第60話:迷いと決意
『少しだけ時間をくれるかな?』
『鉄デポ』でいじめ対策に関する様々な話題で盛り上がる中、僕と梅鉢さんの元に教頭先生からダイレクトメッセージと、新たなプライベートルームへの入り口を示すURLが届いた。
このような内容のメッセージが送信されるという事は、とある学校で教頭として奮闘していると語る教頭先生に、僕と梅鉢さんに関して何か気になる事があるようだ。そう考えた僕は、梅鉢さんと共にプライベートルームに集まっていた皆――幸風さん、ナガレ君、美咲さん、トロッ子さんへ、席を外す事を報告した。
『了解ー。じゃ、私たちもさらに話を練る事にするね』
『どれだけ効果があるかは分かんないけど、あのクソな連中に一発ズドンとお見舞いできるよう頑張ってみるよ!』
『ま、俺たちに任せて欲しいっす!』
『し、シグナの中の人と一緒に、私も頑張ります……!』
「りょ、了解です……!」
『ふふ、みんな頼もしくて嬉しいわ』
そして、僕と梅鉢さんは、教頭先生が待つ新たなプライベートルームへとアクセスした。
僕たちと違う学校に勤めているそうだし、そもそもどんな顔や姿形をしているか、本名は何と言うのか、という情報すらないけれど、自らを『教頭』と名乗り、常に僕たちへ真剣に向き合ってくれるのは確か。そんな男の人がいる場所に辿り着くと、ネットを介した面談を受けているようで、緊張する思いが湧いてきてしまった。
よろしくお願いします、という僕の声にもその気分が現れていたようで、そんなに縮こまらなくても大丈夫だ、とボイスチャットの開始早々教頭先生に気遣われてしまった。
『ふふ……さて、あらかじめ言っておくけれど、今から私は幾つか質問をするつもりでいる。でも、答えたくなければ答えなくて大丈夫だよ。もしかしたら、私の質問は君たちにとって隠したい内容かもしれないからねぇ』
「は、はい……」
『分かりました』
そして、そんな前置きを経たうえで、最初に質問をされたのはこの僕、『ジョバンニ』こと和達譲司だった。
『ジョバンニ君、あれからどうかな?だいぶ心も体も落ち着いてきたかな?』
「は、はい……その……学校へ行かなくなってから、気持ちも落ち着いて、色々な事も冷静に考えられるようになりました……」
それは何よりだ、と教頭先生は僕の現状――学校へも行かず、ただ家で自習をしたりゴロゴロしたりするだけの日々を褒めてくれた。
そして、教頭先生はそのまま次の質問へと移った。それは、僕にとって核心を突かれるような、重大な内容だった。
『……それで、ジョバンニ君は、これからどうしようか、という事について、何か考えているかな?』
確かに、僕の現状については教頭先生以外の『鉄デポ』の皆にも報告し、情報を共有し合っている。最終的に学校を辞めるという選択肢が最良だ、という考えも、僕を含めた皆でほぼ一致していた。
でも、あの学校から去った後どうするのか、という話については、まだ梅鉢さん以外の皆に教えていなかったのだ。
『じょう……ジョバンニ君……?』
本当に言っても大丈夫なのか、自分以外の誰かへ本心を口にするのは苦しくないか、と言いたげに、梅鉢さんは僕のあだ名を呼んだ。
正直、その心配通り僕の中には一抹の不安があった。でも、もしここで言わなければ、ここで教師業を務めているという頼りあるこの人に本心を伝えなければ、それこそ後悔してしまうかもしれない。そう考えた僕は、『不安』を吹き飛ばすような咳払いをした後、正直に現状を語る決意をした。
「……まだ、確実な内容は決めていません。両親と一緒に、検討を続けています……」
確かに、父さんも母さんも学校に対して苦々しい思いがあるようで、被害届を出して司法に訴えられれば、と口に出したこともあった。
でも、それだけではなく、2人は僕の将来の事――『地獄』を抜け出した後の進路も考えてくれていた。全く反省の色も見せないであろう相手に苛立ちを募らせ続けるよりも、こちらが安泰な未来を獲得する事が、ある意味では『復讐』になるかもしれない、と父さんがそう言ったのを僕ははっきりと覚えていた。
でも、そのためにどうすれば良いか、というのが未だに僕たちの悩みの原因になっていた。
「……そもそも、両親が言っていたのですが、別の学校へ行く際に、単位をあの学校から移行できるのか、それとも最初からやり直しになるのか、その点も問題だそうで……」
『なるほど……』
それに、新たな学校へ行くと言っても、普通の学校以外に『通信制』や『フリースクール』など多くの選択肢も存在する。
両親は大学時代の先輩とも電話を通して何度か相談をしているみたいだけれど、最良の選択肢を選ぶのは、正直言って優柔不断な僕にとって至難の業かもしれない――僕は、教頭先生へ向けて全てを正直に話した。
『なるほど……ありがとう。要するに、ジョバンニ君は「新しい学校」へ行きたいという意志がある、という事かな?』
「は、はい……それは、間違いないです……」
『そうか。まあ、確かに色々な道があるからねぇ。幸い、時間はまだまだあるようだし、じっくり悩んで、良い答えが導き出せるよう応援しているよ』
ありがとうございます、と僕が返すと、教頭先生は次に梅鉢さんへ向けて同じような質問を投げかけた。
先程、梅鉢さんは僕たち『鉄デポ』に集った皆へ向けて、学校を『捨てる』――学校そのものを潰しかねない問題を糾弾する動きが起きるのに合わせて、学校そのものを辞める事を宣言した。ただ、その後どうするかについては、事前に内容を把握していた僕を含めて、誰にも報告していなかったのだ。
『彩華さん、君はこれから、どうしたいかな?』
そして、しばらくの沈黙の後、梅鉢さんが口に出したのは――。
『……できれば、「ジョバンニ君」と同じ進路を希望したい、と考えています』
――僕にとって、驚くしかない内容だった。
「え、ぼ、僕……!?で、でも、本当にいいの……!?だ、だって、僕まだはっきりと決めてすらいないのに……!」
優柔不断で曖昧、冴えなくて情けない、そんな『鉄道オタク』な僕の進路なんかに付き合って、本当に大丈夫なのだろうか。失敗や後悔も待ち構えているかもしれないのに、今から決めてしまって本当に良いのか。慌てた僕の口から飛び出したのは、ネガティブな言葉で梅鉢さんの判断を止めようとする内容ばかりだった。
でも、そんな混乱する僕を宥め、下向きな感情を抑えるかのように、梅鉢さんは言葉を続けた。
『じょう……ジョバンニ君は、私にとって「特別な友達」。最急行や特別急行と同じ程に、私にとって欠かす事の出来ない、高貴で崇高な存在です。たとえどんな状況になっても、私にとって最良の選択肢は「ジョバンニ君と一緒にいる事」。それは、絶対に揺るがない考えです』
これからもずっと、鉄道ばかりではなく、様々な事を語り、楽しみ、共有し合いたい。
私は、同じ未来へ向けて敷かれた線路の上を走る列車へ、『ジョバンニ君』と一緒に乗り込み、そのままその列車の中で暮らしたい。
『……私は、彼と離れたくないんです』
「……彩華さん……」
それらの言葉に秘められた意志の強さ、信念の固さ、そして思いの温かさは、不安や混乱に苛まれてしまった僕の心を優しく温め、力強さを取り戻させてくれるのに十分すぎる効能を有していた。
いつも、僕が落ち込んだり迷っていたりすると、梅鉢さんはヘッドライトのように進むべき道を眩しく照らしてくれる。その光のお陰で、僕は常に前へ進むことが出来る。今回もまた、梅鉢さんは僕の決意を応援し、それを尊重してくれている。
それらの事を考えているうち、つい目頭が潤むような心地がした。それを何とかこらえつつ、僕は梅鉢さんにしっかりとお礼をいう事が出来た。そこまで僕の事を思いやってくれる梅鉢さんのためにも、しっかりと『進路』を考えてみる、という決意と共に。
『……こちらこそ、我がままを言ってごめんなさい』
「……ううん、きっとこれは……」
『悪い意味の「我がまま」じゃなくて良い意味、「強い意志」の表れ。そういう事だよね、ジョバンニ君?』
「きょ、教頭先生……」
僕の言葉を代弁した教頭先生も、改めて僕たちにお礼を述べてくれた。ずっと気になっていた事を聞くことが出来て有意義だった、大変な思いだったかもしれないけれど正直に言ってくれて本当にありがたい、と。
ただ、教頭先生の言葉を聞く中で、僕はある疑問が浮かんだ。確かに、まだ曖昧な状況にある未来の事を具体的にいう事に迷いがあったのは否めないけれど、それでもわざわざプライベートルームを開かなくても、以前のように『鉄デポ』の皆の前で具体的に聞いても良かったはずだ。
『……どうして、わざわざ新たなプライベートルームを開いた上で、私たちにこのような質問をしたのですか?』
そんな僕と同じ質問を、梅鉢さんも考えていたようだった。
「や、やっぱり……教頭先生だから、気になったんですか?」
『ま、まあそれもあるけど……ほら、いじめ対策は、いじめる側を懲らしめたり反省させたりするだけじゃ不十分。いじめられた人たちへの
「ま、まあ、確かにそうですけれど……」
『どういう意味ですか?』
『悪いけど、こっちも詳細は「守秘義務」があるんだよねぇ。今のところは』
「え……!?」『な、なんですかそれ……』
『でも、君たちの「未来」だけは絶対に守り抜いてみせる。それだけは、約束して欲しい』
「は、はあ……」『わ、分かりました……』
結局、僕たちの質問に対する具体的な答えは返ってこなかったけれど、とにかく教頭先生もまた、何かしら動いている、という事実だけは把握できた。
梅鉢さん、ナガレ君たち有名人の皆、そして教頭先生。
今日の僕は、各方面が様々な『秘密』を抱えている事、教えられない事情が山積みである事、そして全員とも僕がいじめられている、という状況に対抗するために動いている事を、『鉄デポ』の中でたっぷり認識できた。
一体これから何が起きるのだろうか、そして僕はこれからどうなってしまうのだろうか。何もかも分からないままだったけれど、僕は未来が良い方向へ変わるかもしれない、という期待を感じていた。
でも、同時に僕の心の中には、一抹の『情けなさ』を悔やむ思いもあった。
父さんや母さん、図書室のおばちゃん、そしてあのお姉さんも含め、多くの人たちが僕のために懸命に動いてくれているのに、僕はずっと学校から逃げ続けてばかりだったのだから。
本当に、それで良いのだろうか。当事者である僕にも、何かできる事はないだろうか――そんな考えが、僕の中に生まれ始めていた……。
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