第20話:前準備とふたつの遭遇

 ここ最近、僕は休日が訪れるのを心待ちにするようになっていた。

 学校で日々受け続けるいじめから逃げることが出来る、ずっと鉄道関連の資料を読み漁ることが出来る、など、今までも休日を待ち遠しく思う訳はたくさんあったけれど、それ以上に、梅鉢彩華さんという『特別な友達』と長く一緒にいられる時間を確保できる、というのが一番の理由になっていた。

 そしてその日も、僕は梅鉢さんと一緒にデートをする事となった。

 とはいっても、そんなに大層な事ではなく、人で賑わう繁華街へ行って買い物をするだけの簡単なスケジュールだ。


「えーと、家電量販店に着いたのはいいけれど……マイクが売っているのは……」

「さ、3階みたいだね……」

「了解。行きましょう、譲司君」


 僕たちがこの繁華街で一番大きな家電量販店を訪れた目的は、僕がボイスチャットに挑戦するための機材を買う事。

 スマホからでもログインやボイスチャットへの参加は一応可能だと梅鉢さんは教えてくれたけれど、僕は父さんから譲ってもらった、少し古いけどまだまだ使えるパソコンをよく使っている。

 折角良いものがあるのだから、それを有効活用して、鉄道オタクの仲間たちが大勢待っているというSNSへ参加したい、という僕の願いを梅鉢さんは快く聞き入れてくれたのだ。


 そして、エスカレーターでそういった場合に必要なマイクやヘッドホンが売られている場所に到着した僕たちは、早速お目当ての品を探す事にした。

 ところが、それは予想以上に早く見つかった。よく分からないけれど、安いもので十分だろう、という梅鉢さんのアドバイスを素直に聞いた僕は、小遣いで十分買えるほどの安価なマイク付きヘッドホンを見つけ、即決でそれを購入する事にしたのだ。


 こうして、あっという間に今日のデートの目的はほぼ終了してしまった。


「良かったわね、早く決まって」

「う、うん……こんなに早く決まるなんて……」


 勿論、ここで解散するという事はなく、僕たちは空いた時間を潰すため、エスカレーターで更に上階へと向かった。

 そこで僕たちを待っていたのは、ある意味こちらが本命とも言える場所――。


「わぁ……やっぱり凄いね……」

「是非見たいって思ってたのよ、この光景……!」

 

 ――この繁華街で最大規模だと宣伝されている、『鉄道模型』の販売フロアだった。

 

 棚に置かれている各種メーカーの鉄道車両の模型、隅から隅まで陳列されている多種多様な線路や情景部品、そして中央には従業員さんたちによって丁寧に作られたであろう、1/150サイズのジオラマ。

 既に店には友達連れの模型ファンや親子連れの人たちもいて、みんな思い思いの商品を手に取り、賑やかに会話を続けていた。

 あちこちに『好き』が溢れる素敵な場所に足を踏み入れた僕たちも、フロアの中に所狭しと並べられている商品に目移りしそうになった。


「やっぱり、どれも買いたくなっちゃうな……」

「譲司君は家に鉄道模型とかはあるのかしら?」

「ぼ、僕は……持ってないかな……場所がないから……ってどうしたの、梅鉢さん?」


 僕の回答に頷いた直後、梅鉢さんのキラキラした視線はある一点へと向かっていた。その場所に近づいた僕は、どうして梅鉢さんがそれを嬉しそうに凝視しているのか、とても理解する事がが出来た。

 『キハ07形・旧標準色セット』――第二次世界大戦前に製造された通勤路線向け大型気動車のうち、上半分が濃いクリーム色、下半分が暗い青色と言う、登場当初の色合いを再現した新製品の鉄道模型である。

 気動車が大好きという思いを度々アピールしている梅鉢さんが注目するのも当然だ、と僕は納得した。


「いいわね……キハ07形……!」

「正面の形状が独特だよね……半円を描いたようなスタイル……」

「製造当時の流線形ブームを取り入れた、なんて言われているのよね。あぁ、レトロで可愛くて素敵だわ……」


 どこまでも『好き』と言う気持ちが溢れている様子の梅鉢さんだったけれど、購入するのか、という僕の問いを聞いた途端、その表情は少々がっかりした苦笑いの表情になってしまった。

 どうやら梅鉢さんの方も、僕と同じく部屋に鉄道模型を置いたり、レイアウトを組んで遊んだり出来るスペースが存在しなかったらしい。


「ご、ごめん、少し失礼な事を聞いちゃって……」

「ううん、大丈夫よ。鉄道趣味をやっていると、空間確保は課題になるわね……」

「そ、そうだね……僕も気を付けないと……」


 ただ、このまま何も買わずに店を後にするのも気が引ける、という事で、僕たちは鉄道模型フロアの片隅にあった、鉄道関連の書籍が置いてある場所へ向かい、それぞれ目を引いた本を購入する事にした。

 梅鉢さんは大手メーカーの鉄道模型カタログ、僕は付録が付いている鉄道雑誌の最新号だ。


「よ、良かった…お小遣いが足りて……」

「ふふ、予定外のお買い物になっちゃったわね」

「でも、梅鉢さんと一緒に買い物が出来て嬉しい……」

「こっちもよ。ありがとう、譲司君」


 こうして、僕たちは家電量販店を後に、相変わらずたくさんの人で賑わう休日の繁華街を歩き続けた。


 でもその途中、ちょっとした事件が起きた。

 混雑する道の傍らで、僕はあるものを見てしまったのだ。今の時間、絶対に視界に入れたくなかった光景を。


「梅鉢さん……ちょっと、ごめん……!」

「どうしたの、譲司君!?」


 僕は、急いで梅鉢さんの腕を掴み、少々強引に近くの狭い道へと誘い込んでしまった。

 一体どうしたのか、何かあったのか、と混乱したように訳を尋ねる梅鉢さんだけど、僕はその問いにしばらく答えることが出来なかった。

 当然だろう、僕が見てしまったのは、よりによって僕を毎日いじめ続けているクラスメイトたち――理事長の息子である稲川君と、その取り巻きの生徒たちだったのだから。

 道端に止めた豪華そうな黒色の車から降り、いかにも金持ちと言う雰囲気を醸し出していたその青年は、間違いなく稲川君だった。彼は周りにいる同い年のような男子や女子たちと何かしら賑やかに会話を交わし、楽しそうに笑い合っているように見えた。まるで、『鉄道オタク』である僕をいじめている時と同じように。

 それに気づいた途端、僕は咄嗟の行動に出てしまったのだ。恐怖、困惑、不安、様々なネガティブな感情と共に。


「……大丈夫、譲司君?なんか、顔色が少し悪いようだけど……」

「えっ……!?」


 そんな思いが表に現れてしまっている事を梅鉢さんから指摘された僕は、大慌てで言い訳をした。

 あまりこういう賑やかな場所へ来ることが少なく、緊張しすぎたあまりに変な行動をとってしまった、と。

 少々無茶な内容だったかもしれないけれど、幸い梅鉢さんはそれ以上追及することなく、僕の言葉を素直に信じてくれた。


「……そうね、私も少し分かる気がするわ。私も、どちらかといえば人混みは好きじゃないから……」

「そ、そうなんだ……」

「前にサクラと一緒に『散歩』した時、この繁華街じゃなくて少し離れた川沿いを歩いたのを覚えている?あれも、自然がいっぱいで人も少ない川沿いの道の方が落ち着くかなって思ったの」

「なるほど……」


 でも、折角こうやって2人で様々な場所へ出かける機会が多くなっていくのだから、こういった人が多い場所にも互いに慣れていきたいものだ、と梅鉢さんは語った。

 どんなにたくさんの人が溢れていても、譲司君と言う『特別な友達』と一緒ならどこへでも行けると信じている、と笑顔を見せながら。


「……ありがとう、梅鉢さん……」

「ふふ、元気が戻ったようで何よりね」


 いつの間にか、稲川君を始めとするクラスメイトの姿は消えていた。きっと人ごみに紛れ、どこかのカラオケやらゲームセンターやら、『陽キャ』らしい時間の過ごし方を満喫しに出かけたのだろう。

 でも、僕たちも僕たちなりに、これからの時間を2人で満喫したい。そう思いながら、僕たちは互いの手を握り、賑やかな繁華街へと再び足を踏み入れた。


(……ごめん、梅鉢さん……)


 僕を取り巻く普段の状況を教えたくない、という情けない理由のために、心優しい梅鉢さんを騙してしまった、という一抹の罪悪感を心に残しながら……。

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