第10章
第125話:夢のような時間が過ぎて
誰もが輝き、皆で楽しみ、賑やかな笑顔と溢れんばかりの『鉄道が好き』という思いを堪能した、『鉄デポ』の皆との『オフ会』が無事に終わってから、少しの月日が経過した。
夢のような時間から元の日常へ戻った僕は、相変わらず規則正しい生活を意識しながら、学校に行かない日々を過ごしていた。
朝起きて、ご飯を食べて、参考書を片手に勉強して、気が向いたら散歩をして体を動かし、午後は勉強の続きをしつつ鉄道の本や動画を堪能し、そして夕食後はリビングで両親と一緒にテレビを楽しむ――劇的な変化はないけれど、逆に言えば悪い事もない、そんな日々が続いていた。
でも、その中で僕は、少しだけ今までになかった寂しさを感じていた。あの『オフ会』以降、会員制クローズドSNS『鉄デポ』の仲間たちとネットで会う機会がめっきり減ってしまったからだ。
アイドルである村崎美咲さんは、所属するアイドルグループ『スーパーフレイト』の活動に精を出しており、以前もちらりと見たワイドショーで新曲発表会に参加している様子が映し出されていた。
モデル兼インフルエンサーの幸風サクラさんや動画配信者である飯田ナガレ君は、自身の仕事に加えて学業にも忙しいようだった。色々な経緯を経て学校を辞めた僕と違い、2人は現役の学生。日々の仕事だけではなく、宿題も勉強も運動もこなさなければならない立場なのだ。
そして、バーチャルTuberの『来道シグナ』さんの支援者だというトロッ子さんこと雨宮京香さんもまた、『オフ会』以降ほとんど『鉄デポ』に顔を出さず、時々ログインしても、色々と忙しいから、と申し訳なさそうな口調ですぐログアウトする事が多くなっていた。
(……そういえば、トロッ子さんって普段は何をしている人なんだろう……)
『オフ会』で盛り上がっている間に尋ねれば良かった、と思いつつも、きっとシグナさんを支えるために日々東奔西走しているのだろう、と僕は解釈する事にした。
一応、この4人のメールアドレスはしっかりとスマートフォンに記録しており、その気になればいつでも連絡する事が可能な状態だった。でも、僕は、敢えてその選択肢を取らない事にしていた。
忙しい時にいきなり連絡をしては失礼かもしれない、というのもあったし、もし皆の忙しさが落ち着いたら、またきっとメールを経なくても『鉄デポ』の中で全員集合できるはずだ、と前向きに捉えていたのも理由だったけれど、最大の理由はまた別にあった。
皆と再び賑やかに会話する日が訪れるまでに、僕もまた、自分に降りかかる大きな『課題』――。
「……はぁ……」
――新たな学校を決める、という、自身の未来に関する大きな難問を解決しなければならない、と考えていたのだ。
屈辱的ないじめを受け、学校へ行かないという選択肢を選んで以降、僕は父さんや母さんとも協力して、元いた学校に代わる新しい登校先を探し続けていた。僕は『いじめ』という事にたいして耐えられなかったのであって、『学校』という概念にはそこまで抵抗感を抱かなかったからである。
でも、様々な候補を漁り始めてから随分経つというのに、僕は未だに転入先の候補――美咲さんたちと約束した『未来と言う駅へ繋がるレール』を決められずにいたのである。当然だろう、近場を調べただけでも、あまりにも候補が多くて絞り切れないからだ。
近くの私立学校が転入性を受け付けているという情報がある一方で、フリースクールや通信制学校へ通うという手段もあった。どれも様々なメリットがあり、引き寄せられる魅力があった。
でも、いざそれらの学校を調べて見ると、どこも好評の意見と否定的な意見が溢れていて、はっきりしたことは掴みきれない状態だった。
完全に元の学校とは縁を絶った状況、本当に早く決めないと色々と苦労をしかねない。それに対する焦りはあったけれど、どうしてもそれが空回りしてしまい、ますます自分の未来の経路が分からなくなる。情けないけれど、それが今の僕の状況だった。
そしてもう1つ、正直言って僕自身の未来以上に、進路に関する不安が心の中に大きくのしかかっていたのである。
そんな状況の中、鉄道のDVDを見ても心が落ち着かなかった僕は、『鉄デポ』にログインして気を紛らわせることにした。
もしかしたら、幸風さんやナガレ君などの『オフ会』メンバーがいるかもしれない、と言う希望は残念ながら実現しなかったけれど、代わりに僕にとって頼もしい味方になってくれた別のメンバーが、和気あいあいと会話を繰り広げていた。
『あら、ジョバンニ君。こんにちは』
『おー、ジョバンニ君。よく来たねー。ささ、まずお茶を( ^^) _旦~~』
「あ、ありがとうございます……」
綺麗な声で喋るスタイリストのコタローさんと、文字チャットを駆使してどこかテンション高めに語る謎多き『鉄道おじさん』である。
鉄道おじさんと会うのは久しぶりだ、と丁寧にあいさつした僕に、おじさんは若者が元気でおじさんはとっても嬉しい、と顔文字を交えながら嬉しそうに返事をしてくれた。
『おじさんは顔文字がお好きですわね』
『だってかわいいんだもーん(*´ω`*)おじさんこれで若者にも人気出るかなー?』
『そ、それはどうでしょうか……』
答えに迷った挙句敢えてノーコメントを貫くことにした『若者』の僕は、先程まで何の話題で盛り上がっていたのか尋ねる事で何とか話題を変えた。
ヘアサロンが休日である事を利用し、コタローさんは鉄道おじさんと一緒に先程まで開通・延伸予定の各地の鉄道路線について熱く語っていた。
確かに西九州新幹線の開業や北陸新幹線の延伸を経て、しばらくは新幹線のような長距離路線の大規模な延伸はなさそうだけれど、代わりに各地で都市電鉄や路面電車などの延伸が相次いで行われる。
宇都宮のライトレールの更なる路線拡大を筆頭に、広島や岡山で路面電車の延伸計画が進んでおり、那覇でも新たなライトレールを建設する計画が発表されている。
大阪では都市鉄道の延伸が行われ、茨城県でもとあるローカル鉄道が利便性を高めるため延伸を実施する事が決定している。
『確かに、ローカル線の廃止が各地で相次いでいるのを見て、鉄道に元気が無いって思う人は多いかもしれないわ。でも、人々のため、町の発展のため、新たに開通する鉄道もたくさんある事を忘れないで欲しいものね』
『そうだよねー(*・ω・)(*-ω-)人間、悪い事ばかりに目が向きがちだけど、その背中では良い事もいっぱい起きているはずだとおじさんは思うよ』
「確かに、そうかもしれませんね……」
まだまだ鉄道も捨てた物じゃない、という僕の口から出た言葉に、コタローさんも鉄道おじさんも好印象を持ってくれた。
老いぼれた鉄道オタクの端くれとして、私たちは鉄道の『未来』をこれからも楽しみにしていたい、と少しの冗談も交えながら。
(未来か……)
そのコタローさんの言葉が、僕の心に深く響いた。勿論、冗談めいた部分ではなく、『未来を大切にしたい』という方である。当然だろう、僕にとってまさにその『未来』が、大きな悩みどころだったのだから。
そして、僕は思い切って、『鉄デポ』にいる2人の大人――コタローさんと鉄道おじさんに、ずっと抱えていた悩みの1つを相談してみる事にした。
「あ、あの……すいません……話題が変わってしまうのですが……」
『ん、どしたの('ω')』
『あら、何か相談でもあるのかしら?』
「は、はい、あの……」
綺堂彩華さん――僕にとっての最大急行、『特別な友達』に値する人と、離れ離れになる未来が訪れる可能性がある、という不安について……。
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