第64話:苦い記憶を強さに変えて
この僕、和達譲司や『特別な友達』の梅鉢彩華さんと同じように、動画配信者の飯田ナガレ君も、物心がついた時点で既に『鉄道』というコンテンツが大好きだった。ナガレ君の場合、おじいさんが所有していた昔の鉄道の本や時刻表、写真集などを読み漁ったお陰で、鉄道と言うジャンルへの興味が歳を重ねるごとにどんどん強くなっていったという。
そして、その際に得た様々な知識――昔の地名、都道府県の位置、漢字の読み方、計算の仕方などは、ナガレ君の学力に良い方向へ影響した。鉄道のお陰で、小さい頃からテストの成績は毎回とても良かったというのだ。
加えて、ナガレ君は運動神経も抜群だし、他の人とも気さくに話しかけられる性格。そのお陰で、男女共々たくさんの友達を作ることが出来たという。流石に僕たち『鉄デポ』のメンバーのような、鉄道の濃い話をするほどの人物とは巡り会えなかったようだけど。
『……まあ、ぶっちゃけここまでの話だけだと、俺の素敵な思い出の自慢みたいな感じっすよね。実際良い事が多かったのも確かっすけど』
『……え、ええ……失礼だけど、確かにそう感じてしまうわね……』
自分の思い出話に対してのナガレ君自身のツッコミに対して、梅鉢さんと共に僕も少しだけ同感してしまった。小さい頃から友達をほとんど作れず、運動神経もダメダメだった僕とは正反対のナガレ君の過去は、むしろ羨ましい程だった。
でも、ナガレ君はどこか悲しそうに言葉を続けた。これらの『素敵』な要素が、見事に仇となった、と。
「え……ど、どういう事……?」
『……俺が小学校の高学年になった頃だったかな、クラスにすげー嫌な奴がいたんすよ。何かにつけて俺にいちゃもんを付けてくる奴が……』
『え、何それ……』
成績優秀、体力抜群、更にはコミュニケーション能力にもたけている。そんなナガレ君を妬む、クラスの『ガキ大将』のようなポジションの男子が、事ある度に取り巻きを引き連れて嫌がらせを働くようになったのだ。
給食当番の時にわざと給食を減らされたり、大事なプリントをわざと渡さなかったり、ノートを隠されたり、覚えているだけでもかなり色々な仕打ちを受けた、とナガレ君は語った。しかも、『ガキ大将』は先生にばれないように立ち回っており、怒られるのはナガレ君の方だったという。
なぜ何も悪くないはずのナガレ君がそのような事になったのか、と尋ねた僕に、ナガレ君の代わりに幸風さんが答えを教えてくれた。
『要は嫉妬だよ、嫉妬。そいつ、毎回筆記テストでナガレにいつも得点で負けてて、学校の人気度もナガレの方が上だったんだってさ』
『体力だけは相手の方が上だった……っすかね?でも、結構俺の方が勝ってたような記憶も……どうだっけ……』
「な、なるほど……」
『情けないわね。勝てないからって自分を磨くのではなく、相手を落とす戦法をとるなんて』
今思い返すとまさにその通りだ、と語りつつも、しばらくの間はそれらの仕打ちを我慢する事が出来た、とナガレ君は思い出話を続けた。
『ガキ大将』からの嫌がらせを知ってか知らずか、学校の友達がプリントを見せてくれたり、ノートを貸してくれたり、様々な事で協力してくれた事もあるだろう、と。
『でも、ある日、あいつが取り巻きと一緒にこんな事を言って俺をからかってきたんすよ』
お前、いつまで電車好きなんだよ。
電車好きなのは幼稚園児までだぜ?
本当に電車オタクってキモいよな。
その言葉を聞いた途端、当時のナガレ君の心に、こらえきれない感情が沸き上がってきた。そして、ナガレ君はそれを思いっきり口に出した。
電車が好きで何が悪いんだよ、と、大声で叫んだのだ。
でも、それは厄介の事態を招いてしまった。何をされてもどこ吹く風と気にしない様子を見せ続けていた、当時のナガレ君の心を抉る事が出来る行為が『鉄道趣味を馬鹿にする事』だとばれてしまったのだ。
『それからは本当に酷かった記憶があるっす……何かある度に鉄道オタクだって笑われるっすからね……』
「あぁ……」
小学生時代のナガレ君が辛い思いをしてきたか、僕は僅かながら察する事が出来た。鉄道趣味を毎日のように貶される状況に耐えるしかない日々を過ごしていた身としては、ナガレ君がどれだけ苦しかったか、想像するのは容易かったからだ。
ただ、ナガレ君は、この僕=『ジョバンニ君』が受けたいじめに比べれば状況的に少しだけマシだったかもしれない、と語った。それは、毎回心が抉られて反撃する事も出来ないナガレ君に代わって、クラスの友達が『ガキ大将』へ向けて批判を行ってくれたからであった。でも、『ガキ大将』や取り巻きはますます調子に乗ってナガレ君を責め続けた。まるで自分たちへの反論を弄んでいるかのように。
電車オタクは仲間を引き連れないと何もできない弱虫。
どんなに人気でも電車好きなのがすべてを台無しにしている。
電車オタクは〇〇者で〇〇〇〇。
そしてある日、とうとう我慢の限界に達したナガレ君は、相変わらず鉄道趣味を貶し続ける『ガキ大将』へ向けて、机を持ち上げて思いっきり――!
『え、投げたの!?机を!?』
『いや、本当にギリギリのところで……投げかける寸前で冷静になったんすよ。俺、相当ヤバい事やってるな、って気づいて。でも、それがまずかったっすね……』
――相手にぶつけるのは未遂に終わった。だけど、ナガレ君の視界に入ったのは、まるで獲物が罠にかかったのを喜ぶような『ガキ大将』の笑みだった。
机を持ち上げてぶつけようとした、という事は、自分に暴力を振るおうとした印。それならば、『こういう目』に遭っても文句は言えないよな。
そう言われた直後、ナガレ君は体のあちこちに強烈な痛みを感じた、という。
『ほんと酷かったっすよ……もうボコボコにやられちまって……反撃しようにも取り巻きに押さえ付けられてましたからね……』
当然ながら、その話を聞いて僕は絶句した。
色々相手側に思惑があったのかもしれないけれど、少なくとも僕はあの弁当の一件を除けば、身体的な『暴力』まで振るわれた事は無い。それなのに、ナガレ君は相手から殴られ蹴られ、反撃も碌にできないままだったというのだ。
大丈夫だったのか、後遺症は無かったのか、と愕然としたまま尋ねた僕に、安心させるよう明るめの口調でナガレ君は語った。幸い傷も痣も残らず、今のようにイケメン動画配信者として活躍できる『肉体』と『精神』は守ることが出来た、と。
『で、当然ヤバい事をしでかしたんで「ガキ大将」と取り巻きは先生や教頭、あと校長にもこっぴどく怒られて、別のクラスに移動させられてたっす。当然、多くの生徒からは完全に白い目で見られ続けたらしいっすね。でも、結局それ以上の罰は無かった記憶があるっす……』
「え……じゃあその面々、最後まで学校に通い続けたの……?」
『幾らなんでも酷すぎないかしら?相手は暴力まで振りかざしたのよ?』
『うーん……なんか大人の事情があったとかなんとか……詳しい事は俺も分からないまま今に至ってるっす……』
とはいえ、先生たちにたっぷりお灸を据えられた『ガキ大将』からのいじめは収まり、味方をしてくれた友達の支えもあって無事小学校を卒業する事が出来た。幸い、それ以降あの『ガキ大将』と絡む機会は訪れなかったという。そして、その後は色々な経緯を経て、今は学生としての日々と並行して動画配信者・飯田ナガレとして毎日忙しく活躍している――ナガレ君はそう言って思い出話を終わろうとした。
でも、その前に1つだけ、はっきりと覚えている事がある、とナガレ君は最後に付け加えた。先生たちにこっぴどく怒られた直後、『ガキ大将』はナガレ君と偶然出会い、その顔をギロリと睨みつけながらこう言い放ったというのだ。
覚えてろ。俺は一生、お前らのような『鉄道オタク』を許さないからな。
『何それ……最後までそれなの?』
『ね、すげーダサいじゃん?逆恨みが捨て台詞って』
『まあ、そういう事っすね……でも、今もその言葉を覚えているって事は、俺にとって相当トラウマだったのかもしれないっす……』
もしかしたら、自分が今まで『鉄道』に関するネタを動画に組み込むことを
「……ナガレ君……」
そして、壮絶な昔話を聞くことになった僕の心には、少しづつ申し訳ないという思いが沸き上がっていた。僕が受けたいじめという問題を解決するために、わざわざナガレ君の心に刻み込まれてしまった苦く嫌な、そして忌々しい記憶を呼び覚ます事態になってしまったのだから。
でも、その事を謝罪した僕に対して、ナガレ君は全然気にしてない、と返した。
『確かに嫌な記憶なのは間違いないっす。でも、逆に、今回の作戦でこれがとても役立ったんすよ』
「……えっ……?」
どういう事なのかは、美咲さんやトロッ子さんも加わり、丁寧かつ詳細に教えてくれた。
実は、皆が言う『第一作戦』――わざと鉄道が大好きという情報を送信して『鉄道が嫌い』な相手を苦しめる、という作戦を立てる過程で、美咲さんが所属する事務所の社長は皆に向けてあるロールプレイングをするようにアドバイスをした。もし、自分たちが『飯田ナガレ』の小学生時代の友達なら、大人の事情で厳しい罰を受ける事が出来ないナガレ君をいじめる『ガキ大将』をどうやって懲らしめるか、と。
皆で話し合う中、このような考えが出てきた。あの『ガキ大将』がナガレ君の『鉄道オタク』という側面ばかり責め立てていたのは、当時のナガレ君の弱点が『鉄道好きというアイデンティティを否定される事』だったから。それならば、みんなが一斉に『鉄道好き』である事をアピールして、逆に相手を委縮させられないだろうか。四方八方、みんなが『鉄道』に対する愛を存分に示せば、相手は困惑し動揺するだろう、と。
そして、ナガレ君自身も、ある事を考えていた。
『なんとなく思ったんすよ。俺が受けた仕打ちと、ジョバンニ君が受けたいじめ。なんか、すげー似てるって』
「た、確かに……」
ナガレ君には友達が付いていた事、先生たちがしっかりいじめに立ち向かってくれた事などの違いはあるけれど、状況はとても似通っていた。
もしかしたら、皆で考えたこの戦法をそのまま『ジョバンニ君』を助けるために活かせないだろうか。成功する確証はないけれど、やってみる価値はある。自分たちの様々な実益も兼ねている、という若干いやらしい側面も、作戦実行の後押しになった、とナガレ君や幸風さんは正直に語った。
「み、みんな……凄い事を考えていたんですね……」
本当に、文字に書いた通り、『事が大きくなっている』のを実感した僕は、ただ皆の知恵や実行力に感心するばかりだった。
ここまで大掛かりな事をやってくれて、本当にありがとうございます、と心からのお礼を言う決心がようやく出来たその時だった。梅鉢さんがある言葉を述べたのは。
「……ねえ、ずっと思っていたんだけど……」
それは、ナガレ君の話を聞いているうち、僕の心の中にも確かに生まれていた、1つの『疑惑』だった……。
「……そもそもその『ガキ大将』って……ジョバンニ君のいじめの『首謀者』じゃないかしら……?」
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