第124話:人生で一番賑やかで幸せな日
山あり谷あり峠道あり、色々な事があったけれど、振り返ってみれば最初から最後まで楽しかった『鉄デポ』の『オフ会』。それを企画してくれた面々に、何かしらのお礼をしたい――そう告げた彩華さんは、僕たちをカラオケ店から繁華街の真っただ中へと案内した。
制服姿の学生からスーツ姿の会社員の人、更には派手な衣装に身を包んだ人まで、様々な人たちで夜も賑わいを見せる道を歩き続ける間、幸風さんやナガレ君たちはお礼なんて大それたことをしなくても大丈夫、自分たちはジョバンニ君=この僕と彩華さんが楽しめただけでも満足だ、と謙遜の姿勢を見せ続けた。でも、彩華さんはそれでも皆にお礼をする、という意志を崩さなかった。すっかり夜も更けてしまい、どうやって帰ろうか悩んでいる僕たち一行には絶対に必要だろうから、と述べながら。
「ど、どういう事でしょうか……?」
「ふふ、到着すれば……あ、見えてきたわ」
そう言いながら彩華さんが手を振る先にあったのは、繁華街を通り過ぎた先の道路脇にあるパーキングスペースに停車している、過疎地域などでマイクロバスに使われていそうな大型サイズの車だった。
そして、彩華さんの動作を合図にしたかのように車の中から降りてきたのは、美咲さんよりも少し年上のような風貌にトロッ子さん並みの綺麗な肌を持ち、彩華さんにも負けない綺麗な黒髪をたなびかせる綺麗なお姉さん――。
「彩華さん、皆様、お疲れ様でした」
「卯月さん、ごめんなさい。待たせちゃったみたいね」
――彩華さんがいつもお世話になっている、綺堂家に仕える若き女性執事長の大谷卯月さんだった。
勿論、『執事長』である事は僕と彩華さんだけの秘密なので、この人は誰なのか、という幸風さんたちの質問には、彩華さんの近所に住んでいて色々と世話を焼いてくれる素敵なお姉さんだ、と説明した。
「お話は彩華さんからお伺いしました。『鉄デポ』の皆様はじめまして、
「あ、ど、どうも……」
「こんばんはー、暗いのにお疲れ様です」
「いえ、構いません。それに、和達さんも数日ぶりですね」
「あ、は、はい……!」
知り合いなのか、とナガレ君やトロッ子さんに尋ねられた僕は、隠さなくても良い範囲の事を正直に語った。僕がいじめを受け続けていた時や学校へ糾弾しに向かう時など、様々な形でお世話になった頼もしい人だ、と。凄い人ですね、というトロッ子さんの感想は、まさに僕が卯月さん――車の運転から料理、雑務、人生のアドバイスまで何でもできる執事長に抱く思いと同じだった。
そして、ここまで語った時、僕や美咲さんを皮切りに『鉄デポ』の皆はようやく自分たちがこの場所へ案内され、『大谷卯月』さんという存在を紹介してもらった理由を把握する事が出来た。この大型車を使って、卯月さんが皆を安全かつ的確にそれぞれの家まで送り届けてあげる、という訳だ。
「え、い、いいの……!?」
「なんだか申し訳ないっすね……」
「ううん、気にしないで。実は……」
そして、彩華さんは、自分ではなく卯月さんの方から提案があった、と語った。
こんな時間に学生が暗い道を歩くのは、男女問わず危険が伴う可能性がある。それに、各自の家も離れており、全員の家を巡るだけでも相当の時間を費やすはず。それならば、一気にこの大型車で送迎した方が安全である事に加えて効率的だろう、という訳だ。
そういえば、先程まで繰り広げられたカラオケ大会の途中、彩華さんはスマートフォンに何かの連絡が届いたかのような仕草を見せ、画面を操作して文字を打ち込んでいた。もしかしたら、あれは卯月さんとの連絡、もしくはこの『お礼』の最終確認だったのかもしれない。
「それで、本当は私1人だけ送迎する予定だったのに、融通を利かせて大型車まで用意してくれたの。ありがとう、卯月さん」
「いえ、彩華さんや皆様のためになるのでしたら光栄です」
「何から何まで……本当にありがとうございます」
「彩華ちゃんも連絡してくれてありがとうね、助かったよー」
こうして、僕たち『鉄デポ』の面々は、彩華さんと卯月さんの提案に乗る形で、皆で大型車に乗り込む事となった。流石、マイクロバスにも使われている車種だけあって、6人が入ってもまだ余裕があるほどだった。
こんな大型車をすぐに用意できるなんて卯月さんはきっと凄い金持ちに違いない、というある意味核心をついたような幸風さんの指摘に、卯月さん本人は動揺することなく、想像にお任せします、と余裕の言葉を返した。
そして、駐車料金を支払った後、僕たちは一路各自の家へ向けて出発した。
最初の目的地はこの僕、和達譲司の家の近くの道。普段なら『家から近い』場所に何かがあるのは嬉しい事だけれど、今日に限ってはどこか悲しく寂しい気持ちが強かった。当然だろう、彩華さん、幸風さん、ナガレ君、美咲さん、トロッ子さん、そして卯月さんと共に過ごす時間が、この面々の中で一番短くなってしまうのだから。でも、早く帰宅した方が父さんや母さんも安心するはずだ、と僕はすぐに思い直した。こんな夜遅くまで外に出歩くのは、生まれて初めての出来事だったのだから。
窓の外に流れる夜の明かりをゆっくりと眺めていた時、幸風さんが元気な声で、僕たちに改めて今日の感想を尋ねてきた。
「あたしはもう滅茶苦茶ヤバかった!楽しかった!それにカラオケ店の前でも言ったけどさ、ジョバンニ君と彩華が楽しそうだったのが一番嬉しかったよ」
「そうっすよねー。この『オフ会』、元々2人の活躍を称えるための目的もあったっすから。でも、それだけじゃなくて、俺たちもすっげー盛り上がれたっす!やっぱり『鉄デポ』最高っす!」
「私も思いっきり色々な事を話せて嬉しかったよー。みんなの『鉄道』が好きっていう心もしっかり受け止められたからね」
恐らくこの『オフ会』で一番大きく変われたかもしれないトロッ子さんも、今日の感想を改めて語ってくれた。
オフ会が始まった時は、参加者全員がキラキラ輝く宝石のように見えて、自分がとても惨めに思えてしまっていた。でも、失敗や成功を含めて皆で様々な体験をしていく中で、全員とも良い意味で自分と何ら変わらない、『鉄道』が大好きでたまらない、立派で素敵な鉄道オタクだ、という事が認識できた。そして、皆の励ましのお陰で、自分の中にもまだ輝く宝石のようなものがあるかもしれない、という事に気が付くことが出来た――。
「今日の体験は、ずっと忘れない宝物にするつもりです。私をこの集まりに誘ってくれて、本当にありがとうございました」
「どういたしましてだよー、トロッ子。それで、彩華やジョバンニ君は?」
「私は……ふふ、『オフ会』がとっても素敵な行事だって理解できた。それだけでも、とっても幸せよ」
そして、彩華さんに続く形で、僕が感想を述べる番が訪れた。皆の注目が集まる中、ちょっぴり緊張しながらも僕は自身の中の思いを全て打ち明ける事にした。この『オフ会』は、まるで幾つもの『奇跡』が形となったようなものだった、と。
「動画配信者にモデルさんに、アイドルに、バーチャルTuberの友達……それに、彩華さんにこの僕。普通なら、絶対にこうやって集まる事なんてないはずのメンバーが、『鉄道趣味』という名前の強固な連結器で繋がっている……これだけでも素晴らしいのに、今日、僕たちが一堂に集まって、トロッ子さんも言っていたような様々な体験をする事が出来た……」
そんな光景、皆と出会う前のひとりぼっちの頃の僕には一切想像もできなかった。それが、彩華さんと出会い、『鉄デポ』という場所を教えてもらい、この場にいる皆と仲良くなり、たくさんの人々の協力を受けて苛烈ないじめを乗り越え、そして今、こうやって僕の目の前で疑いようのない『現実』として繰り広げられている。
「……多分、今まで生きてきた中で、今日ほど賑やかで幸せな1日は無かったと思います。皆さん、本当にありがとうございました……!」
そんな僕に、この『オフ会』のそもそもの発案者であった幸風さんが、どこかほっとしたような声で、優しく声を返してくれた。
「へへ……その言葉、あたしも一番嬉しいよ」
そんな感じで、皆で締めくくりのような言葉を述べているうち、いつの間にか僕たちが乗る大型車は、街灯の光や月明かりに照らされ続ける見慣れた景色に囲まれ始めていた。もう間もなく、皆と別れなければならない合図だ。
再び若干の寂しさが込み上げようとした時、僕はある事に気が付いた。彩華さんが卯月さんと協力する形でこんな『お礼』を用意していたのに、僕は結局思いっきり楽しむだけで何の『お礼』も出来ないままだった。大丈夫なのだろうか、と正直にその事を告げたところ、逆に皆からそんな所にまで気を遣う必要はない、と諭されてしまった。
「さっきも言ったっしょ、そもそもジョバンニ君たちがめっちゃ楽しんでくれるのがあたしたちへの最高の『お礼』なんだからさー」
「そうっすよー。俺たちは十分に貰ってるっすよ」
「ええ、私の方こそ返し切れていない程ですから……」
「あ、でも強いて言うなら……」
美咲さんは、そこまでお礼がしたいのなら、と僕にある事を告げた。
しっかり『未来という駅へ繋がるレール』を見つける事。それが、いじめ対策のために頑張った自分たちへの最大の『お礼』だ、と。
「……は、はい……頑張ります……!」
「譲司君、私も一緒よ」
「彩華さん……うん……!」
そして、とうとう車は、僕の家が目の前に見える場所へと静かに停車した。
もう、思い残す事も名残惜しさもない。僕の心にあるのは、一等車よりもさらに豪華な、今日という日の思い出だ。
「それでは和達さん、またお会いしましょう」
「卯月さん……ありがとうございました……安全運転で……!」
「了解です」
「無事についたらメール送るよー!」
「また一緒に遊ぶっすよ!」
「いつか私たちの事務所に遊びに来てねー」
「ジョバンニさん、また顔を合わせる機会を楽しみにしています」
「……ふふ、また会いましょう、和達譲司君♪」
皆が様々な言葉をかける中で、彩華さんは僕に嬉しそうなウインクを見せてくれた。
「……うん……皆さん、またいつか、リアルで会いましょう!」
そして、車から降りた僕は、卯月さんが運転する大型車が暗闇の中へ消えるまでずっと手を振り続けた。
(……さて……)
こうして、僕の長い長い1日は幕を閉じようとしていた。
でも、まだまだ僕にはやるべき事があった。レストランに図書館、ゲームセンター、カラオケ、そして電車移動。次々に体験した様々な出来事を、父さんや母さんに余す事無く伝えなければならないのだ。
果たして、僕の
(……まあ、大丈夫だよね……きっと……!)
色々難しい事を考えてしまったけれど、僕は敢えて楽観的に捉える事にした。だって、一番幸せな1日はまだ終わっていないのだから。
(……よし……!)
そして僕は、ゆっくりと我が家の玄関の鍵を開け、この『オフ会』本当の最後のイベント、『両親への報告』へ臨む事となった……。
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