第4章

第23話:綺堂コレクションの謎

 学校の図書室で、黒髪美女の梅鉢彩華さんと友達になる。

 町の大きな図書館で、金髪モデルギャルの幸風サクラさんと交友関係を築く。

 そして、新たに入会したSNS『鉄デポ』で、たくさんの仲間たちと出会う。


 家族と一緒にいる時以外、ずっとひとりぼっちで過ごし続けていた僕は、いつの間にかこんなに多くの人々との繋がりを得る事が出来ていた。

 僕以外にも、様々な鉄道知識、多種多様な『好き』と言う思いを抱く人々と、言葉や気持ちを交わせるようになった。

 まさに僕の世界は、大きく広がり続けていたのだ。


「おーい、譲司君!」

「あ、梅鉢さん……」


 そして今日も、僕は昼ご飯を急いで食べ終えた後、残りの時間を一緒に過ごすため、梅鉢さんが待つ屋上へ続く階段の踊り場へやって来ていた。相変わらず誰も来ることがないこの踊り場は静かで寂しいけれど、だからこそ『鉄道趣味』という思いで繋がり合っているはずの僕たちにとっては最高の憩いの場所になっていた。


「あ、そういえば梅鉢さん……」

「どうしたの、譲司君?」

 

 いつもなら、梅鉢さんがどこか興奮したような、そして嬉しげな口調で様々な鉄道、特に気動車に関する話題を持ち出す事が多かったけれど、今回は逆に僕の方が話題を持ち掛けてみる事にした。気動車――エンジンを搭載し、電化されていない線路も自力で走ることが出来る旅客車両が大好きな梅鉢さんなら、きっとこの話に興味を示すだろう、という確信があったからだ。


「『綺堂コレクション』?」

「う、うん……梅鉢さん、知ってたらごめん……」

「名前は聞いた事があるわ。確か……」


 『綺堂きどうコレクション』。それは、鉄道オタクの間で実しやかに噂されている、不思議な噂。

 『綺堂グループ』という、日本を代表する巨大企業グループを運営している大富豪・綺堂家がどこかに保存しているという、日本中の貴重な鉄道車両のコレクションである。

 でも、何が保存されているのか、そもそもどこに保存されているのかは、ごく一部の関係者を除いて誰も知られていない。日本中の鉄道オタクの調査をもってしても断片的な部分しか明かされておらず、全貌は謎に包まれている、という。


「ロマンがある話よね。日本中の鉄道車両を保存するなんて」

「そうだよね……ぼ、僕も最近知ったんだ……きっと綺堂家の偉い人も鉄道オタクで、貴重な遺産を守るために頑張ってると思う……」

「そうだったら嬉しいわね」


 そう言いながら微笑む梅鉢さんは、続けて僕に質問をした。その『綺堂コレクション』に、何か動きでもあったのか、と。


「う、うん……ネットでの噂なんだけど……これ……」

「あぁ……この車両……もしかして……」


 先日、とある鉄道博物館が、施設の老朽化や維持費の不足など様々な要因で惜しまれながら閉館してしまった。その際、問題になったのは保存されていた数多くの鉄道車両。特に、この鉄道博物館は多くの貴重な気動車を保存している事で知られており、様々な車両の新たな保存先が決まる中でこれらの車両の行方がどうなるのか、僕を含む多くの鉄道オタクが心配していた。

 それが、ある日突然博物館の敷地から搬出され、どこかへ持ち出された。もしかして解体されるのか、スクラップにされてしまうのか、とネットでは大騒ぎになっていたけれど、直後に博物館の鉄道車両を管理する人からこのような連絡があった。これらの貴重な車両は解体される事なく、新たな貰い手の元へ輸送されていった、と。


「それが『綺堂コレクション』だ、って譲司君は推測しているの?」

「う、うん……貰い手が誰だか言っていなかったし、こんなにたくさんの車両を一気に保存できる博物館や保存施設は限られているから、もしかしてって……」


 なんだか名探偵みたい、と梅鉢さんが褒めてくれたことに恐縮しつつも、僕は改めて自分の考えを語り続けた。

 これらの貴重な気動車は、きっと日本のどこかにある『綺堂コレクション』の一部に加わったに違いない。どのように復元されるかは未知数だけれど、間違いなく解体される事なく、ずっと大事に保存されるはずだ、と。


「ふーん、なるほどね……」

「う、梅鉢さん……ま、まさか、あまり興味なかった……?」

「ううん、その逆、大事に保存されるって事が嬉しかったのよ。しかも気動車でしょ?戦前に作られた私鉄向けオリジナル気動車に、貴重なキハ04形の原型車、そして戦後の国鉄型気動車のパイオニア・キハ10形。どれも解体されず、守られるって考えると、ね?」


 貴重な情報をありがとう、と梅鉢さんはもう一度僕を褒めながら、優しく頭をなでてくれた。梅鉢さんの掌は、今日も暖かく柔らかかった。


「……それにしても……いいな……」

「ん、何がいいの?」

「あ、あ、その……綺堂家みたいに、自前で鉄道車両を何十両も所有できるなんて、大富豪はいいなって思ったんだ……」


 それに引き換え、僕の部屋は沢山の鉄道の本でいっぱいで、鉄道模型すら置けない程の狭さ。確かに、小遣いやお年玉などを活用して買い続けた鉄道の本も貴重な資料かもしれないけれど、本物の鉄道車両という最高級の資料には負けてしまう。復元費用は勿論、維持費すらかかりそうなのに、それを大量に集め、大事に保存している人たちは本当に凄い、羨ましい、と僕は感じていた。


「それもそうね。でも、どんな形でも資料は資料。鉄道の本をずっと大事にしている譲司君も、十分『綺堂家』と胸を張れると思うわ」

「そ、そうかな……で、でも僕、金欠気味だし……」

「お金じゃないわ。大切なのは、何かを大切に、大事にしようとする『好き』の心よ」

「心……」


 聞き飽きたような陳腐な言葉かもしれない、と自虐のような言葉を付け加えた梅鉢さんだけど、その力強い言葉に、僕は少しだけ自信を貰えた気がした。こんなちっぽけな僕でも、もしかしたら単なる希望的観測に過ぎないかもしれないけれど、幻の『綺堂コレクション』に負けない凄さがあるのかもしれない、と。


 そんなやり取りをしているうち、気付けば午後の授業が始まる時間が近づいてきた。

 慌てて僕たちは階段を降り、放課後に再び会う約束を交わして、互いの教室へと戻っていった。

 少し寂しい気分はあったけれど、金輪際の別れという訳でもなく、午後の授業、そして掃除を乗り越えれば、また梅鉢さんと、たくさんの仲間たちと会える事を僕は知っていた。

 以前と比べれば、随分前向きな感情を抱けるようになったかもしれない、と僕は感じていた。


 例え、戻ってきた僕の机の上に、たくさんの落書きがされていても。


『鉄道オタクは帰れ!』

『鉄オタは○○者!』

『この机を使っているのは犯罪者です!』


 差別用語まで堂々と、そして乱暴に書かれた文面を消しゴムで消し続けている間に、授業開始を示すチャイムが鳴ってしまった。

 すべて消し切ることが出来なかった僕は、事情を知らない、知ろうともしない教師から、机の上に落書きをするなと何度言えば分かるんだ、と今日も釘を刺されてしまった。そして、稲川君を始めとした僕をいじめる中心にいる生徒たちは、ごめんなさい、と謝る僕を見てニヤニヤし続けていた。


 僕の全てを肯定してくれる梅鉢さんとは真逆の、僕の全てを否定するような環境。でも、それもまた日常の一部になっていた。

 これを耐えれば、これさえ乗り越えれば、楽しい時間が待っているはずだ。

 そう信じながら、僕はその日も、学校での時間を懸命に過ごし続けた……。

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