第65話:第二作戦前夜

 『鉄デポ』で出会った仲間の1人、動画配信者の飯田ナガレ君が、かつて受けた酷いいじめを行った存在。

 ナガレ君が『鉄道オタク』である事を執拗に攻め続けた挙句、つい苛立ちのあまり反抗的な態度に出たナガレ君に殴る蹴るの暴力を振るった。

 先生からの厳重注意とクラスの移動などの罰は受けたものの、むしろそれらは『鉄道オタク』への憎悪を更に高めるだけの結果に終わった。


 そんな形でナガレ君の心に少なからずのトラウマを残した『ガキ大将』と、僕が『鉄道オタク』であるという理由で、クラス全体を巻き込んだいじめを繰り広げ続けている、学校の理事長の息子である男子生徒。

 もしかして、この両者は同一人物ではないか――梅鉢さんの指摘に、僕も同感の意志を示した。

 『鉄道オタク』という概念そのものを憎む心、執拗にその事を責め続ける手口、そして数々の誹謗中傷。それらが非常に似通っていたからだ。


「……ど、どうなのかな……あの頃から声変わりしているかもしれないし、背も伸びて外見も違っているかもしれないし……」

『ナガレ君、その「ガキ大将」の名前は思い出せるかしら?もし言ってくれれば、一発で分かると思うけれど……』


 ただ、僕たちの問いに対し、ナガレ君は残念な答えしか言えない、と返した。

 随分昔の事なのに加えて、今回のような緊急事態でなければ語れなかったであろう嫌な記憶という事もあり、その『ガキ大将』の名前はすっかり忘却してしまった、というのだ。


『とにかくクラスで威張り散らしていた「ガキ大将」だった事は覚えてるんすけどね……そっちの方が印象に残って……申し訳ないっす』

「う、ううん、こっちこそ突然聞いちゃってごめん……」

『ジョバンニ君の言う通りだわ。こちらこそ、嫌な記憶をまた呼び覚ましてしまってごめんなさい』


 すると、ナガレ君は逆に、謝らなければならないのは下手すれば自分かもしれない、と告げた。

 どういう事なのか、と理解が少々追いつけない気持ちを言葉にして表した僕に対して、ナガレ君ははっきりと言った。


 あの時、『ガキ大将』はナガレ君が『鉄道オタク』である属性を攻め続けた事で、次第に『鉄道オタク』――鉄道が大好き、鉄道を愛している、鉄道と言う概念を大切にしたい、という思い自体に対して敵意を持つようになってしまった。その結果、『鉄道オタクを絶対に許さない』という逆恨みのような捨て台詞を残すまでに至ってしまった。

 もし、その『ガキ大将』と僕をいじめてている『首謀者』が同一人物なら、『鉄道オタク』だという理由で苛烈ないじめをする、という状況を生み出してしまった責任は、間接的とはいえ自分にもある、と。


『なんというか……もしそうだとしたら、なんてお詫びをすればよいか分からないぐらいっす……俺は……』


「ま、待って……!ぼ、僕は……ナガレ君が悪い人だなんて全然思わないよ……」

『そうよ、悪いのは自分が出来ない事を「鉄道オタク」と言う属性に転嫁して逆恨みした相手でしょ?』

『いじめられる側が責任を負う必要なんて全然ないって!』

『私もそう思います。それに、まだ双方が同一人物と言う証拠はないでしょう?』


『みんな……』

『要は、たった1人で重量級の貨物列車を牽引する必要はないって事だよ。困った時には、私たち「補機」を連結すればいいって』


『……そうっすね。それに、落ち込んでばかりなんて、「飯田ナガレ」らしくないっすからね!みんな、めっちゃ感謝っす!』

 

 僕や『鉄デポ』の仲間の励ましが功を奏し、無事ナガレ君は普段の元気で明るく、皆を後押ししてくれるような声や気分を取り戻した様子だった。

 

 そして、自分の辛い過去をも『強み』に変えて奮闘するナガレ君を始めとする、今回の作戦を立案・実行してくれた面々へ、僕と梅鉢さんは改めて感謝のお礼を述べることが出来た。

 すると、どういたしまして、という返事もそこそこに、皆は何かを心に秘めたような、でもどこか自信に満ちたような言葉を返した。今回自分たちが仕掛ける作戦はこれだけはじゃない、と。


『……ああ、確かにみんな「第一作戦」って言っていたわね』

「という事は……次の作戦が……?」


『その通り!実はもう1つ、あたしたちで考えた「いじめ」にある程度対抗できるかもしれない策を考えていたんだよ!』

『本当はこちらを最初に行う事も考えていましたが、ナガレ君の言葉を聞いて先にあの作戦を実行したんです』

『そうそう。まあ、こちらはどちらかといえば……』


 『いじめ』をしている連中を懲らしめるというよりも、少しでも『いじめ』に立ち向かえる力になれば嬉しい、という意志表明のようなものだ、とアイドルの美咲さんは話を続けた。その対象は、僕や梅鉢さんばかりではなく、『いじめ』を受け続けている皆に向けてのメッセージだ、と。

 具体的な内容は内緒だ、と言っていたけれど、皆が様々な形で多くの人を応援してくれる素晴らしい言葉を贈ってくれる、という事ははっきりと確信する事が出来た。


『なるほど……ふふ、楽しみにしておくわ』

『ありがとー、彩華ちゃん。あ、そうだ、皆に言っておくけど、今回の「第二作戦」に心酔し過ぎて、うっかり変な発言をしないよう気を付けてねー。みんなそれなりに社会への影響力が高いんだから。勿論アイドルとして、私も気を付けるよ』

『そ、それは確かに……分かった、あたしも気を付けるよ、ミサ姉』

『了解っす……!』

『わ、私もシグナの中の人に伝えておきます……!』


 美咲さんの言葉に、『鉄デポ』を始め様々な場所で知り合うことが出来た、鉄道を語り合える仲間たちの凄さを、僕は改めて認識する事が出来た。

 そして、梅鉢さんが丁度良い時間になった、と言う理由で『鉄デポ』のプライベートルームから離脱するのを受け、僕も一緒に席を立つ事にした。


『じゃ、また明日ね、ジョバンニ君』

「う、うん……!皆さんも、また……」


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「ふう……」


 その日の夜更け、温かい風呂の中に浸かりながら僕は改めてここまでの出来事を思い返した。


 ナガレ君の過去の嫌な記憶を逆に利用する形で、幸風さん、美咲さん、トロッ子さんとシグナさん、そして美咲さんの事務所の社長さんが協力して立案した作戦は見事に成功し、クラスは『鉄道オタク』と言う概念による苛立ちに支配されるようになった。

 一方で、教頭先生も何か裏で動き始め、学校自体も雲行きが怪しくなっている。そして、梅鉢さんも学校を『捨てる』準備を着々と進めている。


 そんな中でも、皆は『鉄デポ』に集まり、僕たちに励ましの言葉をかけたり、様々な形で応援したりしてくれる。

 いや、『鉄デポ』の皆ばかりではない。僕の父さんも母さんも、新たな学校を探したり、最良の形で今の学校を辞めることが出来る手段を模索してくれている。図書室のおばちゃんも、きっと学校から僕の事を思ってくれているに違いない。


「……みんな……やっぱり凄いよね……何度も思っている事だけど……」


 そういう事を考えているうち、僕の心に以前からある思いがまた少し膨らんだような気がした。

 確かに、心身を休ませて落ち着かせるというのも、ストレスの元から『逃げる』というのも、いじめ対策にはとても有効かもしれない。

 でも、ずっと『逃げ』続けたとしても、結局元凶は反省もしないまま、ただ『鉄道オタク』への憎悪を募らせるだけ。自分が悪い、という事なんて一切思っていないはず。それに相手は理事長の息子と言う高い立場の存在だし、僕が学校を逃げる一方で相手はとんとん拍子で出世していく事だってあり得るかもしれない。


「……やっぱり……」


 やっぱり、僕の心はこう伝えようとしている。『悔しい』、と。


 逃げ続けるだけで良いのだろうか。皆の好意に、僕は甘え過ぎているのではないだろうか。

 僕に今できる事は、なんだろうか。みんなのように『いじめ』に一打報いる方法は、一体なんだろうか。 

 

「……うーん……」


 でも、結局風呂の中で考えても、良い答えは出なかった。


「……どうすればいいんだろう……」


 僕の将来を定める時刻表は、未だに未完成のままだった……。

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