第121話:たまには童謡でもいかが?
『鉄デポ』のメンバーが集まったオフ会最後の行事となったカラオケは、どんどん盛り上がり続けていた。
ナガレ君が最初に選んだ曲の影響で、その後に続いた幸風さんや美咲さんも次々に『鉄道』に関する楽曲を歌い上げ、皆満足げな表情を見せていた。
特に幸風さんは、大好きだという鉄道題材の超有名アニメの劇場版主題歌に続いてテレビアニメ版のオープニングも、低音を駆使して文字通り万感の思いを込めながら歌っているようだった。
その証拠に、曲が終わった後、まさに爽快と言わんばかりの気持ちよさそうな笑みを見せていたのだ。
一方、残りの面々――彩華さん、トロッ子さん、そしてこの僕、和達譲司は、カラオケ大会が始まって以降ずっとそれらの歌に手拍子をしたり、じっくりと聞いたりする側に回っていた。
当然だろう、モデルの幸風さん、動画配信者のナガレ君、そして本物のアイドルである美咲さんという本気で歌が上手な3人を相手にしてしまうと、音楽の授業で音程を合わせるだけでも大変だった僕が敵う訳がないからだ。
勿論、この3人が僕たちの下手な歌を聞いてからかったり馬鹿にすることは絶対にあり得ないのは知っている。でも、僕自身に歌える勇気が湧かなかったのだ。
ところが、そんな感じでずっと歌を聞きながらドリンク飲み放題のオプションを活かして烏龍茶やジュースを飲んでいた僕たちを見た美咲さんが、こんな声をかけてきた。
「どう、折角だからそこのみんなも歌ってみない?」
「……えっ……!?」
勇気が持てないので歌えません、と正直に言っても構わなかったかもしれないけれど、楽しみにしている雰囲気の美咲さんたちのがっかりさせるような顔は見たくない。一体どうすれば良いのだろうか、と悩みかけた時だった。
「……私、歌うわ。譲司君と一緒にね」
「……え……えっ!?」
協調運転コンビ来た、待ってました、と幸風さんやナガレ君が嬉しそうな声を上げるのと裏腹に、僕は突然の誘いに動揺してしまった。
「い、い、彩華さん……ぼ、僕、凄い下手だよ?リズムも音程もずれてしまうかもしれないし……」
「ううん。そんなのこっちも同じよ。上手い、下手なんて関係ない。私は、『和達譲司』という人物と一緒に歌いたいの」
「……彩華さん……!」
そんな僕の混乱を鎮めるかのように、そして相変わらずな僕の背中を押すかのように、彩華さんは凛々しく頼もしい笑顔を見せてくれた。
この表情に、僕は何度後押しさせられたのか分からない。それは、あの出来事を経てもなお僕はつい未知の世界に尻込みしてしまう情けない性格である、という表れかもしれない。
でも、彩華さんが一緒ならきっと大丈夫。幸風さんが言う通り、2人の力を合わせる『協調運転』で、『歌』というジャンルに足を踏み入れてみよう――。
「……う、うん……一緒に歌おう……!」
「……ありがとう、譲司君」
――そう決意した僕を、彩華さんは勿論、周りの皆も温かい笑顔で見守ってくれた。
とはいえ、一緒に歌いたいと進言した彩華さんは一体どんな曲が好みなのか、僕にとっては未知数だった。鉄道関連の楽曲はアニメソングばかりではなく、アイドルソング、歌謡曲、J-POP、演歌、更には歌が無いクラシックやブラスバンドまで幅広いジャンルに星の数ほど存在するからだ。
そして、美咲さんに教えてもらいながらタブレット端末を操作し、このカラオケルームに流れる楽曲を選んだ彩華さんは、その曲名を僕に見せてくれた。
それは、確かに『鉄道』の楽曲に間違いなかった。でも、もし僕が選んでいたとすれば、多分気恥ずかしさで真っ先に外していたであろうジャンルの楽曲だった。
「彩華さん、それは……」
「もしかして譲司君、こういう曲は苦手かしら?」
「い、いや、そういう事は無いけれど……」
意外な選択に若干戸惑った僕だけれど、周りの面々はその『意外さ』を素直に口にしたうえで、彩華さんの選択肢を尊重し、そして僕とのデュエットを楽しみにする意志を示していた。
「なるほどー、確かに新鮮ではあるよね」
「でもこれも立派な『鉄道ソング』っすね。すっかり忘れてたっす」
「こういうのも全然ありだと思うよー。どんな感じに歌い上げるか、楽しみだね」
「私も是非おふたりの歌声で聞いてみたいです……!」
皆にここまで期待されれば、僕には歌うという選択肢しかなかった。でもそれは決して『無理やり』ではなく、彩華さんと一緒に歌いたい、という自分の意志で決定したものだった。
「……譲司君、歌いましょう」
「……うん……!」
そして、彩華さんが再生ボタンを押すと共に、スクリーンの中に『新幹線』が走る映像が、スピーカーからは『新幹線』を題材にした、古くから親しまれている『童謡』が流れ始めた。僕も小さい頃、何度も楽しく聞いた事がある曲だ。
ただ、それから月日が経ったせいで若干歌詞の記憶がおぼろげになり、スクリーンに流れる歌詞を見ながら朗々と歌声を響かせる彩華さんについていくという、若干あたふたとした状況になってしまった。
それでも、周りの皆はからかったり馬鹿にしたりする事なく、楽しそうに手拍子をしたり僕たちに合わせて歌ったり、様々な形で僕と彩華さんのデュエットを応援してくれた。
そして、まるで高速で走る新幹線のように、あっという間に僕と彩華さんの歌は『終点』へと辿り着いた。緊張の糸がほぐれた僕に、彩華さんは優しい笑みを見せ、そして皆も拍手で称えてくれた。
「ありがとう、譲司君。おかげで楽しく歌えたわ」
「こっちこそ……一緒に歌ってくれてありがとう……!」
「こう聞くとたまには童謡も悪くないね」
「結構盛り上がりそうっすね!」
そんな風に感想を言い合っていた皆の言葉の内容は、次第にこの『童謡』の内容そのものへと移っていった。
この曲が世に出されたのは、世界の鉄道の常識を変えた日本の大発明『東海道新幹線』が開通してから数年後、まだ『0系』という形式名すらなく『新幹線用電車』などと呼ばれていた時代。 在来線や当時の世界各地の列車を超える数値とはいえ、営業最高速度はまだ210km/hだった。
それが、今や日本の新幹線における最高速度は320km/h、カーブや線路の状態など色々厳しい条件がある東海道新幹線でも285km/h運転が毎日のように行われている。更に世界に目を向ければ、中国などで最高速度350km/hの営業運転が行われているのだ。
「半世紀以上経ってるとはいえ、技術の進歩って凄いわね……」
「昔の人が今の新幹線の速度を聞いたら、飛行機か何かと勘違いしてしまうかもしれませんね」
「それに『ひかり』よりも更に速い種別が生まれてるっすからねー」
「丸っこくてメチャカワな0系新幹線を知らない鉄道オタクも絶対いそうだよ」
「確かに、引退して随分経ちますからね……」
「それに、0系じゃないっすけど2階建て新幹線も全部引退しちゃったっすからね……」
新幹線も随分変わったものだ、と全員が納得した時、美咲さんが次に歌う人として名乗りを上げた。
僕と彩華さんによる童謡のデュエットを聞いて、貨物列車オタクとして是非歌いたくなった楽曲がある、という美咲さんの熱い思いは、確実に僕たちの心へ伝わっていた。美咲さんの中では貨物列車が『伝説のアイドル』と同等の、好きで好きでたまらない存在と見做されているという胸の内も含めて。
そして、美咲さんが選択した楽曲は、まさにその『好き』の思いを溢れさせるような作品――『貨物列車』を題材にした童謡だった。
先程『伝説のアイドル』こと所属事務所の社長の持ち歌をカバーした際の美咲さんは、まさにステージで華やかに歌い上げるアイドルそのものの姿だったけれど、今回のミキサさんはそれとは打って変わり、子供たちの前で明るく優しく、そして丁寧に『貨物列車』の魅力を伝える、まるで歌のお姉さんのような雰囲気を見せていた。
曲に多用される擬音も丁寧に歌い上げる美咲さんに、僕たちは自然と合いの手を乗せていた。どこか小さい頃、まだ『鉄道が好き』という思いが傷つける存在が世に溢れている事を知らなかった頃に戻ったような感覚を僕は味わっていた。
そして、貨物列車が到着するような擬音を口にし、美咲『お姉さん』はゆっくりとマイクを置いた。
「いやー、流石ミサ姉さん!上手かったっすー!」
「やっぱりミサ姉さんには貨物列車がぴったりね」
「き、聴き応えがありました……!」
拍手で称える僕たちに感謝の言葉を述べつつも、同時に美咲さんは若干の苦笑いを見せていた。ぶっちゃけた話、この歌に登場する『貨物列車』は、今の日本でほとんど見る事が出来なくなっている、と語りながら。
その言葉通り、『家畜車』や『
「あ、でも車掌車はギリ残されてるじゃん?大物車の貨物輸送とか甲種輸送とか、SL列車にも使われてるし……」
「でも通常の貨物列車での運用はほぼ無くなっちゃったんだよねー。JRになった後も幾つか残されてはいたんだけど……」
「ああ、確かに……」
今の日本の貨物列車のメインは完全にコンテナ車によるコンテナ輸送に移管している。もしこれから貨物列車の童謡を作るとなると、きっとコンテナを歌い上げる楽曲になるかもしれない、と美咲さんは語った。
先程の新幹線もそうだけれど、長い間親しまれ続けるからこそ、童謡にはその曲が作られた時代の情景が詰め込まれているのかもしれない、と僕は思った。
一方、そんな僕と同じ思いをナガレ君も抱いたようで、自分も是非『時代』が分かる童謡を歌いたい、と名乗りを上げた。
何の曲を歌いたくなったのか、そのタイトルを見て僕は納得し、同時に歌詞の内容を思い出した。制作当時の日本各地の特急列車をJR・私鉄問わず歌に乗せて紹介する、というものだ。
そして、再生ボタンを押したナガレ君は、早速その力強い歌声に鉄道が『好き』という気持ちを込めて童謡を歌い始めた。ところが、その歌声は途中で止まってしまった。何故なら――。
「うおすげえ!これ、歌詞通りの列車の映像じゃないっすか!」
「あ、本当だ!すごっ!このカラオケ店結構ヤバくね!?」
「なかなか貴重な映像だねー」
――スクリーンに映されていたのは、その歌詞に登場する様々な特急列車が走る光景を撮影した映像の数々だったからである。
そんな鉄道オタクの心を刺激される映像を見せられると、ナガレ君は勿論、誰もが夢中になってしまうのは必然の流れだった。
「これ、全部解体されたんでしたっけ」
「そうみたいっすね、勿体ない」
「
「あ!これ置き換え前の車両っすね!」
「最近新型車両に置き換えられたんだよねー」
「まあ、他所からの転属ですけどね……」
「あー!!推し!!あたしの推し列車!!動いて走ってる!!」
「まあまあ落ち着いて……」
「ふふ、サクラさんは夜行列車が大好きですからね」
「この列車も廃止されちゃいましたね」
「国鉄時代からの名列車も、最期は上り1本、休日運休……哀れな話だよ」
「新幹線や高速バスに客が奪われたのかしらね……」
そんな訳で、最終的にこの曲に関してはナガレ君の歌声を楽しむのではなく、スクリーンに流れる貴重な鉄道の映像を楽しむ鑑賞会になってしまった。
でも、僕を含めて全員とも予想外の事態に大満足だった。
歌う事だけがカラオケじゃない。一緒に訪れた皆で賑やかな時間を過ごす事も、またカラオケの楽しみの1つだ――僕は、改めてそんな事を実感できた。
少し小ぢんまりとしたカラオケルームに溢れ続ける『鉄道』が『好き』という情熱は、まだまだ収まる気配を見せなかった……。
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