第62話:『好き』が作る地獄

『譲司君、聞いて聞いて!』


 飯田ナガレ君の最新動画、幸風サクラさんのSNSのメッセージ、美咲さんが所属する『スーパーフレイト』のブログの内容、そしてVTuberの『来道シグナ』さんの最新動画。

 多くの人々に高い人気を誇る4人が、それぞれのコンテンツを更新してから初めて訪れた登校日、僕の元に電話をかけてきた梅鉢さんの声は、どこか興奮したような響きだった。


「ど、どうしたの、梅鉢さん……?」


 その勢いに押されて若干慌てながらも、その理由を尋ねた僕へ、梅鉢さんはこう述べた。あの面々が仕掛けた『いじめへの対抗策』、自分が見た限りではかなり効果があったようだ、と。

 その詳細が気になる、と正直に話した僕へ向けて、梅鉢さんは丁寧に教えてくれた。


 学校の授業へ参加しない事を決め、登校してもそのまま図書室の中に籠って自習や読書をして時間を費やす事を決めた梅鉢さんだったけれど、それでもあのクラス――僕をいじめ続け、梅鉢さんにまでその刃を向けようとする面々が通う教室の事はずっと気になっていた。

 そんな中、このクラスの面々に対して、自分たちから『苦しみ』を授けたい、とナガレ君たちが僕や梅鉢さんへ語ってくれた。それが具体的にどのようなものかを確かめるため、梅鉢さんは密かに教室の近くを訪れ、内部を覗いてみた、というのだ。


「だ、大丈夫!?ば、ばれたりとかしたら……」

『私もそれを少しだけ心配したけれも、全然その必要は無かったわ。何故なら……ふふ』

「えっ……?」


 梅鉢さんが近くにいる事に気づけない程、僕をいじめ続けていた面々の中心、この学校の理事長の息子である稲川君が、苛立ちを露わにしてクラスの面々に当たり散らしていたからだ――梅鉢さんは、ざまあみろ、と言いそうな感じの口調でそう教えてくれた。


「稲川君がイライラしていた……?」

『そうなのよ。取り巻きの連中が何とか宥めようとしても、やかましいとか黙れとか、乱暴な言葉を放ち続けていたわね』

「そ、そんなに……」


 今まであれほど優しく接していたはずの取り巻きにまで乱暴な言葉を発する程に稲川君が苛立ちを抑えきれない状況だった理由を、その言葉から梅鉢さんは見抜いていた。

 稲川君は、教室の中どころか外にまで響くほどの大声で、こう怒鳴りつけていたのだ。


『くそっ!!どいつもこいつも!!電車!!鉄道!!でんちゃっちゃ!!!あんな屑鉄のどこが面白いんだよ!?あんな犯罪者が楽しむ趣味のどこが!?あぁ!?!?』


 それに対し、取り巻きも必死に怒りを鎮めようと努力していた。稲川君の言う通り、鉄道オタクはキモい連中ばかりだし、鉄道趣味なんて〇〇者や社会的弱者だけが楽しむ情けない趣味だ、と。

 でも、その言葉にはあまり覇気がなく、色々と複雑な事情を内包しているように聞こえた、と梅鉢さんは語った。

 そして、そんな取り巻きたちの言葉を聞いた稲川君は、更に怒鳴り散らしたという。


『飯田ナガレ!幸風サクラ!葉山和夢!来道シグナ!お前らが好きな連中、全員「鉄道オタク」じゃねえかよ!糞が!!』


 そう、『鉄道』という要素を楽しみ、『鉄道オタク』と言う存在を認める様子をネットを通して全世界に配信したのは、ナガレ君ばかりではなかった。


 モデル兼インフルエンサーとして人気の幸風サクラさんは、かつて日本に存在した寝台列車『ブルートレイン』に絡んだ内容をSNSで発信し、『青色の車体がマジ素敵なんですけど!』などと褒め称えた。

 そのうえで、幸風さんの両親がかつて撮影したというブルートレインの写真を多数アップしたうえで、こう断言したのだ。『こういう凄いレアな記録を残してくれる鉄オタってマジ尊敬!』、と。


 『葉山和夢はやま なごむ』という芸名で活動をする美咲さんは、所属するアイドルグループ『スーパーフレイト』のブログに、旅行や遠征先で撮影したという鉄道と自分を絡めた写真や駅弁、駅の写真などを次々にアップしていた。

 その上で、『鉄道ファンの人たちってこういう話に明るいんですよね!私も何かが「好き」な人ってとっても大好きです!』『鉄道の事、これからも詳しい人はぜひ教えてくださいね!』と、鉄道オタクに対して好意的なコメントを書き記したのだ。


 そして、VTuber『来道シグナ』の中の人は、列車を運転するシミュレーションゲームに挑戦する最新動画を投稿していた。初めて挑戦する、という事で失敗の連続だったけれど、それでも諦めず、正確かつ安全な運転を目指して頑張る様子に、コメント欄も応援が圧倒的に多かった。

 そして、その中でシグナさんもはっきりとこう述べていた。『鉄道オタクの人ってこういうのにめっちゃ詳しいんだよねー!シグナ羨ましい!でも悔しい!シグナも鉄オタなりたいんだけど!』と。


 みんな揃って、様々な媒体で『鉄道オタク』という要素を褒め称える言葉を残していたのだ。

 

『それがあの稲川っていうお山の大将・・・・・にはとてもしゃくに障るものだったみたいね。挙句の果てにこういう事まで言ってたわ……』


 鉄道なんてクズ極まりない最底辺の趣味を応援するような奴らを応援なんてするんじゃねぇ――クラスの面々に向けて、稲川君はそう断言したというのだ。

 それに対し、クラスの反応は微妙なものだった。普段なら一斉に稲川君の言葉に賛同するはずの面々が、複雑な表情を次々に向けてきたのだ。勿論、中には稲川君の言葉に乗り、あいつらも全員屑鉄だ、鉄オタの味方をする連中のファンなんてやってられるか、と憤る取り巻きもいたようだけど、自分が『好き』な人たちを簡単に捨てることが出来ない様子の面々も多かった。

 そして、とうとう決定的な一言がどこからか発せられた。


『稲川君……それは無いんじゃないの……?』


 これに対して、その言い方は何だ、と稲川君は怒鳴ったけれど、表情は明らかに動揺していた、と梅鉢さんは語っていた。

 その後、クラスの中は文字通りの喧騒、稲川君とクラスの皆による言い合いに発展したようだけれど、流石にこれ以上長居するとこっそり中を覗いていたのがばれてしまう可能性があると考えた梅鉢さんは、その場を立ち去ったという。互いに情けない言葉で罵倒し合う『あの連中』に付き合っていると心身の健康にも悪い、と言う思いを抱きながら。

 ただ、そのまま図書館へ向かう渡り廊下で、偶然梅鉢さんはオタク気質の男子とすれ違い、その会話を耳にしていた。


『なあ、シグナたんってあのまま鉄道オタクになっちまうのかな……』

『いや、シグナたんはあんな「犯罪者」どもとは違うだろ』

『でもはっきり言ってただろ?「シグナも鉄オタになりたい」って』

『あ、そうか……俺たち、どうすればいいんだ……?』

『シグナたんは別……?でも、そうなると……』


『……こんな感じで、しょうもない悩みを抱えていたわね。ま、鉄道オタクが「犯罪者」「弱者」だって信じ切っていたから、苦しむ羽目になるのよ』

「ま、まあ……そ、そうかも……」


 ともかく、梅鉢さんが詳細に語ってくれた報告で、僕はあのクラスや学校――『鉄道オタク』と言う概念を認めようとしなかった場所が、混乱に陥り始めている事を把握する事が出来た。

 ナガレ君やシグナさんが投稿した動画、美咲さんや幸風さんが打ち込んだ文字の内容が、大きな波紋を巻き起こした形だ。


『私たちが同じ事を言っても、あいつらは聞く耳を持たないどころか逆に嘲り笑うだけ。でも、サクラたちはみんなたくさんのファンを抱えた有名人だから……』

「そうか……クラスの皆も幸風さんたちのファンだから、無視することが難しい……」

『しかも、例え動画やSNS、ブログなどから目を背けても、様々なメディアが黙っていないわ』


 企業のニュースサイト、様々なまとめブログ、各地に投稿される切り抜き動画、そしてSNSを中心とした人々の噂話。それらが様々な形で、サクラ=幸風さんやナガレ君たちの言葉、表情、そして『鉄道』という要素を楽しむ光景を次々に紹介し、世界中に広めてくれる。

 結果的に、あらゆるメディアが気づかないまま一致団結して『様々な人たちが「鉄道」と言うコンテンツを好んでいる』という情報を拡散している、と言う格好だ。


『それに、あいつらには「鉄道オタクは社会的弱者がなるもの」だとか言ってたでしょ?それが根底から覆された事になるわね。あの連中が一番尊敬しているであろう人たちによって、ね』

「た、確かに……」


 稲川君を始めとするクラスの面々の歪んだ信念は、ナガレ君たちの言葉や、次々に押し寄せるマスメディアの情報によって崩されていく。

 でも、ナガレ君たちは決して情報の漏洩やファンの扇動といった、問題になりそうな行為は起こしていない。ただ単に『鉄道が好き』という想いを様々な形で公開しているだけだ。


 ここに至って、ようやく僕と梅鉢さんは、あの時ナガレ君たちが自信満々に語っていた、今回の作戦の真意を理解する事が出来た。


 苛めの標的になっていた僕や梅鉢さんは、皆の言葉で励まされる。

 ほとんどのファンの人たちは、楽しげに写真を紹介したりメッセージを送ったりする皆を存分に楽しみ、応援する。

 でも、『鉄道オタク』と言う属性だけで僕をいじめ、その標的を梅鉢さんにまで向けようとしていた面々は、『嫌い』な鉄道の要素を思いっきり楽しみ肯定的に捉えている、彼らが『好き』なはずの有名人たちの様子がどこへ行っても目や耳に入り、苦しむ事になる。


「稲川君たちにとっては悪夢そのものだね……『嫌い』なものが四方八方から押し寄せてくるんだから……」

『そういう事になるわね……』


 確かに効果的だろうけれど、結構えげつない作戦だ、というのが、僕と梅鉢さんの共通する感想だった。


『……ま、とにかくこれで、譲司君を下に見る事で一致団結していたであろうクラスにヒビが入り始めたのは間違いないわ』

「そ、そうだね……」

『これからもこっそり確認してみるわ。動物観察・・・・みたいな感じでね』

「で、でも気を付けてね……ばれたら大変だから……」


 絶対に無理だけはしないように、と僕は梅鉢さんに何度も念を押した。当然だろう、僕のためとはいえ、梅鉢さんに稲川君たちの怒りの矛先が向かう事だけは絶対に避けなければならないのだから。


「そ、それで……ナガレ君たちへのお礼は……」

『そうね、それも早く伝えないと。できれば今夜でも……』

「うん……僕も、個人的に聞きたい事があったから……」

『分かったわ。後で皆に連絡してみる』


 そして、僕たちは『鉄デポ』に集う皆へ作戦の成果を報告する事になった。

 例ええげつない手を使ってでも、自分たちの手を汚してでも、僕たちの『いじめ』に対抗する姿勢を示してくれた友達へ向けて……。

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