第100話:少しの嘘を織り交ぜて
スポンサーと共に、いじめを放置し事態を悪化させ続けた学校を糾弾しに向かう――その行動を実行に移す前、僕と彩華さんは、いつもお世話になっている、鉄道オタクが集まる会員制クローズドSNSの『鉄デポ』に集う仲間たちにその事を連絡し、無事成功した暁には皆にもしっかり報告する、と約束した。ただ、スポンサー=綺堂家という途轍もない大物が動くという関係もあり、いつ実行に移すかという事に関しては守秘義務もあり言うことが出来ず、『結果を報告する』旨も、皆へ唐突に伝える形になってしまった。
にもかかわらず、『鉄デポ』のプライベートルーム――僕や彩華さんのいじめ対策のために開かれた場所には、様々な形で力を貸してくれた面々が、貴重な時間を割いて集まってくれた。
モデル兼インフルエンサーの幸風サクラさん、イケメン動画配信者の飯田ナガレ君、アイドルとして活躍中の美咲さん、バーチャルTuber『来道シグナ』と固有関係を持つトロッ子さん、ヘアサロンを営むスタイリストのコタローさん、そして詳細は分からないけれどどこかの学校に勤めているらしい教頭先生。いつもの面々の名前が、プライベートルームの参加者欄にずらりと記されていた。
『で、どうだったどうだった?』
『お、俺も気になるっす!』
『まあ、文章を見る限り、悪い流れじゃなかったように見えたけどねー』
『私もそう思いました。でも、実際の事を是非お二人から聞いてみたいと思いまして』
そして、私たちに教えてくれないかしら、というコタローさんの優しい声に促され、僕と彩華さんは皆に一連の出来事――気付けばもう数日も前になってしまった、最後の学校の一日の模様を、口に出せる範囲だけしっかりと伝えた。
作戦は無事に成功し、スポンサーから糾弾された学校は自分たちの非を認めざるを得なくなった一方、自分たちは心配していた『単位』の件も含めて全て有利な形に終わった、と。
「みんなの応援のお陰で……ぼ、僕たちはちゃんとあの学校を『辞める』事が出来ました……!」
『あの学校に、今後ずっと痛み続けるだろう大きな爪痕を残しながら、ね』
少し緊張してしまった僕の声と、自信に満ちた彩華さんの声が『鉄デポ』を通して皆に伝わった後、僕たちに返ってきたのは皆からの祝福、労い、そして安堵の声だった。
『おめでとー!よく頑張ったね、ジョバンニ君も彩華ちゃんも!』
『あたしは信じてたよ!信じてたけれどちょっと不安だった!でもよくやったよ、ジョバンニ君、彩華!』
『ありがとう、ミサ姉さんにサクラ』
『おふたりとも、スポンサーの人と一緒に学校に立ち向かったんですよね……す、凄いです……!』
『俺だったらビビッて何も言えないっすよ……ジョバンニ君も彩華さんもすげー度胸あるっすよね!』
「ぼ、僕はやるべきことをやっただけで……そ、その……凄いかどうかは……」
『ふふ、ジョバンニ君、もっと自分を誇りなさい。スポンサーの方に自分を証拠に使ってもらいたい、って揃って直訴して、それを受け入れて貰ったのよね?』
突然頼み込んできたという学生たちの言葉を受け入れてくれたスポンサーの器量も確かに凄いけれど、何よりスポンサーに臆せずしっかりと自分の意見を伝え、そして学校の『お偉いさん』相手にも決して怯えずに立ち向かった。それは本当に称賛されるべき事だし、自分でもそう簡単に真似できないだろう――コタローさんがそう言って称えるのに合わせて、教頭先生もこんな事を言って僕たちを褒めた。
『いやぁ、これぞまさしくふたりの「好き」の勝利だねぇ!』
「え、す、好き……!?」
『い、いや、私たちそう言う間柄じゃ……!』
『まあまあ落ち着いて……そういう事じゃなくて、それぞれの「好き」な物事を捨てず、懸命に守り抜いた。それを侵そうとする存在に打ち勝つことが出来た。私が言いたかったのは、そういう意味さ』
「あ、なるほど……すいません、教頭先生……」
『私たち、つい早とちりしていました……』
そうやって謝罪する僕たちに対して教頭先生は全然気にしていない、と明るく慰めてくれたけれど、同時に僕は教頭先生を含めた、『鉄デポ』の皆へ心の中で謝罪をした。恐らく彩華さんも、同じような事を考えていただろう。
僕たちは、この『学校への糾弾』という大きな出来事に関して、複数の重要な内容を隠し、敢えて『嘘』の情報を流す事にしたのだから。
実は、『鉄デポ』にログインする前、僕と彩華さんは電話越しにある確認をしあった。今回の一件について、どこまで『鉄デポ』で待つ仲間たちに明かすことが出来るか、相談したのである。
確かに作戦の成功、学校の醜態、そして威厳あるスポンサーなど、心配していたであろう皆に伝えなければならない事は多数存在したけれど、同時に僕たちは決して明かしてはいけない事実を共有してしまっていた。学校のスポンサーの正体が大富豪の『綺堂家』である事、そして『鉄デポ』に集う鉄道オタクの1人である彩華さんの正体が、その綺堂家の令嬢・綺堂彩華である事がその代表例だった。
綺堂家は鉄道の事しか興味が無い僕ですらその名前を聞いた事がある有名な大富豪。単に金持ちと言うだけに留まらず、鉄道と言う分野に関しても様々な方面で深く関わっている事でも知られていた。そして、『鉄デポ』で語り合う皆も、当然ながら綺堂家の事はしっかりと把握しているようだった。そんな皆が彩華さんの正体を知ってしまえば、どれだけ皆が優しくても今までの楽しく明るい関係が変容してしまう可能性が高い。最悪の場合、『鉄デポ』が彩華さんの居場所でなくなってしまう可能性だってあるのだ。
いじめ対策で尽力してくれた皆の信用を疑う訳ではなかったけれど、今まで通りの『彩華』と、そのリアルの友達である『ジョバンニ君』として、今後も皆と語り合いたい――その思いから、僕たちはこれらの情報は決して明かさないようにする事を互いに約束したのである。
(……でも、コタローさんは『嘘』混じりの情報を完全に信じちゃっているみたいだし……なんだか申し訳ない……)
それでもやっぱり心の中に若干の罪悪感が生まれてしまった僕だったけれど、そんな気持ちを知る由もないであろう『鉄デポ』の皆は、今回の作戦について自分なりの考えを語り合っていた。
『つーかさ、ぶっちゃけスポンサーもめっちゃブチギレてたと思うよ?あんなクソ動画を世界中に拡散させた挙句、それを見て見ぬふりしたんだって?』
『確かに
『やっぱりそうっすよね……俺があの学校のスポンサーだったらめっちゃ怒鳴り散らしてたと思うっす』
『スポンサーの人がずっと頑張って支えていたのに、滅茶苦茶汚い泥を塗ったような格好だからねー』
もしかしたら、それも『ジョバンニ君』や『彩華ちゃん』の言う事をスポンサーが信じてくれた理由かもしれない――真相は知らないままだったけれど、美咲さんの言葉はある程度は正しかった。あの時、スポンサーの人こと彩華さんの父さんは、信頼を裏切った事に対して厳しく糾弾していたからだ。
『もしかしたら、動画が拡散された時点で、いじめを働いた生徒やそれを放置した学校の運命は決まっていたのかもしれませんね』
「と、トロッ子さんの言う通りかもしれません……」
要は自業自得、因果応報って奴だ、という幸風さんの言葉に、僕も含めた全員が賛同の意志を示した。
スポンサーからの支援を失う事態に陥った理事長たち学校の人たちは哀れだったけど、こうなった以上僕たちにはどうする事もできない。文字通り、悲惨な結末を迎えてしまったのは、ひとえに身から出た錆だったのかもしれない、と僕は数日前の出来事を振り返った。
そんな中で、気になる事を語ったのはナガレ君だった。
学校がスポンサーと『ジョバンニ君』と『彩華さん』に怒られて大変な目に遭ったのは分かったけれど、肝心のふたりをいじめ続けた『屑』=理事長夫妻の息子は結局どうなったのか、と。
確かに気になる事案かもしれない、と前置きを入れながら、彩華さんが詳しい事を語ってくれた。
『まず、スポンサーに糾弾された学校は、いじめを認めざるを得なくなった。そして、スポンサーに怒られ、呆れられた以上、学校の評判はこれから永遠にダダ下がりなのは確定的ね』
『た、確かにそうなるよね……』
『その時に、スポンサーの人は「アレ」に対してはっきりこう言ったの。「学校の代表、看板として、卒業までこの学校で頑張ってもらうのが一番だ」ってね』
『え、それって……つまり……?』
『要するに、学校の評判をダダ下がりにさせて、下手すれば廃校に追いやられるかもしれない状況を作った元凶と見做したうえで、ずっと学校に居続けるよう睨みを利かした、って事かい?』
『はい、教頭先生の推測で間違いないと思います』
つまり、今にも潰れそうな鉄道会社から逃げ出せず、再就職も出来ないまま運命を共にするようなものか、と、美咲さんは僕たち鉄道オタクに分かりやすい例えで、スポンサーの発言を纏めてくれた。そのお陰で、トロッ子さんたちもスポンサーの人が述べた言葉の恐ろしさを知る事が出来たようだった。
『……うーん……でもさ……』
『どうしたんすか、サクラさん?』
『思ったけどさ、その屑野郎って確かその理事長の息子なんでしょ?金持ちのボンボンなら、親が解決しそうな気がするんだけど……』
『う……た、確かにあり得そうな展開っすね……』
そうなったらそれこそクソにも程がある、と不機嫌そうな言葉を述べたナガレ君の言葉を聞いて、僕も解説に加わる事にした。
今から語るこの情報は、事前に彩華さんと共に皆へ打ち明けても構わない、と確認し合った内容だ。
「そ、それが、何というか、もう理事長やその奥さんにも見放されそうな感じになっていて……」
『えっ……!?』
『マジ……!?何が起きたの……!?』
そして、僕は、最後に見た『理事長の息子』の様子を皆に語った。彼が最後に言い残した気になる言葉について、ナガレ君たちに確認する事も兼ねて……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます