第123話:宴の終わり

「あっ……」


 ナガレ君や幸風さんの楽しみ具合、アイドルである美咲さんの本気、彩華さんとのデュエット、そして想像以上だったトロッ子さんの歌の才能。

 色々な楽しみが目白押しだったカラオケも、そろそろ終わりの時間が近づいている事に、僕はスクリーンに表示されている時間を見て気が付いた。

 テーブルの上に置いてあったジョッキに注がれていたジュースや烏龍茶もすっかり空っぽになっており、どこか寂しげな雰囲気を醸し出していた。

 そして、皆も同じことを薄々気づき始めたようで、少し残念そうな表情を互いに見せあった。


「そっかー、そろそろカラオケも終わりだねー」

「夜通しやりたいけれどさ、あたしたちまだ学生だからね……」

「そうっすよねー。大人になったら枕と鉄道の本と鉄道模型持ってきて夜通しカラオケやりたいっす!」

「楽しみ過ぎて喉が痛くなりそうですね……」

 

 色々と語り合っていた僕たちの話題は『最後に何を歌うか』という内容に変わっていった。

 ここまで実に多種多様、『鉄道』に関する内容に関わる曲ならジャンル問わず何でも良し、という鉄道ソング祭りと言った様相だったけれど、いざ最後の曲となるとつい悩んでしまう。

 あれも良さそう、これも良さそう、でも『最後』という特筆すべき順番にぴったりとなると若干怪しい。一体何がふさわしいのだろうか、と皆と一緒に頭を悩ませていた時、彩華さんがまさにぴったりの楽曲を提案してくれた。


「……ああ、そう言えばまだ歌ってなかった!」

「肝心な楽曲を忘れてたっすね、俺たち!」

「しめにふさわしい楽曲かもしれないねー」

「みんなで一緒に歌いましょう」

「そうしましょう。譲司君も、それでよいでしょう?」

「うん、勿論だよ……!」


 こうして、僕たちはこの『鉄デポオフ会』最後のイベントとして、皆で『鉄道唱歌』を合唱する事となった。


 鉄道唱歌は第1集から第5集、加えて北海道編もあるそうで、全て歌うと途轍もない時間がかかる。しかも、その一部である第1集だけでも30分近くの時間を費やす。流石にそうなると帰りの時間が心配になってしまうので、今回はキリが良い時間になったところで『下車』する、という形で合意した。そして、タッチパネルを慣れた手つきで操作した彩華さんによって、カラオケルームの中に聞き慣れたメロディが流れ始めた。

 これなら、歌が苦手な僕でもばっちり歌唱できるはずだ。そう考え、まず皆で1番の歌詞を声を合わせて歌いきった。短い歌詞である事に加えて、旅の始まりを示す印象的な内容と言う事もあり、目を瞑っても楽しく歌えるほどだった。

 そして、『列車』は曲が制作された当時のターミナル駅だった東京の駅を出発し――。


「……あ、あれ……ま、待って、何でみんな黙っているの?」


 ――すぐに止まってしまった。


「え、いや、その……2番の歌詞、知らなかったんすよ……」

「え、あ、もう3番になっちゃったわ……!」

「ちょ、ちょっと!だ、誰も覚えてないって事!?出発した後の続き!?あたしもだけどさ!!」

「ご、ごめんなさい……私も覚えきれていないです……」

「ぼ、僕も……」


 そして、言い出しっぺの彩華さんもまた、1番以降を歌う機会は数回しかなく、しかもだいぶ昔の事だったようで、歌詞をすっかり忘れてしまった事を白状した。

 つまり、鉄道オタクを名乗っておきながら、僕たち6人は誰も『鉄道唱歌』の全容をほとんど知らないまま、カラオケに挑戦しようとしていた、という訳である。


「ちょ、ちょっと、今何番?」

「分からないっす……列車、だいぶ遠い所まで行っちゃったみたいっすね」

「え、えーと……と、とりあえず歌いましょうか……」

「歌詞見て何とか乗り切ろう……!」


 表示される歌詞を見ながら、それっぽく歌い続けるトロッ子さんと美咲さん。『列車』に中々乗り切れず、困惑してばかりの僕と彩華さん。そして、最早『乗車』を諦め、流れる歌詞をじっくり見る事に徹し始めた幸風さんとナガレ君。それぞれ反応は様々だけれど、何とか鉄道オタクのプライドにかけて、鉄道唱歌を楽しもうと努力し続けていた。

 でも、結局グダグダになってしまった皆のテンションが噛み合う事は無く、最終的にどこからともなく聞こえた、そろそろ終わりにしたいという要望に基づき、『列車』は途中で打ち切られる事になったのだった。


「本当にごめんなさい……私のせいで……」

「い、彩華さんは悪くないよ……上手くサポートできなかった僕たちが悪いんだから……」

「でもちょっと悔しいよね……鉄道オタクなのに鉄道唱歌歌えないってのはねー」

「サクラちゃんの気持ち、凄い分かるよ……私の鉄道オタクのプライドが……!」


「そうっすよ!ぶっちゃけ一番悪いのは、1番覚えてるから楽勝っしょ、みたいな雰囲気の曲を作った制作者っすよ!」

「せ、責任転嫁は良くないと思います……」


 まさか思いっきり盛り上がっていたカラオケがこんな形で幕を閉じるとは思いもよらず、部屋の中は何とも言えない気分になってしまった。

 でも、そんな雰囲気に区切りをつけるかのように、両手を叩いた美咲さんが、苦笑いを見せながらもこう語って場を纏めてくれた。何だかんだで、『鉄道ソング』というのは自分たちの力を合わせてもまだまだ分からない事がいっぱいある奥深いジャンルだ、と。

 振り返ると、確かにその通りだ。アニメソング、J-POP、アイドルソングに童謡、フォークソング、演歌、特撮ヒーローの主題歌、果ては明治時代の楽曲まで、鉄道ソングは思い浮かべばどんどん溢れてくる。鉄道を前面に押し出していない曲でも、どこかに様々な電車、列車、汽車が顔を出す事が多い。『鉄道』という存在が身近にあるからこそ、みんな曲の中に鉄道の要素を組み込み、人々がそれを聞いて様々な思いに浸れるのかもしれない。そして、僕たち鉄道オタクはそのおこぼれをたっぷり享受している――そんな事を、僕は考えた。


「まあ、確かにミサ姉さん言ってたよね。知らない事は恥じゃないって」

「あはは、そうだったねー。知らない事が悔しい気分は起きるけれど、それをばねに、また新しい知識を知ればよい事だからね」

「そうですね……私も、今回の『合コン』で色々な事を知る事が出来ました」

「トロッ子さん、元気になって本当に良かったっすよ!」


 午前中はお騒がせ致しましたと謝るトロッ子さんの顔は、その時とは全く違う、嬉しさと楽しさに溢れたものだった。

 そして、それは同時に、僕の心の中の感情とも一致していた。まだまだこの皆で遊びたい、この嬉しさや楽しさをもっと存分に堪能したい、という名残惜しさも含めて。

 でも、時計は無情にもカラオケルームから出た方が良い事を告げていた。もう一度テーブルの上に置かれた様々なものを整理し、忘れ物は無いか互いに指差し点呼を行った僕たちは、長い時間盛り上がった、小ぢんまりした部屋を後にした。

 今度訪れる時は、1曲だけじゃなくてもっとたくさんの曲を彩華さんと一緒に歌いたい、と僕は心の中で誓った。


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「今日は本当に、ありがとうございました!」

「ありがとう、本当に楽しかったわ」


 割り勘と言う形で料金を支払い終え、カラオケ店の外へ出た後、僕と彩華さんは改めて今回の『オフ会』を企画してくれた皆――幸風サクラさん、飯田ナガレ君、村崎美咲さん、そしてトロッ子さんへ、頭を下げて感謝の言葉を送った。


「いやいやー、こっちこそ有意義な時間を本当にありがとう。楽しかったよー」

「私も、今日は忘れられない1日になりました。おふたりのお陰です」


 僕たちに礼を返してくれた美咲さんやトロッ子さんの一方、どこかニヤニヤした表情で僕と彩華さんを見つめるのは幸風さんとナガレ君だった。


「確かに有意義だったねー、彩華ちゃんと『譲司君』のイチャイチャぶり、たっぷり堪能できたし♪」

「そうっすよねー♪ふたりの仲良しぶり、たっぷり堪能したっす♪」


 『特別な友達』の間柄を指摘する言葉の数々を聞いた僕が顔を真っ赤にして照れてしまった一方で、彩華さんは逆に自信満々な笑みを見せて、堂々と言葉を返した。そんなに『特別な友達』である自分たちが羨ましかったのか、と。


「……正直ちょっとだけ羨ましい!」

「同感っす!チクショー!幸せになれっすー!」


「……だそうよ、譲司君♪」

「う、うん……が、頑張ります……!」


 とはいえ、そんなふたりも僕たちのために尽力し、皆が楽しめる様々な企画を考え、そして一緒に素晴らしい時間を味わったのは確かだ。改めて、僕は『鉄デポ』の皆に出会い、仲良くなることが出来た自分の運命、そしてそこまで導いてくれた彩華さんに感謝の気持ちを強くした。


 そんな中、僕たちにはある1つの課題があった。これからどうやって帰宅するか、という事だ。

 幸風さんやナガレ君たちが考えた案では、僕はそのまま皆と一緒に途中まで一緒の電車に乗り、最寄り駅で分かれてそのまま家に帰る一方、ナガレ君は彩華さんを除く他の女性陣のボディーガードとして最後までついていく、という事になっていた。でも、美咲さんやトロッ子さんはこの繁華街から遠い場所に住んでいる事もあり、このままだと学生であるナガレ君に迷惑がかかるのではないか、という話になったのである。


「え、でもやっぱり夜道を女性だけで歩くのはまずいっすよ」

「でも、私の住んでいる場所は遠いですし、下手すればナガレ君が大変な事に巻き込まれるかも……」

「ただ、不安な気持ちはあるよね……」

「つーかマジでどうする?このままだとあたしたち、ガチで帰れなくなるかも……」


 やっぱり僕もナガレ君と一緒についていくべきではないか、と一瞬考えたけれど、一応僕も『学生』と見做される年齢だし、夜遅くまで出歩くと色々と大変な事になる。そうなれば、ナガレ君への負担がさらに大きくなってしまう。どうすれば良いのか、と頭を悩ませていた時だった。


「ねえ、ちょっと良いかしら?」


 そう言って声をかけた彩華さんは、近くにある駐車場まで一緒に来てくれないか、と頼んだ。何かあったのか、ときょとんとした顔で尋ねたナガレ君に、彩華さんはこう述べた。

 今日のお礼を、自分たちなりにしてみたい、と……。

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