第104話:第一目的地への道のりで

「さて、コーディネイトチェックも終わったところで!」

「皆の着こなしが素敵で肝心な事を忘れかけていたねー」


 幸風さんや美咲さんの指摘通り、『鉄道』を全身に着こなしていた皆のファッションについ夢中になりすぎて肝心な事を忘れかけていた僕たちは、改めて今日の本題――『鉄デポ』の皆が集まった『オフ会』の話を進める事にした。

 実はまだ、僕たちは駅前広場にこうやって集まった後、最初にどこへ行って何をするか、という事すら全員で把握していなかった。正確には、僕と彩華さん以外の面々には、まだどこへ行くのか明かしていなかったのだ。

 というのも、実はこのオフ会を開催する事を教えてもらい、参加の意思を示した直後、僕たちは幸風さんからメールである事をふたりで相談して欲しいと連絡を受けた。

 最初に行きたい場所は、是非今回の主役たるジョバンニ君と彩華で決めてもらいたい、と伝えてくれたのだ。


「で、ジョバンニ君に彩華ちゃん?私たちをどこへ連れてってくれるのかなー?」

「遊園地っすか?ターミナル駅?はっ、もしかして外国の名撮影地……!?」

「それは無理だって事前に言ったからねー、残念でしたー」

「くっ……無念っす……!」


 それはいつか機会があったら、と慌ててフォローしつつ、僕と彩華さんは互いに顔を合わせた。

 僕たちはメールや電話で何度も連絡をしながら、皆で行くにはどこが良いか、どこが一番『鉄道オタク』として楽しめるのかを考えた。駅、車庫、名撮影地に交通博物館――流石に『外国』は最初から選択肢になかったけれど、候補は幾らでも現れた。でも、突き詰めて考えているうち、僕たちが一番楽しめる場所、そして僕と彩華さんが一番落ち着いて皆をもてなせるような場所と言えば、ここしかないだろう、という結論に至った。

 ただ、それでも僕は不安だった。ふたりで決めた『オフ会』の最初の目的地は、遊園地や駅などの定番スポットとは大きく外れている。ここで唐突に発表したとして、皆は納得してくれるのか。もしかしたら、心の奥底で不満などを抱かないだろうか――心の中で心配する感情が渦巻き続けた。

 でも、彩華さんは、どう受け取られようがここで腹を括るしかない、自分たちで決めた事だから、と伝えるかのように無言で頷いた。

 不安と緊張で怯えてばかりの僕と違って、彩華さんは正々堂々としている。やっぱり、こういう所はまだまだ見習わないと、と思いつつ、僕は勇気を出して皆に最初の目的地を告げる事を決めた。


「あ、あの……!そ、その、今回の『オフ会』、最初の目的地なのですが……!」


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「いやー、考えてみれば行くのは随分久しぶりっすね」

「私もそうだねー。結構遠い場所に住んでいるから行く機会が無かったし」


 ICカードを改札機に当て、ホームに到着していた電車に乗り込んだ僕たちは、両開き扉の近くにあった座席を見つけて皆で座った。幸いにも電車の中はそこまで混んでおらず、僕たち6人は遠慮することなくしっかりと着席したうえで『目的地』に向かう事が出来た。

 そして、車内で盛り上がり始めるナガレ君や美咲さんたちへ向けて、彩華さんは『謝罪』の言葉を述べた。色々と考えたけれど、結局はターミナル駅のように電車がたくさん集まる場所でも、遊園地のような盛り上がる場所でもない、悪く言えばぱっとしないような場所になってしまったかもしれない、と。それは、僕の心を代弁しているようにも聞こえた。


 でも、そんな言葉に対して、幸風さんやナガレ君、美咲さんは笑顔でそんな事は全然ない、目的地=『図書館』へ行くのは楽しみだ、と返してくれた。


「聞いた事あるっすよ!今から行く『図書館』、交通関係に滅茶苦茶強い場所なんすよね?」

「絶版本もたくさん収蔵されているって聞いたねー。貨物列車の本、沢山あったら嬉しいなー」

「あたしも最近行ってなかったし、久しぶりに思いっきりブルトレ本でも探したいよ」


 それに、あの場所はこの僕=ジョバンニ君や彩華さんと出会い、このメンバーが揃うきっかけになった記念すべき場所。『オフ会』をするにはうってつけの場所だろう、と幸風さんは嬉しそうに語ってくれた。それが決してお世辞でも何でもなく本心であるのは、その屈託のない笑みからたっぷりと理解する事が出来た。

 彩華さんと共にほっと胸をなでおろした僕は、図書館へ行く事への楽しさへ意識を注ごうとした。いじめ問題に絡んでずっと遠出する機会に恵まれず、最近全然図書館へ遊びに行くことが出来ていなかった。この機会だから好きな本をたっぷりと探して借りて、思いっきり家で読みたい。一体どんな本が待っているのだろうか、新刊で面白いものは加わっただろうか――そんな事を考えていた時だった。


「トロッ子ちゃんも好きな本見つかると良いねー」

「あそこ、交通関連の本の所蔵数マジやべーから絶対良いのあるはずだって!」

「そ、そ、そうですね……あ、ありがとうございます……」


(……トロッ子さん、ちょっと心配だな……)


 美咲さんや幸風さんが気さくに話しかけているのに対して、トロッ子さんはガチガチに緊張したかのような雰囲気を露わにしていた。それも、この『オフ会』が始まってからずっとあのような調子だったのだ。折角素敵な衣装を身につけながら一緒に楽しい事をしようとしているのに、大丈夫なのだろうか、やっぱり体調が悪いのだろうか――今度こそ尋ねようとした僕だけど、その直前に電車が図書館への最寄り駅に到着してしまい、またも聞きそびれてしまった。


 そして、僕たちはそのまま図書館へ向かう道を進んだ。

 見慣れた道だけれど、賑やかな仲間たちと一緒に進むと、どこかいつもと違うような雰囲気を感じた。


「そういえば前にコタローさんが言ってたっすけど、インドに長距離寝台電車が登場するそうっすね」

「16両編成で最高速度160km/h、全席ベッドで冷房や食事付き、とか言う話だったねー」

「へぇ……日本の581系や583系、285系辺りの寝台電車を思い起こさせるわね」

「あとノルウェーにも寝台電車がデビューするって話も一緒に言ってたっけ……でも代わりに客車寝台列車が減っちゃうのはちょっと寂しいかな」

「まあまあ、オーストリアからヨーロッパ全土を走る『ナイトジェット』に新型客車が導入されたって話もあるからまだまだ大丈夫だよー」

「そうなの……!新型客車なんて、日本だとレアな言葉になっちゃたわね」

「いやぁ、すっかり忘れてたよ。つーかさー、客車もだけど、外国は夜行列車の話題が賑やかでマジ羨ましいんですけど……ねー、ジョバンニ君にトロッ子?」


「そ、そうですよね……」

「は、はい……」


 いつの間にか世界中の寝台電車の話題で盛り上がっていた幸風さんたちに話を振られ、僕たちは慌てて相槌を返した。僕もだけれど、トロッ子さんもまた緊張のあまり、皆の会話の輪に上手く入れないような雰囲気を見せていた。とても興味のある鉄道の話なのに、まるで『壁』があるかのように、加わりづらいような心地を僕たちは味わっていたのかもしれない。

 この調子で、僕たちは本当にこの『オフ会』を楽しめるのだろうか――そんな事を考えているうち、僕たちは大きな図書館の入り口へと辿り着いた。

 そして、早速皆で足を踏み入れようとした、その時だった。


「あ、あの……そ、その……」


「……ん?」

「どうしたんすか?」


 まるで声を振り絞るかのように、トロッ子さんが僕たちにこんな事を尋ねてきた。自分も、皆と一緒に『図書館』に入って、本当に大丈夫なのだろうか、と。


「勿論、大丈夫よ。図書館はどんな人だって受け入れる場所だからね。私たちだって、学校の図書館に救われて……」


 すぐに頼もしい声で励まそうとした彩華さんだったけれど、その言葉を遮るかのように、トロッ子さんは語った。その事はとても理解している、図書館は自分のような存在でも自由に入ることが出来る差別なき楽園のような場所だ、と。でも、理解したうえでもなお、トロッ子さんの表情や体の動きからは、不安や心配、そして怯えのような感情が見て取れた。

 大丈夫なのか、一体何があったのか――僕がずっとかけようとしていた心配の言葉を、ナガレ君や幸風さんが告げた時、トロッ子さんは、怯えながらもはっきりと、心の中にずっと抱えていた気持ちのようなものを、僕たちに投げかけた……。


「あ、あの……私、『場違い』ではないでしょうか……この場にいて、本当に良いのでしょうか……?」

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