第127話:友達が家にやってくる!
この僕、和達譲司の特別な友達である綺堂彩華さんが、我が家へ遊びに来る――その言葉を聞いた瞬間、当然ながら僕は驚き、心拍数もあっという間に上昇した。
彩華さんが僕にとって『異性』であるのも理由だったけれど、そもそも友達を家に招き入れる、という事自体、僕の記憶が確かなら生まれて初めての経験だったからだ。
でも、考えてみれば、以前から彩華さんは何度か僕の家の近くへ訪れ、僕の家の外見や位置をしっかり把握していた。
苛烈ないじめの事を彩華さんに告白したあの日、彩華さんたちと協力していじめを糾弾し学校を辞める旨を叩きつけた日、そして先日の『鉄デポ』挙げてのオフ会の日。彩華さんたち綺堂家に仕える執事長、大谷卯月さんの運転する車に、僕の家の近くまで何度か送迎して貰っていたからだ。
特に、いじめを糾弾し、彩華さんの正体が大富豪・綺堂家の令嬢だと知ったあの日は、家の目の前まで卯月さんは車を運転してくれた。そして、どさくさに紛れるように卯月さんは彩華さんにこう勧めたのだ。折角だから、この機会に『和達家』にお邪魔をしたらどうだ、と。
ただ、あの時は全く予想していなかった急な誘いと言う事もあったし、日もだいぶ傾いていた。何より様々な出来事が怒涛の如く押し寄せていたせいで、僕も彩華さんも疲れてしまった。そのため、彩華さんも僕も慌てて断り、卯月さんに残念そうな顔をさせてしまったのだ。
でも、彩華さんはその機会を借りるかのように、僕とある約束を交わしていた。
「譲司君、覚えているかしら?卯月さんに送迎してもらったあの日、私が『いつか絶対、譲司君の家にお邪魔したい』って言った事」
「……うん、それははっきりと覚えているよ……僕も、いつか彩華さんを招待したい、って……」
その言葉に、一切の嘘偽りはなかった。でも、まさかそれが『今』訪れるとは全く予想できず、すっかり僕の全身は赤くなってしまった、という訳である。
そんな僕の様子など知る由もなさそうな彩華さんは、スマートフォン越しに嬉しそうな声を響かせていた。
「それで、卯月さんの助けも借りて、譲司君の家にお邪魔する許可を親から貰うことが出来たの。それも、お昼から夜までずーっと一緒にいられる素晴らしい権利を、ね!」
「お昼から……よ、夜まで!?」
「そう、今回は夜まで譲司君の家にいられるのよ!とっても楽しみだわ!」
「ひ、日が沈んでも……彩華さんと2人で……!!」
確かに、先日のオフ会でも、僕と彩華さんは『鉄デポ』の仲間たちと一緒に、日が沈んだ後も思いっきりカラオケで盛り上がりまくり、楽しい時間を過ごすことが出来た。でも、あの時は総勢6人という大人数だった。
一方、今回は父さんや母さんも一緒とは言え、夜まで一緒に彩華さんと共にいられる、というのだ。しかも、住み慣れたこの僕の家で。
ただ、すっかり顔が蒸気機関車のように煙を吐きそうなほどに赤くなってしまった僕だけれど、決して悪い気持ちは起きなかった。むしろこの状況が嬉しくて、舞い上がり過ぎてしまっていたのかもしれない。
「よ、夜まで……な、何をして遊ぼうか……!」
「うーん……遊ぶというよりも……まず一番楽しみたいのは、『和達家』の夕食ね」
「和達家……僕の家のご飯?」
「ええ、今の今まで、ずっと譲司君やご両親が作ったご飯を食べた事が無かったから……」
「あぁ、そうか……」
その言葉を聞いて、何故『夜』という単語を彩華さんが強調気味だったのか、僕は理解できた。
確かに僕は、いじめられている事実を告白した日以降、彩華さんや綺堂家お抱えのシェフ、そして卯月さんが丹精込めて作り上げた素朴で美味しい弁当の味を堪能する機会を何度か体験し、その度に美味に舌鼓を打っていた。
でも、あの日、苛烈ないじめによって折角母さんと共に作った弁当がズタズタになってしまった事で、僕は彩華さんに特製の弁当をおすそ分けする事が出来なかった。加えてそれ以降も、なかなか彩華さんの綺堂家の味を堪能してもらう場面は訪れなかったのだ。
彩華さんの言う通り、今回がまさにあの時果たせなかった約束――互いの食事を堪能する、という事を実現させる最大のチャンスかもしれない。
「彩華さんの家に務めるプロの料理人さんには敵わないかもしれないけれど……でも、母さんの料理はとっても美味しいし、父さんの切り方は豪快だけど噛み応えがあるってのは確かだよ……」
「ふふ、そうなのね……でも、一番の美味しさの要は譲司君の腕前でしょ?」
「う、そ、そう言われると余計に緊張しちゃう……」
「あら、ごめんなさい。でも、ますます楽しみになってきたわ」
僕もだよ、と笑顔で告げた後、僕は彩華さんにいつ家へ遊びに行けるか、予定を改めて聞き出した。
「次の休日……うん、確かこの日は何も予定が無かったはずだよ」
「本当!?良かった、私もこの日が丁度空いていたの。他の日はちょっと難しいかもしれないから……」
「そうなんだ……良かったね、彩華さん」
そして、僕はこの旨を父さんや母さんにもしっかり相談する事を告げた。当然だろう、今回は単なるお出掛けではなく、我が家へ招待して美味しい料理も振る舞うのだから。
でも、きっと父さんも母さんも彩華さんの来訪を喜んでくれるはずだ、と僕は楽観的な思いを語った。彩華さんが、嬉しそうな声をスマホの通話口から響かせたのは言うまでもないだろう。
「じゃあ、今夜言ってみるよ」
「良い答えを期待しているわ、譲司君!」
通話を切った後も、僕の心拍数はまだ上がったままだった。嬉しさと緊張、やがて来る未来への希望。様々なポジティブな感情が入り混じり続けていたからだ。
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やがて、約束の夜が訪れた。
『特別な友達』である綺堂彩華さん=先日父さんや母さんが会った綺堂家の当主・綺堂玲緒奈さんの娘さんが家へお邪魔する旨を告げた時、父さんや母さんはとても嬉しそうな顔をしてくれた。
「そうかそうかー、譲司のガールフレンドがついに家へ訪れるのか!それは良かった!」
「ふふ、母さんもとっても嬉しいわ。それだけ譲司との友情が深まった証ですもの」
「しかし、これは大変だぞ。相手は綺堂家の令嬢だ。失礼が無いよう、丁寧にもてなさなきゃ……」
「え、そ、そうなの……!?」
「もう父さん、そこまでやったら逆に相手が困っちゃうわよ」
冗談だよ、と明るく笑う父さんの顔を見た僕は、更に彩華さんからの要望を告げた。美味しいと評判の和達家の夕食を是非ともご馳走になりたい、という願いを。
それを聞いても、父さんや母さんは決して嫌な顔をせず、ますます嬉しそうな顔を見せてくれた。
「なるほど、これは確かに綺堂家のシェフに負けてられないわね、父さん」
「そうだなぁ、父さんも微力ながら手伝うとしますか!」
「ぼ、僕もできる限り手伝うよ……!」
「勿論、譲司にはたっぷり手伝ってもらうわ。だって、お友達は譲司の料理を楽しみにしているんでしょ?」
「ま、まあそうかな……」
「ふふーん、譲司、料理上手はモテ度がアップするんだぞー」
「え、そ、そうなの……?」
「そうよ、だから結婚前の父さん、私に格好良い所見せたいからって独学で料理の腕を磨いたのよねー」
「か、母さん……!恥ずかしいからその話は……」
そんな感じに仲睦まじい所を見せつつ、父さんや母さんは僕の突然の提案を快く受け入れてくれているように見えた。これなら、彩華さんとの我が家で過ごすひと時を楽しく過ごせそうだ――そう思い、僕は彩華さんから提示された都合が良い日付を述べた。
だが、その途端、両親の顔色が変わったような気がした。母さんに促され、もう一度日付を伝えた僕に返ってきたのは、先程とは悪い意味で打って変わった、父さんや母さんの微妙な表情だった。
「そ、その日は……」
「すまん、譲司……ガールフレンドが来る日付の変更、難しいか……?」
「えっ……!?」
ついさっきまで楽しそうに僕の提案に乗っていたのに、どうして態度を急変させてしまったのか。一体その日に何があるのか、と尋ねた僕に、父さんは語った。僕が父さんや母さんに伝えたい事があったのと同様に、父さんも母さんもまた、僕に連絡したい重大な要件があった事を。
「譲司、以前俺たちにお世話になっている『先輩』がいるって言った事、覚えているか?」
「う、うん……確か父さんや母さん、ふたりの大学時代の先輩でしょ……?」
「その先輩が、我が家に来るのよ」
「……え……えっ?」
そして、父さんと母さんは、僕に説明を始めた。
とある学校に勤務する『先生』だという、両親の大学時代の先輩が、この僕、和達譲司の今後の進路に関する重大なアドバイスをするため、家を直接訪れる事になった、という旨を……。
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