第122話:歌姫の原石

 鉄道関連のアニメソングを熱唱したり、アイドルソングを楽しんだり、童謡の歌詞の内容で制作当時の雰囲気を感じたり、様々な楽しみをしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。

 鉄道ソングと言うのは思い浮かべば浮かぶほど存在するもので、新幹線のプロモーションCMに使われた楽曲、鉄道関連のゲームのテーマソング、果ては演歌まで、皆思い思いの曲を楽しそうに歌いっていた。 

 とはいっても、ほとんど歌い続けていたのは幸風さん、ナガレ君、美咲さんの3人で、僕を含めたそれ以外の面々は手拍子をしたり歌声を楽しんだり、歌とは別の方向で盛り上がる事になったけれど。

 そして、僕たちは夜行列車に関する有名な『歌謡曲』を見事に歌い上げた幸風さんを盛大な拍手で称えた。


「いやー、ありがとー!」

「サクラさん、このような楽曲も得意なんですね」

「えへへ……じつはマ……じゃない、親がこの曲が得意で、カラオケ行った時絶対盛り上がるってあたしに教えてくれたんだよ」

「確かに、こういう曲って案外私たちの世代でも盛り上がるかもしれないね」


 そんな感じで歌の感想を述べつつ、この曲で歌われた『夜行列車』も今や昔、今の日本の鉄道は夜行列車に厳しい情勢になってしまった、と嘆くブルートレイン大好きな幸風さんを皆で慰めていた時だった。

 

「……そうだ!全然話が違うんすけど……ミサ姉さん!」

「えっ、私?どうしたの?」

「そろそろ一曲、歌ってもいいんじゃないっすか?『スーパーフレイト』の楽曲!」


 そう言いながら美咲さんへマイクを向けるナガレ君の行動で、僕は気づいた。美咲さんはここまで様々な楽曲を熱唱しており、中にはかつて『伝説のアイドル』として活躍したという美咲さんの事務所の社長が鉄道会社とコラボレーションした時のものも含まれていた。でも、その美咲さんが所属するアイドルグループ『スーパーフレイト』の曲は、まだ歌っていなかったのである。

 ナガレ君の言葉を聞いて、この機会なので是非聴きたいと賛同したのは幸風さんと彩華さんだった。そして正直な所、僕もこれまであまり『スーパーフレイト』の楽曲を味わう機会に恵まれず、ネットにアップされている公式PVを何度か視聴したぐらいだったので、生で歌うとどのような感じになるのか、体験してみたかった。

 でも、美咲さんは少し苦笑いをしつつ、その要望をやんわりと断ろうとした。


「ま、まあ聞きたい気持ちは分かるよ?でも、コンサートの会場とこのカラオケルームは別のベクトルで緊張しちゃうんだよねー。しかも持ち歌でしょ?失敗したら私自身がショックだし……」

「そんな事無い……と言いたいけれど、気持ちは何か分かるかもしれないわ……」

「うーん……でも聞きたいっす!せっかくここまで来て『スーパーフレイト』の曲が聞けないのは、なんかこう……!」

「わかる、分かるよナガレ君の気持ち……!」

  

 皆の熱意に押されながらも、美咲さんがどうしようかと悩む素振りを見せていた時だった。


「あ、あの……!と、途中で割り込む形になってすいませんが……わ、私が……私が歌っても、構わないでしょうか?」


 可愛らしい声で名乗りを上げたのは、今までずっと歌わないまま皆の熱唱をにこやかに楽しんでいたトロッ子さんだった。その顔には、緊張だけではない、1つの覚悟のようなものを感じていた。

 先程までと違う様子は美咲さんもうっすら感じたようで、マイクを渡しつつ、率直に何があったのかを尋ねていた。すると、返ってきたのは意外な言葉だった。トロッ子さんの親友であり、ネット界隈で大人気のバーチャルTuberの『来道シグナ』さんが、近々『スーパーフレイト』の人気曲のカバーを披露する事を検討中である、というのだ。カバーに関する許可の申請は既に美咲さんの事務所の方に送信しており、承諾を貰い次第動画制作を開始するつもりだという。ただ、美咲さん本人にはまだその事が伝わっていなかったようで、嬉しがりつつ非常に驚いていた。


「へぇ……私……じゃなかった、私たちの曲を歌ってくれるって事だね!」

「ごめんなさい、ここで明かす形になってしまって……」

「心配ないよ。社長も忙しいから、連絡が滞ってしまったんだろうね。むしろこっちこそ承諾できなくて悪かったね」


 それに関しては今度改めて書類による承諾を行う旨を確認しつつ、改めてトロッ子さんはこの場で『スーパーフレイト』の人気楽曲を歌いたい理由を語った。

 『来道シグナ』さんの支援者として、どういう感じの楽曲なのか、一度自分自身で歌ってみたい、というのだ。


「おぉ、トロッ子さん真面目っすねー!」

「それで、何の曲を歌うの?」

「はい、この曲なのですが……」

「……あれ、これってさ、『鉄道ソング』じゃない?」

「確かにそうだねー、歌詞に電車が出ているし」


 トロッ子さんが選んだ楽曲は、今どきの学生の1日の『あるある』を詰め込み、同年代の共感を集めたという、美咲さん曰く王道のアイドルソングだった。そして、幸風さんの指摘や美咲さんの補足通り、その歌詞の中には確かに『満員の通勤電車』での通学の情景もばっちり含まれていた。鉄道に関する楽曲と言う意味も含めて、なかなか良いチョイスをした、と美咲さんはトロッ子さんを褒めていた。

 そして、笑顔を見せた後、トロッ子さんは自分に喝を入れるかのように柔らかそうな頬を軽く両手で叩き、歌う準備を始めた。

 普段から可愛いアニメキャラクターのような声のトロッ子さんの歌声はいったいどのようなものなのだろうか、興味津々だった僕の思いは――。


「……!?!?」


 ――良い意味で裏切られた。

 勿論、きっと下手だろう、などの誹謗中傷な言葉は一切思っていなかった。でも、正直な話、僕は心の中で、トロッ子さんもきっと僕のように緊張してしまうだろう、と勝手に思い込んでしまっていた。ところが、いざ歌い出したトロッ子さんの歌は、本当に失礼だけれど、予想していたよりも遥かに上手い、それこそアイドルの美咲さんにも匹敵するほどの可愛さと上手さに満ち溢れていたのである。

 リズムが変わる難しい箇所も全く気にせず、リズムも音程もばっちり。そして歌声自体も、凛々しさや美しさも併せ持つのが美咲さんなら、まるでアイドルが持つ『可愛さ』の要素全振り、といった雰囲気を醸し出していた。

 勿論、歌が進むたびにカラオケルームの中がどんどん盛り上がっていったのは言うまでもない。


 やがて、曲も終盤に差し掛かった時だった。


「……ああ、やっぱり我慢できないや!トロッ子ちゃん、私も加わるよ!」

「え、あ、はい……!喜んで……!」


 歌うべきか否かずっと迷い続けていた美咲さんがついに重い腰を上げ、トロッ子さんと声を揃えてラストのサビを熱唱し始めたのである。

 僕たちの目の前で繰り広げられているのは、まるで2人組のアイドルユニットが、僕たちのためだけにミニライブを開催してくれているような、贅沢な時間だった。

 

 そして、見事に歌い終わった美咲さん、そしてトロッ子さんに、僕たちは最大限の拍手を送った。


「す、凄いです……トロッ子さんも美咲さんも……!」

「すげーじゃんトロッ子!めっちゃ可愛かったよー!」

「ミサ姉さんの心を動かすなんて、やるじゃない!」

「あ、ありがとうございます……!」


 そんな感じで感想を述べあう僕たちを押しのけるかのように、ナガレ君は更に興奮したような早口でトロッ子さんに語り掛けた。


「俺、はっきりと思ったっす!トロッ子さん、歌い手に向いてるっすよ!」

「え、わ、私ですか?」

「そうっすよ!絶対皆トロッ子さんの歌声に心奪われるっす!裏方だけじゃなくて表に出てもいいと思うっすよ!」

「そ、そうでしょうか……?」


 更に、トロッ子さんの傍にやってきた美咲さんは、トロッ子さんの手をがっちりと握るや、とんでもない事を言い出した。元・『伝説のアイドル』が率いる、美咲さんの芸能事務所に是非入社しないか、とその場でスカウトをしてきたのである。


「え、ええええ!?そ、そんな……」

「絶対に人気になると思う。社長も間違いなくそう言うはずだよ。『歌姫の原石』が、この場で眠っているのは勿体ないと思うんだ。顔出しが苦手だったら覆面歌手という手もあるし……!」

「そ、そ、その言葉は嬉しいです……でも……」


 突然の勧誘、そして最大限の誉め言葉に嬉しがりつつも、トロッ子さんは若干苦笑いを見せながらそれらの誘いを断った。今の自分は、『来道シグナ』というバーチャルTuberの中の人を全力で支援し、その活躍に1人のファンとして心躍らせることが一番楽しい。鉄道で言う『保線機械』のような『裏方』に徹する暮らし方も、案外悪くないと思っている、と。


「裏方……何かそれも格好良いっすね……!」

「バーチャルTuberが全力で活躍できるよう、そのレールを守る仕事を担っている、という事ね」

「ちょっぴり残念だけど、トロッ子ちゃんがそう思っているなら、私はそのやり方を応援するよ」

「皆さん……ありがとうございます……!」


「あれ、という事はトロッ子が歌がめっちゃうまいって知ってるの、あたしたちだけって事になるんじゃね?」

「あ、確かに……!」


 とても素敵な事実を知る事が出来た、という幸風さんの言葉に、僕たちは大いに納得した。

 6人だけでいるこの部屋の中で、僕たちは新たな知識、新たな経験、そして新たな秘密を共有し合う事になった……。

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