第137話:譲司の決意
「僕が……僕が、彩華さんの父さんを……説得してみせるよ」
彩華さんと同じ学校へ転入するため、苦悩し続ける綺堂家当主・綺堂玲緒奈さんの力になるため、僕が一言述べてみせる。
勇気と覚悟を背負ったうえで僕が放ったその言葉を聞いた時の皆の反応は様々だった。驚いたような顔を見せた僕の父さんや母さんの一方、教頭先生は、どこか嬉しそうに僕を見つめながら微笑んでいた。
「……ほう」
そして、彩華さんは、僕の言葉に驚きつつ、不安そうな口調で尋ねてきた。本当に大丈夫なのか、成功する確証はあるのか、確実に私を同じ学校へ導いてくれるのか――次々に述べられる、僕に寄り縋るような言葉に少しだけ圧倒されつつも、何とか僕は自分なりの返答をすることが出来た。
「確証があるのかって言われると、正直自信は無いし、上手く行くかは分からない……」
「え、じゃあどうして……」
「でも、1つだけ確実なものがあるような気がするんだ。教頭先生、確認したい事があります」
「何かな、譲司君?」
「彩華さんの父さんが迷い続けているのは、彩華さんの事をどこまでも真剣に考えているからなんですよね?」
その言葉に対し、教頭先生は、確固たる自信を示すような頷きを見せてくれた。教頭先生が古くから知る『綺堂玲緒奈』さんは、娘のためならどこまでも真剣に考えてくれる人だ、という事を示すかのように。
それをしっかりと見たうえで、僕は彩華さんへ向けて言葉を続けた。
「だったら、僕は悩み続けている玲緒奈さんの後押しをする『補助機関車』になりたい。僕と一緒の学校に行くという選択肢が、彩華さんの未来にとってどれだけ幸せな事になるのか、はっきりと伝えたいんだ」
そのために、僕は絶対に諦めない。たとえ無理だと相手に言われても、出来る範囲でどこまでも後押しして、彩華さんが願う未来を近づけさせてみせる――何とか思いを言い切ることが出来た僕に返ってきたのは、嬉しさを存分に溢れさせた満面の笑みを見せる彩華さんと、どこか感心したような表情を見せる僕の父さんや母さん、そして――。
「……なかなか言うねぇ、譲司君」
――その言葉に続いて、僕に突然質問を投げかける教頭先生だった。
「ちなみに聞くけれど、譲司君と一緒の学校に行くと彩華ちゃんにはどんなメリットがあるのかな?」
「え!?え、えーと……そ、その、僕たちは同じ趣味を持っているから、彩華さんがまたひとりぼっちにならずに済んで、新しい学校にも馴染みやすくなるかな、と……そ、それで……」
唐突の『面接練習』が始まったせいで困り果てながらも、何とか僕は彩華さんと一緒に行く事がもたらす効果を幾つか提示する事が出来た。
当然、直後に教頭先生は僕の父さんや母さんに注意されてしまった。彩華ちゃんのために頑張ろうと決意した自分たちの息子を困らせるとはどういうつもりなのか、と。
「いやいや、悪いねぇ。ちょっとだけ譲司君の本気を拝見したかったのさ。しっかりとした考えに裏打ちされた行動だって認識できて、私も嬉しいよぉ」
「何を言っているんですか、相田先輩。譲司は俺たちの息子、いつだって本気ですが?」
「ええ。親として不安が無いというと嘘になっちゃいますけれど、あそこまで言われちゃ応援したくなりますよ」
「はは、それもそうだねぇ。『鉄デポ』でも頑張っている事だし」
「父さん……母さん……教頭先生……」
僕の決意をしっかりと応援してくれる旨を告げてくれた3人に礼を述べた後、今度は彩華さんが僕を含む面々に丁寧に頭を下げて礼を述べた。自分のためにここまで尽くしてくれて、感謝の言葉を幾ら述べても足りない、と。
そんな彩華さんの言葉を聞いた僕は正直に告げた。これは彩華さんのためだけじゃない、僕の『欲望』、『我がまま』を叶えるためでもある、という率直な思いを。
「譲司君……」
「父さんに母さん、悪いけど、今回はいつも以上に『悪い子』になるかもしれない……。彩華さんと一緒の学校へ行くために、なんだってするかもしれない……」
許してくれるよね、という僕の言葉に、母さんは苦笑いをする一方、父さんはどこか感心したような表情を見せながら、なかなか言ってくれるじゃないか、と若干挑発めいた、でも僕を褒め称えているような、そんな反応を返してくれた。
そして、そんな僕を見て、彩華さんはこう言ってくれた。出会ったばかりの頃――あの地獄のような場所で懸命にもがき苦しんでいていた頃と比べて、とても頼もしく、格好良くなった、と。
僕の顔が真っ赤になったのは言うまでもないけれど、それでも何とか僕は嬉しいという感謝の言葉を伝えることが出来た。
やがて、そんな僕たちのやり取りをじっと見つめていた教頭先生が、ゆっくりと動き出した。
「……さて、キリが良い所だ。私はそろそろ、おいとましちゃいましょうかねぇ」
「あれ、教頭先生、もう帰られるんですか?」
もう少しいても良いのではないか、と声をかけたのは、彩華さんだった。その顔には、最初に教頭先生と遭遇した時から抱いていた警戒心や不信感のようなネガティブな感情はだいぶ消えているようだった。
でも、教頭先生はそのような変化を知ってか知らずか、普段通りの優しい声でこう返した。元々今日は僕と彩華さんが和達家でのんびり暮らす予定だったわけだから、これ以上家の中でぐうたらのんびり過ごすような図々しい真似はしない、と。
「教頭先生……」
「……まぁ、それにもう1つ理由があるんだよねー。聞きたい?」
「な、なんでしょうか……?」
僕の問いに、教頭先生はとても嬉しそうに答えた。郊外の団地で待っている『かみさん』こと教頭先生の奥さんが、美味しい肉じゃがを作って待ってくれているはずだから、と。自分の知る限りかみさんより美味しくご飯を作れる存在はいないね、と続けた教頭先生の自慢へ噛み付くように言葉を返したのは僕の母さんだった。
「あら、相田先輩?我が家だって、今日は譲司と一緒に作る世界一美味しい料理を彩華ちゃんも交えて味わう事になっているんですよ?」
「え!?本当!?そ、そっちも食べたい……で、でもやっぱりかみさんだよ!うちのかみさんの肉じゃがの方が美味しいもんね!」
「いやいや、先輩の奥さんには負けませんからね」
「いやいやいや、うちのかみさんの方が……」
何故突然『先輩』こと教頭先生と僕の母さんが張り合い始めたのか、その理由は父さんが教えてくれた。
大学時代からずっと仲が良かった僕の父さんや母さん、教頭先生、そして教頭先生の奥さんだけれど、料理に関しては父さんや教頭先生よりも母さんと教頭先生の奥さんの方が上手で、しかも互角の腕前で度々料理勝負を繰り広げていたらしい。勝負が行われるたびに美味しく食べながらも、毎回教頭先生と共にどちらが上か判断に困っていた、と父さんは苦笑いしつつも感慨深そうに語っていた。
「なるほど……」
「喧嘩するほど何とかですね……」
彩華さんが突っ込んだ辺りで、ようやく教頭先生と母さんの言い合いは終息したようだった。
「ま、まあともかくだね、私としては是非私の学校に来て欲しい!というのが本音さ。でも、判断を決めるのは譲司君と彩華ちゃん、君たちに託すよ。後悔しない未来を掴み取って欲しい」
「「……はい!」」
僕と彩華さんの声を合わせた返事に、白い歯を見せながら嬉しそうな微笑みを見せる教頭先生は、どこか普段のお調子者っぽさを見せつつも、普段以上の頼もしさを感じた。
そして、僕たち和達家に渡した資料の分だけ厚みが薄くなった鞄を手に取り、教頭先生は手を振りながら、和達家を後にしたのであった。
学校でも『鉄デポ』でも、皆を纏める重要な立場に自ら名乗りを上げながら、マイペースでお調子者な雰囲気に皆を巻き込みっぱなし。でも、それでいて責任はしっかりと果たし、真面目な所はしっかりと真面目に通してくれる。教頭先生の一面を知った今、いざこうやってあっさりいなくなると少しだけ寂しくなる――そんな事を思っていた時だった。突然、家の呼び鈴が鳴ったのは。
インターホンに取り付けられたカメラが捉えた映像には、先程格好良く我が家を去ったばかりの教頭先生が大慌てしている様子が映し出されていた。
『ごめん、開けてくれない!?充電してもらっていたスマートフォンを忘れてた!』
「あ、本当だ……」
父さんの言葉を受けて視線を向けた先には、机の上に乗っかっている見慣れないスマートフォンが置かれていた。
そして、玄関の扉が開かれるや否や大慌てで戻ってきた教頭先生は、それを手に取り、苦笑いを見せながら、今度こそ和達家を後にした。忘れ物は無いか、もう戻ってくる必要は無いか、と母さんや彩華さんに何度も確認されながら。
幸い、今度こそまたいつか、という言葉通り、教頭先生がまたも慌てて帰ってくる、という事態は起きなかった。
「最後まで相田先輩は相田先輩だったわね……」
「全くだな……ま、昔から変わらない様子で、少し安心したよ」
「おっちょこちょいでドジで賑やかだけれど、どこか憎めないのよね」
父さんと母さんの会話の内容に、僕も彩華さんも大いに納得した。
何だかんだで『面白い人』だ、というのが、僕や彩華さんによる教頭先生への評価だった。
やがて、教頭先生が作り出した賑やかな空気がようやく落ち着いた辺りで、僕と母さんはいよいよ今回彩華さんを招いた最大の理由の1つに取り組むことになった。
父さんと一緒にゆっくりくつろいで欲しい、と母さんに促された彩華さんは、これから皆でどんな『料理』を作ってくれるのか、と楽しみそうな表情を見せながら尋ねた。
「ふふ……それはね……」
そして、母さんは堂々と本日のメインメニューを、本日の来賓である綺堂家令嬢・綺堂彩華さんに伝えた。
先輩=教頭先生の奥さんが作る肉じゃがにも負けない美味しさに定評がある、和達家特製・具だくさんカレーを……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます