第108話:社長ってどんな人?

 『鉄デポ』の皆が集まってワイワイ賑やかに過ごすオフ会に参加するにあたって、僕を含んだ皆の心に浮かんでしまった様々な不安や怯え。

 それを全部露呈し、共有し、そして互いに励ましあった事で、僕たちは今度こそ今日という1日を思いっきり楽しもう、という前向きな気持ちに心の分岐器を切り替える事が出来た。

 ただ、それに向けた話を真剣に繰り広げた結果、僕たちは揃ってお腹の虫が鳴る音が響く状況になってしまった。そんな状況を改善するべく、最初の目的地である図書館へ行く前に、僕たちはまずその隣にあるレストランへお邪魔する事にしたのである。


 休日とは言え、昼過ぎという事もあってかお客さんはおらず、待ち時間も無いまま僕たち6人の鉄道オタクは店員さんにすんなりと案内された。

 長いテーブルが目立つ窓際の席に辿り着いた僕たちは、早速自分たちの場所を確保した。勿論、僕の隣には『特別な友達』の彩華さんがしっかりと、どこか誇らしげに座っていた。


 そして、僕たちは互いにメニューとにらめっこしながら、お昼ご飯を何にするか考える事にした。


「ハンバーグに海老フライ、生姜焼き……定食系のメニューが充実してるんだ」

「他にもカレーやオムライスも美味しいんだよ、ミサ姉さん」

「そうそう。特にこのカツカレーはお勧めしたいわね。だって、私とじょう……じゃない、ジョバンニ君が初めてここで一緒に食べたメニューだから、ね?」

「う、うん……!そうだったね……」


 それを聞いて、まずナガレ君がメニューを決めた。僕と彩華さんの思い出の品を是非味わいたい、という事に加えて、やっぱりカレーは美味しいという納得の理由を込めて、カツカレーの大盛りを食べる事にしたのだ。

 すると、それに呼応するかのように幸風さんや彩華さんも欲しいメニューを決定した事を告げた。僕も、最近加わった新メニューと言うのを見て、佐賀県名物、サラダと焼き肉が一度に食べる事が出来る『シシリアンライス』を試してみる事にした。


 一方、トロッ子さんは少々悩んでいるようだった。豊富な内容に目移りしているのかもしれない、と最初は思ったけれど、少し事情は異なっているようだった。折角来たのだから思いっきり食べよう、と幸風さんが笑顔で語っても、少々遠慮気味の様子を見せたのである。だとしたらお金だろうか、それとも、もしかしたら『食べ過ぎ』を気にしているのだろうか――そう考えた時、トロッ子さんの前方に座っている美咲さんが笑顔でこう語りかけてきた。


「トロッ子ちゃん、アイドルの私から、良い事を教えてあげようか」

「えっ……良い事ですか?」

「人気アイドルになる秘訣は、学んで動いてぐっすり寝て、そしてご飯を美味しく食べる事!」


 様々な食材、色々な人に感謝しながら、美味しいご飯を食べる。勿論無理は禁物だけれど、食べる事が出来るチャンスを最大限生かすのも、アイドルが持つ綺麗さ、明るさ、元気さの秘密だ――その言葉は、トロッ子さんだけではなく、僕たちも感心する内容だった。


「……なるほど……あ、ありがとうございます……」

「どうたいまして。じゃ、私はこのハンバーグ定食にしようかな」

「お、ミサ姉さん結構がっつりした昼食だね」

「いやぁ、随分お腹が空いてたからねー」


 そんな美咲さんの様子を見て、トロッ子さんも今日の昼食を美味しいオムライスにする事に決定した。

 ここのレストランのオムライスはふんわりとした卵とチキンライスのケチャップの風味が絶妙に合わさってとても美味しい、付け合わせのサラダやスープもなかなかの味わいだ、という僕と彩華さんのお勧めコメントに、トロッ子さんもどこか嬉しそうな表情を見せてくれた。


 そして、店員さんにそれぞれのメニューを注文した僕たちは、料理が完成するまでしばらく待つことにした。

 確かにお腹はどんどん減っているけれど、一気に6人分の料理を作るとなると時間がかかるのも当然だろう。それに、料理が出来る未来は確定済みなのだから、それを待つことを楽しみにするのもありだ、と僕は前向きに考える事にした。

 

 そんな中、彩華さんが先程の美咲さんの発言を、改めて褒め称えた。アイドルに大切な事を簡潔にまとめていて、自分たちにも分かりやすい中身だった、と。もしかして、これは人気アイドルグループ『スーパーフレイト』の一員として活動を行う中で思いついた言葉なのだろうか、と尋ねた彩華さんに返ってきたのは、美咲さんの苦笑いだった。


「いやぁ、そう言ってくれると嬉しいんだけど、本当は私の芸能事務所の社長の言葉なんだよね……」

「なるほど……社長さんの言葉を美咲さんが大事にしている、という事でしょうか」

「まあ、トロッ子ちゃんの言う通りかな?」


「まあ、確かにあの『社長』なら納得の名言っすね!」

「あたしたちじゃ全然及ばないよね、何せ『伝説のアイドル』だし」

「分かります……とても素晴らしい人でしたね……」


 ナガレ君や幸風さん、そしてトロッ子さんの言葉を聞いて、僕はふとある疑問が浮かんだ。

 あの時――僕が苛烈ないじめを受けている事を『鉄デポ』の皆に告げた時、美咲さんはこの事を自信が所属する芸能事務所の社長にも相談したい、と願い出た。そして、僕の了承を受けた美咲さんは、幸風さんやナガレ君、トロッ子さんと共に、その社長を含めた『いじめ対策チーム』のようなものを組み、様々な案を出し合って僕や彩華さんのために奮戦してくれたのである。

 そんな中で、美咲さんたち4人は、芸能事務所の社長――いや、社長さんと交流を重ね、様々な会話を行っていた。トロッ子さん曰く、リアルの現場で対面するのではなく『鉄デポ』のようなリモートでの交流になったようだけれど、それでも全員揃って、社長は凄い、社長は格好良い、と褒め称えるような言葉を並べ続けていた。そして、美咲さんも、僕たちと会話する中で何度か社長の事を取り上げ、その度に『自慢の人』『尊敬する人』、そして『小さい頃からの憧れの人』など、その人を大事に思っている旨を語っていた。


 一体、アイドルユニット『スーパーフレイト』が所属する芸能事務所の社長さんは、どのような人なのだろうか。

 まさに今、それを尋ねる絶好のチャンスが訪れたのである。


「ああ、それ私も気になっていた事よ。ミサ姉さんが何度も凄いって言っていたし、一体どんな人なの?」


 僕が口に出したその疑問は、隣に座る彩華さんもずっと感じていたようだった。


 それを受けたかのように、美咲さんは手元にスマートフォンを取り出し、何かの操作を行った。そして、是非この動画を見て欲しい、『鉄道オタク』であるふたりなら間違いなく知っているはずだ、と僕たちに語った。

 画面に映っていたのは、とある大規模な鉄道事業者が公式ページで公開している歴代のキャンペーンCMのうち、僕たちが生まれる少し前に放送されたものだった。有名な曲をバックに、駅で誰かを待つ女性の人。やがて、到着した列車から降りてきた人を見て、その人の表情から心配や不安が消え、嬉しい思いが溢れ始める。そして、その人に駆け寄ったところで、キャンペーンのキャッチコピーが流れる――シンプルだけど、女性の人の素敵な演技が心にじんわりと暖かく残る、『鉄道』が生み出すドラマの一幕を描いた、素晴らしいCMとして、バックに流れる音楽と共に有名な作品だ。


「これ、僕も何度も見た事が……も、もしかして……!」

「ミサ姉さん、ひょっとしてこの人が……!?」


「そう、その通り。このCMに出演している人こそ、私の事務所の社長の若い姿なのです!」


 誇らしげな美咲さんは、改めて事務所の社長さんについて語り始めた。

 社長さんは若い頃、人気女性アイドルとして大活躍していた。それも、文字通り絶大な支持を集めるトップアイドルの一員として。有名な楽曲を多数熱唱し、ダンスで多くの人を魅了し、真剣だけどちょっぴり抜けているキャラクターも多くのファンを獲得する要因となった。そして、演技力も抜群であり、俳優業を中心としている人に負けずとも劣らない名演を様々なドラマで披露していた、と美咲さんは熱弁した。


「アイドルだから演技は下手っぴだろう、って舐めていた評論家や偉い人たちをあっと言わせる名演を何度も見せた程だからね!可愛い系のキャラから不良系まで、何をやっても一流の凄い人だよ!」

「そ、そうなんですか……」

「そうなんだよー!ジョバンニ君も彩華ちゃんも、是非親御さんに聞いてみて?絶対に私の社長の名前を知ってるはずだから」


 父さんや母さんにも浸透しているレベルで凄い人なのか、と驚く僕や彩華さんに、ナガレ君たちも次々に社長さんの情報を語り始めた。


 華々しい活躍から、今では『伝説のアイドル』のひとりとして語り継がれており、今も美咲さんのように憧れを抱く人は数多い。

 楽曲の多くも人気であり、最近はとあるガールズバンドがロック調のアレンジをしたカバー版を発売していた。

 そして、あの人気バーチャルTuberの『来道シグナ』も、以前美咲さんの事務所の社長さんが熱唱した歌のカバー、所謂『歌ってみた』動画を投稿した事があるという。


「へぇ、シグナも……それは確かに凄いわね」

「は、はい……あの、是非ジョバンニさんや彩華さんも見て頂ければ嬉しいです……。社長さんご本人には敵わないかもしれませんが……」

「いやいや、社長は自分の曲が様々にアレンジされるのを逆に楽しむタイプし、もし動画を視聴していたら結構嬉しがっていると思うよ?」

「そ、そうだったら嬉しいです……!」


 そんな、今でもなお絶大な支持を集めている社長さんだけど、ここで語ると長くなりそうなほど複雑な事情が絡み、アイドル活動から引退する事になった。

 最後のライブはチケットがあっという間に売り切れ、号泣するファンが続出し、文字通りの大騒ぎになっていたという。

 

 でも、社長さんはその後もアイドルに関わり続けた。自分たちの後を継ぐ新たなアイドルを裏から支える『実業家』へ転身し、様々な職務を経た後、最終的に様々な方面でアイドルを育て、配信し、そして応援し続ける芸能事務所の社長にまでなったのである。そしてこの分野でも社長さんは各地で大活躍を繰り広げており、テレビや新聞は勿論、経済誌のような難しい内容の雑誌にも『リーダーシップの理想形』『クールビューティの具現化』『凄腕女性社長』など様々な言葉と共にインタビューが掲載されている事がナガレ君たちの口から語られた。


「それに、ミサ姉さんの前で言うのもアレだけどさ、事務所の社長、今じゃ指先一つ、号令一つで芸能界の全てを思いのままに操ることが出来る、なんて言われてるほどだからねー」

「いやいや、それはどうかな……確かにそう考えるの無理ないけれど……」


 流石にそれは大袈裟だ、と美咲さんは幸風さんの言葉をやんわりと否定した。


「そう……そんなに凄い人だったのね……」


 『伝説のアイドル』時代に出演したCMの公式動画を見ながら、僕と彩華さんは改めて美咲さんの事務所の社長さんの凄さを噛みしめた。

 そして、生きる伝説と称される程の凄い人なのに、どうして今の今まで鉄道関連のCMに出演していた人と言う認識しかしておらず、自分たちに大きく関係している事に気づかなかったのだろう、と少しだけ反省した。でも、美咲さんはそれはそれで仕方ない事だ、と語った。確かに社長は様々なジャンルで活躍している人だけれど、『鉄道』については詳しくないし、仕事で関わっても自分たち『鉄道オタク』のようにディープな付き合いまではしない、という。だから、鉄道の事ばかり夢中になっていた僕たちが社長の事をあまり知らないのも当然かもしれない、と美咲さんは僕たちをフォローしてくれたのである。 


「今まで知らなかった事を反省する必要は無いよ。むしろ、社長の凄さをこの場で知ってくれた事が、ファンの端くれとして、とっても嬉しいね」


「なるほど……私も今度、社長さんがアイドル時代に歌った楽曲を聞いてみようかしら」

「僕も父さんや母さんに色々社長さんの事を聞いてみます……!」


 是非そうして欲しい、と語る美咲さんの嬉しい表情や楽しそうな声色は、『鉄道』、特に『貨物列車』について語る時とよく似ているように感じた。

 アイドルグループの一員として活躍する美咲さんが日々頑張る『燃料』は、鉄道に加えて社長が『大好き』である、というポジティブな思いなのかもしれない、と僕は思った……。

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