第84話:仏の顔も三度
「2人とも、座りなさい」
がっちりとした力強そうな体つきに、真剣にこちらを見つめる視線、そして額を広めにとった短めの髪形。この学校に多額の資金を提供しているという『スポンサー』の威厳を見せつけるような外見の男の人は、良く響く低い声で、僕たちに近くにある椅子に座るよう促した。その人の傍には、机を挟んで反対側に座る理事長やその奥さんらしき貴婦人が座っているものよりも豪華な椅子が2つ置かれていた。
梅鉢さんは一礼してすぐに椅子へ向かった一方、今までこういったものを利用した記憶が無い僕は少々困惑し、その場に立ちすくんでしまった。
でも、そんな僕の心情をすぐに察したかのように、梅鉢さんがいつもお世話になっていたというスーツ姿のお姉さんこと『卯月さん』は優しく微笑み、遠慮せず座っても良い事を示すかのように目線をゆっくりと動かしてくれた。
それに従い、スポンサーの人の言葉に甘える形で、慎重に椅子に座ろうとしていた時だった。
「お、おい!なんでてめえが椅子に座るんだよ!てめえみたいな鉄道オタクは地べたに正座だろうが!」
丁度目の前で絨毯の上に正座させられていた稲川君――『鉄道オタク』と言う理由で僕をいじめ続けていた首謀格が、急に大声で僕に罵声を浴びせた。その隣では、稲川君の両親である理事長や貴婦人は驚くのと同時に、若干の怯えや不安の感情を顔に覗かせていた。
「お前のような犯罪者が座るとその椅子が汚れるんだよ!早く俺に席を譲れ、このキ……っ!!」
ところが、その様子を眺めたスポンサーの男の人が黙らせるかのように一睨みした直後、稲川君の言葉は急に止まった。声が出なくなったように喉を抑えた稲川君は、しばらく慌てた素振りを見せた後、スポンサーの人や僕、そして梅鉢さんを睨み返しながら、再度正座の体勢へと戻ったのである。それはまるで、スポンサーの人に調教されて大人しくなった『犬』のようだった。
これが、『威厳』と言うものの正体なのだろうか――スポンサーの人への畏怖の心を更に感じながら、僕はゆっくりと豪華な椅子に座った。
緊張がさらに増してしまった僕に対して、隣の梅鉢さんはどこか安心したような表情をスポンサーの人に見せていた。
「では、改めて話を進める事にしよう」
「は、はい……そ、それがよろしいでございますね……!」
「そ、そうざます……!」
そして、会議の開始を告げるスポンサーの人の声に、理事長と貴婦人は慌てるように返事をした。
最初は他愛もない会話が続けられた。久しぶりに顔を見せ合った事、以前と変わった様子が無い事、『息子』も元気そうで何よりである事など、スポンサーの人が低い声で語り掛けると、その度に理事長や隣の貴婦人は恐縮しながら感謝の言葉を返していた。先程『息子』=稲川君があのような姿を見せてしまった事もあってか、僕にはスポンサーの人の機嫌を損ねないよう必死になっているようにも見えた。
やがて、スポンサーの人はこんな話題を出してきた。
「思えば、ここも開校してから幾年の年月が経過したな」
「そ、そうですね……!ほんとうに随分経ちましたね、はい……!」
「たくさんの生徒がこの場所で学び、遊び、己の夢を見つけ、やがて社会へ巣立っていった……ここは子供たちの様々な『好き』という心を育む場所だった。違うか?」
「そ、その通りざます!わたくしも夫と共にそれを守り続けてきたざますよ」
「うむ。確かにこの学校は、伝統と教養溢れる素晴らしい学校、そう称されてきた」
『だが』、とスポンサーの人はここまで述べ続けた、学校を褒める発言を自ら否定した。
その『素晴らしさ』の裏に、幾多もの汚点があった事を、忘れてはいけない、と。
そして、スポンサーの人の口から語られたのは、生徒である僕も聞いた事が無かった、この学校で起きた様々な不祥事だった。
学校を維持するため、生徒の未来のために寄付された大切なお金が不正に流用され、教員による飲食代や夜遊びに使われてしまった。
学校の入学試験の内容が何者かによって外部に流出し、それに一部の教員が関わっていた。
特定の生徒の成績が勝手に操作されている疑惑が生じ、調査の結果それが事実である事が判明した。
「……そ、それらは……それらはもう解決した事ではありませんか!?」
「なら、振り返っても問題は無かろう?過去を省みるのも大切だと聞くが?」
「は、はぁ……」
急にそれらの事を蒸し返したか事に反論する理事長を鎮めさせたスポンサーの人は、続けて顔を横に動かした。その視線が、僕の顔の方に向いていた事に気づくまで、若干の時間を費やしてしまった。
「……え、え……!?」
「ほう、その様子を見る限り、先程述べた事は全て知らなかったようだな」
「す、す、すいません……!そ、そ、その……ぼ、僕の調査不足で……」
慌てなくても大丈夫だ、とスポンサーの人は僕を宥めた後、その理由を語った。一部の生徒以外これらの『汚点』を知らないのは、ある意味では当然の事だ、と。
実は、この男の人を始めとしたスポンサーの『家系』の人たちは代々この学校に多額の支援をする形で支え続けており、こういった重大な問題が発覚する度に、理事長をはじめとする幹部と共に各方面へ頭を下げ、批判を一身に受ける事で、この学校や生徒、先生たちを守るため奮闘してきた。勿論、様々な監査にも丁寧に応じ、学校運営に関する最大の協力者として、嘘偽りなく問題の詳細を報告し続けた。
加えて、二度とそのような問題が起きないような対策も毎回しっかり講じており、悪評が薄れるほどの名誉がこの学校に訪れるよう、様々な形で協力してきたのだ。
確かに、学校で起きたこれらの不名誉な過去が完全に消失する事はなく、ネットの掲示板やSNSでその話題が蒸し返される事は幾度もあった。だが噂になるのはそれくらいの規模で抑えられており、この学校は『生徒の「好き」を支える場所』として維持され続けてきた、とスポンサーの人は語り続けた。
「全ては、君たちのような生徒のためだ。そのような過去の『悪評』などに負けず、この学校で勉学や部活、友情、恋愛、様々な『好き』な事に全力で励んでもらいたい。その一心で、我らはこの学校を支え続けてきたのだ」
「……そ、そうだったんですね……」
理解してもらったようで何よりだ、と良く響く低い声で返され、僕は再度恐縮してしまった。
一方、理事長と貴婦人はそれらの言葉――学校が今まで生徒のためを思ったスポンサーたちによって守られてきた事を改めて感謝した後、言葉を続けようとした。わが校は常に『生徒第一』、それを最大の目標として維持されてきた。そしてこれらもきっとその立場が維持される事を望んでいる、と。すると、それを途中で遮り、スポンサーの人はある疑問を投げかけた。
「……ならば、何故あのような、
「……!?!?」
冷静ながらも、その言葉にたくさんの怒りが混ざっているのを、理事長室に集められた沢山の人たちは一斉に感じているようだった。勿論、この僕もその響きの中に含まれていた恐ろしさを自分のもののように感じてしまい、全身に冷や汗をかくような感じを覚えた。
だけど、その『4度目の事態』――僕たちに対する『いじめ』が引き起こされた事を咎められた理事長たちは、明らかに僕以上に震えあがっているようだった。ずっと立たされていた元・担任の教師は愕然とした表情を見せ、取り巻きたちもまた恐怖に満ちた感情を体中から溢れさせていた。一方で、その事態の張本人であろう稲川君は何か反論を言いたげな憎々しい顔つきで、歯ぎしりをしながらこちらを見つめ続けていた。
一方、そんな面々の様子など知った事かと言わんばかりに、スポンサーの人は冷静な態度を崩さず、傍に立っていた『卯月さん』=スーツ姿のお姉さんに指示を与えた。それに従い、卯月さんが手に取ったリモコンを操作すると、混雑する理事長室の窓際に置かれていた大画面のモニターに、1つの映像が映し出され始めた。
それは、僕にとって色々な意味で馴染み深い、嫌と言うほど何度も目に入れた内容だった。
「……既にこの動画は、世界中に拡散されてしまったと聞く……」
そう言って、ため息をついたスポンサーの人が見つめる画面には、未だにネットの各地で取り上げられているという、この学校で起きた1つの出来事が、音声付きで映し出されていた。
床に散りばめられた弁当の残骸を周りから無理やり食べさせられるという、僕がこの学校で受け続けた『いじめ』の光景の1つが……。
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