第7章

第61話:鉄分満載!質問コーナー

 モデルの幸風さん、動画配信者のナガレ君、アイドルの美咲さん、そしてトロッ子さんとVTuberの『来道シグナ』さん。この面々が、僕や梅鉢さんを標的にしたいじめへの対抗策を講じようとしている。

 教頭先生も、独自に僕たちのいじめの『アフターケア』のようなものを考えている。

 そして梅鉢さんがお世話になっているお姉さん曰く、僕が行かなくなったあの学校そのものが潰れかねない大きな問題があり、それを糾弾する動きが起きているという噂がある。そして、その動きに合わせる形で、梅鉢さんは巻き添えを喰らわないよう学校を文字通り『捨てる』。


 先日の『鉄デポ』内で、僕は数多くの情報や動向を知ることが出来た。

 それぞれが独自に動いていたり、明かせない内容も多かったり、正直何がどうなっているのか分かりづらい側面もあったけれど、それでもたくさんの人々が僕のために、『いじめ』という大きな問題に立ち向かおうとしている事だけは確かだった。

 僕にとってはとても嬉しく頼もしい事だったけれど、同時に幾つかの不安もあった。

 具体的にどのような方法を考えているのだろうか、それらの方法はどれくらいの効果があるのか、というのもその1つだった。


(……幸風さんやナガレ君たち、大丈夫なのかな……)


 つい『いじめへの対抗策を講じる』側の面々を心配しながら、部屋の中でパソコンを操作して時間を潰していたとある休日だった。ナガレ君から、僕の『鉄デポ』のSNSアカウントに連絡が届いたのは。


『俺たちの作戦、無事決行したっすよ。詳細はこの動画を見て欲しいっす!最新動画っすよ!』


 その文面と共に記されていたのは、動画配信者であるナガレ君の公式チャンネルへ繋がるURLだった。

 

(あっ……そういえば……)


 それを見て、僕は少々ナガレ君に申し訳ない気分になった。

 ナガレ君=『飯田ナガレ』は、色々なゲームや様々なチャレンジ、軽妙なトークに心を掴む格好良さなどから、沢山のファンが存在する動画配信者。僕をいじめていたクラスの面々の中にも、イケメン男子であるナガレ君を応援している人は多かった。

 でも、ナガレ君は自分で決めた指針もあり、基本的に動画へ大好きな『鉄道』に関するネタを取り入れる事が無かった。そのせいで、僕はつい最新動画をチェックする事を忘れていたのだ。


 そのため、ナガレ君が最新の動画でこんな面白そうな企画を実施していたのも全く気付いていなかった。


『先日専用アカウントのダイレクトメッセージで募集した俺宛の質問!こんなにたくさん来てめっちゃ嬉しいっす!本当に感謝っすよ!みんなの応援が俺の心をどんどん満たしていくっす!』


 この動画のテーマは、ずばり『飯田ナガレへの質問コーナー』。説明のように、事前に集めたというファンや視聴者からの質問にどんどん答えていく、というものだった。

 いつも頑張っているナガレ君を応援する言葉でも送るべきだったかもしれない、と少しだけ後悔しながらも、僕はこの動画をじっくり拝見する事にした。

 

 確かに、ナガレ君は寄せられた質問を楽しそうに、時に真剣に、そして時に冗談も交えながら答えていた。動画の下にあるコメント欄にも、ナガレ君の言葉に賛同したり突っ込んだり、逆に冗談を言い返したりする、賑やかな雰囲気が形作られていた。

 でも、ずっと動画を見ているうち、僕はそれらの質問、そしてナガレ君の回答に対して、妙な心地を感じ始めた。

 例えば、こんな質問だ。


『ナガレ君、見てください!新幹線に乗ったんですけど、富士山が見れたんです!綺麗でしょ!』


 そう言いながらナガレ君が皆に見せたのは、東海道新幹線から見える富士山を車内から撮影した、というファンの人の写真だった。


『いやー、めっちゃ綺麗じゃないっすか!これは東海道新幹線から撮った写真だ、って書いてあったっすね。実はそれ以外にも、東北新幹線や上越新幹線の車内からも富士山が見えるらしいっすよ。この前テレビで見てびっくりしたっす。流石富士山っすねー』


 続いて、こんな質問が読み上げられた。


『もう毎日電車が滅茶苦茶混んでて辛い!ナガレ君の動画が電車の中の唯一の心の癒しです!』

『わー、それは大変っすね……いつもお疲れ様っす。俺の声が少しでも頼りになりますように。でも聞いてくださいよ、ネットで見たんすけど、アメリカの通勤電車、数年前まで車内にカフェがあったらしいんすよ!しかもドイツの路面電車にも食堂車があったって!すげー羨ましくないっすか!?ま、でも維持費がやばくてもう無くなったって話もあるっすけどね』


 更には、こんな質問まで寄せられていた。


『いつも格好良くて素敵なナガレ君へ質問!路面電車ってなんで鈴が鳴る時の音・・・・・・・みたいな別名で呼ばれているの?』

『あれっすか?ちょっと調べたんすけど、昔の路面電車に乗っていた車掌さんが、運転士さんに色々な連絡をする時に鈴を使っていたのが由来らしいっす。勉強になったでしょ?あとお知らせ!この質問の内容の一部は諸事情・・・で改変させてもらったっす。「あの単語」を言わせたかった人、残念でした!』


(……あ、あれ……?)


 ここまで来て、僕はようやく動画に対する妙な心地が『違和感』である事に気づき始めた。どうして先程から、ナガレ君は『鉄道』絡みの質問を普通に読んでいるのだろうか。

 勿論それ以外の内容も幾つか届いていたけれど、僕の目から見てナガレ君が嬉しげに読み上げていたのは、鉄道に関する内容の方だった。


『ナガレさん、地元の可愛い電車を見てください!』

『おー、これはちんまりしていて可愛いっすね。こういうミニサイズの電車を「軽便鉄道」って呼ぶらしいっすねー。みんなにも写真を見せてOKって書いてあったんでアップするっすー!』


(……ナガレ君、わざと詳しくないふりをしてるけど、凄く鉄道の話題を楽しんでいる……)


 そして、ナガレ君は決定的な一言を発した。


『いやー、なんか今回は電車の話題が多い感じっすねー。なんでっすかねー。まあ、でも良い機会だから色々調べてみたんすけど、結構面白いっすね!なんか俺、「鉄道オタク」っていう人たちの気持ち、少しわかった気がするっす!』


 とは言え、自分はただ興味を持っただけで『鉄道オタク』と呼べるまでには至っていない、電車の部品とか無くなった路線の名前を言われてもさっぱり意味不明だ――そう謙遜するナガレ君だけれど、コメント欄の中には既に『ナガレ君も電車が好きなんですね!』『鉄オタは沼ですよ~!』など、鉄道オタクに関する様々な、どちらかといえば好意的な内容が記されていた。

 つまり、この発言をもって、ナガレ君は自分自身が『鉄道オタク』という概念を容認する事を世に知らしめた、という格好だ。


(だ、大丈夫なのかな……)


 そう僕が思うのも仕方がない事だった。そもそもナガレ君が鉄道に関するネタを封印していたのは、自身の動画のジャンルを狭めないため。大好きな鉄道の話題ばかりで埋もれさせてしまう可能性を考慮し、敢えて『好き』を組み込まないようにした、と以前僕たちに教えてくれたのだから。

 それなのに、この動画ではそれを破り、様々な鉄道ネタをとても楽しそうに取り上げている。今後の動画制作に影響しないだろうか、『鉄道』が足かせになってしまったらどうしよう――そんな心配を抱きながら視聴していると、この動画における最後の質問が読み上げられた。

 それを聞いて、僕ははっとした。


『私はある趣味を持っています。でも、その趣味を持っているせいでクラスの人から馬鹿にされます。私は、この趣味を持っていていいものなのでしょうか?』


(……こ、これ……僕……?)


 そして、ナガレ君は、優し気な笑みを見せながら、今までとは少し違う丁寧な口調で答え始めた。


『確かに、その趣味が世界中全ての人に分かってもらえる、って事はあり得ないっすよね。誰にだって苦手な食べ物があるのと同じような感じっすね。でも、その趣味が「好き」っていう気持ちは、その人を形作る大きな要素だと思うっす。それを馬鹿にしたり笑ったりするのは、ちょっと苦手っすねー。ま、少なくとも……』


 自分の動画を見ているみんなには、そういう風に誰かの『好き』な心を笑う人はいないと信じている。

 画面の向こうにいる視聴者の心を突くような言葉を述べた後、ナガレ君は『質問者』に励ましの言葉を送った。

 

『だから、俺は応援するっす。君は、その「趣味」をこれからも大切にしていい、ここで断言するっす。それでもし文句を言うやつがいたら、「あらゆる人たちに大人気の飯田ナガレもその趣味が好きだって言っていた」って堂々と言ってもいいっすよ!こっちには最強の「味方」がいるんだ、ってね』


(……ナガレ君……)


 ガチで困っている質問を見て、つい熱くなってしまった、と語るナガレ君だけれど、その心を僕は改めて受け取る事が出来た。

 確かあの時――先日の『鉄デポ』で語られた報告の中で、ナガレ君たちは『僕や梅鉢さんを励ます内容』も含まれている、と述べていた。もしかしたら、僕の心を奮い立たせるようなこのメッセージが最後に来るように、わざわざ選んでくれていたのかもしれない。


『いやー、結構沢山質問が来たっすね!っていうか、正直言ってまだ答えたい内容が沢山あります!なので次の動画も「質問コーナー」の続きになるっす!』


 こうして、次回予告や視聴者への感謝の挨拶を交えつつ、ナガレ君の動画は終了した。

 最後まで見た僕が、早速動画に対するお礼を含めた感想を『鉄デポ』を通して書こうとした、その時だった。

 まるで僕が動画を見終えるのを予知していたように、ナガレ君がこんなメッセージを送ってきたのである。


『俺の動画、見てくれたっすか!?楽しんでくれたらめっちゃ嬉しいっす!でも、今回見て欲しいのは、俺の動画だけじゃないんすよね!実は!!』


 人気モデルの『幸風サクラ』さんに、美咲さんが所属するアイドルグループ『スーパーフレイト』。

 そして、ナガレ君が個人的にライバル視しているというVTuberの『来道シグナ』さん。

 是非、この面々のSNSやブログ、最新動画もチェックして欲しい――興奮を示すように「!」マークをたくさん付けて、ナガレ君は皆の内容を僕に勧めてきた。

 

 それに従い、それらの内容を見た僕は、更に驚きの表情を作る事となった。それも当然だろう――。


「……え……えっ……これも……これも……『鉄道』ネタ……!?」


 ――全員揃って、『鉄道』という要素を楽しんでいる内容を、次々に投稿していたのだから……。

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