第149話:一世一代の大説得・中編

「彩華さんたちにいじめの事を打ち明け、あのような学校へ行かないと決めた日から、僕はこの後どうするか、という未来の事をずっと考え続けていました。父さんや母さんを巻き込んで、様々な選択肢を探しては、もしそこへ入学したとしたらどのような利点や欠点があるか、共に話し合いました……」


 大富豪・綺堂家の当主である綺堂玲緒奈さんを前に、僕はこの場――鉄道要素に満ちた綺堂家の屋敷の中で玲緒奈さんを説得するまでに至った過程を丁寧に説明した。僕が辛いいじめに遭い続けていた事、学校から逃げたいと考えた事、学校という概念自体は別に嫌いではなかったのが『転入』という未来の前提を作る大きな要因になった事など、言える範囲の事をしっかりと口に出した。フリースクール、通信制学校、私立や公立の学校、悩めば悩むほど選択肢はどんどん増え、更に頭を抱える事態になった事も。


「そんな時に、彩華さんと共に教頭先生が僕の家に訪ねてきて、このような提案をしたんです。教頭先生の学校に入らないか、と」

「ほう、『あいつ』が……」

「教頭先生と僕の両親に深い繋がりがあるという側面もありましたし、学校自体も僕や彩華さんの転入に好意的だと伺いました。ただ、それ以上に僕が惹かれたのは、この学校が元々僕が入学を考えていた場所だった事かもしれません。何というか、その、色々な事情があって例の理事長がいる『学校』に入学する羽目に……」

「……事情は何となく察した。口に出さなくとも大丈夫だ」

「あ、ありがとうございます……」


 単位については、玲緒奈さんや卯月さんの尽力により、前の学校のものをそのまま移管する事が可能になった。成績についても、過去とは違い勉強を重ねた今なら問題が無く、今の調子を維持すれば転入試験も楽勝だろう、と教頭先生から太鼓判が押された。僕にとって、これ以上好条件の場所は見つからないだろう――それが、和達譲司という存在が転入先に教頭先生の学校を選んだ最大の要因だ、と僕は玲緒奈さんに語ることが出来た。


「なるほど……君があの教頭の学校に転入を目指している理由は把握できた。しっかりと悩んだうえでの結論だった事は、改めて認識できた」

「はい、ありがとうございます」

「しかし、それに私の娘、綺堂彩華を巻き込む理由は何だ?何か利点でもあるのか?」


 あるならその場で述べてみろ、と言わんばかりに挑戦状を叩きつけられた僕は、父さんや母さんと何度も話し合い、訓練を重ね続けた成果を発表する事にした。


「玲緒奈さんも知っている通り、僕は彩華さんの『特別な友達』です。もし新しい学校へ行った時でも、僕のような馴染みある人、心許せる人がいる安心感はとても大きいはずです。ひとりぼっちになることなく、僕たち2人で力を合わせれば、すぐ新しい学校や新しい学校に馴染むことが出来ると思います」


 何度も彩華さんが嬉しそうに父親である玲緒奈さんに語ったであろう『特別な友達』という概念を、僕は敢えて強調するように語った。これで少しは玲緒奈さんの頑なな心、彩華さんのために悩んでいる心を解きほぐせることを祈りながら。

 でも、言い方はアレだけれど、それだけで情に絆されるほど綺堂玲緒奈さんは甘くなかった。僕と彩華さんの間に存在する、永久連結器よりも頑丈な繋がりこそ認めながらも、だからこそ別に『離れ離れ』になっても問題はないのではないか、と言葉を返してきたのである。


「和達譲司君と私の娘。そこに深い繋がりがあるのなら、それぞれ別の学校に通っても決して途切れる事は無いだろう?君たちの強固な関係は場所も立場も関係ない。そう私は認識しているが」


 僕の横で、彩華さんがどこか苦々しいような表情をしていたのが横目にちらりと確認できた。何度も強調してきたであろう仲の良さがここにきて仇となったのではないか、と言わんばかりの姿だ。でも、僕は引き下がる事は無かった。教頭先生の学校へ彩華さんと共に通う未来を選んだ際のメリットは、これだけでは無いからである。


「……僕が彩華さんとまた同じ学校へ通いたいという選択をした時に、転入先として『教頭先生』がいる場所を選んだのには、別の理由もあります」

「ほう?」

「それは、僕たちが『鉄道オタク』だからといじめられる可能性が低い・・事です」


 何故そのように判断したのか、と尋ねられた僕は、はっきりと答えた。教頭先生が、僕や彩華さん以上に濃い『鉄道オタク』だからだ、と。生徒たちの上に立ち導く存在である先生、それも多くの先生を束ねるリーダー的な立場に位置する教頭先生が大の鉄道好きだとなれば、鉄道オタクだからという理由でのいじめが起きる事は少ないのではないか、と僕は考えたのだ。その証拠に、教頭先生は僕がいじめられている事を知った時、『教師としてずっと気づけなくて申し訳ない』と涙声で謝ってきた。あまりにも凄惨な内容だったとは言え、全く関係ない学校で起きた出来事にもかかわらず。両親共々、僕や彩華さんは教頭先生を信頼する事にした、と僕は玲緒奈さんに告げた。


 でも、玲緒奈さんは即座に反論を仕掛けてきた。確かに教頭先生は『先生』を束ねる役割を果たす重大な職務だけれど、だからと言って先生、生徒、そして学校の全てを見渡すことが出来るはずは無いだろう、と。どれだけいじめを許さない教頭先生がいたとしても、隠れていじめを仕掛けるような連中だって現われかねない――でも、僕はそう言われる事を承知の上で発言をしていた。いじめられる可能性が『ない』のではなく、『低い』と述べたのは、そういう訳である。


「……いじめが起きない学校なんて、正直ありえないと思っています。嫌な考えかもしれませんが。でも、もしそういった『低い可能性』が現実に起きてしまった場合でも、誰か1人でも理解者、それも自分たちの事をしっかりと理解して、全力で助けてくれる人がいれば、いじめの解決に大きく近づくと思うんです」

 

 実際、僕や彩華さんも、あの理事長が務める学校で『鉄道オタク』だからという理由でいじめられ続けていた時、図書室が逃げ場となり、そこの司書的な役割を務めていたおばちゃんが大きな救いとなった。あの教頭先生と違って鉄道には全然詳しくなかったけれど、どんな立場に追い込まれようと、あの地獄のような学校生活の中でおばちゃんはたった1人で僕たちを守ってくれた。

 そんなおばちゃんのような人が1人でもいる事が確実な学校の方が、より安全かつ安泰に過ごせるのではないだろうか。趣味が合うし顔見知りでもある『教頭先生』という応援者がいる事は、彩華さんにとってもプラスに働くはずだ――過去の思い出も交えながらそう語った僕の言葉をじっと聞いていた玲緒奈さんは、次第に何かを考えるような素振りを見せ始めた。


 その様子を見ていた僕は、続けざまにもう1つ、セレブが通うような学校ではなく、僕たちのような庶民が通うような学校に彩華さんを転入させるメリットを語る事にした。


「以前、玲緒奈さんが理事長を糾弾した日に、彩華さんが僕やおばちゃんに語ってくれたんです。どうして、彩華さんが高貴でな学校ではなく、あのような『庶民』の学校を目指すという選択肢を選んでしまったのかを」


 少しだけ驚いたような、そしてどことなく嬉しそうな表情を見せた彩華さんをへ一瞬顔を向けつつ、僕は言葉を続けた。

 彩華さんは、常日頃から未来の綺堂家を担う立派な人材になりたい、と願っていた。その過程で、『綺堂家の令嬢』という高貴な身分だからこそ、僕を始めとする庶民――将来的に自分が従わせる事になるであろう存在たちの様々な思い、心の在り方に触れた方が、より人々の事をよく理解できる、彩華さんの中の『理想の当主』に近づけるだろう、と考えていた。


「……彩華さんは、直接その思いを玲緒奈さんに伝えたと聞いています。覚えていますか?」

「ああ、確かにそのような事を彩華は語っていたな」

「その『理想』の実現に一番近づく事が出来る選択肢が、『教頭先生』の学校だと考えたんです」


 教頭先生から転入を勧められるより少し前に、僕はネットで教頭先生が務める学校の評判について調べた事があった。恣意的な意見も若干見受けられたけれど、ポジティブな意見、ネガティブな意見、本当に様々な内容が飛び交っていた。でも、それらのすべてに共通する要素として『個性』というものがあった。良くも悪くも様々な人たちが集まるサラダボールのような場所、生徒も先生も良い意味で『変』な人ばかり、皆それぞれの思いをぶつけ合い、時には尊重し合い、何だかんだで仲良く過ごしている、など、『個性』にまつわる内容が多数投稿されていたのである。そして、何より学校のパンフレットにも、個性を重んじる校風がしっかりと記されていた。


「こういった様々な『多様性』に満ちている場所こそが、彩華さんにはふさわしいのではないか、と言うのが僕の意見です」


「なるほど……だが、このパンフレットにも同じように、個性を重んじる校風である事が記されているぞ?この学校のパンフレットにも、な」


 そう言って玲緒奈さんが僕に見せてきたのは、机の上に並べられていたセレブな高校のパンフレットの一部だった。確かに、『個性を重んじる』『個性を大事にする』という謳い文句はあちこちの学校で見られるものかもしれない。そんな中で、敢えて僕が教頭先生の学校を選んだのは、ずばりここが『庶民』の学校だから、であった。


「先に言った通り、彩華さんはあくまで『庶民』の学校へ行って人々の心を知りたい、と望んでいました。確かに、あの理事長の学校は悪意に満ちた場所でしかなかったという大失敗例かもしれません。でも、『庶民』の学校はそのような所ばかりじゃない。臭い言葉になってしまいますが、『悪い心』ばかりではなく『良い心』も庶民の中には例外なく多数存在する。教頭先生の学校なら、彩華さんも玲緒奈さんもきっとその事をしっかりと理解してくれる。そう僕は信じています」


 一緒の学校へ行った方が新たな学校に馴染みやすい。

 いじめが起きた時でも教頭先生が守ってくれる。

 個性豊かな学校で学んだ方が、より多くの『庶民』の心を知る事が出来る。


 3つの利点を中心に取り上げた僕の意見を、時に反論を交えつつもじっくりと聞き続けた玲緒奈さんは、再度考えるような仕草を見せた後、このような言葉を述べた。それは、まるで僕の今までの発言の根底を覆し、一気に更地にするかのような発言だった。


「……和達譲司君、君の意見は確かに聞き触りが良い。素晴らしい利点が揃っている。だが……」

 

 ここまで発した言葉に、『確証』はあるのか。間違いなくそうなる、という自分自身を安心させてくれる証拠はあるのか。


 それに対して、僕は、正直に答えた。どうせ嘘を言っても、玲緒奈さんの洞察力ならばすぐにばれるはずだ。ならばいっそ――。


「……確証は、ありません」


 ――真実を言った方が良いだろう、と考えながら……。

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