第109話:あの方はまるでビッグボーイ

 僕と彩華さんが受けた苛烈ないじめに対抗するべく、アイドルの美咲さんが相談し、忙しい合間を縫って皆を束ねてくれた芸能事務所の社長さん。

 美咲さんを始めとする『鉄デポ』の皆から聞く話に加えて『社長』という肩書きもあり、僕や彩華さんはきっと凄い人なのだろうという事を漠然と考えていた。

 でも、真相は僕たちの想像を遥かに超えるものだった。


 現役時代は『伝説のアイドル』として語り継がれる程の大活躍を繰り広げ、僕の父さんや母さんでも知っているであろうレベルで多くの人から人気を集めた。

 歌は勿論、演技力もキャラクター性も抜群で、テレビやラジオ、新聞、ライブステージ、サイン会などあらゆる場所に引っ張りだこだった。

 そして引退後も活躍は続いたどころかますますその規模は拡大し、事務所の社長さんになった今では『指先一つで芸能界を操れる』とまで噂される程の実力を備えた存在になっている、という。


 モデル兼インフルエンサーの幸風さん、動画配信者のナガレ君、VTuberと二人三脚のトロッ子さん、そしてアイドルの美咲さん。この4人が全力で僕に対するいじめ対策に乗り出してくれた事だけでもとても心強かったのに、まさかその4人に様々なアドバイスを送り、時には陣頭指揮を執る事もあったという社長さんが更に凄い――いや、もう『凄い』という言葉で言い表せないかもしれない方だったとは、僕は全く予想していなかった。


「ふふ……もう一度言っちゃうけれど、社長の凄さや格好良さを知らない人に存分に語れるって、なんだか嬉しいな」

「いわゆる『布教』というものでしょうか」

「確かにそうっすねー。ミサ姉さんは自慢の社長をジョバンニ君や彩華さんにしっかり伝えた訳っすから」


「そんな社長さんにミサ姉さんは憧れて、アイドルの道を進む事を決めたのね」


 その通りだ、と彩華さんの言葉に返した美咲さんは、その時の事を詳しく語ってくれた。小さい頃に見た『伝説のアイドルたち』という特集を見たのがそもそものきっかけだった、と。

 この番組には、社長さん以外にも多数のアイドルの人たちのライブ映像やテレビでの活躍が取り上げられていた。社長さんが現役アイドルだった当時は、他にも様々な個性を持つ素晴らしいアイドルの人たちが文字通り群雄割拠しており、『アイドル戦国時代』と語られるまで伝説のアイドルがしのぎを削っていたという。そんな人たちの様子を流す画面をじっくり見ていた幼き日の美咲さんだったけれど、その中で妙に心の中に残ったのが、社長さんが歌って踊り、満面の笑みを見せた映像だった。


「何というか……いつでも私は貴方を待っている、みたいな感じの事をテレビの向こうから語っているような、そんな気がしたんだよね」

「ははーん、つまりミサ姉さん、社長に『一目惚れ』したって感じ?」

「ま、まあ端的に言えばそうかな……?」


 ともかく、この運命的な出会いが、今の『スーパーフレイト』のセンター、『葉山和夢』として活躍し続けている1人のアイドルを作り出す大きな要因となったのは間違いない、と美咲さんは語った。小さい頃の『憧れの人』から、今は身近な存在、時に厳しく時に優しくいつも頼もしい『社長』として付き合う事になったけれど、やっぱり社長はアイドル時代から変わらず綺麗で素敵で格好良くて逞しくて素晴らしくて、いつでも憧れる存在だ、と。

 そんな姿を見た彩華さんは、まるで率直に自分の思いを伝えた。ミサ姉さん=美咲さんにとっての『社長』は、まるで『貨物列車』と同じぐらい大切で好きな存在なのかもしれない、と。それはまさに、先程僕が考えた内容そのものだった。


「確かにそうだねー。私にとっての『好き』は、鉄道と社長、この2つ。どっちも捨てられない、私を構成する大切な『概念』かな」 

 

 そう語る美咲さんの様子を見て、僕は少しだけ皆が羨ましくなった。ネットを介したリモート会議とは言え、幸風さんやナガレ君、トロッ子さんはその社長さんと意見を交わし合い、様々な事を語り合う事が出来たのだから。

 そして、この機会にぜひ聞いておきたい、と考えた僕は、大ファンである美咲さんと違う視点からの印象、特に実際に言葉を交わした感想をもう一度聞きたい、と僕は3人に尋ねた。

 すると、幸風さんもナガレ君もトロッ子さんも、異口同音で同じような内容の感想を述べた。怖い、恐ろしい、というものではなく、ただ『圧倒された』、と。


「さっき言ったでしょ?クールビューティーという概念が具現化したようだったって。凄いけれど惹きこまれる、天の上の人だけど不思議とそこに行ける気がする。何というか、あたしの心を自在に操るって言うか、ビビってる心も全部お見通しっていうか……とにかく圧倒されたね」

「そうっすね……。俺が過去に受けたいじめを逆に利用して解決策を考えよう、だなんて大胆な策、なかなか思い浮かばないっすよ。しかも、ここで意見が欲しい!っていうときに必ずアドバイスをしてくれて、それ以外はじっくり俺たちを見守ってくれる。サクラさんが言った通り、リーダーシップぶりが良い意味でやばかったすね」

「は、はい……それに、厳しい言葉も説得力に裏打ちされていて……その時は『えっ?』となっても、すぐにその意図が分かるようになっていて……厳しさも優しさも見事に使い分ける、本当に凄い人でした……」


 文字通り業界のトップに君臨する人の手腕を存分に味わい、まだまだ自分たちは経験も浅い若造だった事を認識した――社長さんの手助けに対して大いに感謝しつつも、3人はそのような畏怖の心を語った。

 すると、そんな社長さんの大ファンである美咲さんが、ある事を語り始めた。皆が社長の手腕や姿勢、そしてその存在自体に圧倒されたのは、社長の持つ凄まじい『情熱』にあるのかもしれない、と。


「確かに、うちの社長はクールビューティーって感じの外見だし、アイドル時代から皆の心を鷲掴わしづかみにする才能を持っている。でも、その原動力になっているのは、私たちが『鉄道』にかける『好き』っていう思いにも負けない……ううん、それの何億倍も大きい『情熱』なんだ、って私は考えてるんだ。アイドル活動にも、事務所の運営にも、アイドルを支える事業にも、そして私の友達を助けるためにも、社長は心に蓄えた無限の『情熱』っていう燃料を燃やし続ける。社長はどんな事にも一所懸命なんだよ」


 そして、その情熱を敢えて『鉄道車両』で例えるとすれば、自分たちが日本を代表する力持ちの蒸気機関車・D51形だとすると、社長さんは世界最大最強級、それでいて旅客列車から貨物列車まであらゆる列車に対応し、しかも高速運転も可能という、アメリカの超巨大万能蒸気機関車『ビッグボーイ』のようなものだ――2つの『好き』を重ね合わせながら、美咲さんは熱く語った。


「ビッグボーイとD51……そりゃ確かに圧倒される訳っすね」

「D51形も凄いし日本中で活躍したけれど、相手は世界最強クラスの蒸気機関車だもんね……」

「でも、だからこそ魅力を感じる……天の上のような存在でも、それに対する憧れが心の中で生まれる……」


 尊敬してやまない気持ちが少し分かった気がする、というトロッ子さんの言葉に、美咲さんは理解してもらった嬉しさを示すような笑顔を見せた。


「ビッグボーイのような人……凄くて手の届きそうにない人……でも、苦しんでいた僕たちに手を差し伸べてくれたのは確かですよね……」

「うん、間違いなく社長の腕は、ジョバンニ君や彩華ちゃんの所に伸びていた。そして、ふたりはそれを掴んだんだよ」

「そうか……確かに、そうかもしれないわね」


 そして、僕と彩華さんは互いに語り合った。仕事で忙しいであろう中で一所懸命僕たちのいじめ問題に対して挑み、そして様々な解決策を考えてくれた、美咲さんの事務所の社長さん。難しいかもしれないけれど、いつかしっかりとしたお礼をしたい、と。

 そんな僕たちを見て、美咲さんは機会があればいつでも連絡して欲しい、と嬉しそうな顔で語ってくれた。


「もし事務所に来れた時には、社長共々、ふたりが楽しい時間を過ごせるようにたっぷりもてなしてあげるからね」

「な、なんだかそれはそれで申し訳ないような……」

「大丈夫だよー。だって、社長が言ってたんだよ?いじめに対して懸命に立ち向かった勇気ある2人と是非会ってみたい、ってね」

「本当……!?な、なんだか照れちゃうわね……」


 あの社長さんが逆に会いたがっている――そんな事実をさらりと告げられた僕や彩華さんが照れ顔を見せたのは言うまでもないだろう。


「あ、そうだ!もし行く機会があったらお願いしたいんすけど!」

「ど、どうしたのナガレ君?」

「もし事務所に行く機会があったら、是非俺宛のサインを貰ってきて欲しいっす!『いつも格好良い飯田ナガレ君へ』みたいな感じのメッセージを……」

「え、え……そ、それは……」


「なるほどー。じゃあその時は、飯田ナガレ君の動画の辛口批評もオマケにつけてもらおうかなー?」

「えー!?それは勘弁してほしいっすよー!絶対社長にコテンパンに言われるじゃないっすか俺ー!」

「まあまあ落ち着いて……」


 冗談を言うナガレ君にちょっと釘を刺しつつ冗談を返す美咲さん、その様子を見てふたりを宥めるトロッ子さんと、皆を見守る幸風さん。

 社長さんと共に僕のために戦ってくれた4人には、やがてふんわりとした笑顔が生まれていた。


 そんなやり取りをしていた時、待ちに待ったものがようやく僕たちの元に届いた。

 カツカレーにハンバーグ定食、シシリアンライスにオムライス、そして各種定食――このレストラン自慢の食べ物が、テーブルの上にずらりと並べられたのだ。

 最初は少し遠慮気味だったトロッ子さんも、注文したオムライスを一目見た途端、綺麗な瞳を輝かせているようだった。


 そして、ここまで運んでくれた店員さんに皆でお礼を言った後、僕たちは一斉に手を合わせて――。


「「「「「「いただきます!」」」」」」

 

 ――目の前の食事への『情熱』を燃やすための挨拶の声を、店内に響かせた……。

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