第48話:プライベートルームの告白

 父さんや母さんと共に夕ご飯を食べ終えた後、僕は自室へ戻り、スリープ状態にしていたパソコンを再度立ち上げた。

 そして、いつもお世話になっている会員制SNS『鉄デポ』へログインしたけれど、今回は普段のように、皆とわいわい語り合うのが楽しみ、という呑気な気分ではなかった。僕はもう、後戻りできない所にまでやって来ていたのだから。


 ログイン直後、僕のスマホに『プライベートルーム』へ訪れるよう梅鉢さんからメールで連絡が届いた。

 『プライベートルーム』は、この『鉄デポ』に搭載されている機能の1つで、この部屋で話したり書いたりした内容は外部に漏れず、安心して様々な事を話せる仕様となっている。以前、ナガレ君と一緒にこの機能を使って色々と盛り上がったお陰で、入室の仕方も熟知していた。


 そして、指定された方法でお邪魔した僕を待っていたのは――。


『あ、来た来た!』

『ジョバンニ君、大丈夫っすか!?』

『体調などは大丈夫でしょうか?』

「み、皆さん……こ、こんばんは……あ、体調は大丈夫です、トロッ子さん……」


 ――心配そうな声を次々にかけてくれる、『鉄デポ』の仲間たちだった。


「すいません、忙しいのに集まってもらって……」

『いいっていいってー、気にしないで。丁度時間が空いてたからねー』

『そうよ。彩華ちゃんから聞いたわ、大変な事が起きたって』 


 スタイリストのコタローさん曰く、昨日の夜、急な連絡で申し訳ないという言葉と共に、梅鉢さんからこのプライベートルームに集った面々に連絡が入ったという。この僕、『ジョバンニ』に、皆に伝えなければならないほどの大変な事態が起きた、と。

 時間が偶然空いていたという事もあるけれど、大切な鉄道オタク仲間が大変だと聞いては黙っていられない、という感情と共に、みんな揃ってこの場所にやって来てくれたのだ。

 そして、その詳細は『彩華』=梅鉢さんからは、まだ伝えられていないらしい。


『ジョバンニ君、もう一度確認するけれど、ちゃんと言える……?無理だったら……』

「大丈夫だよ、う……じゃない、彩華さん。覚悟はできているから……」


『……分かった。私たちも、真剣に聞くよ。ジョバンニ君の覚悟に答えるためにもね。みんなも分かったかい?』

『は、はい……!』

『りょ、了解っす!』

『きょ、教頭先生が教頭先生らしい雰囲気に……!』


 幸風さんから若干の突っ込みに、正真正銘の教頭だよ、と苦笑いのような口調で返した教頭先生の言葉を境に、プライベートルームの中は若干張り詰めた、緊張した空気に包まれ始めたのを僕はひしひしと感じた。一瞬尻込みしそうな雰囲気だったけど、今更それが出来ない事は十分承知していた。

 今は『みんなを巻き込む』、それが最優先だから。


「……その……僕……ずっと、いじめを受けていたんです……」


『『『……えっ……!?』』』

『……』


 そして、僕は語れるだけ語り尽くした。

 梅鉢さんや父さん、母さんに語った内容――『鉄道オタク』という理由で人格を否定され、尊厳を侵害され、全てを蔑まれ続けたいじめの数々を。

 悪口を言われ、机に落書きされ、教科書を隠され、趣味をとことん貶された日々を、僕は何とか伝え続けた。

 撮り鉄が悪事を働いたという理由で土手座を強要された事も、梅鉢さんと一緒に食べる予定だった弁当を粉々にされた事も。


 加えて、僕は今までその事を誰にも言えなかった理由も、しっかり正直に打ち明けた。


「……今思うととっても変な考えかもしれないけれど、僕がいじめを受けているなんて知ったら、みんなが困惑するかもしれないし、迷惑ごとに巻き込んでしまうかもしれないと思って……ずっと言えなかったんです……本当にごめんなさい……」


 でも、昨日、梅鉢さんを始め多くの人たちの叱咤激励や応援を受け、僕の考えは大きく変わった。

 僕1人で耐え続けるだけではいじめられる現状を変える事は出来ないし、僕自身にも限界が訪れてしまう。現に、僕はあの時耐えきれず、梅鉢さんの体に抱きしめられながら大泣きしてしまった。

 だから、本当に失礼でうっとうしいかもしれないけれど、僕はここにいる皆へ正直に打ち明ける事にした。皆に、僕の現状を知ってもらうために。


『ジョバンニ君……』

「……すいません……長々と語ってしまって……」


 しばらくの間、プライベートルームの中を沈黙が覆った。あまりの静かさに皆の感情が読めないような、緊張と不安が入り混じる時間が流れた。

 そして、その状況を破ったのは――。


『……すまない!ほんとうに申し訳ない!』


 ――教頭先生の謝罪だった。


「え……え……!?」


 突然の反応に驚いてしまった僕に、教頭先生はそのまま必死に、そして懸命に謝り続けた。


『教師なのに、教頭なのに、私は君の現状に何も気づけなかった……!情けないよ、本当に……!』

「そ、そんな……ぼ、僕は……」

『君のためなら何でもする!だから、こんな情けない私を許してほしい!』

「え、ゆ、許すって……その……」


『教頭先生は、自分が「教頭」である事、生徒や先生を守る立場である事に誇りを持っているの。言い方はあれだけど、このまま謝らせてあげて。教頭先生のためにもね』


 教頭先生の言動にフォローを入れたのは、同じくどこか悲しそうな口調のコタローさんだった。

 そしてコタローさんもまた、僕に気遣いと謝罪の言葉を投げかけた。


『彩華ちゃんにも打ち明けられなかった気持ち、私も分かるわ……。大変だったでしょう、よく耐え続けたわ。貴方は本当に凄いと思う。そして、私も全然気づけないままで、本当にごめんなさい』

「コタローさん……」


『じょ、ジョバンニさん……私も、凄いと思います……本当によく頑張ったって……うっ……うぅ……』


 トロッ子さんに至っては、完全に涙声になってしまっていた。

 梅鉢さんと僕が何とか宥めようとしたけれど、トロッ子さんにとって僕の話はあまりにも衝撃的、凄惨、そして悲しい話に聞こえてしまったようだった。

 そんなトロッ子さんの泣き声に加え、教頭先生が鼻をすするような音まで聞こえ始める中、それらと異なる怒りと憤りの声も僕の耳に聞こえ始めた。


『なんてひでえ連中っすか!!俺たちのジョバンニ君になんて事を!!』

『そうだそうだ!!鉄道オタクは犯罪者!?鉄道オタクは社会的弱者!?まじざけんなって感じですけど!!』

『そうっすよ!!絶対に許せない!!ギッタンギッタンのボッコボコにしてやるっすよ!!』

『あたしも加勢するよ!!メッタメッタにしてやるんだ!!』


 義憤に駆られたナガレ君とサクラ=幸風さんが声を響き続ける中、僕はどこか奇妙な安心感を覚えていた。

 もしかしたら、懸命に耐え続けている中で僕も心の奥底で、そのような悔しさ、怒り、憤りに満ちた反抗心を覚えていたのかもしれない。

 それを表に出しても敵いっこないし、逆に何をされるか分からない状況だったためにずっと封じようとしていた心を、2人が代弁してくれたのだ。

 ところが、ナガレ君と幸風さんの言葉は、少しづつ僕が予想しない方向へとエスカレートしていった。


『何が理事長の息子だよ!!こっちは全国区のモデルでインフルエンサーだよ!?』

『そうっすよ!!俺だって人気の動画配信者だし、アイドルもスタイリストも、どっかの教頭先生だってこっちにはいるんすよ!』

『え、私?』『た、確かに私はスタイリストだけど……』『私も教頭だけどさ……』

「え、え……!?」


『そうだそうだ!みんなの影響力を駆使すればあんな学校ぐらいひとひねりだよ!』

『ジョバンニ君の学校の情報集めてネットに拡散するっすよ!全国区に悪事をばらして、あいつらの居場所を無くしましょうよ!』

『いい考えじゃん!!やろうよみんな!あんな連中ボッコボコに……!』

『ちょ、ちょっと……2人とも!』

「ま、待ってください……」


『みんな、落ち着きなさい!』


 危うく制御不能の暴走列車になりかけたプライベートルームを鎮めたのは、コタローさんの一喝だった。

 確かにいじめに対して怒りや憤りを覚える気持ちは嫌と言うほど分かるし、そのような凄惨な『仕返し』を考えてしまう気持ちも非常に理解できる。でも、今ここで怒りに任せて行動しても、良い結果を生むとは限らないのではないか――コタローさんの言葉は、『大人』の立場としてとても説得力があるものだった。


『でもでも!悔しいっすよ!』

『私も同じです……友達がいじめられているのに、何もできないなんて……!』

『ほら、トロッ子も言ってるしさ、やっぱり悪事をネットでばらそうよ!学校名を晒しちゃおうよ!それしかないって!』


『うーん、ばらすのは良いけど、情報を仕入れて拡散したのが「全国区のモデルでインフルエンサー」と「人気の動画配信者」だってバレた時、どうするつもり?』

『うっ……!?』

『そ、それは……』

『あー、やっぱり考えてなかったねー』


 続けて、怒りに身を任せかけた皆の頭を冷やすように呼び掛けたのは、同じく多くの人々から高い人気を集めるアイドルの美咲さんだった。

 立場が高い人たちがそうやって世間の意見を誘導し、特定の相手を袋叩きにするのは簡単な事。でも、その流れが制御不能に陥ったり、その誘導させた意見に過ちがあった場合、責任は取れるのか、と。

 もし自分がナガレ君たちの上司や事務所の社長だったとして、そのような責任もちゃんと考えていないような情けない人材は即刻クビにする。それはきっと、自分が所属している事務所の社長も同じ気持ちだろう。そして、そもそもジョバンニ君自身がどう考えているのか、それを忘れていやしないか――厳しくも穏やか、そして丁寧な語り口で、美咲さんは皆の行き過ぎた興奮を鎮めた。


『……そうっすね……俺たち、調子に乗って興奮し過ぎたっす……申し訳ないっす……』

『こっちもごめん……ジョバンニ君の気持ち、すっかり忘れていたよ……』

『私もごめんなさい……』


「い、いえ、皆さん……そ、その……学校名を晒すのは流石に怖いけれど……正直、みんなが僕の事をそんなに考えてくれた事はとても嬉しいです……」


 僕が声を発した瞬間、ヘッドホンの中に各地から聞こえる安堵の声が響いた。

 続いて、こんな状況なのに厳しくて怖い事を言ってしまって申し訳ない、という謝罪に続き、美咲さんからある提案があった。今回の一件を、自分が所属している芸能事務所の社長にも相談して良いか、と。

 勿論、僕自身の詳細な情報を始めとしたプライバシーはばっちり隠す、社長にも他の人にばらさないよう連絡する、とは言ってくれたものの、それはこの『いじめ』が更に別の、そして社会的に影響力がある人にも知れ渡るという事を示していた。

 でも、僕はもう怯えたり恐れたりする感情は湧かなかった。


「……ぼ、僕は大丈夫です……相談しても、構わないです……」

『ありがとう、ジョバンニ君。私も悔しいって気持ちは同じ。だから、さっきのような無茶な方法とは別個でいじめに対抗できる策を、社長と話し合ってみたいんだ。知恵は色々な人から沢山借りる方が効果的だからね』

「な、なるほど……」

 

 皆もできれば協力してくれたら嬉しい、という美咲さんの声に、反対する声は1つも無かった。


『良かったねぇ、ジョバンニ君』

「あ、教頭先生……」


 そして、教頭先生が皆の意見をまとめるように、優しい口調で僕に伝えてくれた。

 既に彩華さん=梅鉢さんを含めた多くの人から言われている事だろうけれど、しばらくは学校に行かず、ゆっくり休んで心も体もリフレッシュするのが一番。『家』と言う名の車両基地で、たっぷりと長期メンテナンスを受けてもらった方が良い、と。

 そして、気になる事や落ち着かない事があったら、『鉄デポ』にも是非相談しに来て欲しい、と語ってくれたのだ。


『あと、彩華さん……』

「あ、はい……!」

『君の行動も称賛に値するよ。君は、「特別な友達」をずっとずっと、守り抜いてきたんだ』

「……はい……」


『大丈夫、私たちは、ジョバンニ君と彩華さん、2人の味方だからねぇ』

『ええ、そうよ!』『そうだそうだー!』『そうっすよ!』『うんうん』『その通りです』


 皆の優しく、暖かく、そして頼もしい声に返した、僕と梅鉢さんの『ありがとうございます』の声は、全く意識していなかったのに発声もテンポも、見事に合致していた。

 その事に気づき、僕は頬を真っ赤にしてしまった。きっと梅鉢さんも、画面の婿王で同じ心地だったのだろう。


 そんな僕たちに、ナガレ君たちが次々に明るい声をかけてきた。


『やっぱり2人は大の仲良し・・・っすねー♪』

『そうそう、あたしたち妬けちゃうぐらいにねー♪』

『ふふ、仲良しは良い事だと思いますよ』

『うんうん、良い事だねー。私も大満足だよー』


「ちょ、ちょっと皆さん……!」

『わ、私たちそういう関係じゃ……!』


『ふふ、何だかんだで、ジョバンニ君も彩華さんも元気が戻って良かったですわね、教頭先生』

『そうだねぇ、やっぱり元気な「生徒」を見ると安心するよ』

『え、「生徒」……?』


 何でもない、つい先生ムードになってしまった、と慌てて訂正する教頭先生と、それを朗らかに笑うコタローさん。

 ナガレ君、幸風さん、美咲さん、トロッ子さんたち、『鉄デポ』で出会った面々。そして、梅鉢彩華さん。


 改めて、僕はこんな自分――ずっと情けない、冴えない、何もできないと思い続けていた鉄道オタクとここまで親密な間柄になってくれた皆に、心の中で最大限の感謝を示した……。

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