第51話:夕暮れ、電話越しのふたり
『もしもし、譲司君?気分はどうかしら?』
「あ、梅鉢さん……!」
家の中でのんびりと時間を過ごしつつ、鉄道の知識を深めたり、時間が空いた時に勉強をしたりして、それなりに有意義を過ごしたとある日の夕方、僕のスマホに電話がかかってきた。相手は勿論、僕の『特別な友達』である梅鉢彩華さん。いじめから逃げるように学校を休むようになって以降、夕方になるといつも梅鉢さんは僕に電話をかけてくれるようになっていた。
『も、勿論今日も体調面は何事もなかったよ……』
「そう……安心したわ。何事もないのが一番よ」
『う、うん……あ、でも、ネットで戦前の気動車に関する面白い情報を見つけて……』
「え、何それ?教えて教えて!」
こうやって、ネットで検索して偶然辿り着いた鉄道の情報を梅鉢さんに教えるのも、学校を休み続ける僕の日常になっていた。
鉄道の事なら何でも知っていそうな、あの不思議と謎に満ちた『鉄道おじさん』の語りには全く敵わないけれど、幸いにも僕が語る様々な鉄道に関する情報をいつも梅鉢さんは好奇心旺盛に聞き、尋ね、そして感心してくれた。今日も、そんなマイナーな気動車の情報を見つけてくるなんて凄い、と褒めてくれた。
『あ、ありがとう……で、でも僕も凄いけど、その情報をネットで纏めた人も凄いよね……』
「まあそれはそうよね。でも、それを上手く伝えてくれる譲司君も、私は誇りに思うわ」
「う、嬉しい……」
どこまでも評価してくれる梅鉢さんについ顔を真っ赤にしてしまった僕は、もう1つ、伝えたい大事な情報を連絡する事にした。
『学校をもしやめた場合の選択肢……譲司君も調べているのよね』
「うん……父さんや母さんと一緒に色々と調べているんだけど、やっぱり難しいね……」
あの学校には絶対に行きたくない、と考えていた一方で、『学校』と言う概念自体は決して嫌ではなくむしろ登校出来るならしてみたい、と考えていた僕は、『鉄道おじさん』に励まされて以降、父さんや母さんに協力する形で様々な進路を模索していた。そして、その旨についても既に梅鉢さんに何度か連絡していた。
まだ『辞める』事は完全に決定していないし、どのような形で学校から去る事が出来るのかという問題もあるけれど、それでも何とか最良の未来を見つけたい、という考えを、改めて僕は梅鉢さんに伝えた。
『そうね……早めに決めることが出来れば良いけれど、そうはいかないわよね……』
「う、うん……」
『でも、もうあの学校に行く事が無理なのは確かなの?』
「しょ、正直……そうかもしれない……ううん、そうだね……」
分かったわ、とどこか真剣な口調で梅鉢さんが語って以降、僕たちの間にはしばらくの沈黙が流れた。
梅鉢さん側が何を考えているかは残念ながら分からなかったけれど、僕の方は正直言って慌てていた。折角電話をしてくれたのに、何も話せないままずっと時間が過ぎてしまうのは非常に気まずい。何か良い鉄道の話は無いか、日常で良い話はあったか、無い頭を振り絞って考えたけれど、こういう時に限って良いアイデアは現れないものだ。
どうしよう、とすっかり悩み始めていた時、僕の心に1つ、気になる事が思い浮かんだ。少々唐突かもしれないけれど、聞くチャンスは今しかないかもしれない、と考えた僕は、勇気を出して梅鉢さんに尋ねた。
「……そ、そういえば梅鉢さん……」
『ん、どうしたの譲司君?』
「あ、あの……なんというか、ちょっと聞きたいんだけど……」
今回のように僕が学校を休むようになって以降、梅鉢さんは毎日電話をかけてくれた。でも、その中で盛り上がる鉄道を中心とした多種多様な話題の中で1つだけ、ずっと梅鉢さんが語る事が無かった内容があった。それは――。
「……梅鉢さん……その、学校に僕がいなくて、大丈夫なの……?」
――僕が行かなくなって以降の学校の様子だった。
『私?それなら全然心配は無用よ。私は1人でも頑張れるから』
「う、うん……ありがとう……ただ、その……」
本人が心配することはないと言っているのだから、きっと梅鉢さんは大丈夫だろう、と信じた僕だけど、それでも今までずっと梅鉢さんが
「……あ、あの……もし知っていたら教えて欲しいんだ……僕がいなくなった後の教室って、今どうなっているの……?」
『……えっ……そ、それは……大丈夫なの、譲司君?』
梅鉢さんが僕を気遣う言葉をかけるのも無理はなかっただろう。あのような地獄の状況を味わい続けた教室の現状を、その中で苦しみに耐え続けた当事者がわざわざ尋ねるという、自分で自分を傷つけるような行為をしているのだから。
実際のところ、僕の中にはほんの僅かだけど、楽観的な思いがあった。僕がいなくなってクラスの皆が今までの行いを振り返り、少しは反省してくれたかもしれない、という明るい未来だ。でも、それが甘ったれた考え、大きな間違いであった事は、梅鉢さんの慌てたような、心配そうな声でよく理解できた。
『……譲司君に嘘をつきたくないから正直に言うけれど、私は学校や教室の現状を知っているわ。でも、譲司君に教えて大丈夫なのか、それが不安なの……』
「……う、うん……梅鉢さんの気持ち、分かるよ……」
『分かっているならどうして……無理なんかしちゃ駄目なのに……』
「ごめん……確かに僕は無理しているかもしれない……でも……」
一度『教室の状況が気になる』と言ってしまった以上、ここで尻込みしてしまっては、誰かの『好き』を批判する事が当たり前のようになっているあの空間に僕が屈している、常に負けているようで、どこか悔しい気分になる。僕は相変わらず無力で何もできない情けない身分だけど、あの出来事を経てほんの少しだけは強くなったかもしれない。だから、聞く覚悟はできている――そう僕は、はっきりと梅鉢さんに教えた。
「それに……梅鉢さんっていう『
『譲司君……本当にいいのね?』
「うん、僕は聞くよ……ううん、僕は聞きたい」
『分かったわ……ただ、これは譲司君だけじゃなくて、「鉄デポ」の皆にも言った方が良さそうな話なの。だから、今夜改めて言っても良いかしら……?』
「大丈夫だよ……そうだね、みんなもきっと、僕や梅鉢さんの事を気にしているはずだから……」
そして梅鉢さんは、鉄デポの皆――僕が学校でいじめを受け、それがきっかけとなり学校を休み続けている事を把握している面々へ連絡してみる、という事を告げた。前回こそ僕のいじめを知らせたかった面々が全員揃ったけれど、今回は急な知らせという事情もあり、揃うのは難しいだろう、と梅鉢さんは言葉を続けた。
勿論、僕はそれでも構わなかった。話を聞いてくれる人が多ければ多い程、頼もしく感じるのだから。
やがて、夕食を食べ終えた僕は再度『鉄デポ』へアクセスした。その直後、梅鉢さんからプライベートルームに来るよう、スマホにメールが届いた。あの連絡を受け、様々な職業や学業に営む皆が、僕のために集まってくれたのだ。
流石に全員ではなかったけれど、教頭先生やスタイリストのコタローさん、動画配信者のナガレ君、モデルでインフルエンサーのサクラこと幸風さんが既にプライベートルームに待機していた。
「ご、ごめんなさい……待たせちゃって……」
『ドンマイ、気にしないでいいよ』
『そうっすよ!俺もついさっきログインしたばかりっすから!』
『ふふ、ジョバンニ君はいつも真面目ね』
『これで、参加出来る皆は全員揃ったみたいね……』
「あ、うめ……じゃなかった、彩華さん……」
『……じゃあ、話すわ……』
そして、梅鉢さんは、僕が学校を休むようになって以降、教室の中で何が起こったかを真剣な口調で語り始めた。
その内容を聞いた時、僕は勿論、この場に集まった全員が愕然とした声を上げた。
当然だろう、僕の机の上に、綺麗な花を挿した花瓶が置かれていた――つまり、僕が『死んだ』同然の扱いを受けていたのだから……。
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