第67話:それぞれの第二作戦

「あ、あの、動画、本当にありがとうございます……!」

『こちらからもお礼を言うわ。本当にありがとう』


 その日、『鉄デポ』に設けられたプライベートルームにお邪魔した僕と梅鉢さんは、既にログインしていたトロッ子さんへ向けて真っ先に感謝の言葉を述べた。

 先日投稿された、トロッ子さんが大親友だというVTuberの『来道シグナ』さんの動画で、僕のようにいじめを受けている人に対して優しく、そして熱く応援をしてくれた事へのお礼である。


『いえ、私は特に何もしていませんよ。ただ「シグナ」との連絡を担っただけで……』

『でも、トロッ子がいなければ「来道シグナ」もきっと動かなかったと思うわ』

「う……彩華さんの言う通りだと思います……。トロッ子さんも凄いです……」

 

 そう言われると照れてしまう、と言いながらも、トロッ子さんは僕たちの言葉をありがたく受け止めてくれた。

 『来道シグナ』という『ガワ』――バーチャルの肉体を演じている中の人へもしっかり伝えておく、という事も付け加えながら。


『それにしても、「頑張れ」って言う応援だけじゃなくて「自分も味方になる」っていうのはとても頼もしい言葉だったと思うわ』

「ぼ、僕もそう思います……!」

『そ、そうでしょうか……何だか嬉しいです……』


 トロッ子さんがそう言ったのは、本当に伝えたかった相手に思いを届けられたから、という理由だけではなかった。今回、シグナさんが僕を始めとする動画視聴者に向けて語ったメッセージの大半は、実はトロッ子さんが原案を執筆した、というのである。

 勿論、シグナさんも様々なアイデアを出し合ったり、『野菜入り味噌汁が苦手』という話などアドリブを入れて動画が深刻でシリアス過ぎる内容にならないよう工夫を加えてくれた、とトロッ子さんは裏事情を語ってくれた。でも、いつも優しく穏やか、そして丁寧な雰囲気のトロッ子さんは、思っていたより『熱い』思いを持っている人だというのを、僕はこの場で認識する事が出来た。


『なるほど……二人三脚、機関車の重連運転じゅうれんうんてんのように、互いに協力した、という事なのね』

「な、何だか僕たち、凄い人を巻き込んでしまったような……」

『大丈夫ですよ。シグナもそういう事ならお任せ、と言う感じでしたから』


 ただ、と言葉を続けたトロッ子さんは、たった1つだけ心配だという点を述べた。

 『第一作戦』――いじめる側を追い詰めるため、わざと『鉄道』を楽しんでいる光景をあらゆるジャンルを使って流す作戦の際に、動画配信者の飯田ナガレ君は、自分の動画に届けられたメッセージで同じように『いじめられている人たちがいたら自分が味方になる』『なんなら自分の地位と名誉を利用しても良い』と堂々と語っていた。もしかしたら、内容が若干被ってしまったのではないか、というのを気にかけていた。


「そういえばナガレ君、今日はログインが遅くなる、って言ってましたね……」

『怒ってはいないと思いますが、少し気にしていたら……と思いまして。ナガレさん、シグナにライバル心を燃やしていましたし……』

『確かにそうだったわね。でも、きっと大丈夫だと思うわ。今回は事態が事態でしょう?それに……』


 いじめを受けている誰かのためにしっかりとメッセージを発信する事が出来る、それでこそ自分が認めたライバルだ、と案外誇らしげに喜んでいるかもしれない、と梅鉢さんはトロッ子さんを励ました。それを受け、そう捉えてくれたら嬉しい、会った時に『シグナ』の代理人として感想を聞いてみたい、とトロッ子さんは元気を取り戻したように返した。

 そんな中、皆から遅れてモデルやインフルエンサーとして活躍しているギャルの幸風サクラさんがプライベートルームに来訪した。幸風さんも今回シグナさんが実行した『第二作戦』――いじめを受けている人を自分たちで出来る限り応援する作戦の動画を視聴していたようで、その後、ネットの各地に寄せられていた感想を調べ上げていた。


『色々あったよ。とっても励まされたっていう人、勇気を貰ったっていう人もいたし、いじめられている誰かを自分も応援したいって人もね』

 

 それなりに有名なインフルエンサーの人も、VTuberに詳しいまとめサイトの管理人さんも、VTuberである『来道シグナ』さんがいじめに関して言及した事はきっと良い方向に影響するだろう、と褒めていた、と幸風さんは報告した。

 ただ、それとは正反対の批判の声も幾つか見受けられた、と話は続いた。声だけあげて何も動いていない偽善者だ、という厳しい意見もあったし、中には『鉄オタの味方が偉そうに言うな』という揚げ足取りそのものの内容も見つけてしまった、という。


 動画の中でシグナさんが言っていたように、僕たちにとっての『好き』が誰かにとっての『苦手』という事もある。それでも、やはりそのような現実に言及されると、少し複雑な思いを抱く僕がいた。でも、その発言の原案を手掛けたトロッ子さんの方は、そのような意見もまた覚悟していた、と語った。


『ジョバンニさんや彩華さんのように、皆に思いが伝わる訳じゃない……きっと、シグナもそう考えているはずです』

「トロッ子さん……」

『でも、沢山の人が励まされた、勇気を貰ってくれた、っていうのも事実のようです。失礼な意見かもしれませんが、私はそちらをより尊重したいですね』

『あたしも賛成。こういう時は、やべー奴を気にするよりも頼もしい味方に目を向けるってのが大事だからね』

「なるほど……」


 多くの人が知る有名人として活躍している幸風さんや、そういった世界に足を踏み入れているというトロッ子さんだからこそ、自分の心の転轍機てんてつきを自分の意志ですぐに『前向き』に切り替えることが出来るのかもしれない、と僕は感じた。僕はまだまだ、『鉄デポ』の皆に全然敵わないようだった。


 すると、今度は同じく有名人、それもテレビやネットに引っ張りだこのアイドルユニット『スーパーフレイト』の一員として活躍している美咲さんが『鉄デポ』にやって来た。無事、自分が担当する『第二作戦』を済ませることが出来た、という報告と共に。


『第二作戦……ミサ姉さんが次の順番……?』

『はい、今回は一斉に投稿するのではなく、皆で順番にいじめに関する思いを伝える、と言う形にしたんです』

『あたしやナガレ君はミサ姉さんの次に投稿する事になってるよ』

「そ、そうなんだ……」


『えへへ……まあ、そういう感じだから、見てくれれば嬉しいな。こういう感じでいいのかな、ってちょっと心配だからさ』


 そう言いながら美咲さんが送信してくれたのは、『スーパーフレイト』が結成時から運営しているという公式ブログだった。勿論様々なSNSでも情報発信は行っているけれど、メンバーの近況や長文、そして様々な重大情報はブログに記す事も多く、普段から多くの人が閲覧しているようだった。

 そして、その最新記事のタイトルは『和夢なごむがちょっと思った事』――美咲さんの芸名、『葉山和夢はやま なごむ』と言う名が記されたものだった。勿論、僕たちは『鉄デポ』での雑談を一旦中止し、この記事をじっくり読むことにした。


 最初に可愛らしい挨拶やファンへ向けてのちょっとした雑談を記してから、文章は本題へ移った。『先日、ラジオでいじめに関する特集を聞いた』『自分のグループメンバーも、以前「いじめ」について考える番組に出演したのを思い出した』など、いじめ問題に関心を抱いた様々な理由を述べた後、今回のブログ記事を担当している葉山和夢=美咲さんが個人的に抱いた考えが語られていった。


『世の中の多くの人や専門家の人たちは、いじめを受けている人に対して「辛くなったら逃げて良い」ってよく言うよね。もちろん、それも大事な考えだと思う。頑張り過ぎるのは禁物だからね。でも、私はちょっと違う考えかな。私は、「逃げる」というよりも「別の道へ乗り換える」と言った方が近いんじゃないか、って思っているんだ』


 『逃げろ』と言われても、ついそれに逆らう考えを抱いてしまう事があるかもしれない。まるで自分が、相手に負けて逃亡する『敗北者』のように感じてしまう場合だってあるだろう。

 だから、自分は『逃げろ』より『乗り換えろ』と伝えたい。同じ目的地へ向かう、別の電車に乗り換えるように――『鉄道』要素も取り入れつつ、美咲さんの文章は続いた。


『間違いないのは、いじめから「逃げている」と感じている君は、敗北者でも逃亡者でもない。「未来」と言う駅へ向かうために、普段と違うルートの「電車」に乗り換えているだけって事だよ。確かに、元々乗り込むのを予定してた電車よりもスピードが遅かったり、乗り心地も少し悪かったりするかもしれない。でも、そちらの方が綺麗な景色が見れたり、車内で素敵な出会いがあったり、案外楽しめるんじゃないかな』


 『未来』と言う駅へ向かう線路は、1本だけじゃない。そこへ向かいたいと願った分だけ、沢山存在する。

 だから、もし苦しいルートを選んだときは、思い切って『乗り換えて』みて欲しい。もし、その勇気が出なかったら、自分たち『スーパーフレイト』がついている。歌声の向こうで、自分たちはずっと皆を応援している――美咲さんもまた、熱いメッセージを文章の中に込めているようだった。


 そして、最後まで読み終えた時、僕はある事に気が付いた。

 ガタガタの線路、ボロボロの車両、治安の悪い車内――そんな風に例えられるかもしれない惨状から、僕たちはまさに脱出しようとしている。いじめの温床となっている学校から逃れ、新しい進路を模索し続けている。もしかして、美咲さんが『葉山和夢』としてブログで語りかけていた本当の相手は――。


『……ミサ姉さん……これって、私たちに……!』


 ――僕と同じ思いを、梅鉢さんも抱いていたようだった。

 それに対し、『正解』などの具体的な言葉こそ言わなかったけれど、その代わりに美咲さんは、自身と包容力に溢れた優しい声で僕たちを励ましてくれた。『学校を辞める』という道を選ぼうとしている2人の考えは、決して間違えていないと信じている、と。


『栄光のセンター、葉山和夢として宣言するよ。私たち「スーパーフレイト」は、みんな揃って2人の味方だって』


「……アイドルが……みんな……」

『ありがとう、ミサ姉さん……』


 勿論、嬉しいという感情は存分にあった。

 でも、同時に僕は恐縮する思いも溢れていた。最早この『いじめ』の問題は、僕や梅鉢さん、『鉄デポ』の仲間たちだけに留まらず、アイドルや事務所の社長、VTuberなど、様々な人々を巻き込む、文字通りの『大事おおごと』になっている事を改めて実感したからだった……。 

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