第6章
第49話:迷える未来の行先表示
梅鉢さん、図書室のおばちゃん、梅鉢さんがお世話になっているお姉さん、両親、そして『鉄デポ』の皆。
多くの人たちとの間で僕が受け続けた『いじめ』について多くの人たちと共有してから、少しの時間が流れた。
その間、僕はこれらの人たちが異口同音で語ったアドバイス――自分を苦しめるような『学校』なんて、もう行かなくても大丈夫、行く必要なんてない、という言葉と、それを受け取った僕自身の意志に基づき、ずっとあの学校へ行かないまま、家に引きこもる日々を続けていた。
時々家へ学校からの出席催促の電話がかかって来たようだけれど、その度に母さんが上手く対応し、やり過ごしてくれていた。
そして、僕の暮らしぶりの方は、基本的に初日の状況をそのまま引きずっているような感じになっていた。
朝は遅めに起き、棚に並べられた鉄道の本を読んだり、ネットで鉄道関連の情報を調べたり、時々DVDを鑑賞したり、そんな状況で時間を潰していた。実際のところ、情報量が多くて買ったきりなかなか読む機会が無かった本も幾つかあり、学校を休んでいる時間はそれらの本を熟読するのに大いに役立っていた。
でも、そんな事を続けている中で、やはり僕はどこか不安な気持ちに苛まれた。このまま鉄道関連の情報ばかりにどっぷり浸かっていて良いのだろうか。梅鉢さんは今頃、『地獄』のような環境に耐えながら頑張って勉学に励んでいるはず。そんな中で僕だけぐうたらな感じになっていて果たして大丈夫なのか、と。
その結果、気付いたら僕の手は鉄道の本を離れ、教科書やノート、参考書が並べられた棚の方に向かっていた。
一部は稲川君たちクラスの面々――僕を『鉄道オタク』だと虐め続けていた生徒たちによってズタズタにされ、再起不能な状況になってしまっていたけれど、幸いそれ以外のものは無事残っていた事もあり、それを使って自習をするには十分な資料が存在した。
そして、ネットの情報を頼れば、手元にない状態の教科もある程度は学ぶことが出来た。
(なるほど、この式は……)
いつの間にか、僕は鉄道の本を尻目に、目の前にある数学の問題を解くことに没頭していた。
正直、あの学校で色々と教えられる時よりも、自分の力で問題集に挑む方が集中できる気がした。
そして、ある程度問題集を済ませ、きりが良い段階になったところでリビングへ向かうと、何故か母さんがとても嬉しそうな顔をしていた。この僕、和達譲司がとても真面目で偉い存在だ、と褒め称えてくれたのだ。
「えっ……」
「ごめんね、譲司。おやつの時間だから呼ぼうと思って譲司の部屋を覗いちゃったの。そしたら、頑張って勉強をしてたじゃない?」
「あっ、そうだったんだ……こっちこそ気づかなくてごめん……」
「ふふ、大丈夫よ」
自分だったらきっと勉強なんかサボってやりたい放題ぐうたらしているはず、譲司は勉強熱心で素晴らしい、と謙遜する母さんに、僕は照れながらも感謝の言葉を返した。別に褒められたいから勉強をやっている訳ではないけれど、こうやって自分の努力が素直に認められる、というのはとても嬉しいものがあった。
そんな日々が少し続いた、ある夜の事だった。
夕食を食べ終え、いつも通り自室へ向かおうとした僕は、父さんと母さんに呼び止められた。真剣な口調で、ずっと聞きたかった事がある、と僕に伝えてきたのだ。
そして、父さんに促されるまま、僕は再度食卓の前の椅子へと戻った。
「……譲司、あれからどうだ?だいぶ落ち着いたか?」
「う、うん……やっぱり思い出すと少し怖いけれど……でも、少しづつ落ち着いてきた……かも……」
それは良かった、と返した母さんの一方、父さんは続けてこのような事を僕に尋ねた。『落ち着いてきた』と発言したからこそ、はっきりと尋ねることが出来る質問だ、と先に言葉を加えながら。
なぜそのような事を前もって口にしたのか、その理由は――。
「……もう、あの学校に行く気はないんだな?」
「……」
――その質問が、直球で僕の心を打つような内容だった事で、明らかになった。
勿論、ここで嘘をついたり誤魔化したりしても、利点なんてどこにもない。正直に言わなければ、父さんや母さんをより心配させてしまうだけだ、と考えた僕は、少し頭の中で言葉を整理したのち、正直に心境を述べる事にした。
「……僕は……きっと、もうあの『学校』へ行けない……行く気力が、無くなっていると思う……」
今までは、図書室にある鉄道の本を読める、父さんや母さんたちに迷惑をかけたくない、そして『特別な友達』を苦しませたくない、という思いだけで、懸命に辛いいじめに耐え続けていた。『鉄道オタク』である事の誇りを、何とか守ろうとしていた。
でも、あのような出来事を経て、図書室のおばちゃんからも『学校に来なくて良い』と優しくアドバイスされたし、『特別な友達』からも同様の事を言われた。そして僕自身も、あの場所へ行くという行為が恐ろしく、怖く、そして虚しく感じるようになった。わざわざ自分自身の尊厳を侵害するような場所に、どうして行かなければならないのか、という開き直りのような気持ちも、僅かながら生まれていたのだ。
「……でも、1つだけ気がかりな事があるとすれば……『特別な友達』の事なんだ……」
「学校へ行っている、大切なお友達の事ね……」
「うん……あの学校で1人だけで耐え続けているのを考えると、不安な所はあるかも……」
「なるほど……その友達の事は心配。でも、学校へ行く気にはなれないし、いったら何をされるか分からない。それが、今の譲司という訳だな」
「そう……父さんの言う通りだよ……」
僕の拙い言葉を上手い具合に纏めてくれた父さんは、もう一度僕に確認した。
学校を『やめたい』、と考えているのか、と。
僕の答えは曖昧なものだった。首は肯定の頷きを見せたけれど、口から出たのは『一応』というものだったからだ。
「どちらかといえば、『やめたい』寄り、って事かしら」
「ま、まあ……うん……」
「わかった。その前提で話を進めたいんだがな、実は父さんと母さん、譲司の『今後』について、色々と考えているんだ」
「……!」
僕が自室へ戻って鉄道の資料に身を委ねている間、父さんと母さんは協力して、僕が学校を『辞める』=『中退する』という選択肢を選んだ場合の様々な進路を模索していた。
僕の真面目さや勉強熱心な所を常日頃から高く評価していた父さんや母さんは、僕を新たな『学校』へ向かわせよう、と考えていたのだ。
調べた限りでも、公立学校、私立学校、定時制・通信制の学校、更にはフリースクールまで、学校を辞めた人が進める選択肢は数多くある、と教えてくれた。学校をそのままやめて独学で勉強を続け、大学へ入学できる資格を獲得するというのも手だ、とも。
「色々あるのよね。私も知らなくて、驚いたわ」
「う、うん……僕もだよ……」
様々な『未来』を並べられた僕は、自分が置かれた環境がどのようなものか、良くも悪くも『現実』を突き付けられたような気がした。
「まあ、父さんたちもまだ手探りだからな、悪いけど詳しい事までは把握しきれてないんだ」
「う、ううん……なんだかごめん……僕のために、こんな……」
「いいのいいの、私たちも良い勉強になったから。それに、『助っ人』にも相談しようと考えてるの」
「助っ人……誰の事?」
「譲司、『大学の先輩』から電話が来た、っていう話、覚えているかしら?」
「う、うん……父さんと母さん、2人の共通の先輩だっけ……?」
「よく覚えてたな、譲司。実はな、その『先輩』が教員免許を持っているって話なんだ」
「……!」
つまり、僕の父さんと母さんが大学時代に色々とお世話になった、大の鉄道オタクであるという『先輩』が、今回の僕の事例――教育分野に関する悩みに関して色々と手助けをしてくれるかもしれない、という事だ。
まだ本格的な相談はこれから、とは言ったものの、お調子者の先輩だけどこういう時にはとても頼りになる、と父さんや母さんは自信満々に語ってくれた。
「……という事だ、譲司。色々伝えることは沢山あったけれど、忘れずに頭の中に入れておいて欲しい」
「う、うん……」
「私たちが出来るのは、あくまでも支援だけ。私たちにどのように助けて欲しいか、考えるのは譲司、あなた自身よ」
父さんや母さんの言葉を受け、僕は肯定の頷きを返した。
でも、同時に僕は、先程の僕自身の優柔不断ぶりを心の中で大いに反省した。
当然だろう、父さんや母さんがここまで熱心かつ真剣に僕自身の『未来』の行き先を考えていたというのに、僕はそのような事など全く考えもせず、その日暮らしのぐうたらぶりを続けていたのだから。
これから、どのようにすれば良いのだろうか。
どこまでも手探りになりそうだけれど、父さんや母さんに負担をかけさせないためにも、少しづつ考えなければいけない。何より、『特別な友達』=『梅鉢さん』を不安にさせるような事はあってはならない。
僕は改めて、これからの事を考える決意をした。とはいえ、まだ不安な部分も多いけれど……。
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