第99話:謝罪の先にあるもの

『この度の不祥事、誠に申し訳ありませんでした』


 企業や自治体、学校などが何か大変なミスや良からぬ事態を引き起こしてしまった時によく聞く言葉。普通なら、テレビやラジオ、ネットを通してしか聞く機会が無いであろう、社長などの幹部が自分たちの失態を謝るために使うフレーズ。

 その言葉が、まさか自分たちに対して向けられるとは。しかも、よりによってその謝罪をしたのは、あの誰もが知る大富豪・綺堂家の当主たる人物だとは――父さんや母さんは、目の前で起きた出来事やその言葉に、最初唖然としてしまったという。


「う、うん……そうだよね……土手座までしたんでしょ……?」


 そう、綺堂家当主、彩華さんの父さんである綺堂玲緒奈さんは、空き教室の中で、父さんと母さんに向けて綺麗な姿勢で土手座を見せながら、はっきりと謝罪をしてきたのだ。しかも、一般庶民であるはずの父さんや母さんに対して、『敬語』を語ったのである。

 加えて、彩華さんの父さんの隣では、執事長の卯月さんも同じように綺麗な姿勢で土手座をしていたという。

  

「びっくりしたというか、目の前の光景が信じられなかったな……」

「うんうん。だって、凄い有名な大金持ちの人が、私たちに頭を下げてるのよ?逆に困惑しちゃったわ……」

「ぼ、僕も全然光景が想像できないよ……」


 あれだけ誰も寄せ付けないような凄まじい威厳を持つ人がそのような行為を行ったのか、それは彩華さんの父さんが土手座したまま語った。


 父さんと母さんの息子、つまり僕がこれだけ学校で酷い目に遭わされていたのに、スポンサーとして長い間助けの手を差し伸べる事が出来ず、挙句の果てに苛烈ないじめの光景が世界中に拡散するという最悪の事態まで引き起こしてしまった。

 確かに根本的な原因は学校自体にあるけれど、その『学校』の手綱を引いている自分たちが今の今まで動くことが出来なかったのは本当に許しがたい事態だし、自分たちにも大きな責任がある。無限の未来を作る原動力となる『好き』という思いを踏みにじられる、という下劣な行為を見て見ぬふりしていた、と糾弾されても仕方がない――。


「それで、スポンサーの人……ううん、譲司の友達、彩華ちゃんの父さんはこう言ったの。『私も子供を持つ身として、貴方たち「和達譲司君」のご両親がどれほど辛い気持ちだったのか、少しは分かるつもりです。だからこそ、私たちは謝らなければならないのです』ってね」


 ――その言葉を聞いた父さんや母さんは、自然に腰を下げ、彩華さんの父さんへ目線を近づけた。

 そして、しっかりと自分たちの意見を伝えた。同じ後悔は、自分たちも、そして『和達譲司』という人物も、皆持っている、と。


「譲司が受けているいじめに気づけなかったのは、父さんも母さんも同じだったからな……」

「う、うん……それに、僕も、もっと早く父さんや母さんたちに報告しておけば、ここまで酷い事態にはならなかったのかも……」

「そうよね。今回の一件、誰もが様々な『後悔』を背負っている。譲司をいじめ続けたあの理事長のドラ息子は怪しいけれど、それ以外の人たちは皆様々な反省を抱いているはずよ」


 だから、それらの『後悔』を『反省』したうえで、これからどうするのか考えるのが一番だと思う。特に自分たちに関しては、互いを許す、許さないというより、同じ相手からいじめを受けた子供を持つ親として共に考え、立ち上がるのが一番の解決策かもしれない――父さんや母さんは、低姿勢なままの彩華さんの父さんに手を差し伸べながら、そのような事を述べたという。

 直後、世界的な大富豪の当主に対してあまりにも図々しい態度だったのではないか、と慌ててその発言を謝罪してしまった父さんや母さんだったけれど、彩華さんの父さんはその言葉を聞いても決して怒らず、むしろ感謝の言葉をかけてくれた、という。言い方は悪いけれど、確かに『謝れば済む』という事ではなく、謝った後にどうするか、という事の方が重要だ。改めて、その事に気づかせてくれた、と。


「父さん、母さん、格好良いよ……!」

「あはは……そう言ってくれるのは嬉しいけれど、やっぱり複雑な気分だな。だって、綺堂家の一番偉い人を説得しちゃったんだろ、俺たち?」

「確かにそういう事になるわよね……」


 その後、ようやく土手座の状態を解いて立ち上がってくれた彩華さんの父さんは、卯月さんと共に僕の父さんや母さんの前に座り、今後について考える簡単な会議をしたい、と提案した。勿論、父さんや母さんはそれを受け入れた。

 綺堂家への協力に対しての心から感謝を含めて色々な事を話し合った、と父さんや母さんは語ってくれたけれど、特に大きな議題になったのはやはり僕に関する今後の内容だった。一連の出来事に対するお詫びの気持ちを示すためにも全面的に協力したい、と願い出た彩華さんの父さんは、続けてこのような事を述べた。もし今後、『訴訟』を始めとした、複雑で時間がかかり費用も嵩むような措置を起こす、もしくは起こされる時には、綺堂家を挙げて全力で支援する、と。

 それを聞いた父さんと母さんは、しばらく考えた後、本音を述べる事にした。そしてそれは、僕も考えていた内容だった。


『……正直言って、私たち和達家は、これ以上あのいじめに関わりたくないんです。これ以上関わり続けていると、それこそ私たちの様々なものが浪費されてしまうような気がして……』

『私も妻と同じ意見です。私たちは、大切な息子が、平和な場所で幸せに成長する姿を見守りたい。頼りない親ですが、それだけでも叶えてあげたい、そう考えています……』


 そして、それを聞いた彩華さんの父さんは、こう提言したという。

 

『……分かりました。今後お二人が、「いじめ」に関する内容に巻き込まれそうな時は、我々が全力で肩代わりしましょう』


 つまり、今後の『いじめ』に関する案件を、僕たち和達家は事実上綺堂家に一任する、という格好である。

 あそこまで丁寧で真摯な謝罪を見せたうえ、決して自分たちを見下す事無く接してくれたこの人なら、絶対に信頼が出来るはずだ、と父さんや母さんが考えた上の判断に、僕も賛同の意志を示した。いじめ対策に関して疲弊する父さんや母さんの姿は、もう二度と見たくなかったからだ。


「良かった……譲司がどう考えるか、それが心配だったんだ」

「事後承諾のような形になってしまってごめんなさい」

「う、ううん、大丈夫だよ……」


 そして、彩華さんの父さんは僕の父さんや母さんにこう述べたという。

 今回は時間があまりとれず、少ししか思いを伝えあうことが出来なかったけれど、いつか機会があれば、是非おふたり=僕の父さんや母さんともじっくり語り合いたい。家族の事、子育ての事、将来の事、そして『一人息子』と『一人娘』の関係の事、などなど――。


「か、関係……!?」

「あら、彩華ちゃんの父さん、こういう事を言ってたわよ。和達譲司君は、我が娘にとって救世主のような存在です、って」

「え、そ、そんな……ちょ、ちょっと恥ずかしい……」

「いやいや、こういう時は胸を張るもんだぞ、譲司!凄いじゃないか、ガールフレンドの救世主だなんてなぁ!」

「う、うう……」


 ――確かに、彩華さん自身が『人生という名のレールの転轍機てんてつきを明るい方向へ変えてくれた存在』だと僕を褒め称え、救世主だと呼んで抱き着いていたのは記憶に新しかった。でも、まさかあの厳しい表情を見せ続けていた彩華さんの父さんまで『救世主』だと称えてくれるとは思わず、つい僕は顔を真っ赤にしてしまった。


 ともかく色々あったけれど、スポンサーの人=彩華さんの父さん=綺堂玲緒奈さんを交えた、父さんと母さんが参加した会議が無事に終わった事を、その詳細と共に僕はじっくりと確認する事が出来た。そして、父さんも母さんも、『綺堂玲緒奈』さんという、経済を支える重要人物がどのような人なのか、テレビやネット、ラジオ、新聞では伺い知れない内面まで理解する事が出来た、と語った。

 威厳があって怖く、一睨みであらゆる存在が震えあがりそうな存在だというのは間違いない。でも、一方で自分が悪いと思った事は誠心誠意をもって丁寧に謝り、自分たちのような一般庶民でも敬意をもって接してくれる。そして何より、『子供』をとても大切に思っている。

 あのような人が当主となっている『綺堂家』は、とても幸せな一族だろう――それが、父さんと母さんの仲で共有された思いだった。


「こんな一面があるなんて、テレビでも新聞でもネットでも全然知られていなかったわね」

「そう考えると、俺たち和達家、凄い事に巻き込まれてるんだな……」

「そうだね……あ、で、でも、そういう優しい一面があるって言う事、僕に言って大丈夫だったの……?」


「その事なら大丈夫よ。むしろ息子さんには是非伝えて欲しい、あの時はずっと怖がらせてしまったようだから、って言ってたわ」

「え、そうなの……!?」

「良かったじゃないか譲司、これで大切なガールフレンドの父さんは怖いだけの人じゃない、って分かっただろ?」

「そ、そうだね……」


 父さんの言う通り、凄い事に巻き込まれているのは確かだけれど、決して悪い事ではなかった。むしろ、これから何が起こるか良い意味で分からないという高揚感が、僕の心に満ち溢れていたのだ。


「それにしても、父さんにはなかなか手強い『ライバル』が現れたようね。彩華ちゃんの父さん、子供の事を大切にしていて格好良くて……」

「何だよ母さん、俺だって負けてないぞ!譲司の事をとっても大切にしていて、おまけに格好良くて強くて凛々しいと職場でも評判で……」

「あらあら、そんな格好良くて強くて凛々しい方が、どうして『彩華ちゃんの父さん』に緊張してタジタジだったのかしらね?」

「そ、そりゃないぜ母さん!」


 それは父さんも母さんも同じようで、今日の会議の内容を、深刻な部分を除く形で冗談めいて振り返ることが出来るほどの余裕を見せていた。

 


 こうして、僕たち和達家全員は、長い長い『いじめ』から事実上解放される形になった。

 でも、この僕、そして彩華さんにはもう1つ、やり残していた事があった。


 僕たちの事をずっと心配してくれるはずの『ネット』の友達――『鉄デポ』で待っている皆にも、一連の作戦が無事に成功した旨を伝える必要があるのだ……。

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