第45話:両親からの心遣い

「……そういう事が、起きていたんだ……」


 家に戻った後、僕は梅鉢さんからの約束、梅鉢さんがお世話になっているというお姉さんから励ましのを受け、父さんや母さんへいじめの事を正直に伝えた。

 あの時の告白のように、覚えている限り、今までに受けた仕打ちを全て告白した。

 ズタズタにされた鞄、ボロボロの教科書、そしてゴミと化した大切な弁当の事も、余す事無く報告する事が出来た。


 しばらく静かな時間が流れた後、僕の体は母さんの優しいぬくもりに包まれていた。

 譲司が無事で本当によかった、という嗚咽交じりの声と共に。


「ごめんな、譲司……父さん、今まで全然気づくことが出来なくて……本当に申し訳ないよ……」


 そして、父さんまで今にも泣きだしそうな声で謝り始めるという事態になっていしまい、僕は困惑してしまった。こんな状況は全く予想していなかったからだ。

 そもそも、もっと早く父さんや母さんなど誰かに言っていれば、ここまで酷い事にはならなかったはずだし、その点は僕の方が悪いかもしれない。それに――。


「それに……母さんが作ってくれたお弁当も、全部台無しになっちゃって……」


 ――心を込めて作って貰った大切な物を全てぶち壊されてしまった事をつい謝ってしまった僕の頭を、母さんは優しく撫でてくれた。


「いいのよ、譲司。弁当箱ぐらい新しく買えば良いし、ご飯だってまた新しくつくれば大丈夫。鞄だって教科書だって、気にしなくていいわ」

「で、でも……」

「私はね、譲司がこうやって無事でいるだけで本当に嬉しいの。弁当箱やお昼ご飯、鞄や教科書と違って、譲司に代わりなんていないのよ」

「母さん……」


 ありがとう、という言葉を告げた直後、僕の体はもう一度ぎゅっと母さんに抱きしめられた。その横で、父さんは涙を腕で必死に拭い去ろうとしているのが見えた。

 母さんも父さんも、心から僕の事を大切に思っている。その事実が、僕の心に深く刻まれた。


 そして、意外と泣き上戸だった父さんがようやく落ち着いたところで、母さんはある事を教えてくれた。

 実は僕が一連の出来事を告げるより前に、学校からいじめに関する連絡が家へ届いていた、というのだ。つまり、父さんも母さんも、僕がいじめられていた、という事実をある程度把握していたという事になる。

 だけど、それを教えたのは、学校の理事長やクラスの担任ではなく、ずっとお世話になり続けている『図書室のおばちゃん』からの電話だった、と母さんは若干怒ったような口調で語った。


「当然、最初はびっくりしたわよ。学校から電話がいきなり届くんだもの。でも、こんな大変な事態だったなんて思わなかったわね……」

「……それで、なんて言ってたの?」

「勿論、譲司が受けたいじめに関する内容もだけど、学校の酷い仕打ちもばっちり教えてくれたわ」

「えっ……学校!?」


 母さん曰く、図書室のおばちゃんは、自分にいじめの解決を無理やり押し付けられた事に対して非常に怒っていた。


 僕が梅鉢さんと共に図書室へ避難した後、おばちゃんはこの状況を理事長や担任など、責任が良い大きいと思われる人たちに報告しようとした。

 でも、理事長や担任からの反応は悪い意味で予想外のものだった。図書室のおばちゃんの方が、この僕、和達譲司との付き合いが長いし、何より仲が良い。それならば、貴方がこのいじめを解決した方が良い。進言した貴方が責任をもって、事態の収拾にあたってほしい――つまり、理事長も担任も、僕が被害者であるいじめの解決を放棄した、という事だ。


 その事を聞いて僕はある意味納得してしまった。いつも見て見ぬふり、僕がどんな酷い仕打ちを受けても全く意に介さなかった担任が、今更積極的に動くはずはない、と考えたからだ。

 その一方で、父さんや母さんは怒りの感情を見せていた。いじめに関わりたくない、貴方が勝手に解決しろ、という学校の態度はあまりにもふざけている、出来る事なら今すぐにでも訴えたいほどだ、と。

 そして、母さんは真剣な表情で僕を見て、こう言った。


「譲司、明日から学校をズル休みしても構わないわ。母さんが全部許しちゃう」

「えっ……ず、ズル休み……!?」

「あんな酷い学校、こちらからボイコットして当然よ。これ以上行っても譲司の体や心が傷つけられるだけだもの。ねえ、父さん?」

「ああ、何もかも滅茶苦茶にされるような学校なんて、俺でも絶対にお断りだ。清めの塩でもばら撒きたい気分だぜ、全く!」

「う、うん……」


 午後の授業なんて全部サボってしまえ、と進言した梅鉢さん、学校に来なくても良いと伝えた図書室のおばちゃんに加え、父さんや母さんまで、あんなふざけた態度の学校やクラスになんてこちらからお断りだ、と背中を押してくれた。父さんに至っては、怒りのあまり若干言葉が荒っぽくなっていた。

 

 正直、その言葉を聞いて僕はどこか安心していた。だけど、同時に不安な気持ちも渦巻いていた。僕の事を応援してくれている図書室のおばちゃんは勿論、梅鉢さんにまで今後余計な心配をかけさせてしまうかもしれない、という思いが浮かんでしまったからだ。

 だからこそ、僕は正直に母さんと父さんにその思いを伝えた。今後、『特別な友達』をあの地獄のような学校で一人ぼっちにさせてしまう可能性が出てしまう事がとても心配だ、と。


「……そうね……譲司は優しいから、そういう心配をしてしまうのかもしれないわね」


 頷く父さんと共に、母さんは僕の思いを汲むような言葉を述べた。

 そして、それでも明日は絶対に休むべきだ、と強い口調で付け加えた。


「譲司、どんなに頑丈な電車でも、車体や部品がボロボロになったら、車庫で修理が必要でしょう?」

「う、うん……」

「今の譲司は、『心』と言う部品が今にもボロボロになりそうな電車。その状態で走ったら何か月も修理が必要になっちゃうし、最悪廃車になってしまう可能性だってある。だからこそじっくり休む機会が必要になる。そうでしょう?」

「……そうか……僕は……」


 鉄道車両の修繕という、一番分かりやすい例え話で優しく諭してくれた母さんの言葉は、僕の胸に深く響いた。

 そう、確かに今の僕は、心と言う機器を一度休ませ、重点的に検査し、今後どのように動かすか検討するという大事な時期に突入しているのだ。


「それに、譲司の友達ならきっとわかってくれると思うぞ。いつも父さんたちに話してくれるじゃないか、鉄道趣味を思う存分共有できる大切な友達だって」

「父さん……」


 そして、2人の優しい励ましを受けた僕は、しっかりと頭を下げ、感謝の思いを伝えた。

 気付けば今日の午後以降、普段のような『謝罪の言葉』の代わりに、色々な人たちへ向けてずっと『感謝の言葉』を言い続けている、そんな気がした。


「さ、譲司。落ち着いたところで、そろそろ夕ご飯を食べないかしら?」

「あっ……そういえば……」


 母さんが指摘した通り、僕は夕食を食べる前に両親を呼び止め、一連のいじめの事を告白した。そのせいで、時計は普段夕ご飯を食べる時間を指しており、食卓の上に並べられていた豪勢なおかずも少しだけ冷めてしまっているようだった。

 ごめん、と謝る僕に、父さんは豪快に笑いながらそんな恐縮する必要は全然ない、と言ってくれた。


「譲司だって知ってるだろう?母さんの料理は冷めてもとっても美味しいってな!」

「あ、そ、そうか……」

 

 今回は残念な結果に終わってしまったけれど、いつか我が家の自慢の味を『特別な友達』にも堪能してもらいたい。そしてその時は、自分の作った自慢の肉料理も是非味わってほしい。

 父さんが自慢げに話す言葉に、僕は一字一句同意の感情を示すことが出来た。

 そして、梅鉢さんと『お姉さん』が用意してくれた食事に負けない我が家のご飯を味わうため、僕と父さんは食卓へと向かった。


「それじゃ、譲司が『地獄』から無事生還できた記念に……かんぱーい!」

「かんぱーい!よく頑張ったな、譲司!」


「か、乾杯……!」

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