第24話:軽便ガールはかく語りき
「……よし……!」
父さんや母さんと一緒に夕食を食べ終え、自室へ向かった僕は、急いで今日の分の宿題を終わらせた。幸い、今日は宿題の量が少なく、あっという間に完了させることが出来た。
今までなら、その後はネットで鉄道関連の動画や情報を閲覧したり、寝転がって鉄道の本を読んだりするのが日課だったけれど、ここ最近は新たな過ごし方が加わっていた。
(えーと……パスワード……よし、っと……)
僕を始めとする様々な鉄道オタクが集う、検索にも引っ掛からない秘密の場所、会員制SNSの『鉄デポ』へお邪魔する事である。
今夜も、ログインメンバー欄には賑やかに言葉を交わすメンバーの名前が記されていた。
『彩華』は学校で沢山話した梅鉢さん、『サクラ』はモデルと学業で忙しい合間を縫って訪れているのかもしれない幸風さん。そして、『トロッ子』というのは、この『鉄デポ』で初めて出会った、丁寧で落ち着いた雰囲気の口調で語る女の人だ。
入会当初はトロッ子さんをはじめ、沢山の新しい仲間と一気に交友関係を結んだ事に慣れない事も多かったけれど、それから少し経ち、ここの賑やかで明るく、そしてどこか暖かな雰囲気にもそれなりに馴染んだような気がした。
「あ、皆さん、こ、こんばんは……ジョバンニです……」
『あ、じょ……ジョバンニ君!』
『おっすー、ジョバンニくーん!』
『ジョバンニさん、こんばんは』
ヘッドホンに搭載されたマイクを通して送った僕の声に、ログインしている皆さんはにこやかな挨拶を返してくれた。そして、僕がいなかった先程までの時間にどんな話題で盛り上がっていたか教えてくれた。それは『綺堂コレクション』――とある大金持ちが日本中から集めているという、貴重な鉄道車両のコレクションについて。昼休憩に梅鉢さんと一緒に盛り上がった、謎に包まれた不思議な話に関してだった。
『前にネットで見たんだけどさー、保存されるのか、どこかへ譲渡されるのかも不明なまま放置されてたブルートレインの客車があったじゃん?』
「あぁ、確か空き地かどこかに放置されて、みんな心配していた車両たち……」
『私もネットで見た事があります』
『あれの一部がトレーラートラックに乗せられたのを見た撮り鉄がいて、写真がネットにアップされてたんだよ。でも、どこへ運ばれたかは誰も知らない。だから、もしかしたら「綺堂コレクション」として収蔵されたって噂があるんだよね』
「へぇ……」
幸風さんが大好きなブルートレインにも、あの『綺堂コレクション』が大きく関わっていた、と言う話に、僕は昼に続いて驚き、そして感心した。
全ての保存は叶わなかったようだけれど、一部でも残されればブルートレインと言う存在が実際に存在した事を構成に示す大きな資料になるのは間違いないだろう。
『それでしたら、私も聞いた事があります。「綺堂コレクション」には、軽便鉄道の車両や資料も多く含まれているそうです。既に解体されたとされている車両も、実はコレクションの一部になっている、という噂も耳に挟みました』
『へぇ……保存範囲は結構幅広いんだね』
「軽便鉄道まで網羅しているなんて……」
そして、トロッ子さんも『綺堂コレクション』に関する興味深い話を教えてくれた。
本当に、鉄道という概念を余す事なく大切に考えている素敵な人なんだろうな、と僕は顔も名前も知らない『綺堂コレクション』のオーナーへ思いを馳せた。
『でもいいよなー、大金持ちはたくさんの鉄道車両を集めて保存する事が出来て……。あたしも手元に5000兆円あったら、「サクラコレクション」とか言って、世界中の寝台車を集めて保存したいなー』
『それは面白そうですね。でも、逆に5000兆円もありますと、お金が余り過ぎてそちらの方が困りそうな気もします』
『ま、まあそれもそうだけどさ、夢は思いっきりスケール大きい方が面白いじゃん?』
『そうでしたね。私もそんなに所持金があったら、軽便鉄道のテーマパークを作りたいですね』
(なるほど……って、あれ?)
幸風さんやトロッ子さん、そして僕が『綺堂コレクション』についての話で盛り上がっていた時、ふとある事に気が付いた。鉄道の話となると積極的に自分の方から関わろうとする梅鉢さんが、珍しく一言も話さず、僕たちの話をじっくりと聞き続けていたのである。
僕と同じように、『綺堂コレクション』へ様々な思いを馳せているんだろうか、それとも何か別の要因でもあるのだろうか。
その疑問が抑えられず、声に出して尋ねようとした直前、梅鉢さんがようやく声を発した。
『テーマパークね……面白い話じゃない。軽便鉄道が好きなトロッ子らしい素晴らしい夢ね』
『あ、彩華さん。ありがとうございます』
「あ、う……じゃなかった、い、彩華さん……」
『うんうん、彩華の言う通りだよね……っていうか、この機会に聞きたいんだけどさー、トロッ子って、いつ頃から軽便鉄道が好きなの?』
『私ですか?えーと、正確には記憶していないですが……』
まるで鶴の一声のように、幸風さんの言葉がきっかけとなり、話題はトロッ子さんの得意分野である『
軽便鉄道とは、新幹線や在来線、私鉄と言った、僕たちが見慣れた多くの鉄道よりもミニサイズの鉄道の事を主に指す言葉。
正確には昔存在した『軽便鉄道法』と言う法律に基づいて作られた比較的簡素な鉄道の事を示す単語だけれど、そのほとんどは線路の幅が762mmや610mmと狭く、車両の大きさも在来線より小柄になった。これにより、建設費用や維持費用が削減される、普通の幅の線路を敷くのが難しい地形にも対応可能など様々な利点を得ることが出来たという。
こういった軽便鉄道は明治から昭和初期にかけて日本中の津々浦々に建設され、あの沖縄県にも第二次世界大戦まで大規模なネットワークが存在していたという。
でも、路線バスや自家用車の発達、地域の過疎化など様々な要因から、昭和以降軽便鉄道は次々に廃止されていき、現在その姿を見ることが出来るのは三重県と富山県に残る4つの路線だけになってしまっている。
法律上は『鉄道』に分類されない、工事用や鉄鉱石の輸送、木材の運搬などの目的で作られた小規格の鉄道も含めるともう少し数は多くなるけれど、それでもトラックなどの自動車の利便性には敵わず、全盛期と比べるとほんの僅かしか残っていないのが現状だ。
『私は、最初そんな軽便鉄道に「可愛さ」を感じた記憶があります。小さなボディにゆったりした速度、可愛らしいじゃないですか』
「なるほど……言われてみれば……」
『確かに普通の鉄道と比べてちんまりしてるよねー』
『でも、軽便鉄道について知っていくうちに、その奥深さに気づかされたんです。小さくて可愛いだけじゃない、その中には地域の歴史、根付いた文化、様々な技術、そして多くの産業が関わっているって』
『そうね。どんなに短くても、鉄道路線はその1つ1つに、様々な要素が詰まっているもの』
そして、軽便鉄道は決して過去の存在、思い出の中だけの鉄道ではなく、生き残った路線は今もバリアフリー化や最新技術の投入など進化を重ね続けている。
だからこそ、自分はそんな素敵な鉄道に魅了されていく――トロッ子さんの言葉には、小さな鉄道に対する深い情熱が込められていた。
「そういえば……日本だけじゃなくて外国にも……け、軽便鉄道はありますよね……?」
『はい、ジョバンニさんの言う通り、発祥の国・イギリスを始め世界中に軽便鉄道は存在しますし、今でも多くの路線が現役です。特にスウェーデンのロスラグス線、オーストリアのマリアツェル線は、日本のように電化された軽便鉄道として知られていますね』
『流石トロッ子ね。外国の情報も網羅しているなんて』
「す、凄い……」
僕がふと思いついたしょうもない質問に対しても丁寧に答えてくれるトロッ子さんの博学ぶりに、梅鉢さんと一緒に驚いていた時、是非確認したい事がある、と『サクラ』=幸風さんが尋ねてきた。
『前に何かで見た記憶があるんだけどさー、台湾やソ連に軽便鉄道の寝台車があったってマジ?』
「え、軽便鉄道に寝台車……!?」
『信じられないけど、本当なの?』
『ええ、本当ですよ。ブルートレインや夜行列車が大好きなサクラさん、流石、よくご存じですね』
幸風さんの質問に、トロッ子さんは嬉しそうな口調で解説を始めた。
日本統治時代に建設され、1980年代まで線路の幅が762mmの軽便鉄道として営業運転を行っていた『
『良かったー、あたしの記憶間違えてなかった!それでどんな工夫してたの?』
『えーとですね……』
僕が全く知らない情報をしっかり把握しているトロッ子さんもだけれど、軽便鉄道に寝台車があった、と言う事実に辿り着いた幸風さんも凄い。そして――。
『いいわねー、共通の話題で盛り上がれて……』
『そこ、拗ねない拗ねない。トロッ子、軽便鉄道には「気動車」も欠かせないよねー?』
『ええ、そうですね。彩華さん、先程述べた台湾の「台東線」には、気動車を使った、軽便鉄道としては世界最速クラスの列車があったのはご存じですか?』
『……あ、何かで聞いた事あるかも!確か日本製のディーゼルカーだったんでしょ?ねえ、詳しく教えてくれる!?』
――そんな話題に堂々と参加できる梅鉢さんの度胸も、そしてちゃんと会話についてこられるだけの知識も凄い。
みんな、僕よりも遥かに凄いし、天才だ。
でも、不思議な事に、僕の心には自分を情けない、駄目な奴だ、と卑下する気持ちは湧き起こらなかった。
僕の耳に響くのは、トロッ子さんが語る軽便鉄道の話と、梅鉢さんや幸風さんの嬉しそうな言葉の数々。それはまるで、互いの『好き』という思いを、『軽便鉄道』というテーマに乗せて交換し合うような、素敵な光景だった。みんなの『好き』が繋がったり伝わったりすることで、より鉄道についての、そして『鉄デポ』に集まる皆についての思いが高まっていくのだ。
そして、その輪の中に、この僕、和達譲司もしっかり組み込まれている。その事が、とても嬉しかった。
『ところで、じょう……ジョバンニ君も、何か質問してみたらどうかしら?』
「え、ぼ、僕……?」
『そーそー、折角の機会だし、何か質問あったらトロッ子先生に聞いちゃいなよー』
『先生だなんて照れますね。でも、軽便鉄道に関する質問がありましたら、分かる範囲で何でもお受けしますよ』
「あ、ありがとう……ございます……それじゃあ……」
少なくとも、学校で受けたいじめの事を一瞬でも忘れさせてくれる楽しさが、そこにはあった……。
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