第46話:夜更けの鉄オタふたり
『休むのは当然の事よ。譲司君が謝る必要なんて全然ないわ』
夕ご飯を食べ終えた後、僕は明日の学校をズル休みする事、梅鉢さんを学校で一人ぼっちにさせてしまう事を正直に電話で連絡した。迷惑をかけてしまうようで申し訳ない、という謝罪と共に。
それに対し、梅鉢さんから帰ってきた反応は、この行動を提案してくれた父さんや母さんとほぼ同じ、全く問題はない、というものだった。無理に登校して身も心も故障してしまえば、逃げ出した意味はない。ゆっくりと休んで、気力を回復して欲しい、という気遣いと共に。そして、つい謝ってしまった事についても梅鉢さんは全然気にしていない様子だった。
その言葉に安心し、感謝の言葉をかけた時、梅鉢さんは僕にある提案を投げかけた。
『ねえ、今回の件なんだけど、もし譲司君が大丈夫なら……』
「ぼ、僕が……?」
『ええ。最終的には譲司君次第だけど、このいじめの一件、「鉄デポ」の皆の間でも共有した方が良いと思うの』
「え……「鉄デポ」の皆って言うと……幸風さんにナガレ君、教頭先生にコタローさんとか?」
『その通りよ。譲司君が語り合った、鉄道オタク仲間にね』
真剣な口調で語られたその内容を聞いた時、僕は少しだけ驚いた。
今回のいじめの件は振り返るとあまりに酷すぎるものだけど、僕は梅鉢さん以外には図書室のおばちゃん、父さんに母さん、そして来るまで送り届けてくれた梅鉢さんの知り合いらしいお姉さん、これくらいの人数が把握してくれば十分だと考えていた。むしろ、それ以上広めなくても良いのではないか、という不安もあった。
でも、梅鉢さんの考えは、そんな臆病風に吹かれてしまっている僕とは異なっていた。
『……もし私が譲司君の立場なら、きっと悔しくて悔しくてたまらない。絶対に許しておけないって思う。でも、どう足掻いても自分一人では相手に立ち向かえない。いじめって、そういう人が対象になるのよね』
「……うん……確かに、そうだよね……」
『だから、私は色々な人、信用できる人たちに
情報が広まる事への不安、自分の力だけで立ち向かえない劣等感は確かに起きるかもしれない。
それでも、いじめに『負けない』ために私はどんな手だって使う。そんな気持ちなんかに負けていられない。
とても乱暴な表現だけれど、相手が土手座して許しを請う状況になるまで、私はいじめた相手を追い詰めてみせる。
鬼気迫る梅鉢さんの言葉に、背筋がどこか震えるような、ぴんと伸ばさないといけない心地になった僕だけれど、同時にその言葉を聞いて不思議な安心感を覚えた。僕の心を言い当て、その中にある不安を押しのけてくれるような力強さが秘められていたからかもしれない。
それに、僕は既に梅鉢さんを始め、多くの人たちに僕が受けたいじめの事実を
そして、しばらく頭の中で考えを張り巡らせえた後、僕は――。
「……ありがとう、梅鉢さん……そうだね、いじめの事、『鉄デポ』の皆にも言おう」
――いじめに『負けない』ための、最良かもしれない選択肢を取る事にした。
『……ありがとう、譲司君。それだったら、なるべく早めに言った方がいいわよね』
「う、うん……みんなの予定が上手く合えばいいんだけど……」
とはいえ、皆の事情はあるとはいえ、少なくとも梅鉢さんを含め僕が最初に『鉄デポ』で出会った人たち全員に伝えた方が良いだろう、という考えに、僕も賛同の意思を示した。
そして、改めて今日の一連のアドバイス、弁当、叱咤激励など、伝えきれないほどの気持ちを何とか詰め込んだ感謝の言葉を告げ、電話を切ろうと動きかけた時だった。梅鉢さんが、今までとは異なる、どこか神妙な、そして緊張しているような口調で言葉を発したのだ。
『……譲司君……』
「ど、どうしたの……?」
『……私、今日の間、ずっと譲司君に伝えられなかった事があるの……電話で言うのは、とても失礼かもしれない……でも……』
「ううん、僕は全然大丈夫。どんな言葉でも、梅鉢さんなら……構わないよ……」
『……ありがとう……』
そして、梅鉢さんはスマホの向こうから、丁寧に、そしてはっきりとした口調で想いを伝えてきた。
いじめの事を何も気づけなくて、本当にごめんなさい、と。
「……梅鉢さん……?」
『私にとって譲司君は「特別な友達」、「特別急行」=「特急」と同じぐらい大切な存在。それなのに、今日全てを伝えてくれるまで、私は全然譲司君が受けている仕打ちを知らなかった。今までだって、譲司君は必死に耐え続けていたのに、私はそれに気づかず、呑気に接してばかりだった。情けないわね、私って……』
何も知らず、何も把握せず、平和な日常を過ごしているという浅はかな勘違いをし続けた結果、事態をどんどん悪化させ、最終的に鞄も教科書も弁当も、何もかもズタズタに切り裂かれてしまった。下手すれば、譲司君の命そのものにも危険が及んでいたかもしれない。自分の落ち度は計り知れないものだ――梅鉢さんが紡ぐ言葉は、文字通りの
でも、その僕自身は、何を言われようとも梅鉢さんに深く感謝し続けていた。あの時、自分の殻に閉じこもりかけた僕を梅鉢さんが僕を奮い立たせてくれたように、僕もまた、梅鉢さんの声で語られる悲しい言葉は聞きたくなかった。
だからこそ、僕は僕なりの形で、想いを伝える決意をした。
「……梅鉢さん……僕は、梅鉢さんが情けないなんて思っていない。それに、梅鉢さんがいたから、あの学校に通い続けることが出来たんだ……」
『……譲司君……?』
「図書室で本を読んだり、町の図書館に出掛けたり、町で買い物をしたり、『鉄デポ』の仲間たちを紹介してくれたり……僕は、梅鉢さんにどれだけ『ありがとう』と言っても足りないぐらいだよ……」
『……』
「だから……そ、その……」
こちらは相変わらず泣き虫で弱虫で情けない『鉄道オタク』、今後も色々と面倒をかけてしまうかもしれないけれど、これからも『特別な友達』で居続けてくれたら、とても嬉しい。
頬が赤くなるのを感じながら、何とかその言葉を電話口を通じて伝えることが出来た後、しばらくの間の沈黙を経て、梅鉢さんから返事が戻ってきた。
それは、『ありがとう』という、文字で示すと非常にシンプルなものだったけれど、僕は梅鉢さんの口調が、何かの思いを詰まらせているように聞こえた。例えて言えば、何かのきっかけで大泣きしそうな、まさに今日の昼の僕のような感じだ。
「だ、大丈夫、梅鉢さん?」
それを聞いて、うっかり気遣う様な余計な言葉を述べてしまった僕に、梅鉢さんはいつものように『心配ない』という返事をしてくれた。
『嬉しかったの……譲司君の優しさとか格好良さとか、素敵な所を再確認出来て……』
「す、素敵……そ、それは……あ、ありがとう……」
頬がますます赤くなり、何故か慌てて目をそらすような動作をした僕の視線は、もうすぐ風呂が沸くはずの時間を示している時計に向かった。
本当に名残惜しいけれど、今日の所は電話を切り上げなければならない。僕はその旨を梅鉢さんへと伝えた。
『残念ね……でも、今日はとっても大変だったでしょうし、お風呂でたっぷり疲れを癒すのが一番よ』
「そうだね……お風呂で眠らないように注意するよ……」
『そうね、眠るのはお布団かベッドの中。お風呂から上がった後はスマホを弄らずにぐっすり寝るのをお勧めするわ。明日は学校へ行かなくてもいいんだから、いつまでも眠れるはずよ』
「ありがとう、そこまで気を遣ってくれて……」
なんだか一緒に暮らしているみたいだ、とふと僕がつぶやいた言葉に返ってきたのは、どこか慌てたような、でも少し嬉しそうな同意の言葉だった。
その後、梅鉢さんの指示通り、僕は入浴剤で満たされた風呂の中でゆっくりと今日の疲れを癒したのち、スマホを遠くに置いて、寝ぼけて弄らないようにしながら、ゆっくりと眠りに就いた。
そして次の朝、目が覚めた僕が見つめた時計は、午前10時過ぎを指していた。
勿論、堂々と朝寝坊をした僕を誰も咎めたり怒ったりする事はなかった。当然だろう――。
「おはよう、譲司」
――優しく朝の挨拶をしてくれた母さんは、この『ズル休み』を提案した1人なのだから……。
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