第21話:ようこそ『鉄デポ』へ!

 梅鉢さんと共に繁華街にある家電量販店に行き、無事マイク付きヘッドホンを購入した事で、会員制のクローズドSNS『鉄デポ』への入会準備はいよいよ整った。


 父さんや母さんにも、これからボイスチャットに参加するので部屋がうるさくなるかもしれない、と夕食中に連絡をしておいた。夜遅くまで大声を出さない、という条件はあったけれど、父さんも母さんも僕の新たな挑戦を快く受け入れてくれた。

 自分たちも若い頃は同じような事を電話でやっていた、よく長時間電話をして散々怒られた、家族と電話の争奪戦になった事もあった、など様々な昔話も一緒に聞くことが出来た。


「よし……!」


 夕食を食べ終えた僕は、自室に置いてある、父さんが譲ってくれた少し古めのパソコンの電源を入れ、画面が立ち上がるのを今かと待った。

 そして、ヘッドホンを装着した僕は早速ネットにアクセスし、梅鉢さんから教えてもらった『鉄デポ』のアドレスを入力したのである。


(……ここが『鉄デポ』……!)


 必要最小限の情報だけを記したようなシンプルなトップページの中に、会員になりたい人向けの初回パスワードを記載する欄が存在した。

 梅鉢さんから事前に送信してもらった少し複雑かつ長いパスワードを無事間違える事なく入力すると、そこには登録する上の注意が事細かに記載されていた。

 元々取扱説明書やマニュアルをじっくり読んでから物事に取り組むことが多かった僕は、その長い文面もじっくり読み続ける事が出来た。その中には、梅鉢さんが言った通り、入会費用は無料、サブスクリプションといった課金制度も存在しない、という内容も丁寧に解説されていた。

 そして、全て読んだ事を示すチェック欄に印を入れると、いよいよ『鉄デポ』のチャットに参加するために必要な『名前』や『アイコン』を記入するページが現れた。


(名前……どうしよう……)


 本名でも問題はない、と梅鉢さんは言っていたけれど、やはり見ず知らずのサイトに本名を登録する事への不安は拭えなかった。そしてしばらく考えたのち、僕は以前、ブルートレイン大好きなギャルにして『鉄デポ』登録者の1人だという幸風サクラさんが付けてくれたあだ名を思い出した。

 これなら、名前が違っていてもすぐ僕だという事が分かるはずだろう、と考えながら、名前欄に『ジョバンニ』と入力した。幸い、僕以前に同じ名前を使っている人はいなかったらしく、すぐにこの名前で問題ない、という表示が現れた。

 

(アイコンは……考えるのは後でいいかな……)


 名前は『ジョバンニ』。アイコンは設定なし。これで決定だ。


 そして、少し緊張しながらも、僕は『鉄デポ』への登録ボタンを押した。

 やがて、僕の耳に入ってきたのは、賑やかに鉄道車両について語り合う幾つもの声だった。


『ほらー、やっぱりD51形は名機関車だよ!だって日本で一番生産された蒸気機関車じゃん!?ブルートレインは牽引しなかったみたいだけど!』

『でも実際使っている人の意見も尊重すべきっすよー。扱いづらい面も多かったって前見た本に書いてたっす』

『でもそれも1つの視点だからねー。それに、1115両も存在するんじゃ調子の良し悪しも車両によって様々だったんじゃない?』

『確かに「ミサ姉さん」の言う通りかもしれないわね……』

『そう考えますと、「名車」の基準って難しいですね』


 どうやら僕が入る前から、『鉄デポ』の中はデゴイチことD51形蒸気機関車に関しての話で盛り上がっていたようである。

 そして、その会話をするアカウントの中に、僕は見慣れた名前を2つほど発見した。


(『サクラ』と『彩華』……あれ、2人とも本名で登録していたんだ……)


 セキュリティも万全とは言われているものの、2人とも自らの名前をそのまま登録していた事に少し驚いた僕は、皆が盛り上がる中で早速尻込みしてしまっていた。当然だろう、『鉄デポ』の中はD51形が名機関車か否かという重要な話題の真っ最中。その中に図々しく割り込んでしまうのは、いくら何でも失礼過ぎる。

 しかも僕は、ついさっきこのSNSに入会したばかりの新参者。強固な交友関係が既に築かれている場所にそう言った立場の人がいきなり入り込んでしまっては、最悪の場合『彩華』=梅鉢さんを含む皆に嫌われてしまう要因になってしまうかもしれない。

 一体どうすれば良いのか、と悩んでいた時、僕のスマホがメールを着信した事を振動で知らせてくれた。そして、そこに記されていたのは――。


『もしかして、「ジョバンニ」って譲司君?』


 ――僕がこのボイスチャットに加わっていた事に気付いてくれた、梅鉢さんからの助け舟だった。

 そして、その通りだ、と返信した瞬間。


『ちょっとみんな、会議を一旦ストップしてくれないかしら?待ちに待った人がやって来たわ』

『え、何か……あ、新しい参加者がいるっすね!』

『もしかして、彩華さんがずっと言っていたお友達ですか?』

『まぁ、嬉しいわ!わざわざ来てくれたのね!』


 『鉄デポ』にログインしていた人たちが、次々に僕の存在に気付き始めたのである。


『わー、ジョバンニ君!ジョバンニ君だよね!覚えてる!?あたし、サクラだよ!』

「あ、ど、どうも……こんばんは……」


 そして、僕の『鉄デポ』での第一声は、来訪に嬉しがる『サクラ』=幸風さんへの夜の挨拶となった。


『ごめんなさい、気付くのに遅れちゃって……』

「だ、大丈夫だよ、梅……じゃなかった、い、『彩華いろは』さん……」

『わあ、ちゃんと名前の方で呼んでくれた!嬉しいわ、じょ……「ジョバンニ」君……』


 続けて、梅鉢さんの謝罪に対して気にしていない旨を返した僕は、同時に生まれて初めて『友達』を下の名前で呼ぶ事となった。

 まだまだ僕の方は気恥ずかしさが沢山あったけれど、梅鉢さん本人が下の名前で登録しているのだから仕方ない。登録していない名前で呼ぶのはいくら何でも馴れ馴れしいし、プライバシー的にも失礼かもしれない、と考えた僕は、何とか慣れるよう頑張らないと、と気を引き締めた。

 そして、普段呼び合う名前と違う登録名で語り合う事への不思議な感覚は、梅鉢さんの方も同じようだった。


『そうか、「ジョバンニ」って名前で登録したのね……ちょっぴり残念』

「ご、ごめん……これが良いかなって思っちゃって……本当にごめん……!」

『大丈夫よ、そこまで深刻に悩む事じゃないわ。私も頑張って慣れるから心配しないで』

『そーそー、あたしが考えた名前なんだからさ、彩華も早く馴染むべし!』

『もう、サクラったら……』


 そんな感じで、顔馴染みの『彩華』=梅鉢さんと『サクラ』=幸風さんと声のやり取りをしているうち、他の人たちも様々な反応を見せてきた。

 『彩華』だけではなくあの『サクラ』とも友達だったのか。なかなか凄い大物新人がやってきた。この2人を相手にするのだから相当な鉄道オタクに違いない。これは期待の逸材だ。

 男の人の声、女の人の声、可愛らしい声優さんのような声、そして低音だけど口調は女の人っぽいような声など、様々な声がヘッドホンを通じて僕の耳に入ってきたけれど、どれも共通しているのは、僕の事を決して嫌ったり馬鹿にしたり気味悪がったりせず、全員とも僕の事を歓迎してくれているように聞こえる、という事だった。


 やがて、一旦興奮を抑えて静かにするように、と告げたのは、1人の男の人だった。


『いやぁ、よく来てくれたねぇ。彩華さんともども、みんな楽しみに待っていたんだ』

「あ、ありがとう……ございます……」

 

 そして、その男の人――名前欄に『教頭』と記されていた人は、嬉しそうに、そして朗々とした口調で、僕にこう語りかけてきた……。


『それじゃあ改めて……ジョバンニ君、私たちの車両基地、『鉄デポ』へようこそ!』

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