第171話:『鉄デポ』近況便
「「いただきます!」」
街で一番大きく、交通関係の書籍が充実している図書館。そこでたっぷり本を借りた後、併設されているレストランで昼食を食べるのは、僕や彩華さんにとってすっかりお馴染みのスケジュールになっていた。
今回、僕たちが注文したのは、ふんわりした半熟卵が美味しいオムライス。
チキンライスやケチャップと絡み合う卵の味わいがたまらないのは勿論、サラダやスープまでセットになっていながらも値段が比較的手頃なのが、もう少しで『学生』に戻ろうとしている年齢の僕たちにとって非常にありがたかった。
「やっぱりここのレストランのメニューはどれも美味しいわよね」
「本当だよね。母さんの料理も勿論美味しいけれど、ここのレストランの味わいも大好きだよ」
「譲司君の気持ち、凄い分かるわ。我が家のシェフの味にも負けないものね」
確か先日、暇潰しに見たとあるケーブルテレビの料理番組でも、この街で一押しの名店としてこのレストランが紹介され、レポーターの人が自慢の料理に
僕たちのようにこの場所を高く評価する人は結構多いかもしれない、と言う僕の意見に、大きく納得してくれた彩華さんは、ふと何かを思い出したように話題を変えた。
『紹介』というキーワードで、先日聞いた嬉しい報告を思い出したのだ。
「ああ……あれだね。スタイリストのコタローさんの……」
「そうそう。コタローさんのヘアサロン、また高評価を貰ったのよね」
鉄道オタクが集うネットの隠れ家『鉄デポ』のメンバーで、スタイリストとして多くの人々の美に接し続けているコタローさんこと住之江虎太郎さんが経営しているヘアサロンが、とある有名なウェブサイトで公開された人気ヘアサロンランキングで見事にトップ3に入っていたのである。
コタローさんを始めとするスタイリストの皆様の腕前は勿論、緊張しているお客さんの心を和ませる言葉、ヘアスタイルに悩む人への的確なアドバイスなどのサービスも良く、話すのが少し苦手な人にもしっかり配慮してくれる。
店内も外国風の穏やかな雰囲気で整えられており、ついそのまま長居しそうになるほどに心地良い。
そして住之江虎太郎店長が気さくで優しくて素敵――ウェブサイトに掲載された投票理由には、様々な形でヘアサロンを褒め称える文面が記載されていたのである。
でも、僕たちがあのヘアサロン、そしてコタローさんを高く評価するもう1つの理由は、流石に書かれていなかった。
「コタローさんが外国の鉄道に詳しいから、なんて事は誰も言っていなかったみたいね」
「まあ、僕たち『鉄デポ』メンバーだけの公然の秘密みたいな感じになっているからね……」
僕たちにとって、コタローさんはカリスマスタイリストであるだけではなく、外国の鉄道に明るく様々な知識を優しく解説してくれる、『鉄デポ』にいるお兄さんのような存在。
以前訪れた時も、ヘアサロンに展示されていた鉄道模型をきっかけに、冷戦時代に大量生産が行われ世界中に導入された路面電車車両『タトラT3』について教えてくれたのを、僕ははっきりと覚えていた。
その際に、このタトラT3についてある不思議な話を、次回訪れた時の話の種として残していた事も。
「確か、旧ソ連とかの東側諸国の路面電車なのに、何故か西側諸国のアメリカの技術を使っている、っていう不思議な話よね……」
「本当に不思議だよね……。新しい学校へ通う前にコタローさんの店にヘアカットの予約をしたから、その時に話をじっくり聞いてみるよ」
「へえ、丁度良いタイミングね。じゃあ、その時は私にも詳細を教えてくれたら嬉しいわ」
「が、頑張ってコタローさんの解説を覚えます……」
難しい単語が頻出しなければ良いけれどな、と苦笑いしつつも、僕はしっかりコタローさんの海外鉄道解説を聞く決意を固めた。
一方、コタローさんの話題で盛り上がってくれていた彩華さんは、話題を更に大きく広げ始めた。
ウェブサイトで高評価を貰ったコタローさんばかりではなく、『鉄デポ』の仲間たちもまた様々な形で、それぞれの活躍を続けているのだ。
人気イケメン動画配信者で、気さくで明るいムードメーカー、そして旧型電車が大好きという側面を持つ『飯田ナガレ』君。
先日投稿された動画も、愛ある突っ込みを多くの視聴者から受けつつも順調に再生数を伸ばしており、また沢山ファンが増えてしまう、と僕たちに嬉しそうに語ってくれた。
そして、そんな動画配信の功績を買われ、近々開催されるという学校の学園祭におけるMCをやってみないか、と生徒会や放送部からオファーが舞い込んだ旨も、一緒に報告してくれた。
そういったMCの仕事は今までやったことが無く、練習などで忙しくなりそうだけど、良い経験になりそうだ、とナガレ君は俄然やる気になっている様子だった。
「有名配信者がMCの学園祭って色々と凄そうだね」
「私たちも、予定が空いてお邪魔できたらいいわね」
ナガレ君と同様、学業の傍ら人気美人モデルとして活躍し、同年代への影響力も大きい『幸風サクラ』さん。
実は寝台列車に昔から憧れを抱いており、僕がいじめを受けたと聞いた時に、『鉄道オタクの味方は大勢いる』という事を示すため様々な夜行列車に関する写真をSNSにアップし、これらが何よりも大好きである事を存分にアピールしまくっていた。
その後、この投稿がサクラさんのファンのみならず、同じく寝台列車が大好きな鉄道オタクの人たちの目にも留まったようで、その中には引退した寝台列車に使用されていた客車を大切に保存し続けている団体の人たちも含まれていた。
そして、先頃、サクラさんにその場所を是非訪れてくれないか、客車の宣伝に協力してくれないか、というオファーが舞い込んだというのである。
「あんなに大喜びしているサクラは久しぶりに見た気がするわ。一番嬉しい仕事だって大はしゃぎしていたもの」
「気持ちは分かるよ。幸風さん、寝台列車と絡めた仕事をやってみたい、って前から何度も言っていたし……」
僕たちと同じように、長年の夢を叶える機会がついに訪れた幸風さん。もう少ししたら現地で撮影を行いつつ、客車の中で宿泊して、『夜行列車』のベッドの狭さや硬さ、そして心地良さや魅力を存分に体験してくる、と『鉄デポ』で興奮して語っていた。
一方、アイドルグループ『スーパーフレイト』のセンター『葉山和夢』として活躍する、優しいお姉さんのミサ姉さんこと『美咲』さんは、最近あまり『鉄デポ』にログインする事が無い状態が続いていた。
でも、それは仕方のない事。何せ、『スーパーフレイト』はただいま全国ツアーの真っ最中なのだから。
「人気アイドルって大変よね……。ダンスに歌にトークに、色々な練習をしなければならないんでしょう?」
「『鉄デポ』で語れる時間も限られているよね……」
ただ、それでも美咲さんは大の貨物列車オタクとして、空いた時間を見つけて遠征先の駅に立ち寄り、たっぷり魅力的な貨物の写真を撮影してくる、と意気込んでいた。
アイドル活動よりもそちらの気合の方が上かもしれない、と僕は何となく思った。
「でも、無理はしないで欲しいね」
「そうよねー。まあ、ツアーが落ち着いたら、たっぷり思い出話を聞きましょう」
そして、そんな大人気アイドルグループ『スーパーフレイト』の中でも特に評価が高い曲を、先日バーチャルTuberの『来道シグナ』さんが、美咲さんたちが所属する事務所からしっかり公認を受けた上でカバーした。
『スーパーフレイト』が歌声で描いた世界観はそのままに、シグナさんらしい可愛さや元気さが込められたこのバージョンはこれまた人気になっており、シグナさんがこれまで投稿した動画の中でもかなりの伸び具合になっている――僕たちは先日、このシグナさんの中の人の代理人を務めているという『鉄デポ』のメンバー、ちょっと内気だけど優しくて温和な『トロッ子』さんから話を聞いた。
でも、僕たちはそのトロッ子さんとシグナさんの関係に際して、1つの疑問を抱いていた。
先日、『鉄デポ』で知り合った仲間たちと一緒に賑やかなオフ会を繰り広げた時、カラオケでトロッ子さんはこの楽曲――シグナさんがカバーした『スーパーフレイト』の人気曲を熱唱していた。
失礼ながらトロッ子さんの歌声は予想を遥かに超えた可愛さに満ち溢れており、アイドルの美咲さんから直々にスカウトさるほどの実力を有していたのである。
その時聞いた、トロッ子さんの本気の歌と、来道シグナさんの熱唱が――。
「……やっぱり、似ているわよね……」
「うん……。僕も、最初聞いた時はトロッ子さんかと思ったよ……」
――非常にそっくりだったのである。
何故か今まで一度も『中の人』が姿を見せた事が無い来道シグナさんと、ずっとその代理人としてシグナさんの代弁を勤め続けているというトロっ子さん。
それに、先頃アップロードした動画の歌声の事実を踏まえると、僕たちの中で考えられる仮説はただ1つ――あのトロッ子さんこそ『来道シグナ』さんの中の人なのではないか、という事だった。
でも、僕たちはそれ以上踏み込む事はやめておくことにした。その『仮説』が真実か否かは、トロッ子さん、もしくは来道シグナさん本人が明かしてくれるのを待った方が良い、と考えたからである。
「もしこれが真実だとしても、今までずっとそれを隠し続けていたのは、トロッ子、もしくはシグナ側に何か深い理由があるからかもしれないものね」
「そうだよね……。あまり深堀りし過ぎると、トロッ子さんやシグナさんにも迷惑かけちゃうから……」
「ええ、誰だって隠したい秘密はあるものだものね。私だって……」
また『本来の苗字』を隠して暮らす事になるから――トロッ子さんの思いを察するように、彩華さんは語った。
そう、彩華さんもまた、これから通う事になる教頭先生の学校で、本来の苗字である『綺堂』を隠し、彩華さんの母さんの旧姓である『梅鉢』という苗字で過ごす事になるのだ。
以前の学校のように、大富豪の綺堂家である事が学校全体にばれて人間関係が大きく変わってしまう事態を防ぐため、綺堂家だからと特別扱いされる状況を生み出さないため、という理由もあったけれど、憧れている『母さん』と同じ苗字で過ごしたい、という彩華さん自身の意向も大きかった。
幸い、学校もそれらの事情をしっかり認識した上で、特別に仮の苗字で過ごす許可を与えてくれたという。
「彩華さんも、『鉄デポ』のみんなも、色々な事情を抱えているんだね……。みんなその中で頑張っている……」
「そうね……。でも、私たちは『鉄デポ』の中でいつでも出会える鉄道仲間。何かあったら、またみんなで思いっきり言葉を交わして、すっきりしましょう」
「今度は、僕がみんなの力になれれば良いな」
「ふふ……そうね」
そんな事を語り合っているうち、いつの間にかオムライスやサラダ、スープが入っていた皿や器はすっかり空っぽになっていた。
グラスの中に残っていた水を飲み干し、そろそろレストランを後にしよう、と準備を始めようとした時だった。僕と彩華さん、双方のスマートフォンにある連絡が届いたのである。
それを見た僕たちは、互いに笑顔でその画面を見せ合った。
そこには、僕と彩華さんが転入する、『教頭先生』が教頭を勤める学校の制服が、それぞれの家に届いた事を記す文面が表示されていた……。
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