第101話:それはひとつの因果応報
内部で起きた苛烈ないじめ、それが発端になって起きた動画の拡散、そしてそれらに対して杜撰な対応に終始した学校。
その結果、待ち受けていたのは大切なスポンサーからの信頼をすべて失う、という、自業自得だけどあまりにも悲惨な結末だった。
学校を所有する理事長夫妻は最早スポンサーに頼れないという事実を嫌というほど突き付けられ、涙を流すしかできなかった。
そして、一連の糾弾が終わった後、スポンサーの人は僕にある事を述べた。
この糾弾の場に呼び集めた者たち――僕や彩華さんを『鉄道オタク』であるという理由でいじめ続けた者たちと会うのは、きっとこれが最後の機会になるだろう。何か伝えたい事があったら、思いっきり話すのが良い、と。
僕はその提案に従い、いじめを起こした元凶とも言える『理事長の息子』に対して、『可哀想』『哀れ』『残念だ』、と心の中に生まれた考えを、はっきりと声に出して伝える事が出来た。
でも、それに対して理事長の息子が返した言葉は、以前と全く変わらないままだった。
『えっと……その……この場で口に出すのも嫌な言葉なんですけど……』
『あ、だったら無理に言わなくて良いと思います……』
『まあ、言わなくてもだいたい分かるっす……要はやべー差別用語や誹謗中傷、鉄道オタクを馬鹿にする言葉を思いっきり並べられた、って感じっすか……?』
「う、うん……だいたいその通りだよ……」
撮り鉄は犯罪者。乗り鉄も犯罪者。鉄道オタクはとにかく全部犯罪者。
スポンサーと言う虎の威を借りなければ自分と言う存在に太刀打ちできなかった弱っちい狐ども。
でんちゃっちゃのようなガキが楽しむようなものを好む屑鉄連中は、永遠に世間から笑いものにされる運命だ。
そして、そんな鉄道オタクに味方をする奴は、みんな常識外れのクソばかりだ。
思い出してみても、ある程度表現を和らげようとしても、どれも酷い言葉の数々だった。そしてこれらは、あの日までずっと、理事長の息子が僕に対して並べ続けていた、『鉄道オタク』という存在をとことん卑下するための内容でもあった。
結局、理事長の息子はスポンサーの人=彩華さんの父さんの力をもってしても、その意見、その意志を変える事が出来なかったのである。
『……なるほど、ある意味見上げた根性だよねぇ』
僕の体験を聞いた皆を代表して、教頭先生が皮肉めいた感想を述べてくれた。
『確かにそうですね。スポンサーの人にあれだけ怒られたのに、全く懲りずにそういう事を言った訳ですし……』
『ジョバンニ君が可哀想って言った気持ち、私も分かるよ。そう言うのを見ていると、怒りを通り越して哀れに見えちゃうよねー』
『反省するチャンスを全部自分から放り出したって事か……。鉄道オタクをいじめる奴の考え、あたしには全然理解できないよ』
そして、トロッ子さんもまた、素直に自身の意見を述べた。そこまで自分の信念を曲げないという『強さ』があるのだったら、鉄道オタクを忌み嫌うだけではなく、何か良い方向に使っていれば、このような情けない姿をさらす事は無かったのではないか、と。
ただ、それに関してはコタローさんから諦めのような言葉が返ってきた。こういう『嫌いなものを徹底的に攻める』思考判断を持つ人は、例え気力があっても大概そういう方面にしか使い道が無い『力』しか持っていないのだろう、と。自分の行動を省みる行為を最後までしなかったのは、用途が余りにも限られている『力』を捨てるのがあまりにも惜しかったのが理由かもしれない、とコタローさんは推測していた。
少し難しい言葉だけれど、僕の中にはその意見に賛同する思いが芽生えていた。理事長の息子は根性があるというよりも、自分の信念が揺らぐのを何よりも恐れていた、言葉は悪いけれど『臆病者』だったのかもしれない、と。
すると、ナガレ君がどこか納得したような声を出した。そんな有様を見せられたのなら、理事長や奥さん=虐めの元凶となった息子を抱えた親も、見放す形になって当然だ、と。
確かにあの時、理事長やその奥さんである貴婦人は、必死になって息子による暴言を止めようとしたけれど、彼の『鉄オタ叩き』はますますエスカレートし、誰にも止められなくなっていた。そして、最終的に理事長も貴婦人も、ショックのあまり気を失う事態にまで発展してしまったのだ。
『うわ……親を気絶させるって、よっぽどじゃん……』
『こりゃ絶対将来勘当されるのは間違いなしっすね……しかも学校からの「中退」も許されない状況っすし……』
『あくまで「提案」でしかないから破る事は理論上できるだろうけど、それを発案したスポンサーがあちこちで睨みを利かせているだろうから、絶対に無理だよね』
『そうね。しかもそれ以前に、あの動画拡散で全世界にあいつの顔が知れ渡った格好だから……』
『スポンサーも親も学校も世間も、周りの全てを完全に怒らせた、という格好ですね……』
『つまりどう足掻いても、彼が乗る「未来行きの列車」の終点は暗闇の中、って訳ね』
『自業自得、因果応報……とはいえ、怖い話だねぇ……』
「本当ですね……」
誰かの『好き』という思いを侵害し続けた相手に待ち受ける結末は、あまりにも凄惨なものになる――虚勢を張るしか出来なくなったであろう相手に待ち受けるはずの結末に、憐れみの思いを強くした時、僕は大事な内容をまだ伝えていなかった事を思い出した。
色々彼の罵詈雑言を聞いた後、僕は彩華さんと共に理事長や息子たちがいる部屋を去った。その時、最後まで僕たちに喰らいつこうとした理事長の息子は、こんな言葉を残したのである。
――俺は
『確かに「また」って言ってたわね、譲司君』
「うん……それで彩華さんと相談しているうちに思ったんだけど、これ、もしかしたら、前にナガレ君が言っていた『ガキ大将』の事じゃないかって……」
『えっ……あ、でも言われてみれば確かにそうっすね……!』
今でこそ人気動画配信者として明るく楽しい動画を提供し続けている飯田ナガレ君だけれど、過去にクラスの『ガキ大将』から鉄道オタクである事をからかわれ、誹謗中傷を受け、挙句の果てに暴力まで振るわれた事があった。単にナガレ君に勉強や人気など様々な面で勝てなかったがために、『鉄道が好き』という分野を徹底的に攻撃されてしまったのである。その時は最終的にガキ大将側が先生から怒られ、クラスを変えられ、生徒たちからの評判はガタ落ちする、という結末に終わったけれど、それでも最後まで反省していなかった旨をナガレ君は語っていた。
もし、あの時理事長の息子が述べた『また』の相手がナガレ君だったとすれば、全ての辻褄が合う。鉄道オタク相手に敗北を喫したと思い込み、反省するどころか恨み辛みを更に高めた彼は、あの学校で新たなターゲットとしてこの僕、和達譲司と言う存在を見つけ、同じ手口で徹底的に追い詰めようとした。あの時の屈辱を発散する、という意味合いを込めて――そのような事を、僕と彩華さんは考えたのである。
ただ、1つだけ、この考えには大きな欠点があった。『ガキ大将』が理事長の息子であったことを証明できるものが、どこにも見当たらなかったのだ。
『だから、はっきりとそうだとは言えないわ。もしかしたら、ナガレ君とは別の鉄道オタクが、あいつによって苦しめられていたのかもしれないから……』
「ごめん、なんだか曖昧な感じになっちゃって……」
『……いや、それでも俺は構わないっす』
謝る僕と彩華さんに、ナガレ君は優しい口調でこう述べてくれた。
もしあの『ガキ大将』が理事長の息子だったら、結果的に僕や彩華さんは散々に身も心も虐められたナガレ君の仇を討ってくれた事になる。言い方はアレかもしれないけれど、長年の胸のつかえが取れたような気がして、とても嬉しい。
そして、もし『ガキ大将』が理事長の息子ではなかったとしても、過去にいじめられたであろう鉄道オタクの苦しさを、僕たちは見事に解き放ってくれたはず。相手はずっと知らないままかもしれないけれど、それでも過去の蟠りが解消された事実があるのは確かだろう。
つまり、どちらの状況でも、僕や彩華さんが『恩人』であるのは変わりない――。
『凄い事をやったのは、間違いない事だと俺は思うっす』
――ナガレ君の言葉には、確かな説得力が宿っているような気がした。
『……そうね、ありがとう、ナガレ君』
「なんだか僕たちの方が感謝する側になっちゃったかもしれないね……」
『たまにはそういう事もあるよねー』
『ま、あたしはナガレの仇をふたりが見事に討ってくれた、って信じたいね』
『私も同じ意見です……でも、もし違っていても、おふたりの奮闘が誰かの過去を救った。それは確実な事でしょうね』
そして、語りたい事を全て語り終えた僕や彩華さんが一息つき、それに合わせるように『鉄デポ』のプライベートルームの中に一瞬の静寂が包んだ。
それはまるで、長く辛かった『いじめ』問題がようやく一区切りついた事を皆で共有し合うような時間だった。
『……ともかく、これで私たちの頑張りも無事報われた、という形になるのかな』
『そうですわね、教頭先生。ジョバンニ君や彩華ちゃんが今後も安泰でいられる保証があるのが、何よりの幸せですわ』
『教頭先生……コタローさん……』
『俺たちも、改めて「いじめ」について考える事が出来たっす』
『結局、巡り巡って全部自分に因果は帰ってくるものだよね……あたしたちも気を付けないと、ね』
『そうだよねー。でも、そんな相手に負けずに頑張ったジョバンニ君と彩華さんは凄い。これは何度も言いたいね』
『私も、そう思います……そうですよね、私もおふたりの勇気を見習わないと……』
「み、みんな……!」
僕や彩華さんが受けた酷い仕打ちに対して憤りを露わにし、それらを起こした面々に対して立ち向かう勇気を与えてくれた。貴重な時間を割いてまでSNSに集まり、様々な形で僕たちを励ましてくれた。そして、自分たちが『鉄道』というジャンルが『好き』という事を諦めない大切さを、様々な形で教えてくれた。
父さんや母さん、図書室のおばちゃんなど、僕たちを支えてくれた人たちは沢山いるけれど、『鉄デポ』で出会った沢山の仲間たちの支援が無ければ、きっとこのような結末には辿り着かなかったかもしれない。その事を噛みしめながら、僕と彩華さんは偶然にもぴったりのタイミングで皆に同じ感謝の言葉を送った。
どういたしましてと言いたいけれどやっぱり彩華ちゃんには敵わない、ジョバンニ君の頑張りも負けていない、一等賞はこのふたりがぴったりだろう――皆から様々な言葉を返された僕は、どこか安心したような心地に包まれていた。
『……さ、これでいじめ問題は「一件落着」、と言いたいけれど……』
これから先どうするか、このままここで解散するか、それとも程良い時間まで雑談を続けるか、どちらが良いかと教頭先生が皆に尋ねた、その時だった。
『はいはーい!先生ー!あたし挙手してまーす!』
『ん、その声はサクラさんだね?発言を許します!』
『りょうかーい!』
妙にノリが良いやり取りをした後、幸風さんはどこか興奮した声で、こう伝えたのだ。
この一件、
『あー!そういえばそうっすね!』
『そうだよね。折角だから、ここで言った方が良い!』
『や、やっぱり……ううん、そうですよね、この機会ですし……』
それに呼応するかのように、ナガレ君が明るい声で、美咲さんが綺麗な声で、そしてトロッ子さんがどこか緊張したような声で僕たちに何かを伝えようとした。
少なくともそれらを聞く限り、悪い事や悲しい事ではないようだけど、一体何事なのだろうか。
『あのさ、あたしとナガレとミサ姉さんとトロッ子で話し合ったんだよ。何か自分たちで、ふたりの頑張りに応える事は出来ないかって。それでさ、ちょっと聞いてみたいんだけど……』
そして、幸風さんの口から出たのは、良い意味で予想外過ぎる、僕にとってはとても壮大かつ勇気が要る、でも同時に非常に魅力的な『企画』だった……。
『あたしたちでさ、一緒に「オフ会」やってみない?』
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