第107話:本当の出発進行

 インフルエンサーとしても活躍するモデルギャル、イケメン動画配信者、美人アイドル、皆には内緒だけれど大富豪の令嬢、そして『Vtuberの大親友』。

 『鉄デポ』の面々によって開催される事になったこのオフ会に集まったのは、皆自分の人生に絶大な自信を持ち、余裕を持っているように見えてしまう程、正確も外見も素晴らしい美男美女ばかり。

 そんな中で、僕だけは外見も中身もいじめられていた頃とあまり変わらず、何かの拍子についネガティブな気持ちになってしまう、冴えなく情けない1人の男子。優しくて凛々しくて格好良くて素敵な皆を前にすると、あまりにその存在がまぶしすぎて、ますます自分が惨めな存在に見えてくる。本当にこの場にいて良かったのか、彩華さんがいるのにそんなことまで考えてしまう――。


「そ……そんな事……そんな事無いと思います……!ジョバンニさんは素晴らしいですし立派ですし……この場に一番いて欲しい存在です……!」


 ――ここまで語った時、トロッ子さんは僕の思いを否定するようにはっきりとした言葉でそう告げた。


 それを聞いた僕は、少しだけトロッ子さんに近づいてこう告げた。

 その言葉を、トロッ子さんにもそっくりそのまま返したい、と。


「えっ……」

「僕も……このオフ会にトロッ子さんも心から参加して欲しいって思っています……。トロッ子さんは、僕の苛烈ないじめを止めてくれた、とっても凄い人の1人です。勇気を振り絞って、様々ないじめの対策を立ててくれたり、アイデアを出したり、何よりVTuberさんを巻き込んでくれた……」


 だから、トロッ子さんは『素敵』で『綺麗』で、僕にとって眩しすぎる人だと思う――皆が語った言葉を、僕もまた口に出した。どうしても伝えたい、トロッ子さんの悲しそうな顔はこれ以上見たくない、という思いも込めて。


「……じょ、ジョバンニさん……わ、私……」

「……トロッ子さん……」


 言いたかった事を全て言い終えた僕は、トロッ子さんからの返事を待った。でも、トロッ子さんは何を返事すれば良いのか、迷っている様子だった。困惑や気恥ずかしさ、そして一抹の『嬉しさ』――少しだけネガティブな感情が取れたような雰囲気が、トロッ子さんの表情から少しだけ感じ取ることが出来た気がした。

 そんな僕たちの間に生まれてしまった沈黙を横から破ってくれたのは、ずっと話を静かに聞き続けていた彩華さんだった。


「……ジョバンニ君もトロッ子も、ずっとそういう事を考えていたのね」


「い、彩華さん……」

「ご、ごめんなさい……私たち……」


「いいえ、むしろ、私たちが楽しく話をしていたのに、ふたりがずっと悩んでいた事に気づかなくて、本当にごめんなさい。皆を代表して、こちらから謝らせてもらうわ」


 勿論、その件について彩華さんや幸風さん、ナガレ君、美咲さんを責めるつもりは一切なかった。むしろ楽しんだもの勝ちの『オフ会』という行事で一番それに見合った行動をしていたのはこの4人の方だったのだから。だから、こちらこそ全然大丈夫だ、むしろ勝手に自分たちがネガティブな感情になっていただけだ、と慌てて僕とトロッ子さんは反応した。

 すると、それを見た彩華さんは、皆を代表する形で伝えたい事がある、と言葉を続けた。

 

「敢えてはっきり言わせてもらうけれど、このメンバーの中に、『情けなくて冴えない男子』も『ブスでブサイクで臆病な女子』なんていないわ」

「え、えっ……?」

「そ、それって……」


「私たちと一緒にいるのは、『どんな鉄道の話題にもついていける素晴らしい男子』と『軽便鉄道が大好きな優しくて素敵な女子』じゃないかしら?」

「「……!」」


 確かに『鉄デポ』の面々は、普段様々な分野で日々奮闘し、中には華々しい活躍をしているような人たちも多い。でも、いざこうやって集まると、その中に潜む『鉄道オタク』という素顔が露わになる。日夜鉄道を愛し、鉄道の事を考え、そして鉄道の事を互いに語り尽くす、そんな日々が最高の理想だと考えるような人たち。ナガレ君も触れていたけれど、アレな言い方をすれば、この場に集まっているのは『鉄道の事しか考えない頭』になっちゃっている人たちだ。

 そんな、何が何でも鉄道を優先するような面々の間には、顔つきも体型も背丈も声も、そしてそれぞれの活躍も、乱暴に言ってしまえば何も意味も持たない。そこにいるのは、鉄道が好きで好きでたまらない、という自分と同じ思いを共有し合える『友達』だ――。


「……私は、ずっとそう思っていた。だからこそ、ジョバンニ君やトロッ子が思い詰めていた事が、分からなかったのかもしれないわね……」


 ――彩華さんは、自分自身の思いを、僕たちに告白してくれた。

 その言葉は、僕の心の中に大切な事が忘れ去られかけていた事を、優しく凛々しく教えてくれた。容姿も服も、確かにオフ会のためには必要な要素かもしれない。でもそれ以上に、僕は『鉄道オタク』。鉄道が好きという思いを大切にすることが、一番必要な事だったのではないだろうか。そして、隣でトロッ子さんもまた、同じように何かに気づいたような表情を見せていた。


「それでも自分の事を気にしてしまうのなら、私は何度でも言うわ。じょう……じゃない、ジョバンニ君は私の大切な救世主、最上級、エグゼクティブクラス並みの『特別な友達』。トロッ子は黒部のトロッコ列車にも負けないほど魅力的で素敵な存在だ、って。勿論、その顔つき、その身体も含めて全てがね」


「わ、私の……全てが……」


 そして、僕もはっきりと伝えた。敢えて外見の事を言えば、僕も彩華さんと同じように、トロッ子さんの『顔』、特にその瞳がとても綺麗だと思った、と。


「……綺麗……」


 ちょっとズルいかもしれないけれど、これが『勇気があって凄い』とトロッ子さんが語っていた存在からのお墨付きというものだ――そう語った彩華さんの姿に、僕は過去に起きた出来事を思い出していた。

 いじめを受け、学校へ行かなくなっていた頃、僕は彩華さんと一緒に、スタイリストのコタローさんのもとへ髪を切りに行った事があった。その時、一等車にも負けない程素敵な髪形にセットしてくれたコタローさんは、僕にアドバイスをしてくれた。自分の中に『自信』を持つ、それが格好良くて素敵な男子になるために重要な事だ、と。心の片隅にでも、自分は凄いんだ、という思いを残しておけば、きっとどんな事にも負けない。これは、テレビにも雑誌にも出演している『有名人』である自分からのお墨付きだ――コタローさんは、僕に絶対の信頼を寄せた上でそう語ってくれていたのだ。


 もし、トロッ子さんが『勇気』を出して、自分の中にあった劣等感を正直に語ってくれなかったら、僕はこの大事な教えを完全に忘れてしまう所だっただろう。


「あ、あの……トロッ子さん……そ、その……前にコタローさんが僕に教えてくれたことがあるんです……」


 そして、そのアドバイスをもう一度自分の心にしっかりと残すべく、僕はあの時の言葉をトロッ子さんにも伝える事にした。


「……自分に自信を持てば……素敵になれる……」

「は、はい……。とっても難しいかもしれないですが……トロッ子さんは素敵な人だって自信を持って良いと思います……。そ、その……完璧に保証する、とまでは言えないですけど……少なくとも僕や『鉄デポ』のみんなはそう思っているはずです……」

「私でも……本当に出来るでしょうか……」


「出来るっすよ。だってトロッ子さん、VTuberを支えているっていう『自信』があるから、俺たちに協力してくれたんじゃないっすか?」

「……!」


 大人気のバーチャルTuberを裏で支え、ゲームや歌を教えたり情報を調べたり奮闘しているのは、自分だからこそ縁の下の力持ちになれる『自信』があるからこそ。それを、今度はトロッ子さん自身に向けても面白いんじゃないか。きっと良い事はいっぱいあるはずだ、というナガレ君の励ましは、まさに僕の言葉をしっかりと補強してくれているようだった。


「コタローさん、相変わらず良いこと言うよね。確かにあたしも『自信』があるからこそ、ネガティブな気持ちに潰されかけても何とか今までモデル業を続けていけてる訳だし……」

「私も同じ。社長の応援もあるけれど、自分に誇りがあるからアイドルとして頑張っていけているのかもしれないね。それに、鉄道の話で盛り上がれるのも、知識に自信がしっかりあるからだろうし」

「そうね。私も鉄道が大好きな自分に『自信』があるから、ここにいる……」


 そして、彩華さんは僕に言った。自分を含め、とても大切な事を、この場でちゃんと思い出せたようだ、と。その言葉に、僕は了承と感謝の気持ちを込めて頷きを返した。きっかけを作ってくれたのは、彩華さんの励ましだったからだ。


「ジョバンニさん……彩華さん……みんな……」


 そして、トロッ子さんは皆に再度頭を下げて、変な事を言ったばかりに皆を困らせた挙句、うじうじと悩みっぱなしになってしまい申し訳ない、と謝ろうとした。

 でも、それに気づいた僕は、考える前に咄嗟にその動きを止める声を出していた。


「あ、あの……と、トロッ子さん……そ、その……謝るよりも、もっとふさわしい言葉があると思うんです……」

「えっ……」

「僕も前に、同じように謝りっぱなしになった事がありました。その時に、彩華さんが教えてくれたんです……こういう時にぴったりな言葉を、是非聞きたいって」


 僕の言葉に彩華さんが大きく頷いた時、トロッ子さんもそれに気づいたような表情を見せた。

 やがて、しばらくの間を置き、目をこするようなしぐさを見せた後、トロッ子さんはもう一度僕たちの方を向いて頭を下げた。でも、そこから発せられた声は、ずっとトロッ子さんを蝕み続けていたネガティブな気持ちからくる言葉ではなかった。

 自分の姿、自分の心、そして自分の『好き』な思い。それらをすべてひっくるめて受け入れてくれる人たちへ向けたような――。


「……あ……あ……ありがとうございます!」


 ――感謝の言葉だった。

 それをずっと聞きたかった、と言うメッセージを示すかのように、僕たちを含めた5人の『鉄道オタク』は一斉に笑顔を見せた。

 それに応えるかのように、トロッ子さんもまた、どこか憑き物が落ちたかのように、ほっとしたような表情を作ってくれた。それは、僕たちが初めて見る、リアルのトロッ子さんの『ポジティブ』な顔だった。


「あ、今笑顔になった!」

「おー、トロッ子さん、笑顔がめっちゃ似合うじゃないっすか!」

「うんうん、笑った時の顔が似合うのは可愛い証拠だねー」


「ほ、本当ですか……わ、私、笑っていますか……?」

「ええ、とっても良い表情よ。ね、ジョバンニ君?」

「う、うん……!」


 そして、もう一度トロッ子さんの笑顔を眺めながら、彩華さんは一連の事柄をまとめるかのように語った。確かに自分たちは『鉄道』の事しか考えていない。でも、鉄道の事を考え、鉄道の話で盛り上がるためには、やっぱり元気な心、ポジティブな思いが一番の燃料になるのだろう、と。


「それに、私たちは不安や恐怖の思いを、全部ここで洗いざらい語って共有する事が出来た。お陰で、だいぶ心の中もすっきりしたんじゃないかしら?」

「あーそっか……。つまり、ここからの時間は思う存分楽しい事だけ考えられるって訳か!」

「良かったね、トロッ子ちゃんもジョバンニ君も。これでふたりも、心も体もたっぷり『オフ会』へ望めるね」


「は、はい……!」

「そうですね……!」


 美咲さんの言葉に、僕もトロッ子さんも、はっきりと同意の言葉を返すことが出来た。

 彩華さんの言う通り、僕たちは心の中に溜まっていた思いを露呈した事で、心が和らぎ、これからの時間が楽しみになっていくような気がした。勿論、何が待っているのか、という形の緊張はあるけれど、それはネガティブな感情ではなく、次に訪れる展開への楽しみからくるドキドキした気持ちだ。きっと、隣で柔らかな笑みを見せてくれているトロッ子さんも、同じような心地なのだろう、と僕は思った。


「よし、これで6人とも全員『出発信号機』は進行の合図、青色っすね!」


「勿論!あたしはいつでも青色だよ」

「私もいつでも出発できる体制だよー」

「ぼ、僕たちも……大丈夫……!」

「わ、私もです……!」

「ふふ……じゃあ、そろそろ行こうかしら」


 そして、指差喚呼の振り付けを見せた後、皆を先導するようにナガレ君が図書館の建物の中へ入ろうとした時だった。

 僕たちの耳に聞こえてきたのは、ナガレ君の方から聞こえてきた、とても大きな『お腹の虫』の響きだった。


「うぅ……は、腹減ったっす……」


 その言葉に気づいた僕たちは、図書館前の広場にある時計の針が、既に正午過ぎを指していた事にようやく気が付いた。それぞれの緊張の思いを明かし合っていた僕たちは時間が過ぎるのをすっかり忘れていたのだ。そして、この事実に直面した僕たちの腹もまた、一斉に大合唱を始めていた。


「これは本を借りる前にご飯を食べた方が良いね……」

「ど、どこかに良いところは無いでしょうか……」


 そう尋ねてきた美咲さんやトロッ子さんは、どうやら図書館の近く、本当に近くの場所に、丁度良い場所がある事を知らないようだった。

 

「大丈夫よ、みんな。私たち、とっても良い場所を知ってるんだから。ほら、あそこよ」

「あそこ……って、図書館に行くんすか?幾ら腹減っても本は食えないっすよ……」

「違う違う、隣!彩華が指さしてるのは図書館の隣!」

「え……あ、あそこか!確かに!」

 

 幸風さんに突っ込まれたナガレ君は、ガラスの向こうに見えるその『場所』にようやく気付き、納得の声を上げた。そう、ありがたい事に、この大きな図書館にはとても便利で、僕たちも度々利用している『店舗』が併設されているのだ。


「な、なるほど……そういう事でしたか……」

「私、ますますお腹空いちゃったな。早く行きたいよー」

「じゃあミサ姉さんのリクエストに応えて、早速行きましょうか!」

「う、うん……!」


 こうして、僕たちは図書館へ行く前に、『オフ会』最初の行事として、図書館の隣に位置するレストランで6人揃って初めての食事をとる事になった……。 

 

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