第85話:最後の悪あがき
『鉄道オタクが悪事を犯し、世間に迷惑をかけた』という罪を償い、鉄道オタクに『自浄作用』がある事を証明させるため、皆が取り囲む中で土手座の上で謝罪させる。
『鉄道オタク』が読んでいる本を勝手に奪い取り、その内容を晒したうえで誹謗中傷の言葉を述べ続ける。
『鉄道オタク』がトイレへ行くまでの光景をしつこく撮影し、逃げるように足を速める姿を笑う。
そして、『鉄道オタク』が来なくなった机に花瓶や花を挿し、冥福を祈る言葉を楽しそうに述べる。
理事長室に用意されたモニターに映されたのは、世界中に拡散された動画の数々だった。
「……以上になります」
スーツ姿のお姉さんである卯月さんの声を受け、学校のスポンサーである威厳に満ちた男の人は視線を理事長たちの方へ向け直した。
理事長やその奥さんである貴婦人はガタガタと震え、動画にばっちりと映されていた取り巻きたちは顔を青ざめていた。そして、これらの行動の中心人物であった稲川君は、その対象として動画に映され続けた僕の方を更に憎らしそうに見つめていた。
そして、スポンサーの人は顔の方向を変えた。見つめる先には、すっかり縮こまっている教師――あのような光景が撮影・記録されている状況にもかかわらず、一切解決に動くことなく、それどころか稲川君たちの言葉を全面的に信じ続けた、僕たちの担任の姿があった。
「……君は、あの動画に映っている生徒たちのクラスの担任だったそうだな」
「……」
「声が小さいですよ、ちゃんと伝わるように言いなさい」
まるで生徒を注意するような卯月さんの厳しい声に促されるかのように、教師は恐怖に満ちた顔で肯定の言葉を述べた。
それを受け、スポンサーの人は更に質問をした。あの動画に映されている状況を、世間一般では何と呼ぶか知っているか、と。
「教師である君なら、ちゃんと分かっているはずだろう」
「……じめ……す……」
「よく聞こえなかった。もう一度、しっかりと言ってくれないか?」
言葉こそ丁寧だったけれど、スポンサーの人が放つ声には、逆らえないほどの威厳のようなものを感じた。
追い詰められたような表情の教師が、必死の形相で『いじめ』という回答を大声で述べたのは、そのためだったのかもしれない。
「そうか、いじめか。その『いじめ』というものは、良い事か?悪い事か?」
「わ……わるい……悪い事です……!」
「なるほど。それならば、悪い事なのに何故君は止めなかった?」
スポンサーの人の威厳に耐えて回答を拒否するかのように、歯を食いしばりながら苦々しい表情を見せる教師であったが、その行動は残念ながら意味が無かった。既にスポンサーの人には、その胸の内が暴かれていたのだから。
この事態を引き起こしていた首謀格が『理事長の息子』という立場だから何も言えなかった。『息子』を注意すれば自分がどうなるか分からない。だから、全面的に彼の言葉を信じ続ける事で自分の地位の安泰を図った――スポンサーの人が言葉を放った途端、教師は諦めたかのようにうなだれた姿勢を見せた。
「図星だったか……哀れな『教師』だ。保身のために、苦しむ者に手を差し伸べる事を自ら拒否するとはな」
そして、スポンサーの人は理事長や貴婦人の方へ視線を向け直し、言葉を続けた。
「だが、そうさせたのはこの学校の環境故だ。権力の強いもの、声が大きい者に、意見をいう事すら許さない空気、状況、雰囲気……」
確かに生徒も教師も大切にする学校という評価は頷ける。『自分たちに味方をする』生徒や教師限定だがな――僕の耳でもはっきり分かる皮肉をスポンサーの人が述べた直後だった。ずっと怯え、震え、恐怖の感情に苛まれ続けていた理事長や貴婦人が、我慢の限界に達したようにスポンサーの人に食ってかかったのだ。
何故貴方は、そこまでこちらが一方的に悪いと決めつけるような言葉を並べ、この『生徒の学び舎』を守り続けている身である自分たちや教師を責め続けるのか、と。
「そもそも、先程見せた動画だって、AIを使って作成した高度なフェイク動画の可能性だってあります!そうでなくても、手の込んだヤラセという考えだって可能ではないですか!」
「……ふむ……なら、先程の『息子』の言葉は何だ?」
「そ、それは……このような豪華な椅子にふさわしくない少年が座るのを見て慌てたからざます!きっと慌てて心にもない言葉を……」
「そ、その通りです!生徒の『好き』を守るこの学校で、我が息子があのような酷い行為を自ら率先して行う訳がないではないですか!」
この人たちは、何を言っているのだろうか。それが、僕の最初の感想だった。
当然だろう、世界中の人たちが『いじめ』だと認識し、つい先程僕たちの元・担任もあの行為を『いじめ』だとはっきり述べたばかりなのに、そんな事は絶対にないと懸命に否定しようとしているのだから。悪い意味で予測不可能な状況が、僕の目の前で繰り広げられていたのだ。
そして、何かを思いついたように叫んだ理事長は、突然僕の方に人差し指を向け、叫ぶように語った。
もしかしたら、ここに座っている『少年』が、隣にいる少女や自分の息子を巻き込み、この学校を陥れるために仕組んだ罠かもしれない、と。
「そ、そうざます!わたくしたちの息子があのような悪事を行う訳はないざます!そうざましょ!?」
「全く、貴様と言うやつは!この学校の評判を下げるために様々な悪事を働き追って!恥を知れ、恥を!!」
理事長や貴婦人の言葉に呼応するように、稲川君や取り巻きたちも元気を取り戻たかのように大きく肯定の頷きをした。特に稲川君は勝ち誇ったかのように口元に歪んだ笑みを見せた。
それを見た瞬間、僕はつい反射的に立ち上がり、そんな事はない、と叫びかけてしまった。でも、幸い彼らの挑発に乗ってしまうような行動をとる事は無かった。僕の耳元に梅鉢さんが顔を近づけ、凛々しくも優しい声を届けてくれたからであった。
「大丈夫、落ち着いて。彼らはただ悪あがきをしているだけ。屁理屈に頼るしかない状況なのよ」
「……!」
「譲司君、冷静な心を絶対に無くさないで」
これらの言葉のお陰で、僕は何とか湧きあがる気持ちを我慢し、椅子に座り続ける事が出来た。そのせいかどうか分からないけれど、稲川君は『ちっ!』という声を出しそうな感じの表情を見せ、こちらを睨みつけていた。
ところが、その直後、僕は更に予想外の事態に見舞われた。無言で理事長や貴婦人の『悪あがき』を聞き続けていたスポンサーの人が、急にこちらへ視線を向けてきたのだ。
そして、スポンサーの人は――。
「……少年……いや、
――見ず知らず、冴えなく情けない一生徒であるはずの僕の名前を、はっきりと述べたのである。
「は、はい!!」
心臓が飛び出そうになるほど驚き、椅子から立ち上がって大きな声で返事をした僕の心は、幾多もの疑問であっという間に埋め尽くされてしまった。
どうして僕の名前をスポンサーの人はごく自然に呼ぶ事が出来たのだろうか。もしかして、梅鉢さんが教えたのだろうか。でも、短時間で僕の名前何て覚えられるのだろうか。もしかして、あの動画が拡散する中で、知らぬ間に僕の名前や学年もばれてしまったのだろうか。そうなれば、僕のこれからはいったいどうなって――。
「この映像に映っている、『いじめ』というものを受けていると思われる少年。それは、君で合っているか?」
――心の中で渦巻く考えを一旦中断させるかのように、スポンサーの人は僕に尋ねてきた。
「そ、そ、そうです……!!」
慌てて回答する僕を宥めるかのように、梅鉢さんが優しく手を握ってくれた。そのお陰で、ほんの少しだけ混乱や不安、緊張が落ち着いたように感じた。
そして、その様子をしばらく見つめていたスポンサーの人は、もう一つ、僕に質問を投げかけてきた。
「……もし君が語れるのなら、この動画の状況に至るまでの要因、詳細など、教えて貰いたい」
「……!」
その瞬間、僕の視界には相反する2つの光景が広がった。
理事長や貴婦人、取り巻きや教師は憎々しい顔で僕の方を見つめ、稲川君は今にも正座を解いて僕の方へ飛びかかりそうな憤りの目線を向けていた。まるで、こうなったのも全てこの僕のせいだ、と言わんばかりに。
でも、そこから少し目線を動かすと、逆に僕を応援するような表情が見えた。隣にいる梅鉢さん、スポンサーの隣に立つ卯月さん=僕たちも色々お世話になったお姉さんばかりではない。この理事長室で取り巻きや教師、稲川君などを監視しているように立つ黒服の男の人や女の人も、大丈夫だ、心配は要らないというメッセージを贈るかのように、力強く頷いてくれたのだ。
加えて、僕の心の中には、僕の事をずっと応援してくれた人たちの事が浮かんできた。
父さんや母さん、図書室のおばちゃん。幸風さんにナガレ君、美咲さん、トロッ子さん、コタローさんや教頭先生といった『鉄デポ』の皆。そして、肝心の顔も姿も分からないけれど、僕を支えてくれた『鉄道おじさん』や美咲さんの事務所の社長。
今の僕は、ひとりぼっちで懸命に耐えるしか選択肢が無かったあの頃とは違う。たくさんの人と出会い、関わり、そして励ましを受けてきた。
僕がやるべき内容は、そんな皆の声援に、最大限応える事だ――。
「……僕が……僕がいじめを受けたのは……僕が『鉄道オタク』という……理由でした……」
――そして、僕は、緊張しながらもはっきりと声に出して、今まで受けた様々な経験を報告し始めた……。
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