増やすのに良い効果をもたらしたようだった。
そんな訳で、気付いたらあっという間に『図書館で過ごす』というオフ会の日程は完了してしまった。
1人だけで訪れるのも、彩華さんと一緒に本を探すのも楽しいけれど、こうやって仲間たちと共に過ごす時間を図書館で堪能するというのもなかなか面白い、という結論を、僕は心の中に刻む事が出来た。
「みんな、入る時に言ったけれどちゃんと期限を守って本を返すように、ね」
「了解っす!」
「そうだよねー、次に借りたい人もいるかもしれないし」
「それまで、本の世界を楽しんだり、内容をじっくり勉強するのが一番ですね」
「そうですね……」
「……さ、図書館で好きな本を借りた後は!」
そう言って動き出したのは、どこか自信満々な表情を見せる幸風さんだった。ここから先は、幸風さんやナガレ君、美咲さん、トロッ子さんの4人が事前に考えたというプランに従って行動する事になっているのだ。そして、僕たちが皆で『図書館』へ行く旨を当日知らせたように、今度は僕と彩華さんが次の目的地を知らされる番となった。
一体どこへ向かうのか、と尋ねた僕に、幸風さんはこう言った。鉄道に縁が無いようで、実は意外と縁がある場所。そして、僕と彩華さんは、恐らく行く機会がなかなかないであろう場所だ、と。
「えっ……ど、な、なんですかそれ……?」
「私たちが訪れない場所……一体どこなの?」
「ふふ……じゃ、ここで正解を言っちゃおうか!」
幸風さんの口から出たのは、確かにそれらのヒント通りの場所だった。
そして、僕たちは図書館から借りた本を各々の鞄やリュックサックに入れて、次の目的地――『ゲームセンター』へ一斉に出発した……。
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