第98話:両親の会議報告
午前中は学校へ赴き、理事長を糾弾するスポンサーに彩華さんと共に協力するとともに、そのスポンサーの綺堂玲緒奈さんと綺堂彩華さんの正体や関係を知る。
お昼は一息ついて、綺堂家の皆さんが気合を入れて作った美味しい弁当をたっぷり味わう。
午後は悔いを残さないように、図書室の本を思う存分時間を忘れて読み漁る。
そして夜は、父さんや母さんが用意してくれた、これまた美味しいカレーライスを心行くまで存分に堪能し、明日の予定などを確認する。
『怒涛』という言葉が似合う、今まで体験した事もないほど色々な出来事が詰まった1日が過ぎ、目覚めた僕は次の日を迎えていた。
昨日、父さんは『早起きしたら「友達」を家に誘ってお家デートをしても良いんだぞ』とからかっていたけれど、結局それは実現しなかった。当然だろう、僕が起きた時、既に時計は午後の時間を示していたからだ。
(随分寝ちゃったな……)
結果的に半日以上寝てしまった格好になったけれど、そのお陰で昨日の疲れはだいぶ取れたような気がした。
ゆっくりと布団から抜け出した僕は、あくびをしながらキッチンへ向かい、父さんや母さんがたっぷり作ってくれたカレーの残りを朝食兼昼食として温めた。この量を見ていると今夜の夕食もカレーライスになりそうだ、と楽しみにしつつ、僕は父さんや母さんが今頃どうしているか、少しだけ気になった。僕がぐっすり寝ている間に、両親は学校へ向かい、あの理事長夫妻や学校のスポンサーであり大富豪の綺堂家の当主の人を相手に面と向かって自分の意見を伝えているはず。父さんは気合を入れていたけれど、本当に大丈夫だったのか、と少しだけ心配になっているうち、カレーが程良い暖かさを帯び始めた。
「いただきます……」
夜の間に熟成したカレーライスの美味しさを改めてかみしめた僕は、いつかこの味を彩華さんにも紹介したい、と思った。その時は、是非僕も父さんや母さんの手伝いをして、彩華さんにちょっとだけでも格好良い所を見せたい、という野望も、こっそり心の中に抱いた。
やがて、父さんと母さんの気持ちが詰まった食事でお腹がいっぱいになった僕が、皿やコップ、炊飯器の釜を洗っていた時――。
「ただいまー」
「ただいま、無事帰って来たぞ譲司ー!」
――玄関から父さんと母さんの声が聞こえてきた。
その明るいトーンから、僕は学校での会議が無事こちら側が望んだ形で終了したであろう事を察する事が出来た。
そして、父さんや母さんが手洗いやうがい、着替えなどを済ませるのと同時に、僕の方も無事皿洗いを完了し、リビングに置かれたテーブルの傍に座った。学校でどのような話し合いが行われたのか、是非聞きたかったからだ。
そんな僕の耳にまず入ったのは、僕を含めた和達家にとって一つの大きな、そして嬉しい内容だった。無事、僕と彩華さんの『中退』――この学校を辞める、という行為が認められたのである。しかも、昨日連絡が入った通り、単位についても問題なく、今期のものは全て履修したと見做したうえで、新しい学校への移行が出来る事を確認する事が出来たという。
「良かったな、譲司。これで気兼ねなく新しい学校探しができるぞ」
「そ、そうだね……父さんも母さんもありがとう……」
「ふふ、私たちも頑張ったけれど、一番頑張ったのは間違いなく譲司と『友達』の彩華さんよ」
そう語った母さんは、続けて話し合いの最中の『理事長』たちの様子を伝えてくれた。
昨日、僕が彩華さんと共に対峙した時、理事長やその奥さんの貴婦人は、言葉は悪いけどふてぶてしい態度を見せ続け、挙句の果てに僕に冤罪を吹っ掛けようとしていた。でも、スポンサーである彩華さんのお父さんに厳しい言葉をかけられ、学校への援助を打ち切る事を告げられ、更に全ての原因となった『息子』が最後まで一切反省の様子を見せなかったという出来事が重なった結果、最終的にショックで気を失うまでに至ってしまった。
そして、そんな出来事を経た理事長や貴婦人は、父さんや母さんを交えた今日の会議の中ですっかり縮こまってしまい、『平身低頭』という熟語がぴったりと言った様相だったという。
「何というか、私たちを見て完全に怖がっていたような感じだったわね。あの時図書室の先生から聞いたふてぶてしくて態度がデカい姿なんてどこにも無かったわ」
「そ、そうだったんだ……」
「とにかく謝り通すしかない、って感じだったな……流石の父さんでも少し哀れに思ったよ。まあ、あの方から聞いた話を聞けば、それも仕方ないけどな」
そう言う父さんは、『スポンサーの人』こと彩華さんの父さんの威厳が、聞いた通り確かに凄まじかったという事を僕に教えてくれた。
丁度会議中の席が隣だったそうだけれど、それだけでも彩華さんの父さんの方から建設的な意見以外の反論やもっともな内容を除いた批判を一切許さないと言わんばかりの『怖さ』のようなものを感じてしまい、内心かなりビビってしまった、という。いつも明るく頼もしく、色々な所で度胸を見せてくれる父さんでも、彩華さんの父さんの持つ、幾つもの企業を束ねる『大富豪』の威厳は相当なものだったようだ。
そして、そんな彩華さんの父さんの目の前に座っていた理事長や貴婦人、そして学校の幹部たちは、まさに『蛇に睨まれた蛙』のようだった、と父さんや母さんは言葉を続けた。
「俺があの立場なら、絶対に気絶してるな……」
「私なら泣いちゃうわね……」
そんな張り詰めた空気の中でも、父さんや母さんは何とか僕のため、様々な発言をしてくれた。今までの『いじめ』に関する事、現状に関する内容、そして今後どうなっていくのか、という質問。ずっと疑問に思った事から相手の発言を聞いて気になった内容まで、思う事をはっきりと述べる事が出来たという。そしてそれは、『貴方たちもしっかりと発言をして欲しい』という彩華さんの父さんの発破も大きかった、と父さんや母さんは語った。
「発言して欲しい、と言われてあんなオーラ出されちゃ、質問しないと逆に怒られると思ったんだよな、正直……」
「まあ、それは私も同感だったわね……。でも、この機会だから言いたい事は全部言ってきたわ。だから、今回の会議への悔いはないわ」
「うん、確かに母さんの言う通りかもしれないな」
そして、父さんや母さんは、理事長や貴婦人に対して、はっきりとこう告げた。
貴方たちが大切な息子を庇いたい気持ちが理解できないわけではない。でも、時にはしっかりと怒らなければならない事だってある。
それにもっと早く気づいていれば、ここまで惨めな事にはならなかっただろう。
道を誤った結果全てを失い、二度と取り返すことが出来なくなったという『後悔』の気持ちを、これからずっと忘れないで欲しい。
いじめを受けた子供を持つ者として、これが精一杯のメッセージだった、と父さんや母さんは語った。
「父さん……母さん……」
僕の方は結局最後まで『息子』に思いが伝わる事が無かったようだけれど、父さんや母さんの言葉を聞いた理事長夫妻は項垂れながらも、小声で分かりました、と言ってくれたという。
父さんや母さんの勇気ある発言は、しっかりと相手の心に伝わったようで、僕はどこか安心したような感情を覚えた。
「それで……その後はどうしたの?」
「ああ、その後父さんたちは別室へ向かったんだ。使われていない空き教室みたいな場所だったかな……?」
「最初びっくりしたわよね。いきなり『是非おふたりと話し合いがしたい』って言われちゃったんだもの」
「えっ……!?」
あの凄まじい威厳と恐ろしさを醸し出すスポンサーの人こと彩華さんの父さんから直々に、しかも別室で話がしたい、と言われてしまえば、父さんや母さんのように驚いてしまうのも無理はないだろう。
その後、綺堂家に仕える執事長の卯月さんに案内される形で空き教室へ向かった父さんと母さんは、一緒に教室の中へ入った、シンプルだけど豪華そうなスーツを身につけた彩華さんの父さんが自分たちの正面に座るのを見て、当然ながらとても緊張したという。
何も悪い事はやっていないので怒られる事はないと思うけれど、目の前にいるのは自分たち一般庶民ではまるで及ばないような存在。果たして何を言われるのだろうか――そんな不安を抱いた父さんや母さんの目の前で起きたのは、信じられない出来事だった。
「……え、ほ、本当!?」
その話を聞いた僕が驚いたのも当然だろう。
幾つもの企業を束ねる『綺堂グループ』を所有する大富豪・綺堂家の当主たる男の人、綺堂玲緒奈さんが、僕の父さんや母さんに向けて、実に綺麗な姿勢で、土手座をしたのだから……。
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