第77話:彼女からの説得指令
この僕、和達譲司と、『絶対零度の美少女』の梅鉢彩華さんが最初に知り合ったのは、学校の図書室だった。あの頃の僕は、本当に梅鉢さんと仲良くなれるのか、本当に友達になれる資格はあるのか、と怯える心を隠しながら、共に同じ時間を歩み続けていた。
『あの頃の譲司君は、いつも不安や恐怖に苛まれているようだったわ。すぐに怯えて謝ったり、少しの事で不安になったり。だから私は、譲司君を「守らないと」って考えていた……』
「……僕を、守る……」
『正確に言えば、はっきりと、じゃなくて無意識に、と言う感じかしら……』
でも、そう言った心は少しづつ梅鉢さんの手によって解きほぐされ、やがて僕は、様々な人たちと交友関係を結べるまでに心を回復させていった。
『「鉄デポ」に入って色々な仲間と語り合い、色々な世界を見つけていく……そうよね、考えてみたら、そんな沢山の素敵な経験をして、何も変わらないなんて事はないもの』
そして、梅鉢さんは語った。
今の僕――和達譲司は、もうあの頃のようにすべてに恐怖を抱いていた『守るべき対象』ではない。一緒に手を取り合い、互いに立ち向かうことが出来る存在。皆からの応援を受け止めるだけではなく、それを糧に自分の意志で自分の未来へ続くレールを敷設する力を持っている、と。
『私の心の中を「白紙ダイヤ改正」する必要があるようね。和達譲司っていう人が、こんなに「強い」人だって』
「……梅鉢さん……それじゃあ……!」
その言葉を聞いた僕は、期待を込めて改めて尋ねた。
『スポンサー』の元へ直訴し、僕の存在自身をあの学校を糾弾するための動かぬ証拠として使う事を、許してくれるのか、と。
ところが、戻ってきたのは少々厳しめな口調の梅鉢さんの言葉だった。
『譲司君の強い思いは理解したわ。でも、もう一度言うけれど、その作戦は単なる「蛮勇」。失敗する事が目に見えているわ』
「そ、そんな……でも僕は……」
『いい?私やスポンサー、「鉄デポ」の皆、それにご両親。色々な人の迷惑をかけたくないのなら……』
これからは、この『私』の指示に従って行動してもらう事。
まるで細長くて綺麗な人差し指を目の前で突き刺された気分になりながらも、僕は了承の意志を示した。僕の思いを受け止めてくれた上での厳しい言葉なのだから、当然だろう。
そして、最初の指示を聞いた途端、僕は一瞬顔が青ざめるような心地を感じてしまった。
「え……そ、それは……」
『ふふ、譲司君は私の「特別な友達」。だから、嘘をついてもばれちゃうのよ。以心伝心って言うのかしら?』
冗談めいたように笑いながら語る梅鉢さんは、とっくに気付いていたのだ。『たった一人でスポンサーに直訴する』という僕の行動を父さんや母さんが認めてくれたという、梅鉢さんを説得する際に持ち出した言葉が、真っ赤な嘘だという事を。僕の両親がとても優しく、いつも心配してくれている事を把握していたのならば、当然かもしれない。
「ご、ごめん!そ、その……」
『謝るのなら、まずその「嘘」を本当にしてきなさい。譲司君のご両親の許可を得ない事には始まらないわ』
「そ、それも……そうだね……」
とはいえ、いざ本当に説得するとなると、梅鉢さんよりも遥かに難しいというのは目に見えていた。僕をずっと大切にしてくれた父さんや母さんが、こんな無茶を許す訳がないだろう、と僕は頭を悩ませてしまった。でも、梅鉢さんは既にそのような状況を予測していたようで、僕に次の指示を与えた。
『譲司君が使った「手段」、もう一度使ってみたら?』
「僕の手段……なんだっけ?」
『「事後承諾」よ、「事後承諾」。今から私が語る内容を、ご両親に上手く伝えてくれるかしら?』
「う、うん……が、頑張ってみる……!」
そして、梅鉢さんは僕に幾つかの『説得材料』を与えてくれた。
それを聞いた時、僕は心の中である結論を出していた。きっと梅鉢さんもまた、僕と同じように『嘘』をついているのだ、と。勿論全部が偽りという訳はないだろうけれど、それは少々都合が良すぎるのではないか、という話が、梅鉢さんの言葉に含まれていたのだ。
でも、流石にそのような事を口に出すのは我慢し、僕は約束通り梅鉢さんの指示に従う事にした。
両親を何とか説得して、再度あの学校へ向かわせてもらうために。
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「それで……僕は、梅鉢さんと一緒に、学校へ行く事になったんだ……」
電話を切った後、僕は父さんや母さんへの説得を開始した。
当然、『あの学校へ再度赴く事になった』と口にした途端、父さんも母さんも絶対反対、そのような危険な事は絶対に許さない、という立場を露わにしてしまった。いじめばかりではなく、学校自体の態度、それに動画が拡散している現状を踏まえれば、そのような考えに至るのは仕方ないかもしれない。
それを受け、僕は先程梅鉢さんから受け取った『説得材料』を使う事にした。
今回の一件、学校へ直接赴くのは僕だけではなく、『特別な友達』=梅鉢さんも一緒である、と言う事。
学校へ行き来する時も、梅鉢さんがいつもお世話になっているお姉さんが送迎してくれるので、安全性も大丈夫だ、という事。
加えて、あの時梅鉢さんがついた『嘘』かもしれない情報も、父さんや母さんを納得させるために敢えて持ち出した。本当は決して良くない事だというのは分かっていたけれど、僕の意志を示すために手段を選ぶ余地は残されていなかった。
「譲司……それ、本当なのか……!?」
「う、うん……ぼ、僕の『特別な友達』の言葉だから……間違いないと信じているよ……」
「譲司が言うのだから、そうかもしれないけれど……それにしても、ちょっと信じるのが難しい話じゃない……?」
「ぼ、僕も、凄い失礼だけどそう思ったよ……でも……!」
そして、僕はもう一度、父さんや母さんにも、僕が抱えていた本音をはっきりとぶつけた。
父さんや母さんは、いつも僕のために懸命に頑張ってくれている。全てを任せろと言わんばかりに、毎日必死になって様々な形で僕を応援し続けている。それはとても嬉しいし頼もしいしありがたい。でも、そんな状況に浸ってばかりではいられないような、ずっとそんな思いが心の中に宿っていた、と。
「そんな、私たちは何も今の譲司の姿が迷惑だなんて……」
「う、うん……母さんの言う通りだと思う……。でも、僕自身が、もどかしいというか何というか……とにかく動かないと、っていう気分が、どんどん膨らんでいったんだ……僕にも立ち止まっているだけじゃなくて、何かできる事がきっとあるはずだって……」
「……譲司……」
そして、しばらく考え込んだ後、父さんはふと、ある事を思い出したように語りだした。
それは、父さんが若い頃に起こした1つの騒動、『家出』だった。
「い、家出……!?」
「そんな事やってたのね……」
「ま、まあ若気の至りって奴でな、俺の父さん、つまり譲司のじいちゃんと大喧嘩になった挙句、家を飛び出しちまったんだ。こんな場所、二度と帰ってくるかって思ってさ」
でも、そんな憤りが冷めてしまった後、当時の父さんはあっという間に心細くなってしまい、どうやってあの家に戻ろうか、その事ばかりを考える様相になってしまったという。そのまま帰っても両親はきっとかんかんに怒って待っているはずだし、下手すれば家へ二度と入れないかもしれない――そんな最悪の予感も抱きつつ、何とか足を踏み入れた時、当時の父さんを待っていたのは、予想もしない光景だった。
「俺の父さんや母さん、譲司のじいちゃんやばあちゃんは、全然怒ってなかった。いつもと全く変わらない感じで、父さんは不愛想に、母さんは優しく、俺を出迎えてくれたのさ」
「へぇ……」
すると、それを聞いた母さんも、同じような思い出がある、と語り始めた。母さんもまた、母さんの両親と喧嘩して家に閉じこもり、もう二度とこの部屋から出ないし、このまま絶食し続けてやる、と意地になってしまった過去があったという。でも、こちらもそのような気持ちはすぐに冷めてしまい、父さんと同様恐る恐る様子を見る羽目になってしまった。すると、そこで待っていたのは――。
「私も、お父さんやお母さんがいつもと変わらない感じで優しく出迎えてくれたわ。まるで、今までの事が何もなかったみたいにね」
「ほお、母さんも若気の至りな時があったんだな」
「ちょっと恥ずかしいけれどね……」
――どうしてあんなに悪口を言ったり酷い事をしたのに両親は優しく見守ってくれているのか、その時は全く理解できなかった、と父さんや母さんは声を合わせて語った。でも、こうやって息子=この僕の懸命の説得を聞いて、少しだけ分かったような気がする、と付け加えながら。
「何かの行動を『見守る』って事も、大切なのかもしれないな」
「そうね……それに、譲司は私たちよりずっとましよ。ちゃんと無茶をする理由を丁寧に教えてくれたんだし」
「まあ、それもそうだな……」
「父さん……母さん……!」
説得を認めてくれた、という嬉しい感情がつい声に出た僕だけれど、すぐに父さんや母さんは僕の心に釘を刺した。今回は『例外』として認可するけれど、和達譲司と言う1人の男子の両親として、反対の立場は絶対に変わらない、と。
「だから、絶対に『無茶』だけはしないで。いい、私たちとの約束よ。自分の体や心だけは、何が何でも守りなさい」
「もし相手が殴ったり蹴ったりしてきたら、机でも何でも使って身を守れ。あの『友達』を頼るのだって良い。それでも無理思うならすぐに逃げろ。母さんも言ったけれど、無理や無茶は絶対にするなよ」
とにかく、無事に帰ってくる事。それが、今回の『作戦』に対しての、和達家からの注文だ。
「りょ、了解しました……!」
緊張のあまり何故か敬語になってしまったけれど、父さんや母さんからの許可をはっきりと得た事で、僕の今後の行動が決定した。
『スポンサー』が訪れる当日、僕は梅鉢さんと共にあの学校へ再度赴き、『いじめ』の動かぬ材料、生きた証拠として、糾弾に参加する事になったのだ……。
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