第103話:『好き』を着る事
実は大富豪・綺堂家の令嬢、凛々しくて優しくて綺麗な僕の『特別な友達』である彩華さん。
モデルやインフルエンサーとして活躍する、ギャル風の外見に明るく気さくな性格の持ち主である幸風サクラさん。
いつも楽しい動画を配信する人物として大人気、背も高くて声も素晴らしいイケメン男子の飯田ナガレ君。
アイドルグループ『スーパーフレイト』のリーダーとして高い支持を受ける、朗らかな雰囲気のお姉さん、美咲さん。
多くの視聴者を集めるバーチャルTuber『来道シグナ』さんの大親友として多方面で支える、可愛らしい声の持ち主であるトロッ子さん。
そして、そんな面々と比べてみると、背も低いし声も格好良くないし、外見も冴えないし服のセンスも無いし、情けない男子である事がますます露わになってしまっているような気がするのが、この僕、和達譲司。
この6人が、いつも語り合っている会員制クローズドSNS『鉄デポ』を飛び出し、私鉄の駅の前に作られた綺麗な広場の前に集まったのは、みんなで『オフ会』というものをやってみよう、と提案されたからだった。
発起人の幸風さん曰く、いつも話しているうち、是非リアルの世界でも親交を深めたっぷり鉄道の話を語り合いたいという気持ちが高まったから、というのも理由だったけれど、一番の理由は僕や彩華さんをずっと苦しめ、『鉄デポ』の仲間たちで一丸となって抵抗し続けていた『いじめ』問題がようやく一段落し、僕たちにとって有利な形で解決した事に対するお祝いだった。
スポンサーを説得して一緒にいじめを無視した学校を糾弾し、元凶を作った存在に対してもはっきりと自分の思いを伝えた勇気に自分たちも応えたい――そんな思いから、この場に僕たちを招待してくれた、という訳である。
「あ、トロッ子さん、は、はじめまして……ぼ、僕がわだ……じゃなかった、ジョバンニです……」
「私は彩華、ジョバンニ君の『特別な友達』よ。今日は1日、よろしくね」
「あ、あ、ありがとうございます……」
でも、折角誘いを受けたというのに、久しぶりにリアルで会う幸風さんや、今回初めて顔を合わせるナガレ君、美咲さん、そしてどこか緊張気味なトロッ子さんの外見を目の当たりにした僕は、心の中に劣等感のようなものが生まれてしまっていた。
そして、リアル世界でこうやって出会えた事への嬉しさを隠せない様子のナガレ君や美咲さんに向けて、僕はついこんな事を言ってしまった。
「……皆さん……なんだか格好良くて素敵で、服もとっても似合っていて……凄いです……」
ただ、これ以上余計な事を口走って場の雰囲気を悪くしてしまうのを恐れた僕は、慌ててそれ以上の言葉を声に出さないよう我慢した。
すると、そんな気持ちを知ってか知らずか、ナガレ君は自分が着ている衣装を嬉しそうに見せ始めた。白と黒を用いたモノトーンがクールな雰囲気で良く似合う、まさに『ストリートファッション』という感じだ、など様々な評価を受けたナガレ君は、満更でもない笑みを浮かべていた。
ただ、僕は以前、ナガレ君からこんな話を聞いた事があるのを思い出した。僕たちに負けず劣らず、大の『鉄道オタク』であるナガレ君は、自身が着ているファッションのどこかに鉄道要素を取り入れ、『好き』の気持ちを表現しているのだ。もしかして今回もそうなのだろうか、と僕が聞くよりも前に、ナガレ君は自分から興奮したように解説を始めた。
「へー、今回は『旧型国電』じゃないのね」
「いやぁ、たまにはイメチェンしてみたいって考えたんすよ。それで、今回モデルにしたのはこの列車で……」
そう言って僕たちに見せてくれたナガレ君の最新式スマホの画面には、流線形の格好良い特急電車の写真が映し出されていた。
「あー、これって確か台湾の新型特急列車だよねー」
「流石ミサ姉さん、大正解っす!正確には『
「どおりで日本の特急電車のような雰囲気がある訳ね……納得したわ」
「つーかこれ、12両編成って凄くない!?国鉄時代の在来線特急みたいじゃん、マジうらやま!」
「や、やっぱり……ナガレ君、ファッションセンス、凄い良いね……」
「ふふ、じょう……じゃない、ジョバンニ君の言う通り。この列車のスタイリッシュな雰囲気が上手く取り入れられているわ」
僕たちが改めて褒めると、そんなに言われてもお礼なんて何もない、と照れつつナガレ君は逆に僕たちの服装もなかなか似合っている、と語った。
ありがとう、とお礼をさらりと言う彩華さんとは対照的に、僕の方は嬉しさが溢れる反面、どこか不安な思いも生まれてしまった。有名な動画配信者が褒めてくれるというのはとても素晴らしい事だけれど、なかなか自身が湧いてこなかったのだ。
そんな揺れ動く心に悩んでいた時、幸風さんが美咲さんの服装に突っ込みのような感想を述べた。
「ミサ姉さんの衣装もある意味個性的っちゃ個性的だよね」
「えへへ、そうかなー」
改めてミサ姉さんこと美咲さんの服装を見た僕は、その言葉に改めて納得した。
濃い緑色を基調として各部に黄色いアクセントを加えたブレザー、白いワイシャツ、黄色いリボン、そして短めのスカート――その衣装は、どう見ても『制服』そっくりだったのである。
学生時代の制服をわざわざ着用してきたのか、と彩華さんが不思議がるのと同時に、僕の方もついこんな質問をしてしまった。もしかして、美咲さんはどこかの学校に通う学生なのか、と。
「あはは、そう言われるって事は、私でもこんな服装がまだまだ似合うって事かなー?」
「え、じゃ、じゃあ……これって……」
一体どういう事なのか、美咲さんは幸風さんと共に解説をしてくれた。
結果的に、僕と彩華さんの推測はどちらも間違えていた。この服装は学生時代のものではなければ、そもそも『制服』ですらなかった。アイドルである美咲さんが所属する芸能事務所の社長が関わっているアパレルブランドが手掛けた、俗にいう『制服風コーデ』とも呼ばれるものだというのだ。今回、皆でオフ会をする旨を社長に伝えたところ、折角の機会だからとまだ世に出回っていないこの最新の制服風衣装を是非着用して、様々な場所でどう映えるか、周りからの印象はどうか、などのモニターをやって欲しい、と頼まれたのだという。
「つーか最新のコーデなんだからさ、モデルのあたしが最初に着たかったよ!ミサ姉さん羨ましい!」
「そんなに有名なブランドなの?」
「そうだよ!あたしも結構このブランドの服着て撮影してるし!」
「サクラさんが悔しがる通り、確かに似合ってるっすよねー。流石アイドルっす……」
「そ、そうですよね……羨ましい……」
そういう僕たちに、美咲さんはお礼を言いつつ、こんな事を語った。美咲さんが通っていた学校は私服登校が許可されていたせいか制服を着る機会がほとんどなく、こういった『制服』、特にブレザー風のものに袖を通す事に少し憧れていた、と。もしかしたら、そういった『好き』という感情が、より美咲さんのブレザー服を魅力的にしているのかもしれない、と僕は思った。
ただ、それでも1つだけ残念な事がある、と美咲さん――貨物列車が大好きな『鉄道オタク』のお姉さんは言葉を続けた。
「これ、結果的に鉄道と関係ないコーデになっちゃんだよね。ジョバンニ君や彩華ちゃんたちのような鉄道モチーフじゃないし、そこら辺はちょっと皆から浮いちゃったかな……」
その直後、美咲さんの考えに反論したのは幸風さんだった。『濃い緑色に黄色のアクセント』を加えている列車を、ブルートレインオタクの自分はよく知っている、と。
「ミサ姉さん、すっかり忘れてるよ!あったじゃん、緑色に黄色のラインの豪華寝台特急!大阪と札幌を結んだ……!」
「え……あれ……ああ!そっか、ありがとうサクラ、思い出したよー!」
「……ああ、そうか、『トワイライトエクスプレス』……!」
そう、幸風さんが言いたかったのは、美咲さんの制服風コーデの色合いは、JR史上最長距離を走る夜行列車として長らく活躍し、大阪と札幌の間を日本海を臨みながら結んでいた事で有名な豪華寝台特急『トワイライトエクスプレス』を連想させる、と言う事。美咲さんもまた、気付かないうちに一番の『好き』=鉄道要素を身に
「良かった、サクラのお陰で安心したよー。みんなも高評価ありがとうねー」
「へへ、ミサ姉さんは何着ても似合って羨ましいよ全く……」
「褒めてもチップは出ないよー」
そんなやり取りをしていると、美咲さんは自分の隣でどこか緊張しているような、そしてどこか不安そうな表情を見せている人物――トロッ子さんの方を向き、優しい笑顔を見せながらこう言った。トロッ子ちゃんの服装も、優しい雰囲気が出ていてとても素敵な色合いだ、と。
「そ、そ、そうでしょうか……わ、私、皆さんのように格好良くも綺麗でも……」
「ぼ、僕は……とっても似合っていると思います……!」
「ジョバンニさん……?」
トロッ子さんの言葉を遮ってしまった事に気づいた僕は慌てて謝ったけれど、逆にトロッ子さんの方もこちらこそ突然ネガティブな事を言って申し訳ない、と謝り返してしまった。どう言葉を返せば良いか分からず、つい固まってしまった僕たちを何とか宥めてくれた彩華さんやナガレ君たちは、改めてトロッ子さんの服装に注目した。上半分のふわりとしたシャツが少し濃いベージュ色、下半分のロングスカートが淡い赤色と言う、美咲さんの言う通りトロッ子さんの落ち着いた温和な雰囲気が現れている、ぴったりの色合いだ。
でも、僕たち『鉄道オタク』にとって一番の注目点は、その色合いが似合うか否かというもの以上に、その色合いが何の『鉄道』をイメージしているか、というものだった。
「トロッ子の服装……何か古い鉄道の本で見た事があるのよね……何だったかしら……」
「旧型国電の新潟色とかじゃないよね?」
「あれは赤と黄色で、雪でも目立つような派手な色合いだから違うっす……」
「……あの、もしかしてこれ、『
「あー、そうか!!思い出したっす!確か新潟県の軽便鉄道っすよね!」
「あったあった!流石ジョバンニ君、あたしたちド忘れしてたよー!」
「よ、良かったです……分かって頂けて……」
ほっと胸をなでおろしたよようなしぐさを見せたトロッ子さんの服装は、まさに『栃尾線』末期の電車や客車が纏った色合いそのものだった。
栃尾線は、かつて新潟県の長岡市や見附市に路線を有していた、線路の幅が在来線よりも狭い『軽便鉄道』と呼ばれる鉄道路線。個性的な電車や客車が多数導入されていた他、『CTC』と呼ばれる保安装置や、先頭の電車が一括でブレーキなどを操作できる『総括制御』を導入するなど近代的な施策を取り入れた事も出知られている。
残念ながら1970年代にバスや自家用車との競争に負けて廃止されてしまったけれど、日本を代表する軽便鉄道だけあってその名は今も知られている。
軽便鉄道が大好きだというトロッ子さんが、自分の『好き』を表現するのにこの路線の電車の色を使った意図を、僕はとても理解できた。
「ミサ姉さんも含めて、みんな『鉄道』に関する色合いの服装で集まった、って訳ね」
「あはは、私の場合も気付いたらそうなってたねー」
そう言って笑う美咲さんは、『好き』という思いが皆のコーデからたっぷり溢れて、こちらも良い気分になる、と語ってくれた。トロッ子さんの『栃尾線』をイメージした衣装も、僕の『新幹線』風の色合いも素敵だ、と付け加えながら。
「そうっすよねー。『鉄道』って、こういう楽しみ方もできるんすよね」
「あたしたち、この『オフ会』で早速良い発見が1つできたって訳か!」
そうだよね、と尋ねてきた『カシオペア』風コーデの幸風さんの言葉に、僕たちは同意の頷きを返した。
ただその時、少しだけ気になる事があった。
「そ、そうですね……」
正直、僕は相変わらず皆の格好良さや綺麗さに対する緊張が拭えないままだった。こんな素敵な人たちに囲まれてオフ会をするなんて、本当に大丈夫なのか、と。
でも、それ以上にトロッ子さんの方が緊張や不安、そして怯えているような雰囲気を感じたのだ。
大丈夫か、具合でも悪いのか、何か無理していないだろうか――声をかけようとした僕だけど、残念ながらその時はまだ、トロッ子さんの本音を聞く事が出来なかった……。
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