第66話:バーチャル・エール
『鉄道オタク』というだけで僕がいじめられている、という現状を知った面々――動画配信者のナガレ君、モデルの幸風さん、アイドルの美咲さん、そしてVTuberとして活躍しているシグナさんとその親友のトロッ子さん。みんなは美咲さんが所属している事務所の社長とも協力して、僕のいじめに対抗するための様々な作戦を実行に移していた。
その第二段階が始まった、と言う連絡を最初に僕へ送信してくれたのは、VTuberのシグナさんの代理人として今回の『作戦』に参加しているトロッ子さんからだった。
前回とは異なり、今回は僕だけではなく、『いじめ』を受けている皆に対して少しでも支えになるような動画を制作した。是非、時間が空いた時に見て欲しい――少し控えめだけど丁寧で優しいトロッ子さんの性格が、文字で記されたメッセージの内容からも伺えた。
勿論、僕は早速シグナさん=各方面で人気が高まっているという個人運営のVTuber『来道シグナ』の動画が掲載されている場所へ向かう事にした。
『みんなー、こんシグー!今日もシグナのために時間を使ってくれて感謝だよー!』
明るい声で皆に挨拶をしたのは、画面に映るアニメ調の絵柄で描かれた美少女だった。派手な色の髪に、シンプルだけど可愛さと格好良さが両立している服装、そして宇宙を思わせる背景。そういった近未来調なムードが、この『来道シグナ』さんの特徴だった。
今回は生配信ではなく、諸事情で事前に収録した内容を配信している事を視聴者の皆に連絡したシグナさんは、続けてもう1つ、今回の動画は普段とムードを変えて真面目な感じでお届けする、と告げた。
『前回、電車を運転するゲームをやったけど、続きを楽しみにしていた「シグっ子」たち、ほんとごめん!次回は絶対続きするから!』
動画を見てくれているファンの人たちを『シグナの子分』、略して『シグっ子』と呼びつつ、シグナさんは語った。動画のタイトル――『今日は緊急特番!来道シグナ、大いに語らせてもらうよ!』という通り、今日は敢えて思いっきり自分の意見を述べさせてもらう。それも、結構難しい、賛否が分かれそうな問題だ、と。
なぜわざわざそう言った前置きを述べたのか、その理由をシグナさんは動画を見ている僕たちに向けてはっきりと告げた。
『シグナの大事な「友達」の「友達」がね、酷いいじめに遭っているって話を聞いたんだよ!』
「……!?」
その『友達の友達』は、自分が好きな事を楽しんでいるだけなのに、クラスの全員から目の敵にされて苦しんでいる。何をしても笑われ、何を言ってもからかわれ、何を出しても奪われる。その人は誰にも迷惑をかけず、ただ『好き』な事を『好き』だと言い続けたいだけなのに、それが出来ない場所にいる。人生も人格も、存在さえも、全てが否定されるような環境に。
「……これ、僕だ……!」
名前や詳細な状況こそ隠していたけれど、間違いなくこれは僕――『和達譲司』の事だとはっきり認識できた。
シグナさんの言葉を信じれば、今回の動画制作にあたって、トロッ子さんが僕の置かれた現状をシグナさんに教えたのかもしれない。
そして、僕はそのまま真剣に動画に集中する事にした。
『そりゃ、確かに誰かの「好き」なものが他のみんなも全員好きだってのは限らないよ?シグナだって、シグナママが大好きなニンジンやタマネギいっぱいの野菜入り味噌汁がちょっぴり苦手なんだよね。正直に言っちゃうけどね!ママほんとごめん!』
でも、苦手だからと言ってシグナはママの存在を全否定するような行動なんて考えた事は一切ない。自分が嫌いな事を誰かが『好き』だからといって、その存在を徹底的に肉体的や精神的、様々な形の暴力で追い詰めるやり方は、はっきりいってシグナの明晰な頭脳でも全く持って理解不能だ――シグナさんは、はっきりと言い放った。
『しかも、今回の話を聞いてシグナ色々調べたんだけどさ、大概のいじめって集団で1人を追い詰めるって感じじゃない?今回シグナが聞いたいじめも、「ボス」が「取り巻き」を利用して追い詰めるっていう色々やべー事が起きているって聞いたんだよ。それってさ、ほんと卑怯だよねー!たった1人、レベルもスペックも低い状態でさ、滅茶苦茶ヤバいレベチな軍団に立ち向かえって言われても、出来ると思う?シグナは無理!幾ら頭脳明晰でも絶対無理だって判断するよ!』
そして、シグナさんは言葉を続けた。
確かに自分は沢山のファン、シグナさん曰く『シグっ子』に恵まれ、こうやって皆から大人気になっている存在。でも、そんな自分でも直接的にそのいじめを止めて、悪い連中をぶちのめして救い出す、アニメや特撮作品に登場するヒーローのような事は出来ない。ただこうやって、バーチャルの世界を通して、皆に語り掛ける事しかできないのが、本当に悔しい。
有名になっても出来ない事はいっぱいある、という現実の重さを、このいじめの話を聞いて痛感する事が出来た――その口調は、冒頭の明るい挨拶とは違う、宣言通りの真剣なものに変わっていた。
『それでもさ、シグナは何とかしたい、せめて出来る事がないか、って考えた訳。この明晰な頭脳で寝る間も惜しんで悩んだんだよ。それで、何とか思いついた事なんだけどさ……』
この『友達の友達』だけじゃない、この動画を見てくれている皆に伝えたい。VTuberの『来道シグナ』は、君たち『シグっ子』の味方になりたい。誰にも頼れない状況なら、せめてバーチャルの空間を通して存在出来る自分だけでも、みんなの『最強の味方』で居続けたい。
シグナさんは、そう力強く語った。
『はっきり言っちゃうけど、いじめている連中の最終目的は、君たちが「いなくなる」事。存在も、概念も、全部無くなる事。要は君たちの「敗北」なんだ、ってシグナは思ってるよ』
だから、絶対にいじめになんて負けるな――そういう感じのつい強い言葉を述べてしまいそうな雰囲気だけれど、正直自分はそんな事を言える立場じゃない、とシグナさんは言葉を続けた。自分だって、何度も何度も色々な事に負けてしまいそうになった事があるし、辛かったりキツかったり、自分が嫌になった事だってある。そんな状況の人に『負けるな』なんて言っても、むしろ相手を追い込むだけなのは、目に見えている、と。
『でも、「負け」たら相手の思う壺になっちゃうのは間違いない。ぶっちゃけ、シグナは負けるのを見るとめっちゃ悔しくなる。つーか、ほんと悔しいよ!大切な「シグっ子」がムカつく連中に負けていなくなっちゃうなんて、絶対に嫌だ!』
強い思いを、はっきりとした言葉に乗せて伝えたシグナさんは、その上でこのような事を語った。
今度、みんなが楽しみにしている『鉄道運転シミュレーションゲーム』の続きに挑戦する。前回は初挑戦だったので失敗ばかり、安全運転どころかデンジャラス・トレインになってしまったけれど、次こそはばっちり乗客を安全に運び、正確に駅に停車して見せる。だから、せめてこの『動画』が投稿される日まで、待っててほしい。絶対に面白い動画にするから。
それでも、もし心が折れそうになって、何かに『負け』そうになった時は、この『来道シグナ』という存在を支えにして欲しい。自分の強靭な肉体なら、『シグっ子』たちの思いに十分に対応できる、とシグナさんは自慢げに告げた。
『それにさ、今日のシグナは未来予知だってできるよ。この動画のコメントを使って、いじめられている皆を応援する「シグっ子」たちの姿が存分に見えるね!』
『来道シグナ』を通した画面の向こう側には、いじめに対して日々過酷な戦いを続けているであろう皆を応援する人たちがたくさんいるはずだ――その言葉通り、動画のコメント欄には、シグナさんの事ばかりではなく、僕を始めとするいじめを受ける人たちに励ましの思いを贈る声で溢れていた。
シグナが応援するなら自分も応援する、いじめという犯罪に立ち向かう人は本当に立派だ、卑怯な連中に負けないで欲しい、絶対に良い事はあるはずだ、警察でも何でも頼れるものは全部頼った方が良い――まさに、『未来予知』通りの光景が広がっていたのだ。
『「シグっ子」のみんな、心からの笑顔で、シグナと会える日が来るのを楽しみにしているよ!』
そう言って見せたシグナさんの笑顔は、実際の人物とは異なる『バーチャル』の姿を通した、アニメチックなものだった。
でも、そこからは間違いなく、『中の人』が贈る、皆を勇気づけたい、という思いが溢れているように感じた。
そして、僕の口からは、自然に『ありがとうございます』、という感謝の言葉が漏れていた。
名前も姿も知らない、人気VTuberの『来道シグナ』を演じるであろう中の人も、僕たちの事を真剣に考え、熱く応援している事が認識できたからだった……。
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