第59話:いくつかの胎動

 稲川君から『告白』と言う名の嫌がらせを受けた梅鉢さんが、この僕、『和達譲司』を武器にする形で逆に相手を苛立たせる事に成功した翌日、僕と梅鉢さんは会員制SNSの『鉄デポ』に開かれたプライベートルームにお邪魔していた。

 外部に情報が漏れる事が無い部屋の中には、多忙のため来訪が叶わなかったコタローさん以外の面々――教頭先生、幸風さん、ナガレ君、美咲さん、そしてトロッ子さんが既に集まっていた。


 そして、僕たちはまず梅鉢さんが受けた仕打ち、そしてそれに対する抵抗を報告した。相手を徹底的に追い詰めるという状況には至らなかったけれど、無様に喚き散らす様子にどこかすっきりした感情を覚えた、という梅鉢さんの本音も交えて。


『なるほど……つまり、ジョバンニ君を怯えさせていたのと同じ状況に持っていくことが出来ず「鉄道オタク」という誇りも崩せなかった結果、相手は逆上して襲い掛かろうとしたけれど叶わず、ただ暴言を並べるしかなかった、という事だね』

『はい。まさに教頭先生の言う通りの状況でした』


 暴力沙汰にもできず、かといって暴言を並べても梅鉢さんはどこ吹く風と言わんばかりに堂々とその場から退場した。そんな情景を思い浮かべると、確かにスカッとするかもしれない、というのは美咲さんやトロッ子さんの談だった。

 そして、トロッ子さんもまた、梅鉢さんの親が述べていた言葉と同じ内容――人格攻撃をしてきたという事は、攻撃する『手札』が無くなり、それでしか相手を責める事が出来なくなった、つまり『負け』を暗に認めている証だ、という事を述べ、僕と梅鉢さんを励ましてくれた。


 その一方で、別の反応を示す面々もいた。


『でも、相手は絶対懲りてなさそうなのが悔しいよねー』

『そうっすよね……これ、絶対いじめる相手、彩華さんに復讐考えてるっすよ……!』


 それも、結構陰湿ないじめを考えているかもしれない。性的な内容を含めた悪い噂を流したり、机や椅子を外に投げ飛ばしたり、間違いなく碌な事をしてこないだろう。それに、きっと黒幕の男子=稲川君は自分の手を犯さず、取り巻きの女子などを使う可能性がある。『いじめ』はそういうものだから――僕が心配した『復讐』や『報復』と言う内容を、幸風さんやナガレ君はより具体的に指摘した。

 特にナガレ君は、絶対に危ない、通学時にボディーガードでも付けておくべきだ、と何度も念を入れるかのように注意を促していた。


 その反応を聞いた僕は、前日に電話で交わした内容を、梅鉢さんと共に皆へ教える事にした。


「それなんだけれど……梅鉢さんも、その点は考えていたみたい……」

『え、そうなんすか?』

『そうよ。まずジョバンニ君の言う通り、これから学校へ行く時は基本的に「送迎」をしてもらう事になったわ』


 ここでは『知り合い』と説明していたその人は、梅鉢さんがいつもお世話になっているというあの綺麗なお姉さん。梅鉢さんの今後の身を案じ、学校までの送迎を引き受けてくれたというのだ。

 ただ、それでも授業に出なければならず、結果的にいじめの標的になってしまうのではないか、という意見に際しても、梅鉢さんは心配ない、と返した。

 そして、昨日に続いて、今度は『鉄デポ』の皆へ断言した。もうあの『学校』の授業に参加するつもりはない、と。


『……えっ……と言うと、つまり……』

『そのまま図書室に直行して、そこで1日のんびり過ごす事にするわ。ジョバンニ君と同じように、自習をしたり読書をしたりして時間を潰す感じね』

『あー、なるほど……』

『でもそれって大丈夫?色々ヤバくない?』


 幸風さんが心配した言葉は、昨日僕がかけたものと同じだった。当然だろう、文武両道、テストも毎回高得点の梅鉢さんがそのような事をしてしまえば、将来的にも多大な影響が及ぶのは間違いない。

 ただ、その後に続いたナガレ君の言葉――いじめられるのが目に見えている教室へ行く方がヤバさは上だろう、という発言も頷けるものがあった。『君子危うきに近寄らず』ということわざ通り、梅鉢さんは敢えてそういった『危うい』要素に近寄らない選択肢を取ったのである。

 そして梅鉢さんは、最終的に取る事を決意した選択肢の内容、そして1つの運命を告げた。


『……もう間もなく、あの学校に「破滅」が訪れる。その時、私は学校を「捨てる」わ』


『……え……!?』

『は、破滅……!?』

『な、何!?なんか厨二っぽい言葉だけどマジ!?』

『学校を捨てるって……つまり、辞めるって事ですか……?』


『……もう少し、具体的な内容を教えてくれないかな?』


 事前に詳しい内容を聞いた僕以上の驚きを示す『鉄デポ』の面々の言葉をまとめるように、教頭先生は梅鉢さんに詳細を尋ねた。

 それを受け、改めて梅鉢さんは説明を始めた。とは言え、その内容の多くは――。


『……まだ詳しくは把握していないけれど、学校そのものを「糾弾」する動きが起きるという噂があるらしいの』


 ――大半が『詳しくは言えない』『把握しきれていない』、もしくは『噂がある』、という曖昧なものだった。

 しかも、これらの内容は梅鉢さんが直接聞いたものではなく、『知り合い』、つまり、あのお姉さんが教えてくれた内容を基にしている、という代物だった。

 でも、真摯な態度の梅鉢さんは勿論、あのお姉さんの頼りある姿を目の当たりにした僕には、その言葉を全面的に信じたい、という気持ちの方が圧倒的に大きかった。

 

『具体的な内容は教えてくれなかったけれど、学校自体が大きな問題を抱えているのは確かみたい。それも、相当大きなレベルでね』

『そ、それってどれくらいヤバいんすか……?』

『うーん……「あの人」が言うには、学校が潰れる可能性があるらしいわ』


『え!?が、学校が……!?』

『どんだけヤバイ事やったんだよ、ジョバンニ君と彩華の学校……って思ったけど……』

『そもそもジョバンニ君へのいじめの内容自体がヤバい事だよね』

『確かに美咲姉さんの言う通りです』


 もしかして、その『大きな問題』というのは『いじめ』なのか、という質問に対しては、全く同じ問いを梅鉢さんに投げかけた僕が代わりに返答した。

 残念ながら、その内容については守秘義務があったらしく、お姉さんも梅鉢さんも具体的な所まで把握することは出来なかった、と。


「と、とにかく、学校に色々と問題がある事だけは確かなようです……」

『なるほど……とにかく、その問題を糾弾された学校に、何らかの厳しい罰が下される、と……』

『教頭先生の言う通りです。具体的に誰がそのような行動をとるのかは言及されませんでしたが、そのような行動をとれるのは……』


 学校に様々な支援を行っている『スポンサー』しかいないだろう、というのが僕と梅鉢さんの一致した考察だった。

 そして、『スポンサー』が動き出し、その際の混乱のどさくさに紛れる形で、学校を辞める――いや、文字通り『捨て去る』。それが、梅鉢さんが語る算段だった。


『でも、本当に彩華さんの言う通りに上手くいくのでしょうか?』

『疑っちゃ悪いけれど、推測や噂話ばかりだからね……確信も取れて無さそうだし……』


『そう考えてしまう気持ちも分かるわ。でも、私は「あの人」の言葉、そして私自身を信じている。偽りは絶対ない、間違いなく上手くいく、ってね』


 梅鉢さんの力強く、確信に満ちた言葉を前に、『鉄デポ』の皆も少しづつ信じる、という気持ちが強くなっていったようで、口々に梅鉢さんの健闘を応援する言葉をかけていった。そして僕の方も、梅鉢さんと共に頑張って欲しい、と何故か一緒に声をかけられた。


『だって、ジョバンニ君もあんな学校にはもう行けないでしょ?』

『そうですよ。スポンサーを怒らせるような学校、完全に手を切った方が良いです』

『あたしもそう思う!名誉の撤退だって!』

「ま、まあ、確かに……」


 そんな中、ナガレ君が気になる言葉をかけてきた。『学校が潰れる』という大変な事態を事前にリークするというのは、梅鉢さんにとっても色々と問題があるかもしれないはず。確かに自分たちはここで話した内容を決して外部に漏らすつもりは無いけれど、どうしてわざわざそんな情報を教えてくれたのか、と。

 それに対し、梅鉢さんが返した答えは、ナガレ君たちを大いに納得させるものだった。


『確か、ナガレ君たちもジョバンニ君へのいじめへの対抗策を話し合っている、って言ってたわよね?それと被らないか、念のために……』

『ああ!そういう事っすか!すげー納得っす!』

『そうそう、今回あたしたちが来たのって、それを教える目的もあったんだよね』

「そ、そうなんですか……?」


『ジョバンニ君に彩華ちゃん、覚えている?私たちが独自にいじめ対策を考えてる、って前に言った話』

「……はい、覚えています」

『確かにそうでしたね……』


 僕がいじめを告白したその日、アイドルとして活躍している美咲さんはこのような提案をした。今回の一件を、自身が所属する事務所の社長に相談する、と。大切な仲間が苦しんでいるのを放置しておけない、自分たちでできる方法で応援する、という事で、より知恵に長けているであろう存在を頼りにする事にしたのだ。そして、動画配信者のナガレ君やモデルでインフルエンサーのサクラこと幸風さんもすぐその動きに加わった。

 そして、美咲さんは頼もしい仲間がその後更に加わった、と僕や梅鉢さんに教えてくれた。その声に合わせるように、どこか恥ずかしげな返事をしたのは、トロッ子さんだった。ただし、正確に言うと加わるのはトロッ子さんではなく――。


『「来道シグナ」……ああ、あの……』

『は、はい……私は、そのシグナの「中の人」の代理人、と言う格好です……』


 ――大人気VTuberとして活躍中の『来道シグナ』のキャラクターモデルを使って動画配信を行っている人、俗にいう『中の人』が、今回の対策へ協力してくれることになったというのだ。

 ただし、本人曰く顔出しなど様々な制限があるらしく、大親友であるトロッ子さんを介する形で参加する事になった、とトロッ子さんは語ってくれた。バーチャルの肉体を駆使して大活躍するVTuberというのも、人気の裏腹で色々大変なのかもしれない、と僕は心の中で『中の人』やトロッ子さんの苦労をねぎらった。


『それで、俺たちもジョバンニ君たちとは別に色々と考えてたんす。何というか、あのクソみたいな連中を、合法的・・・な形でざまあみろ!っていう感じにさせるにはどうすれば良いかって』

『皆さんで色々と考えを出し合って、私たちで出来る事を考えたんです』

『社長も忙しい中で色々お世話になっちゃったね。アイデアを沢山出してくれたし、ほんと尊敬しちゃうね』

『それで、ようやく具体的な案が決まって、近いうちに行動に出よう!っていう段階にまで来たんだ。あたしたち、それを報告したかったんだ』

「ほ、本当……ですか……!?」


 別の場所で会議が進められていたとはいえ、既に行動に移せる状況にまで達していた事に、僕は驚いた。

 『来道シグナ』として活躍している『中の人』の方も、トロッ子さんの言葉があればいつでも実行可能な状況だと教えてくれた。

 

 一体どんな内容なのか、と聞いた僕だけど、皆からの答えは同じ、『秘密』というものだった。

 ただ、僕や梅鉢さんはきっと励まされ、ファンの人たちは大いに楽しむことが出来るけれど、『鉄道オタク』=『鉄道』という要素を堪能する行為を蔑むクラスの連中はきっとイライラして苦しむだろう、というおおまかな内容だけはしっかりと教えてくれた。言葉は若干刺々しいものだったけれど、それでも皆が僕たちの事をしっかりと思いやり、力になってくれる存在だ、という事実を改めて認識出来た。


『……なるほど、それだったらきっと、私が聞いた限りの「スポンサーによる糾弾」とは被らなさそうね』

『マジっすか!良かったっすー!』

『よし、それならこっちも安心だよー』


 やるなら学校が『破滅』する前に行おう、鉄道オタクだからこそ出来る事をやろう、社会的に影響力が大きいからこそ可能なやり方で頑張ろう――互いに決意や今後の方針を言い合うナガレ君たち。

 その様子を聞いているうち、僕の口から、自然に『ありがとう』という感謝の言葉が漏れた。


 友達なんだから当然、心配する事は無い、私たちに任せて――梅鉢さんを含めた皆が僕を励ます言葉をかけてくれる。

 改めて僕は、もう昔のようにひとりぼっちで抱え込み、いじめに耐えるしか選択肢が無かった頃の僕ではない、という事を実感した。

 

 そんな中、ヘッドホンの中に、僕の『鉄デポ』のアカウントへダイレクトメッセージが届いた事を示すアラームが響いた。

 梅鉢さんからかもしれないと考えながらメッセージ欄を開いた僕は、少しだけ驚いた。そこに記された宛先は意外な人物だったからだ。


『ジョバンニ君と彩華さん、少しだけ私に時間をくれるかな?』


 それは、僕たちの会話をじっくりと聞き、時に話題を纏めてくれていた『大人』、そして『教師』代表の鉄道オタクである教頭先生だった……。

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