第130話:友達対不審者
(うーん……彩華さんはまだ……だよね……)
彩華さんと一緒に、我が家で楽しい時間を過ごす。ただし、とある条件付きで――そんな約束を何とか交わしてから数日後、僕は家の近くにある公園を訪れた。目的は勿論、この場所で待ち合わせをする事になっている彩華さんと会うためだ。
ただ、家から近いとはいえ、待ち合わせ時間から20分も早く来てしまったせいで、僕は誰もいない静かな公園で長い時間1人暇を潰す羽目になってしまった。『特別な友達』が我が家にやってくるという大イベントを前に少々はしゃぎすぎたかもしれない、と若干心の中で反省した時だった。公園の前の道路に、よく見慣れた車が現れたのは。
「あっ……!」
そして、公園の前で止まった車から、青いジーンズに灰色のシャツというラフな服装を身につけた、僕の特別な友達である綺堂彩華さんが降りてきた。
「おはよう、譲司君!ごめんね、待たせちゃったかしら?」
「う、ううん……全然大丈夫だよ。素敵な服装だね、彩華さん」
「ふふ、ありがとう。今日は九州で使われていたキハ31形気動車を基にコーディネートしてみたの」
「なるほど……ステンレスの灰色に、帯の青色だね」
わかってくれて嬉しい、と語る彩華さんの笑顔は、今日も可愛く素敵で凛々しかった。
そして、この車を運転して彩華さんを送迎してくれた、綺堂家の執事長である卯月さんにも僕はしっかり挨拶をした。卯月さんは普段通りクールで格好良い雰囲気を醸し出していたが、一方でどこか嬉しそうでもあった。
「和達さん、今日1日彩華お嬢様をよろしくお願いいたします」
「わ、分かりました……!」
ちょっぴりプレッシャーをかけられてしまった気はするけれど、悪い気はしなかった。卯月さんの言う通り、僕は今日1日、ずっと綺堂家の令嬢である彩華さんと同じ時間を過ごすことが出来るのだから。
そして、僕と彩華さんは丁寧に車を運転する卯月さんを手を振って見送った。
「ふふ……卯月さんも言っていたけれど、今日はずっと譲司君の家で過ごせるのよね……♪」
「そ、そうだね……た、楽しみだよ……」
「私もよ。楽しみになりすぎて、若干寝不足気味になっちゃったもの……あ、勿論全然大丈夫よ、これくらいなら平気だもの」
そこまで期待しなくても大丈夫だ、と謙遜する僕に、彩華さんは言った。以前、この僕は家の中にたくさんの鉄道の本がある、と語った事がある。それに関してはたっぷり期待をしたい、『和達譲司コレクション』をめいっぱい堪能したい、と。
少々大袈裟な言いっぷりに照れてしまう僕だったけれど、それでも何とか思う存分読んで貰って構わないという意志は示すことが出来た。
こんな風に、互いにこれから始まるであろう楽しい時間に思いを馳せる一方――。
「……それにしても……」
――僕にも彩華さんにも、少々気がかり、もしくは少々不満な事があった。
「ごめんね、彩華さん……急に予定を組み込んじゃって」
あの時も言ったけれど、僕は改めて彩華さんに、今回の我が家への訪問に際して、『鉄デポ』でお世話になっている教頭先生も一緒に来ることになった旨を謝った。当然だろう、彩華さんが楽しみにしていたのは僕との2人だけの時間であって、教頭先生が来ることまでは想定していなかったからだ。
そして、やはり彩華さんはその事に関して若干の苛立ちを抱いているようだった。
「あの時も言ったでしょう?譲司君は何も悪くないわ。断れる立場じゃなかったんでしょ?」
「う、うん……」
「全く、私たちの時間を邪魔するなんて、教頭先生は何を考えているのかしら……」
そもそも、自分たちの貴重な時間に割り込んでまで言わなければならない用事とは一体何なのだろうか、と彩華さんは愚痴を吐くように語った。
確かにあの時、教頭先生は今までない程真剣な声で、僕と彩華さんが2人で揃っている時だからこそ言える、とても重要な話だ、と電話ではっきり告げていた。でも、肝心の内容については何も教えてくれず、ただ『大事』『重要』という事ばかりを強調されてしまったのだ。そして、情けない事に僕はそれらの言葉に圧倒される形で教頭先生の言葉を断れなかった、という訳である。
「でも、僕と彩華さんの未来に関する内容だってことは言っていたね……」
「そうなのよね……そうなると、考えられるのは私たちの進路かしら……?」
「うん……教頭先生、『鉄デポ』のニックネーム通り、本当にどこかの学校の教頭先生みたいだし……」
公園でしばらく頭を悩ませた僕たちだけど、結局幾ら考えても肝心の本人がいない限り、正確な答えを見出す事は出来ないという結論に達した。それに、念のため『鉄デポ』にもアクセスしてみたけれど、教頭先生がログインしたという形跡はなく、今から尋ねるのも難しい状況だった。そもそも、教頭先生はどうやって僕の家へ向かうのかという詳細な情報すら連絡していなかったような気がする。
こうなったら、教頭先生よりも先に僕の家=和達家へ向かった方が良いかもしれない、と意見を交わした僕たちが、公園を出ようとした、その時だった。
「あのー、すいません……ちょっと失礼」
「?」
突然、僕と彩華さんの後ろから、どこかで聞き覚えがあるけれど何か違うような男の人の声がした。
そちらを向いた僕たちの視線に映っていたのは、すらりとした長身、眼鏡をかけた温和そうな顔、額を見せる髪型、そして暗めの色を基調としたスーツ姿という、どこかビジネスマンのような雰囲気を持つ1人の男の人だった。そして、そのままこの男の人は、僕たちにこのような質問を投げかけてきたのである。
「『和達家』へ行く道を知っていますかねぇ?」
「……!?」
その言葉を聞いた途端、僕の中で2つの思いが宿った。
この辺に暮らす『和達』という苗字を持つ人は僕の家族以外に存在しないはず。つまり、この人は僕の家の場所を知りたいらしい。それならば、助けるのが賢明ではないか。困っている人を助けたいという本心に従った方が良いのではないか。
いや、見ず知らずの人が突然僕の家の位置を尋ねてなんて、明らかにおかしいし不自然だ。このまま教えれば大変な事になるのではないか。世の中には困っている人を装う『不審者』も多いと聞く。このまま無視した方が良いのではないか。
どちらの選択肢が正しいのだろうか、突然の事態に悩んだ僕がつい固まってしまった時、彩華さんは僕を守るように、長身で眼鏡な男の人の前に立ちはだかり、堂々とした厳しめの口調で尋ね返した。
「失礼ですが、貴方はどなたですか?突然人の家を尋ねるなんて、どのような意図がおありなのですか?」
口調こそ丁寧だけど、その声には明らかな『警戒』の思いが宿っていた。
一方、目の前の男の人は、何かに気づいたように彩華さんに尋ねた。その声、どこか聞き覚えがある、と。
「……私の声が何だというのですか?」
「……やっぱり、間違いなさそうだねぇ……もしかして君たちは……」
「……!」
良かった良かった、と安心する素振りを見せる男の人の一方、彩華さんはますます警戒心を強くする素振りを見せていた。当然だろう、見ず知らずの人が勝手に自分の声から何かを推測されるなんて、不安しかないからだ。
「なんですか?もしかして貴方、所謂『不審者』というものですか?」
「え!?ちょ、ちょっと待って!そ、そうか!私の方から名乗ればよかったね!わ、私は……!」
「名乗る必要などありません。私の声を聞いて何かを連想する、それだけでも怪しいに程があります」
「落ち着いてくれ!だから私は……!」
「いい加減にしてくれますか?下手すれば警察を呼びますよ」
「わー!待って待ってー!それだけはやめてー!」
何とか止めようと懇願する男の人と、その目の前でいつでもスマートフォンからお巡りさんに連絡が出来る体制を整えてしまっている彩華さん。
突如として勃発した緊急事態の中、おろおろする事しか出来ない状況だった僕は、何とか落ち着いて両者の言い分を聞こうとした。そして、軽く深呼吸をして気持ちを少しでも落ち着かせつつ、改めて目の前にいる見知らぬスーツ姿の男の人の声に耳を傾けた、その時だった。ようやく僕は、男の人の声の『違和感』の正体に気が付いた。
「だから落ち着いて!私は君たちのだね……!」
「なんですか?これ以上私の関係者を装っても無駄です。仕方ありませんね、そろそろ警察を……」
「待って!彩華さん、待って!」
そう、僕たちがずっとこの『男の人』の声を聞いていたのは、電話やネットを介したもの。リアルで聞いた時に、若干の違和感が生じるのは当然の事だったのだ。
そして僕は、彩華さんの動きを何とか止めるべく、大声で叫ぶように、目の前の男の人が誰なのか教えた。
「その人……『鉄デポ』の教頭先生だよ!」
「……え……え……えっ……あっ……」
その途端、彩華さんはスマートフォンを持ったまま動きが固まり、みるみるうちに全身を真っ赤にさせ、唖然としたように口を大きく開いていた。
一方、その前にいるスーツ姿の男の人こと『教頭先生』は、長い安堵のため息をつき、ようやく理解してくれた事に対する安心感を示していた。
彩華さんと教頭先生、2人の心が落ち着くまで、僕はしばらく公園の前で待つことにした……。
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