第50話:鉄道おじさんのおはなし

 今の学校を辞めた後、どのような道を進むのか、という事を頭に入れておいて欲しい――父さんや母さんから言われた、現実に基づいた発言を、僕はずっと心の中に留めていた。

 僕としては、『学校』という場所そのものに行きたくない、という訳ではないし、抵抗感は少なかった。僕の尊厳をずっと侵害し続けた、あの学校へ二度と行きたくない、というだけだ。

 でも、もし本当に学校を辞めるという選択肢をとった場合、僕の未来を示す行先表示は、どんな『方面』を示す事になるのだろうか。


 父さんや母さんもその事をじっくりと考えてくれているようだけれど、ずっと両親任せにしておけない、と考えた僕は、ざっとネットを使って様々な手段を調べてみた。

 すると、出るわ出るわ、色々なサイトが僕に多種多様な『未来』を突き付けてきたのだ。


(えっと……別の学校への編入学……入学試験……単位をそのまま移動する形での転入……定時制や通信制……)


 大量の情報が一気に溢れたせいで、僕は顔をゆがませてしまう程に混乱してしまった。

 鉄道の事ならどんなに情報量があっても基本的にすんなり頭の中に入ってくれるのに、こういう人生の大事な内容に関しては全然頼りないという事実を、自分自身に突き付けられてしまったような気がした。


(どうしよう……ま、まあ……一応ブクマはしておこう……)


 折角様々な情報を知れたのだから、とアドレスを保存しているうち、僕の頭に、今回の件に関する1つの不安がよぎり始めた。

 もし僕が新しい環境を選び、その『未来』へ向かって歩み出したとしても、それが本当に僕にとって『正しい』選択肢になるのだろうか。新しい場所で馴染めるのか、僕の趣味が受け入れられるのか。結局今と同じような感じになってしまったら、どうすれば良いのだろうか。


(……そういえば、梅鉢さんも同じように苦しんでいたよね……選択肢を誤った責任は、自分で取らないといけないって……)


 結局、僕はどうすれば良いのだろうか――しばらく1人で悩んでも、良い解決方法がでるはずはなかった。

 やがて、僕の手は助けを求めるかのように、ゆっくりとマウスを操作し始めた。鉄道オタク仲間が集まるネット上の車庫、『鉄デポ』へアクセスするためである。


『ん?お客さんかな?』

「あっ……!」


 てっきり、今の時間――お昼を少し過ぎたあたりには、誰もログインしていないだろうと思っていたけれど、そこには意外な来客がのんびりと佇んでいた。

 僕たち若い鉄道オタクが大好きだと語る、自称『冴えないし幸も髪も薄い鉄道オタク』の『鉄道おじさん』だ。

 慌てて挨拶をした僕に、おじさんはいつもの通り文字チャットで明るい挨拶を返してくれた。


『ジョバンニく~ん、まさか君に会えるなんておじさん嬉しいよ~^^』

「あ、ありがとうございます……こ、こちらも……お元気そうで……」

『おじさんはいつでも元気モリモリだよ~♪ところで、こんな時間にログインするなんて、何かあったのかな~?』


 そう尋ねられた僕は、一瞬で心臓の鼓動が速くなったのを感じた。

 確かに僕のような若い世代は今の時間は学校に行っている場合が多い。それなのに、僕はそんな学校を事実上ボイコットし、家にこもっている状況なのだ。僕の知り合いは皆その行動に賛成してくれているけれど、その事実を知らせていない鉄道おじさんに指摘されてしまった僕は、どこか心の中に背徳感が生まれてしまった。

 でも、おじさんまでこのいじめに巻き込むわけにはいかない、と考えた僕は、慌てて嘘を言ってごまかした。

 しばらく体調が悪くて、今日になってようやく熱が収まり、ネットが出来る状況になった、と。


『そうだったのか~><メンゴメンゴ!おじさん余計な事聞いちゃったね~』

「い、いえ、こちらこそ……」


 嘘をついてしまってごめんなさい、と僕は心の中でこっそり謝罪した。

 すると、鉄道おじさんは意外な事をチャットに記し始めた。


『う~ん、失礼をやらかしたお詫びにだね、おじさん、ジョバンニ君の困っている事、何でも聞いちゃおうかな~?』

「えっ……ぼ、僕のですか……?」

『若者の悩みを聞くのはおじさんの役目だからね~^^鉄道以外の相談でも何でもいいよ~♪なんなら君のお父さんやお母さんには言えないあんな事やこんな事も……』

「そ、それはないです!」


 おじさんが書きこもうとしていた、間違いなくアレな内容を慌てて止めた僕は、ふと先程までずっと悩んでいた事を思い出した。

 もしかしたら、人生経験が僕たちよりも豊富な鉄道おじさんに聞けば、良い解決策を教えてくれるかもしれない。


「あ、あの……ちょっと難しい話かもしれませんが……大丈夫ですか?」

『難しい話ならなおさら大歓迎だよ~ん♪』


 そして、僕は正直におじさんに伝えた。

 もし新しい環境に移り変わる時があるとして、間違いなく正しいと言える選択肢を選ぶにはどうすれば良いのか。どうしても『悪い』選択肢を取りそうで怖い、という気持ちを拭う良い方法はあるのか、と。

 しばらくの間の沈黙を経て、鉄道おじさんから返答が届いた。


『う~ん、確かに難しい問題だね。その時「正しい」と思っても、後で「間違っている」と思ってしまう事もあるよね』

「はい……」

『悪いけれど、おじさんも「正しい選択肢」が常に選べる方法を知りたいぐらいだよ~><』

「あぁ……すいません、やっぱりそうですか……」


 幾ら鉄道おじさんでも、『確実な未来を決める』方法を教えて欲しい、というのは無茶な質問だったかもしれない、と僕は内心反省した。答えられなかったおじさんは決して悪くなく、変な事を尋ねてしまった僕に責任があるのだ、と。

 でも、おじさんはそこから文章を続け始めた。悪い選択肢を取りそうだ、という不安を鎮めてくれるかもしれない、面白い昔話がある、と。


「昔話……ですか?」

『そうだよ~。今の環境が合わなくても、別の場所へ移動すれば活躍の道が開ける!っていう、とある「電車」の昔話さ』

「で、電車……?」


『ジョバンニ君は鉄道オタクだから、「鉄道車両の譲渡じょうと」という言葉の意味は知っているよねー?』

「は、はい……様々な理由で引退した鉄道車両が、別の車両へ有償・無償問わず譲り渡される事ですよね……」

『流石、大正解!今回おじさんが紹介する電車も、その1つだよ~^^』

 

 そして、おじさんはとある電車――第二次世界大戦前、静岡の私鉄に導入された、2両の兄弟電車の話を記し始めた。

 

 これらの電車が製造されたのは90年以上前、1930年代初頭。全長は16mと、僕たちのような今の鉄道オタクから見ると短い車体だけれど、当時のこの鉄道としてはかなりの大型だったようで、導入当初は大量の乗客を輸送して大活躍していた。

 ところが、やがてこの『全長16m』の車体が不便さを買い始めた。他の車両と比べて大きかった事が、様々な不都合を生み出してしまったのだ。

 その結果、これら2両の電車は僅かな期間で他所の鉄道に譲渡される羽目になり、一方は静岡に近い豊橋の私鉄、もう一方は静岡から遠い場所に存在する関東の大手私鉄で使用される事になった。兄弟電車は、離れ離れになってしまったのだ。


『そしてそれから時は経ち、大手私鉄に譲渡された1両は色々な改造を施された後、1950年代後半に再度別の私鉄へ譲渡される事になったんだ。それが、なんともう1両が活躍していた豊橋の私鉄!』

 

 そう、離れ離れになっていた2両が、元の場所とは違うけれど同じ私鉄で再度肩を並べて活躍する事になったのである。

 こちらでも時代に応じた様々な改造を重ねた後、1970年代以降はこれらの『兄弟電車』が編成を組んで使用されるようになった。

 互いに連結し合うコンビ電車になった2両は以降も主力として活躍。

 1980年代末に引退したけれど、その際には車体をレトロなダークグリーンに塗り替えるファンサービスも行われたという。


『最初の私鉄では、残念ながら環境のせいで十分な活躍が出来なかったこの兄弟電車。でも、新天地では様々な改造を経て長らく愛用される事になった。結果的に、60年近くも活躍したご長寿電車になったんだよ~^^』

「す、凄い……!」


 おじさんの話を読み終えた僕は、2つの意味で興奮していた。僕が全く知らなかった新たな鉄道に関する知識を手に入れた事と、環境を変え新天地で活躍するというのは決して夢物語ではない、という励ましを受けることが出来た事だ。

 

「……電車でも、そんな話があるんですね……!」

『他にもあるよ~^^軽井沢の軽便鉄道に導入されながらも、路線の条件に合わず早期に引退した電車が、新潟県の軽便鉄道へ譲渡されて、改造を重ねに重ねて全線廃止まで大活躍したっていう話とか♪』


 軽便鉄道=線路の幅や規格が小さいミニ鉄道が大好きだというトロッ子さんも喜びそうな内容かもしれない、という鉄道おじさんの言葉に、僕は少し納得した。


「……元の環境が合わなくても、新しい場所で活躍する事が出来る……鉄道車両にだって、そんな事例がある……」

『いやぁ、おじさんは大の鉄道マニアだから例えが鉄道ばっかりになっちゃったけどね~><』

「い、いえ……!お、お陰でとてもすんなり理解できました……!」


 胸のつかえが少し取れたような心地になった、と僕は正直に鉄道おじさんにお礼を言った。

 僕の未来を示す行先表示は、決して暗いものだけとは限らない。良い未来を示してくれる事だって、十分にあり得る事だ、という事を、はっきりと心に留める事が出来たからだ。


 そして、同時に僕は『鉄道』が大好きである事の嬉しさや楽しさを改めて実感した。

 鉄道の知識が無ければ、鉄道おじさんの昔話の素晴らしさを見出す事が困難だっただろうし、逆に鉄道の知識や情熱があるからこそ僕はこうやって鉄道おじさんや梅鉢さんを始めとする多くの人と繋がれた。


 やっぱり、僕は何を言われようが、何をされようが、『鉄道』が好きなのかもしれない。

 未来を定めて行くうえで重要かもしれない指針を、僕はじっくりと見つめることが出来た。


「あ、あの……!よ、良かったら……おじさん、何か面白い鉄道の話、してくれませんか……!」

『わ~い、勿論いいよ~!じゃあ……これでいこうか!』


 そして僕は、時間の許す限り、鉄道おじさんが書き記す貴重な鉄道の話に目を通す事にした。

 鉄道に関する新たな知識を得る、という楽しみに興奮しながら……。

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