第129話:予想外の提案
この僕、和達譲司の父さんと母さんが大学時代に出会い、それ以来様々な場所でお世話になったりお世話したりしたという、今はどこかの学校で
この僕、和達譲司が『ジョバンニ』というニックネームで所属する会員制クローズドSNSの『鉄デポ』によくログインしている、気さくでおしゃべりで賑やかで少しお調子者、でも優しくて頼りになる人生の大先輩格な大人の『教頭先生』。
まさか、この2人――父さんや母さんの知り合いと僕の知り合いが、同一人物だったとは、夢にも思わなかった。
「きょ、きょ、教頭先生……こ、こんばんは……!あ、あの、その……」
信じられない話だが、電話の向こうから聞こえる声は間違いなく『鉄デポ』で度々相談に乗ってくれるあの声と全く同じ。その事実を認めようとしても動揺が収まらない僕の心がそのまま言葉になってしまったようで、『先輩』、いや『教頭先生』は僕を優しく宥めてくれた。びっくりする気持ちも分かるけれど、まずは一旦深呼吸をして落ち着こう、という指示に従い、僕は大きく息を吸って吐く行為を何度か繰り返し、何とか緊張をある程度抑える事が出来た。
「教頭先生……ま、まさかここで会えるなんて……!」
『いやぁ、私もあの2人が言っていた息子の「和達譲司」君があの「ジョバンニ」君だったなんて思わなかったよ。いやぁ、世の中狭いもんだねぇ!』
「そ、そうですね……」
他愛もない会話をしばらく続けたのち、僕は改めて教頭先生に謝罪も兼ねて頼んでみる事にした。
教頭と言う忙しい職務の中で僕の家を訪れるという予定を組んでくれたのは本当に嬉しい。でも、教頭先生には申し訳ないけれど、それ以上に重要な案件が同じ日に重なった。先程母さんから説明があった通り、その日を外してしまえばチャンスが無いかもしれない、一世一代の大舞台だ。だから、家を訪れる日程を変更してくれないか――。
「……難しいかもしれないですが……お願いできますでしょうか……」
――しばらく電話の向こうから悩むような声を響かせた後、受け入れてくれたかどうか緊張する僕へ向けて教頭先生は優しい口調で語り始めた。
その『重要な案件』が何なのかは、だいたい察しがついた、と。
『間違っていたら済まないけれど、もしかして、ジョバンニ君の家に彩華ちゃんがお邪魔する、みたいな感じの事かなぁ?』
「……な、な、なんで分かるんですか……!?」
『いやぁ、君にとって特別な人と言えば、やっぱり彩華ちゃんかなと思ってさ。それに、「一世一代の大舞台」なんだろ?互いの家に訪れてご両親と顔を合わせる、ぐらいしか考えられなかったからねぇ』
「な、なるほど……」
流石、人生経験が豊富な教頭先生は推理力も抜群だ、とつい感心していた僕だけれど、続けて教頭先生の口から飛び出したのは予想外の言葉だった。
『……確かに、それは尊重したい。大切な大一番だからねぇ』
「は、はい……じゃ、じゃあ……!」
僕はてっきり、教頭先生が自分の日程を変更し、彩華さんの和達家訪問を優先してくれた、とばかり思っていた。でも、教頭先生の考えは異なっていたのだ。
『……悪いけれど、だったら猶更、私の予定も変えるわけにはいかないんだ』
「えっ……そ、それって……」
そして、教頭先生から出された提案は、あまりにも驚くべきものだった。
彩華さんと一緒に、教頭先生=父さんと母さんの大学の先輩も是非我が家を訪れたい、と述べたのである。
「え、ど、どうして……どういう事なんですか……?」
突然の事態に唖然とする僕に、教頭先生は真剣な声で丁寧にその理由を告げてくれた。その日、伝えたい事があるのはこの僕=『ジョバンニ君』だけではない。彩華さんにも、絶対に伝えなければならない要件が存在する、というのだ。
『そしてそれは、各自に伝えるよりも、2人に同時に伝えた方がより理解しやすい話でもあるんだ』
「は、はぁ……」
『まだ内容は具体的に言えない。でも、大袈裟ではなく本気で
「……僕と……彩華さん……!?」
しかも、それは『鉄デポ』のプライベートルームや電話を通して言うよりも、直接言った方が良いレベルの内容だ、と教頭先生は念を押すように語った。
『勿論、要件が終われば私は帰るつもりさ。ジョバンニ君たちの邪魔はなるべくしたくないからねぇ』
「い、いえ……じゃ、邪魔だなんて……」
ともかく、教頭先生の提案を僕はしっかりと認識する事が出来た。僕と彩華さんの将来を大きく左右するような案件を、教頭先生は握っている。それも、はっきりとリアルの世界で言った方が良いと考えるほどの重要な内容だ。そして、それを伝えるため、教頭先生は彩華さんと共に家を訪れたい、と申し出たのである。
引っ掛かったり気になる所は幾つかあったし、そもそもその『重大な案件』とは何か、その説明は一切なされていなかった。でも、教頭先生の真剣な口調からは、それが決して冗談ではなく本気、嘘偽りのない『ガチ』の内容である事は明白だった。
今の僕に残された選択肢は――。
「……わ、分かりました……きょ、教頭先生……」
――教頭先生からの突然の申し出を受け入れる事しかなかった。
そして、僕は勢いのまま、彩華さんへその事を伝える旨を請け負ってしまった。これから彩華さんにも伝えるつもりだった、と語る教頭先生を制した僕は、自分が説得した方が彩華さんも突然の変更を受け入れてくれるかもしれない、と告げた。
『……それもそうか。彩華ちゃんはジョバンニ君の「特別な友達」だからねぇ。突然で悪いけれど、お願いできるかな?』
「は、はい……な、何とか頑張ります……!」
その後、是非両親ともその話を伝えたい、という教頭先生の指示に従い、僕は固定電話の子機を母さんに渡す事にした。
ありがとうございました、と挨拶をした僕から子機を受け取った母さんは、しばらく何かを話しているうち、驚きの声、納得の声、そして唖然とする声を何度か出していた。それは、母さんから更に電話を受け取った父さんもまた同じような様子だった。譲司のあの反応はこういう理由だったのか、と父さんが語っているのを見るに、教頭先生は恐らく彩華さんに同行する形で家に訪れたい、という突然の提案に加えて、父さんと母さんの息子であるこの僕と『先輩』こと教頭先生がネットでの知り合いである事を告げているようだった。
やがて、父さんは別れの挨拶を告げ、子機を置いた。和達家と教頭先生との間で交わされた長い通話がようやく終わった証だった。
「やれやれ……先輩は相変わらずだな……」
「本当よね、折角の譲司の正念場と自分の予定を被せるなんて、やる事がマイペースすぎるのよ……譲司の友達も巻き込んじゃうなんて」
教頭先生の突然の提案にどこか呆れる様子の父さんと母さんだったけれど、逆に僕の友達である彩華さんを巻き込む必要があるというのは、それほど重大な事を伝えなければならないのだろう、と最終的に教頭先生の行動に納得していた。昔から『先輩』はやることなす事色々と大変だった、と昔の苦い思い出を語りながら。
ただ、そんな父さんや母さんも、その『重大な事』『重大な案件』とは何なのか、推測しづらい様子だった。何か学校の資料を用意してくれるのか、別の進路を教えてくれるのか、僕も色々考えたけれど結局分からずじまいで、当日を待つしかない、という結論で僕たち家族は一致するのだった。
「しかし、まさか譲司が父さんたちの『先輩』と年の離れた友人になっていたとは思わなかったよ」
「本当よね、文通をやっていた頃の私でもこんな巡りあわせは無かったわね」
「そ、そうなんだ……ぼ、僕も驚いたよ……」
そうだろうな、と語る父さんは、やはりネット界隈、つまり『鉄デポ』における僕と教頭先生のやり取りがどんなものか、気になる様子だった。彩華さんの時と違い、別に隠す事は何もないと考えた僕は、思い浮かぶ限りの様々な思い出を父さんや母さんに語った。『鉄デポ』のメンバーのリーダーのような存在で、様々な相談に乗ってくれたり励ましたりしてくれる一方、ちょっとナルシストでお調子者な所もあるという部分もばっちり包み隠さず告げた。
「それと……教頭先生、僕よりも凄い鉄道に詳しいんだ……。しかもあらゆる分野に精通していて、どんな話にもついてきてくれるし……」
「やっぱりそうかー、あの先輩、大学の頃から大の『鉄道オタク』だったからな」
「あ、そういえば父さんも母さんも、前にそんな事を言っていたね……」
「ええ、あの先輩の事だから、譲司以上の知識は持っているはずよ。私たちにも隙あらば電車の知識を披露していたからね……」
まだ僕は教頭先生の顔も体も全然わからないけれど、父さんや母さんを圧倒するほどの知識を次々に披露する教頭先生っぽい中年の男の人の姿を何となく想像する事が出来た。
ともかく、色々と揉めたり予想外の事態はあったけれど、和達家としては教頭先生の提案に乗り、次の休日には綺堂彩華さんと教頭先生、2人の客を招く事となった。
自分との時間を楽しみにしていた彩華さんには申し訳ない気分があったけれど、大事な話はやはり2人で肩を並べて一緒に聞きたい、という思いの方が強かった。
「じゃあ、彩華さんへの説得は僕が頑張ってみるよ……」
「困ったらいつでも呼んでいらっしゃい。母さんたちも手伝うからね」
「大切なボーイフレンドからの言葉だ。きっと大丈夫だと思うぞ」
「あ、ありがとう……!」
母さんや父さんの言葉は嬉しいけれど、やはり両親の目の前で『特別な友達』と会話するのは気恥ずかしいので、一旦僕は自室へ戻る事にした。
そして扉を閉め、先程と同じように何度か大きく深呼吸をして緊張を抑え、覚悟を決めた僕は、スマートフォンに表示された彩華さんの電話番号の場所にそっと人差し指を当てた……。
「……あ、もしもし、和達譲司です……。ごめんね彩華さん、夜遅くに……」
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