第58話:気動車クイズ
「……は……はああああ!?!?こ、告白!?!?」
電話口から聞いた梅鉢さんの言葉に、僕は大声で反応してしまった。それも当然だろう、僕をターゲットにありとあらゆるいじめを行い続けた存在が、よりによって梅鉢さんに対して『告白』という行動に出た、と言うのだから。
しかも、それは単なる『愛の告白』だけで済む事ではなかった。話を聞いているうち、単に梅鉢さんを『好き』というものではなく、もっと酷い行為――梅鉢さんだけではなく、学校を休んでいる僕をも傷つけようとする行為なのが明らかになったのだ。
学校の昼休み、弁当を食べ終えて図書室へ向かおうとしていた時、梅鉢さんは僕のクラスの女子に呼び止められた。
しつこく声をかける彼女たちの様子に、抵抗を諦めて嫌々ながら向かった先で梅鉢さんを待っていたのは、この学校の理事長の息子で、僕に対するいじめの中心人物でもある稲川君と、彼の取り巻きである生徒たちだった。
そして単刀直入、梅鉢さんはこのような質問をされたという。
『梅鉢さんって、和達譲司君って男子と仲が良いんだって?最近学校をサボってる、うちのクラスの子なんだけどさぁ?』
『そうよ。それが何か?』
堂々と僕との交友関係を認めた梅鉢さんに対し、稲川君や取り巻きは憐れむような表情を見せながら、思いつく限りの僕の悪口を言い始めた。
あいつはクラスでも有名な陰キャで気色悪い男子の筆頭格。近づいただけで吐き気がするヤバい奴。クラスの雰囲気をいつも悪くする犯罪者。
おまけに『鉄道オタク』という、オタクの中でも最底辺に位置する最悪の趣味を持つ存在。
あんなのと付き合うだけで、貴方にも悪影響が及ぶ。きっとこれから貴方もいじめのターゲットになるかもしれない。
『……で、何が言いたいわけ?』
聞くだけ聞き、呆れ交じりに尋ねた梅鉢さんの問いに、今まで一番生理的な嫌悪を感じたという笑みを見せながら、稲川君はこう告げた。
『梅鉢彩華、君のような「美少女」は俺と付き合うのにふさわしい。だから、この俺と付き合う権利を、君に与えよう』
「……な、なにそれ……」
『最初は当然耳を疑ったわ。「アレ」が何を考えているのか、一瞬分からなかったほどにね』
丁寧な口調の中に怒りを含めている梅鉢さんの気持ちは痛いほど分かった。
上から目線で梅鉢さんを縛り付けようとする意図に加えて、あわよくば梅鉢さんを僕から本気で奪おうとしていた事、例え奪えなくても僕や梅鉢さんの心に『嫌いな人から強引に告白された』という深い傷を与えようとしていた事を、僕は嫌と言う程理解できたのだ。
現に、僕は梅鉢さんの言葉を介しただけでも、稲川君のねちっこい言葉が脳内であっという間に想像されてしまい、心が動揺してしまっていた。
「そ、それで……梅鉢さんはどう返事をしたの……?」
まさか、告白を『受け取る』なんて言ったんじゃないだろうか、と絶対あり得ないはずの状況まで心の中に浮かんでしまった僕に対し、梅鉢さんは予想外の言葉を発した。
言葉のやり取りをしていたら、最終的に
一体どういう事なのか、何をやったのか、と尋ねた僕に、梅鉢さんはどこか丁寧に、そして若干複雑な感情を声に含みながら、状況を語り始めた。
『ようやく状況を理解した私はもう一度尋ねてみたの。そんなにこの私、『梅鉢彩華』と付き合いたいのか、権利を与えるほどに恋い焦がれているのかって。そしたら「アレ」は気色悪いにやけ顔で頷いたわ。見事に上手くいった、予想以上の成果になりそうだ、って感情がすぐ分かるほどにね』
「う、うん……そ、それで……?」
『その後、私は確認してみたのよ。「アレ」が私と付き合うのに本当にふさわしい存在なのか、ってね』
「確認……?ど、どうやって……?」
『ま、単純な方法よ。私はただ……』
自分がとても『大好き』で『愛している』気動車の常識を津々浦々尋ね、全て答えられるか、試してみただけだ、と。
「えっ……?」
キハ58系気動車が最初に使われた急行列車の名前は何か。
何故全線電化されている富士急行にキハ58系気動車の同型車両が導入されたのか。
キハ58系気動車による最長編成は何両編成か。
キハ04形気動車が最後まで使用された私鉄はどこか。
日本で唯一保存されている蒸気動車の車両番号は何か。
キハ54形500番台はどの地域に導入されたか。
レールバス『LE-Car II』が初めて導入されたのはどの鉄道か。
『……まだまだいっぱい質問は残っていたけれど、「アレ」が途中で止めたせいでこれ以上は無理だったわね、残念だけど』
「す……凄い……さ、流石梅鉢さん……」
僕の脳裏に、初めて梅鉢さんと会った時の光景――物凄い早口で『気動車』、特に急行列車として活躍したキハ58系気動車について語り続けた様子が蘇っていた。あの時、僕も梅鉢さんの持つ気動車への情熱、鉄道が大好きだという想いに圧倒されてしまった。
それと全く同じ事を、梅鉢さんは稲川君や取り巻きの女子たちの前でわざわざ、そして堂々とした態度で繰り広げたのだ。『鉄道オタク』と言う存在を忌み嫌っているはずの面々の前で。
「そ、それで、稲川君たちはどういう反応を……?」
『うーん……確か、「アレ」は何を言っているんだ、って感じの顔をしてて、取り巻きも唖然とした表情になっていたわね』
「と、言うと……?」
『
そう褒めてくれた言葉通り、梅鉢さんが出した質問について、僕は一応全て回答を導くことが出来た。
キハ58系気動車が最初に使用された急行列車は、北海道にかつて存在した急行『狩勝』号。
富士急行がキハ58系気動車を導入したのは、当時中央本線に存在した国鉄の急行列車がキハ58系を使っており、それらと連結運転を行うため。
キハ58系による最長編成は、かつて北海道で見られた15両編成。
キハ04形が最後まで活躍したのは、今は廃止されてしまった片上鉄道。
名古屋の博物館に保存されているという現存する唯一の蒸気動車は、ホジ6014。
キハ54形500番台は、国鉄末期に北海道向けに製造された気動車。
ローカル線向けに開発された『LE-CarII』と呼ばれるレールバスは、名古屋鉄道を皮切りに全国各地に導入された。
古くから先進的な気動車を多数導入した事で知られる江若鉄道に最後に導入されたのは、熊本県に存在した
『流石譲司君、全部答えられるなんて!』
「あ、ありがとう……で、でもほとんどが本やネットで得た知識で……」
『ふふ、気にしないで。知識を自分のものにしている譲司君はとっても凄いわ』
それに引き換え、『アレ』やその取り巻きは、答える意志もなく、意味を尋ねようともせず、ただ唖然としているだけだった――呆れるような口調で語った後、梅鉢さんはどこか慎重な口調に切り替えて言葉を続けた。
『それでね、私はこう伝えたわ。『和達譲司』君という素敵で立派な男子なら、こんな初歩的な問題ぐらい簡単に答えられる、ってね』
実際その通りだったけれど、それ以外にこの言葉が示すもう1つの意味――梅鉢さんが、稲川君や取り巻きの面々を、陰キャで気色悪い犯罪者予備軍の『和達譲司』という男子よりも遥か下の存在だと見做している、という内容を、僕はしっかり認識する事が出来た。それはまるで、梅鉢さんから『いじめ』への宣戦布告のようだった。
そして梅鉢さんは、稲川君や取り巻きたちをじっと眺めながら、丁寧に、優しく、にこやかな笑顔を交えながらこう告げたという。
『
その直後、稲川君は今まで見た事のないような凄まじい怒りの形相を向け、右手を握りしめ梅鉢さんの顔を目掛けてぶつけようとした。忌み嫌う『鉄道オタク』の知識で意味が分からないマウントを取られ、稲川君が憎み、蔑み、馬鹿にし続けてきた存在=『僕』と比較され、挙句子供を諭すような口調で告白を断られた結果、冷静さを失ってしまったのかもしれない。
でも、その拳は大慌ての取り巻きたちに止められた。ここで殴ってしまうと、どう言い訳しても相手に怪我をさせてしまい、自分たちに非が生まれてしまう、と取り巻きの一部が懸命に説得したのである。
そして、悔しさに顔を歪ませる稲川君や、恨めしそうに見つめる取り巻きたちに別れを告げ、梅鉢さんはその場を後にした。背後から響き続けたのは、僕にとっては聞くにも絶えず、書くのもはばかられる程の誹謗中傷の数々だった――梅鉢さんは、こうして一連の出来事の
「で、でも、大丈夫だったの……?そ、その……とっても酷い事を言われて……心が……」
『「デブ」とか「ブス」とか「〇〇者」とか「犯罪者」とか?そんなに心配しなくても私は平気よ』
「え、で、でも……」
『勿論腹は立ったし、全然傷ついていないと言えば嘘になるわね。でも、おと……親が昔教えてくれたの。相手が身体的特徴や人格を直接攻撃し始めた時は、相手が「負け」を示しているのと同じ意味だって』
「そ、そう……なの……?」
『少なくとも、私はそう信じているわ。それに、これくらいの心の傷なら、自分で十分治せると思う』
「……梅鉢さんは、強いね……」
『……確かにそうかもしれないわね。でも……』
『強さ』が自分の中にある、と言われたからこそ、自分は今回の一件で『譲司君』に謝らなければならない、と梅鉢さんが言葉を続けた時、僕は驚いた。今まで語ってくれた話のどこに、梅鉢さんの謝罪が必要な要素があったのだろうか、という気分だった。
『……「アレ」を責め立てるときに、私は譲司君と言う存在を
「……ああ……」
最初こそ、僕をいじめ続けていた存在に一泡吹かせた事への高揚感の方が大きかったけれど、僕に電話をかけ、促される形でその時の出来事を話す中で、自分の行為に対する反省の想いがどんどん強くなってしまった、と梅鉢さんは正直に語ってくれた。
幾ら胸糞悪くて腹が立つ相手とは言え、こんな事をやってしまうなんて、と自責の念にかられている梅鉢さんに対し、僕もはっきりと正直に、自分の想いを伝えた。梅鉢さんなら、どれだけ利用されても構わない、と。
『えっ……でも……』
「ぼ、僕……梅鉢さんの話を聞いて……嫌な気持ちなんて全然起きなかった……。むしろ、凄いって思った……『いじめ』へ堂々と立ち向かっているし、相手に一泡吹かせているし……」
『そ、それはそうだけど……でも、譲司君を「悪い意味」で使っちゃったのよ、私……』
「ううん、梅鉢さんなら大丈夫だよ。だって、言い方が悪いかもしれないけれど……」
今回の一件は、事実上、梅鉢さんの手を借りる形で、僕と言う存在が稲川君たちを悔しがらせる事に成功した、ともとれる。
梅鉢さんと共に、僕は生まれて初めて、『いじめ』と言う概念に牙をむくことが出来たのかもしれない。
その点については、素直に表すとしたら『嬉しい』という言葉がぴったりだ、と僕は語った。梅鉢さんの戸惑いや悲しみで沈みかけた心を押し留めるために。
『……譲司君……』
「だから僕は言うよ。ありがとう、梅鉢さん」
『……こちらこそ、どういたしまして……!』
梅鉢さんの声に、僅かながら鼻が詰まったような音が混ざったのは果たして気のせいだったのかどうか、それは定かではなかった。
ただ、確かに稲川君に一打浴びせる事には成功したとはいえ、間違いなくあの面々は何かしらの報復を仕掛けてくるはずだ、と僕は考えていた。現に、いじめから逃げて学校を休むという選択肢を取った結果、僕が死んだも同然の扱いにされていた事実がある。折角梅鉢さんの話を聞いたのに、僕の中には新たな心配や不安の種が生まれそうになっていた。
「梅鉢さん……感謝しておいてアレだけど……本当に、本当に大丈夫なの……?」
そんな僕に、梅鉢さんははっきりと大丈夫だ、と答えた。その響きは、今までと同じようにどこか自信に溢れたようなものだった。
でも、今回ばかりは僕もそれだけでは心配が収まらなかった。当然だろう、僕はずっといじめを受けていた当事者。おちょくった結果稲川君の怒りに触れたであろう梅鉢さんが大変な事態に遭うのは、目に見えていたからだ。
「……僕、やっぱり不安だよ……梅鉢さんが本格的にいじめのターゲットになりそうで……」
すると、梅鉢さんはもう一度、『大丈夫』、と告げた。でも、その口調は先程までの自信に加え、どこか真剣さと真実味があるように感じた。まるで、確固たる根拠があるように。
「……梅鉢さん……」
『譲司君、申し訳ないけれど今はまだ詳しい事は言えない。でも、私は本当に心配しないでいいわ。もし私や譲司君に危害を加える者がいたら……』
それは、相手の方が『破滅』する合図だ。
そして、既に『譲司君』ばかりかこの自分の心にまで傷を負わせた『稲川徹』という男子生徒、それを庇い続ける取り巻き、そしていじめから目を背け続けている『学校』は、既にその道を歩み始めている。
梅鉢さんの言葉に潜む、『いじめ』に対する怒り、憤り、呆れ、そして一抹の悲しさの感情は、僕を一瞬だけでも恐れで震え上がらせるのに十分すぎるだけの効果があった。
それでも、僕は知りたかった。一体それはどういう事なのか。何故、相手が破滅する、という未来を断言できるのだろうか。
その問いに、梅鉢さんはゆっくりと語り始めた。
僕ばかりではなく、『鉄デポ』の皆にも伝えたい事。でも『特別な友達』には事前に教えておいた方が良いだろう、という前置きと共に。
そして、その中には、僕にとって衝撃的な、でも非常に納得できる内容も含まれていた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます