第22話:1人と7人の鉄道オタク

『俺の名前は「ナガレ」って言います!生まれた時から鉄道オタクやってます!色々やべー失言とかしたらごめんっす!今日からよろしくっす!』

 

 元気で明るくテンションも高め。失礼ながら少しお調子者のような雰囲気も漂う、もしかしたら僕と同じぐらいの年齢かもしれない男の人。画面に表示されているアイコンは、第二次世界大戦前に作られた『旧型国電』と呼ばれる電車。


『こんばんは、私は「美咲みさき」だよ。ナガレ君たちと同じく、小さい頃から鉄道大好き。何かあったら色々聞いてね。少しでも力になれたら嬉しいな』


 どこかお姉さんっぽい口調や雰囲気を醸し出す、梅鉢さんや幸風さんよりも一回り年上のような趣の女の人。アイコンの鉄道車両は、日本で一番多く生産された鉄道車両とされる貨車のワム80000形だ。


『初めまして、ジョバンニさん。私は本名で登録していないですが、「トロッ子」と呼んで頂ければ嬉しいです。他の皆さんと同じように色々な鉄道が大好きです。今日からよろしくお願いします』


 穏やかで丁寧、それでいてどこか可愛らしい、例えが失礼かもしれないけれど落ち着いた『アニメ声』のような感じの女の人。アイコンはどこかのローカル私鉄の電車のようだけど、残念ながら僕も知らない車両形式だった。


『私は「コタロー」、町でヘアサロンを営んでるスタイリストよ。私も鉄道がだーいすき。特に外国の鉄道に興味があるわね。気軽にお話ししましょう♪』


 そう言って優しい声で笑う声は男の人のように綺麗な低音だけど、口調や喋り方は女の人そっくり。これが、僕が『オネエ口調』というものをテレビ以外の場所で初めて聞いた瞬間だった。

 そして、さり気なく凄い職業に就いている事を述べた『コタロー』さんのアイコン欄には、どこかで見た事があるようだけど思い出せない、外国にありそうな電車が表示されていた。


『そして私が「教頭」!名前の通り、とある学校で教頭先生をしてるからこの名前にしたのさ!いやぁ、教頭業も大変でねぇ、毎日色々苦労しているんだよぉ。で、そのストレス発散も兼ねて忙しい仕事の合間にこの「鉄デポ」を訪れて皆と楽しく鉄道談義を……』


 長くなりそう、少し落ち着いて、朝礼の挨拶みたいに果てしなく続きそうだ、と皆から一斉に突っ込みが入ってしまい、途中で中断してしまったけれど、この『教頭』と名乗る男の人が決して悪い人や怪しい人ではなく、むしろ僕を明るく楽しく、そして過度に緊張させないよう迎え入れようとしている事はしっかり認識できた。アイコンは僕と同じく、何も表示されていない初期設定のままだった。


『これに、「サクラ」とこの私、「彩葉」を加えた合計7人。これが、今ログインしている「鉄デポ」のメンバーね』

「み、皆さん……じ、自己紹介ありがとうございます……」


 会員制のSNS、ボイスチャットを主に楽しむ集まり『鉄デポ』に入会して早々、ログインしている人たちから丁寧かつ分かりやすい自己紹介をしてもらえるとは思わず、僕はつい恐縮しつつも、嬉しい気持ちでいっぱいになった。こんなにたくさんの人が、僕と友達になりたい、交流したい、とずっと思ってくれていたことを実感できたからである。


 そして、そんな皆の思いに答えたい、という思いで、僕は勇気を振り絞る事にした。


 あの時――学校で最初に行った自己紹介が、僕のいじめのきっかけの1つになってしまったのは確かだ。鉄道オタクと言う概念への評価が著しく低い場所で、よりによって誇らしげに自分が鉄道趣味を持っている事を堂々と明かしてしまったのだから。

 でも、この『鉄デポ』は違う。集まっている人たちは、みんな声も口調も違うけれど、全員共通して『鉄道』が大好き、という共通点を持っている。ここならきっと、僕の心からの言葉も、皆から受け入れてくれるはずだ。何より、梅鉢さんという特別な友達や、幸風さんと言う凄い経歴の友達だっているじゃないか。


「あ、あの……ぼ、僕は『ジョバンニ』って言います……!色々な鉄道の要素が大好きです……!ふ、不束者ふつつかものですが、今日からよろしくお願いします……!」


 緊張のあまり一部詰まったり噛んだりしてしまった僕の自己紹介に返ってきたのは、よろしく、よろしくお願いします、今日からよろしくね、という暖かい声の数々だった。

 本当に梅鉢さんの言う通り、『鉄デポ』は素敵で優しい人たちが集まる場所なんだ、と実感し、ほっとした気分に包まれた時だった。


『ところで、ジョバンニ君って何の鉄道が好きなのかな?』

「え、ぼ、僕……ですか?」


 先程『美咲』と名乗った女の人が質問した直後、ログインしていた人たちが一斉にそれぞれの『推し』をアピールし始めたのである。


『ジョバンニ君、やっぱり旧型国電きゅうがたこくでんが好きっすよね!?吊り掛けサウンドにレトロな車体!ぶどう色ばかかりじゃなく湘南色も横須賀色も最高っすよね!!』

「は、はい……」


『いやいや、ジョバンニ君は貨物列車の方が好きかもしれないよー?コンテナ車にタンク車、色々あるけれど、私は特に有蓋車ゆうがいしゃのワム80000形を勧めたいね。ほら、2軸車体が可愛いでしょ?』

「た、確かに……」


『それでしたら、私は是非軽便鉄道けいべんてつどうもお勧めしたいです。小柄な車体と狭い軌道に秘められた、多くの乗客や物資を乗せて走り続ける歴史。様々な企業が試行錯誤の末に生み出した、個性豊かな車両。ミニサイズでもピリリと辛いスタイル、ジョバンニさんも素晴らしいと思いませんか?』

「け、け、軽便……」


『でもジョバンニ君にはやっぱりブルートレインが一番だよー!あの青い車体の格好良さ、鉄道オタクなら絶対にわかってくれるよね!?』

「ま、まあそ、そうですけど……え、えーと……」


 旧型国電が好きというナガレさん、ワム80000形が推しだと語る美咲さん、軽便鉄道を推し続けるトロッ子さん。更に『サクラ』こと幸風さんまでもが初めて会った時のように再度ブルートレインをお勧めしてきて、僕は嬉しさと困惑が入り混じり、てんてこ舞いになってしまった。

 そんな僕が出した情けない声で心境を理解してくれたのか、梅鉢さんとコタローさん、そして教頭先生が皆を諫めてくれた。幾ら新人、それも『鉄デポ』へ久しぶりに入ったという新規メンバーとはいえ、あまりに猛烈な『好き』の押しつけは相手をビビらせてしまうだけだ、と。


『そうっすね……ジョバンニ君悪かったっす!この通り!』

『私も失礼しました。つい勢いに乗ってしまい、ごめんなさい』

『全くよ。サクラまで調子に乗っちゃって……』

『えへへ……メンゴメンゴ』


「い、いえ……ぼ、僕は大丈夫です……みんな、色々な鉄道が大好きって言うのが、とっても伝わってきました……」


 今回皆の興奮を鎮める立場に立っていた梅鉢さんも、最初に出会った時は猛烈な勢いで自分の推しである国鉄型気動車の事を語りまくっていたのを僕ははっきりと覚えていた。

 そんな梅鉢さんを含め、『鉄デポ』に集まっている皆は、それだけ自分自身の鉄道趣味を強く、そして大切に感じているのかもしれない、と僕は思った。


『いやぁ、こんな個性豊かな面々ばかりだけど、楽しく付き合ってくれたらありがたいねぇ。ま、そんなに堅苦しく考えなくても、鉄道の話をしたい時にふらりと訪れてくれればいいよ』

「は、はい……」

『教頭先生の言う通りね。のんびりまったり語り合いましょう。それ以外にも、困った事があったら何でも教えて。大人として、出来る限り力になりたいもの』

「コタローさん……分かりました……」


 改めて、僕を迎え入れる優しい言葉を述べてくれた2人に感謝の言葉を述べた時、そろそろ風呂が沸く、という事を示す母さんの声が聞こえてきた。本当はもっと話したかったけれど、明日は平日。早めに寝ないと学校に間に合わないかもしれないし、今から準備などもしなければならない。

 今日はここでログアウトする旨を皆に告げた僕は、改めてこの僕、和達譲司=『ジョバンニ』と言う存在を快く迎え入れてくれた事への嬉しさを告げた。


「皆さん……今日から……よろしくお願いします……!」


『こっちもよろしくっす!今日から俺たちも、ジョバンニ君の友達っすね!』

『友達の輪がどんどん大きくなる。これほどうれしい事はないね』

『こちらこそ、よろしくお願いします』

『あたしも改めて、よろしくね!』


 そして、ログアウトする直前、梅鉢さんが僕にこう語ってくれた。


『どう?私の言った通り、面白そうな場所でしょ?』


 うん、と返した僕だけど、実際考えていた事は少しだけ違っていた。

 ナガレさん、美咲さん、トロッ子さん、コタローさん、教頭先生。そして、『サクラ』こと幸風さんに、『彩華』こと梅鉢さん。

 こんなメンバーが揃う『鉄デポ』、僕が予想していた以上に凄い場所かもしれない。

 勿論、悪い意味ではなく、これから何が起こるか分からないワクワク感に満ちた、良い意味で。


「……うん!」


 僕の世界が、僕の心の中の路線図が、これからきっと無限に広がり始めるに違いない。そんな予感が溢れていた……。

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